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イルカが導いた第2の人生 失意の果てに海洋へ目を向ける [2013年06月14日(Fri)]

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子どもたちのザトウクジラオッチング(笹森琴絵さん提供)

交通事故がもとで重い膵臓炎になり、学校の教師を辞めた笹森琴絵さんが海洋生物に目を向けたのは、北海道室蘭沖のイルカ・クジラウオッチングのガイドを始めたのがきっかけだった。子どものころから動物が好きだった笹森さんは、これ以降海洋生物調査や環境教育など、海の専門家の道を進むことになる。病気で38キロまで体重が檄減したという笹森さんにとって、海とのかかかわりは第二の人生のスタートでもあった。
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小笠原で調査中に笹森さん(同)

室蘭市で生まれ育った笹森さんは、大学卒業後北海道内で教師生活を始めた。3年目に入ったとき交通事故に巻き込まれてムチ打ち症となり、膵臓の病気を併発、失意の中、勤務していた中学校を退職せざるを得なかった。その後、病気が回復した笹森さんに噴火湾海洋動物観察協会のイルカ・クジラウオッチングのガイド募集の話が舞い込んだ。1996年のことだ。その後98年に室蘭市で開催されたイルカ・クジラ国際フォーラムの事務局を担当、国内外の研究者の論文を読むなど海洋生物について猛勉強し、海洋へとのめりこんでいく。

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写真左:イルカ・クジラウオッチングを報道してくれた地元紙、室蘭民報の工藤サ社長と笹森さん
写真右:揚子江でのミーティング(笹森さん提供)

主な研究調査活動を紹介すると―。日本とロシアの専門家による北方4島の生態系調査(2000年―2005年)、山階鳥類研究所・環境省の第35次鳥島アホウドリ調査(2001年)、長崎県庁・環境省の大村湾のスナメリ保護調査(2002年)、朝日新聞・知床財団の厳冬期の知床生態系航空調査(2005年)日本、米国など6カ国研究者による揚子江調査(2006年)、プーケット海洋生物研究所、京大など共催のタイのジュゴン調査(2008、09年)―など多彩で、このほか学会やシンポジウムでも数多くの発表をしている。

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環境教育の展示(同)/子どもたちを相手に海洋教育(同)

この間、2007年には環境教育と海洋調査のチームである「Orca.Prgさかまた組」(さかまたはシャチの別名)を結成、写真や動画、模型を使った教育展示や講演会を開催している。本年度は日本財団の支援で釧路沖の海洋生物をテーマにエコツアー、講演会・教育展示、海洋生態系調査などを行う。特にシャチの存在を釧路のシンボルにするよう啓発活動に力を入れている。笹森さんは、自身の活動についてソーシャル・ ネットワーキング・サービス(SNS)のフェスブックで発信しているが、これを見たという小学校時代の教え子らから「夢をあきらめようと思っていたが、元気に活動している先生を見て勇気づけられた」などという連絡があったという。笹森さんは「イルカが第二の人生に導いてくれた。海は広くて深く、はてしないが、海とのかかわりを持って私の人生も深くて豊かなものになった」と語っている。(石井克則)
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Posted by 日本財団 広報チーム at 09:14 | 海と船 | この記事のURL | コメント(0)
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