醤油運んだ川の道 千葉県立関宿城博物館が特別展 [2012年11月22日(Thu)]
木製の醤油絞り機 日本人には欠かせない調味料の醤油。その生産量全国一は「醤油の街」としても知られる野田市・銚子市がある千葉県だ。江戸時代、関東、東北(奥州)からの醤油や物資は川の道といわれる利根川、江戸川の舟便で江戸に運ばれた。かつて、川の道の要衝にあったのが2つの川の分流地の千葉県関宿(現在の野田市関宿)だ。この街を見下ろす高台にある千葉県立関宿城博物館が10月から企画展「醤油を運んだ川の道―利根川・江戸川舟運盛衰―」を開催、25日に閉幕する。 |
関宿城博物館全景 この企画展は、日本財団が支援している「船の科学館・海と船の博物館ネットワーク事業」の一環で、醤油に関する歴史的資料など59点が展示された。これらの資料は野田市の醤油メーカー・キッコーマンをはじめ、千葉、茨城、埼玉県内の博物館や個人の協力で集まった。 担当の益子さん 展示はかつて氾濫を繰り返し、多くの水害を発生した利根川、江戸川の改修を示す資料を中心にした「河川流路の変更」のコーナーから始まり、その後河岸といわれる多くの街が誕生し、醤油などの地場産業が起きたことを示す「舟運の発達」のコーナーへと続いた。さらに、この企画展の中心ともいうべき「醤油の生産と舟運」、鉄道と自動車の発達・普及に伴う「舟運の終焉と醤油の行方」という2つのコーナーが設けられた。 展示の目玉の御城米御標/同・利根川御用御船印 この企画展担当の益子泉・主任上席研究員によると、個人から提供を受けた「御城米御標」と呼ばれる幕府直轄地(天領)から年貢米を運ぶ船が掲げた旗、東北、関東の各藩が利根川を運航する舟に掲げた「利根川御用御船印」の2点の資料(治外法権的な効力があった)は珍しく、入館者の関心も高かったという。このほか、木製の醤油絞り機や農家の醤油醸造道具類なども注目を集めた。醤油は江戸時代、コンプラ瓶といわれる陶器製の瓶に入れて長崎の出島からオランダに向け輸出されたという記録があり、そのコンプラ瓶2本も展示された。 輸出用の醤油を入れたコンプラ瓶 健康志向による日本食ブームで世界的に醤油の人気が高まりつつある中、大手メーカーは海外での普及に向け味の改良を進めているという。益子さんは「千葉の醤油製造が日本一になるきっかけを作ったのは利根川だ」と指摘。この企画展を通じて、醸造法にこだわり、深い味わいの醤油づくりも続いていることを再認識したという。この企画展は25日まで。同博物館は、引き続き11月29日から2013年1月16日までの日程で千葉県市原市ちはら台の開発で発掘された旧石器時代以降の石器、土器などの巡回展「時空を超えて」を開催する。(石井克則) |