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伝統の和紙を蘇らせ県の特産品に〜鹿児島・井作和紙を復興する会 [2012年04月10日(Tue)]

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古民家に飾られた伊作和紙の作品

江戸時代から明治期にかけて鹿児島県伊作地方(現・日置市吹上町)で盛んに生産された伊作和紙。戦後衰退したが、この和紙づくりの技術を復活させ、鹿児島の特産品にしようという「伊作和紙を復興する会」の活動が、日本財団の助成を受けて順調だ。和紙工房で行われる体験講座は、学校休みには連日にぎわいを見せ、吹上地区のコミュニティセンターに新たな工房を設ける計画も進む。「町起こしだけでなく、将来は海外の伝統文化とのコラボレーションも」と種子田幸廣代表(60)の夢は広がる。
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古民家を改造した日吉工房

種子田さんが『井作和紙』のことを知ったのは2003年、旅行業の会社経営を退き、趣味の和紙づくりに取り組んでいたときだった。島津家中興の祖・島津忠良公(1492−1568)が下級武士の生活安定のために越前地方から技術を導入し、明治40年頃には狭い伊作地区に335軒もの作業場があったが、戦後急速に廃れた…。「和紙づくりを復興して、地域のお年寄りらの生きがいになれば」。種子田さんは鹿児島市から車で約30分の日置市日吉町に、廃屋になっていた古民家を借りた。囲炉裏のある部屋をギャラリーに、馬小屋を作業場にするなど民家を和紙工房に改造し、知識を集め回って伝統の復興に着手、3年前のことだ。

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和紙づくりを指導する種子田さん

3月9日、日吉町内の小中学校の校長、教頭先生の奥さん10人が和紙づくりを体験するというので、工房を訪ねた。周辺に自生している楮(コウゾ=クワ科の落葉低木)が原料。皮を剥ぎ、炊き、カナズチでたたく。通常の和紙よりざら目があり、独特の風味を醸し出す。紙をすき、その上に布や草木を乗せてデザインし、さらに原液をかけて固定させる。約2時間の工程だ。「とてもきれいで楽しい」と幹事役の上野明美さん。「これ、チューリップに見える」「見えないわ」と、作業中は質問と笑い声、笑顔が絶えなかった。

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和紙づくりの指導を受ける夫人たち

ランプシェードや人形、はがきなど作品はプロの作家も含めて数多い。日吉工房のギャラリーに展示し、県内の旅館、ホテルに置いてもらうなどしているが観光客らの反応は上々、近く完成する吹上地区コミュニティセンターに和紙工房を常設する計画も進んでいる。「素朴で優しい風合いが特徴。商品化され、鹿児島の特産品になる日も近い」と種子田さん。また「町起こしだけでなく、伊作和紙のように廃れてしまった文化を再興させようとしている海外の文化団体とも連絡を取り、交流できればと」「そのためには市役所など自治体の協力がほしいですね」とも話した。(平尾隆夫)
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Posted by 日本財団 広報チーム at 09:00 | 文化・教育・社会問題 | この記事のURL | コメント(0)
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