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父の故郷・大分を初訪問 〜一時帰国のフィリピン残留日本人2世〜 [2012年07月30日(Mon)]

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大分を訪ねたカルロスさん(左から4人目)と出迎えた親族

日本国籍を取得するために一時帰国し、7月17日に日本財団(東京都港区)でいとこら親族7人と対面したフィリピン残留日本人2世の利光カルロスさん(76)が19日、初めて父の故郷・大分を訪れた。現在、カルロスさんは東京家庭裁判所に就籍の審判を申し立てており、日本国籍の取得が期待されている。
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カルロスさんは大分訪問の喜びを語った

カルロスさんは1936年、フィリピンのセブ島で父・利光和平さんと母・デオグラシアさんの間に生まれ、その後一家でミンダナオ島ダバオ市に移住した。第二次世界大戦が始まり母方の実家があるボホール島に単身で疎開、ダバオに残った両親と妹は戦争中に消息不明となった。その後、和平さんは1962年に戸籍上の戦時死亡宣告が確定し、翌年には出身地の大分で法要も行われた。

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仏前で手を合わせるカルロスさん

大分空港では、東京での対面の後、一足先に大分に戻っていた親族が到着を待ちうけ、改めて対面の喜びを分かち合った。この後空港内で行われた記者会見でカルロスさんは「父の故郷に来る事ができ感激している。父にゆかりのある場所を訪ねたい」と笑顔を見せ、いとこの正人さん(81)は「カルロスさんを大分に迎えることができて嬉しい。一生の思い出になる滞在となるよう願っています」と語った。

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利光和平さんの50回忌法要(左)が大分市内の長久寺で行われた

翌20日には、和平さんの死亡宣告確定から半世紀を経て大分市内で取り行われた50回忌法要に参列。正人さんに作法を教わりながら焼香し、長い間、手を合わせた。地元メディアの取材に対しカルロスさんは「戦争は悲しい思い出しかない。だけど、こうして親族と会い、父の法要にも参列できた。私と同じフィリピン残留日本人2世の人たちも希望を失わないでほしい」と答えた。このほか和平さんの生家や母校を回り、いとこらと県内の観音寺温泉にも1泊、22日にフィリピンに戻った。

日本財団とともにフィリピン残留日本人2世の就籍支援に取り組むNPO法人フィリピン日系人リーガルサポートセンター(PNLSC)の高野敏子氏は「フィリピン残留日本人2世の方々は就籍以外に戸籍を得る手段がない。現在、少なくとも235人が戸籍の取得を必要としており、さらなる支援が必要だ」と話している。(菊地佐知子)
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Posted by 日本財団 広報チーム at 09:09 | 国際 | この記事のURL | コメント(0)
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