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臨時災害放送局29局に 財団支援活動に高い評価 [2012年04月09日(Mon)]

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大槌町災害FMのスタジオ

東日本大震災に伴う臨時災害FM放送局が、岩手県・大槌町に3月末スタートした「おおつちさいがいエフエム」で、岩手、宮城、福島、茨木4県合わせ計29局となった。うち22局は日本財団の支援による立ち上げ。被災者への情報伝達に大きな役割を果たし、最近、発表された災害とメディアに関する研究でも高い評価が寄せられている。
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スタジオがあるショッピングセンター

おおつちさいがいエフエムは3月28日、東北総合通信局から免許が下り、同31日から町のショッピングセンターにあるスタジオから放送を開始した。放送を担当するのは地元のNPOスタッフ。当面、午前8時から午後8時まで、音楽などを交え随時、災害対策や生活関連情報を流す。

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町全体が津波に襲われた

三陸海岸に面する大槌町は人口約1万2000人。死者、行方不明者は1200人に上り、加藤宏暉町長(当時)ら町幹部も犠牲となった。街全体が壊滅状態となり、町役場も小学校校庭に移転、現在も約5000人が避難生活を送る。日本財団には昨年12月26日に申請手続きが取られ、免許交付を受け開局に伴う機材のレンタル補助や4ヶ月間の運営補助、情報収集車の購入費など約790万円が助成された。

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大震災直後の壊滅的な街並み

日本財団が支援したのは、国の緊急雇用制度補助や自治体の補助対象などになった7局を除く計22局。うち「いしのまきさいがいエフエム」など5局は既存のコミュニティ放送局からの移行、残る17局は臨時災害放送局として新設された。日本財団では関連して携帯ラジオ4万2000個を39市町村の被災者に配布し被災者の便宜を図った。国内のメーカーでは一度にこれだけの量を確保できず、最終的に中国から取り寄せた。2万個は日本財団の購入、残りは中国の民間団体から寄付された。開局に伴う補助金、ラジオ購入費を合わせ、全体の事業費は1億7400万円に上っている。

29局のうち21局は現在も放送を継続しており、災害放送局が果たす役割が改めて見直され、日本財団の活動もメディア研究に取り上げられている。関西大学社会学部の市村元・客員教授は月刊「民放」の今年1月号に寄せた「大震災『臨時災害放送局』の現状と課題」で、日本財団の支援プロジェクトを評価し「この支援がなければ、ここまで新規の開局が広がることはなかっただろうし、新設局がこれだけの期間、放送を継続することもなかったと考えられる」と指摘した。

またNHK放送文化研究所メディア研究部の村上圭子・専任研究員は「放送研究と調査」3月号に載せた「ポスト東日本大震災の市町村における災害情報伝達システムを展望する」の中で「今回、中越地震の教訓を踏まえた日本財団の財政支援の枠組みが作られていたことは、臨災局(臨時災害放送局)の運営を円滑に進める上で、非常に大きかったといえよう」と記している。

日本財団の支援は今回のおおつちさいがいエフエムで一段落するが、担当者は「臨時災害放送局の立ち上げなどハード面には一応の手掛かりが得られた。今後は放送局が日々、発信する復旧や生活関連情報などの収集をどう側面から支援していくかが課題」と語っている。(宮崎正)
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Posted by 日本財団 広報チーム at 09:06 | 総合 | この記事のURL | コメント(0)
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