2012年 新年のご挨拶 [2012年01月05日(Thu)]
![]() 地球温暖化を忘れさせるような寒さの中、新しい年を迎えました。米ロ韓仏などの大統領選を控え、引き続きの激動を予感させる年です。日本財団は50歳を迎えました。 50年前−1962年にタイムスリップすると、日本は東京オリンピックを2年後に控えて北陸トンネルの開通、大学生の青田買い…と高度経済成長期の真っただ中にありました。世間は堀江謙一青年の太平洋ヨット単独横断に沸き、王貞治選手が初披露した1本足打法に酔い、マリリンモンローの怪死にびっくり。「いつでも夢を」や「コーヒールンバ」、植木等の“無責任ソング”が町にあふれていました。 『時』は、人それぞれの感じ方で長くも、短くもなります。半世紀を振り返って、とりわけ昨年3月11日以降の時間の流れが、緩やかに感じられてなりません。そんな中、復興に向けて槌音は年を超えて、絶えまなく聞こえてきます。宮城県多賀城市のピザ店を津波で失い、日本財団の支援で再建に奔走する社会福祉法人「臥牛三敬会」(宮城県角田市)の加藤高康さん(42)も、槌音を響かすひとり。 1993年のドラフト1位、推定1億6千万円の契約金でロッテに入団した元プロ野球投手。イチロー選手と5度対戦しノー・ヒットに抑え、打率4割を阻止した男として名を馳せました。体を壊し、その後ボストン・レッドソックスの2軍生活を経て1997年に現役引退。福祉の世界に飛び込みました。「皆様からいただいたご縁を大切にして、希望の1年にしたい」。新しい年にかける彼のメッセージです。 50年―論語に言う「知命」(ちめい)の年です。三十にして立ち、四十にして惑わず…というアレ。五十にして「天命を知る」のだそうです。天命とは、辞書によれば「天から人間に与えられた、一生かけてやり遂げなければならない命令」とあります。100人少々の財団職員ですが、一人ひとりが「50年」の重みを背負って、知恵と汗をしぼりたいと思っています。今年もよろしくお願いします。(平尾隆夫) ![]() |











