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お国言葉で心の痛みを和らげて〜阪神地区の避難家族を励ます「お茶っこカフェ」 [2011年07月22日(Fri)]


木陰の中、バーベキューを楽しむ被災者ら

大阪・能勢町と兵庫県川西市にまたがる妙見山。麓から山頂駅へ、標高660メートルをケーブルで登った先は、涼風が吹き抜ける緑陰の中。7月9日の土曜日、東日本大震災で関西に避難している家族たちの心を癒す集い『お茶っこカフェ』が、ケーブル駅近くのバーベキュー広場で開かれた。招かれたのは福島県や宮城県の被災者7世帯21人。世話役のボランティアの多くは、16年前の阪神大震災を体験した人たちで、何が足りないか、今の悩みは…同じ痛みを知るだけに、心のこもった交流風景が見られた。
記念写真を撮る被災者とボランティアたち

お茶っこカフェは、阪神大震災(1995年1月17日)のボランティア活動をきっかけに結成された宝塚NPOセンター(牧里毎治理事長)が、日本財団の支援を受けて5月以降毎月1回開いている。避難者の孤立を防ぎ、被災者同士の情報交換の場にしてもらおうという趣旨で、宝塚市の事務所内にインターネットとお茶・お菓子を用意。初回の5月14日は7世帯16人の避難者が悩みを打ち明けるとともにアロママッサージのサービスを受けた。避難者の参加は口コミで広がり、阪神だけでなく、京都・綾部市や岡山市からも。またボランティアも農業に携わる水利組合、看護学生、市役所職員らと広がりをみせ、この日のバーベキュー・カフェには20人を超える「お手伝い部隊」がかけつけた。

その1人、地元・安倉地区水利組合の藤本文雄さん(61)は「阪神大震災のとき、家を失った知人が山口県に避難した。そこでは1人ぽっち、淋しい思いをしたと聞いた。東北の人にはそんな思いをさせたくない、宝塚に来て良かったと言ってもらえるように支援したい」と話した。福島県大阪事務所の佐藤博志・主幹によると、福島県から県外に避難した人数は3万5千人。うち京阪神に1500人。各地で激励会などが企画されている。「なにがうれしいか聞いてみると、福島弁が聞けることだと言います。関西弁は言葉がキツイようです。大阪事務所の場所を教え、いつでも方言を聞きに来て下さいと話しています」と。

アジサイを見、リフトに乗って…心なごむひと時

カフェ参加者はバーベキューの後、開催中の「アジサイまつり」の花に見とれ、バンド演奏を聞き、無料にしてもらったリフトで遊ぶなどのひと時を過ごした。それでも、新しい生活に溶け込む道のりは遠い。南相馬市から兵庫・三木市に妻と長女(3歳)、長男(1歳)の一家4人で避難してきた木幡和寛さん(42)は、職探しに追われる毎日という。「小さい子どもがいるので、放射能が心配、福島には帰らないつもりです。一軒家の自分の家も姉に住んでもらっている。関西の新しい土地が自分たちの故郷。周りの人たちに良くしてもらっているので、早く仕事を見つけたい」と話した。

長期の支援を話す中山光子・事務局長

宝塚NPOセンターではカフェ開催のほか、就職の世話、寄贈された生活必需品の避難者宅への搬入・設置などのサポートも続けている。中山光子・事務局長は「仕事のあっせんは重要。保母の資格を持っていた被災者はすぐに就職が決まり、現在2人について、面接の模擬練習や関係先の紹介などを行っています。阪神大震災の経験を活かし、息長く支えていきたい」と話した。
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Posted by 日本財団 広報チーム at 09:11 | 福祉・医療 | この記事のURL | コメント(0)
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