中国帰国者支援 医療ネットワーク [2007年05月14日(Mon)]
![]() 練馬のすずしろ診療所 日本語が習得できずに不安を抱えて生活している元中国残留孤児や元中国残留婦人ら中国からの帰国者向けに中国語で医療情報を提供する「中国語の医療ネットワーク」(石川宏理事長)の構築が進んでいる。中国語で対応してくれる医療機関をホームページで紹介しており、既に東京分が完成、さらに日本財団の支援で本年度中に千葉、埼玉、神奈川3県分についても整備し、首都圏のネットワークが完成する。 石川さんは日本人看護師を母に、中国人の医師を父に1946年中国の河北省で生まれた。医師の資格を取得後、母親と88年に来日、アルバイトをしながら日本の医師国家試験に挑戦して98年に合格、鹿児島の与論島で3年半医療活動をした。現在は東京・練馬のすずしろ診療所と千歳烏山の有隣病院で漢方医(東洋医学)として帰国者らの診察に当たっている。すずしろ診療所は週3日のみだが、石川さんが専任で診察、当初は江戸川区や足立区、品川区など比較的遠くから帰国者が患者としてやってきた。 ![]() ネットワークは、中国からの帰国者と中国語を母語とする在日外国人など、日本語が分からない人たちが安心して医療が受けられるよう、中国語対応ができる医療機関を見つけてウエブに掲載するほか、このような人たちが抱えている生活上の問題を調査・研究し、その実態を公表し、支援、協力者を募るのが活動の目的だ。東京については、約300の医療機関のネットワークができ、現在は首都圏3県の整備を進めている。 |
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石川さんは「人生の前半は中国人、後半は日本人として生きてきた。帰国者の二世として努力して医師の資格を取ったので、帰国者を応援する義務を感じてやっている」と、活動の源泉に帰国者という自身の体験があることを語っている。パートナーとして、夫妻で石川さんの活動を支える内田洋一さんは「付き合って3年が過ぎたが、心が温かく、精神力が強い人だと思う」と、石川さんを評する。
![]() ▼帰国者問題への支援を訴える石川さんのコメント 中国から帰国した人々は「中国を母国文化として環境」の中で成長している。そうした人々にとって日本は「異文化社会」だ。社会生活を営む上での基本は精神活動だが、言葉が通じない、生活習慣にもなじめないという現実に直面し、精神的に負担が増え、肉体的な症状を引き起こす。健康な精神を保つためにも日本の各方面からの理解、支援が必要だ。しかし帰国者たちを地域社会に溶け込ませ、自立するための支援がまだ足りない。多くの日本人が帰国者を理解し、根気強く帰国者が社会に溶け込めるよう支援し続けてほしい。帰国者も日本社会の一員として参加できるよう、長い道のりをたゆまぬ努力をしていかなければならない。 ―――― ・ ―――― 中国残留孤児問題がクローズアップされたのは1981年(昭和56年)3月、初めて肉親探しのため集団で訪日して以来のことである。それより以前は1972年に日中間の国交が回復した後、民間団体が独自に肉親探しを始めていた。訪日調査と並行し、孤児たちの永住帰国も始まったが、長い間中国で暮らした帰国者たちが日本語をはじめ、日本の習慣に慣れることは容易ではない。このために元孤児たち2200人が「中国に置き去りにされ、帰国後も苦しい生活を強いられているのは国の責任」として、国を相手取って各地で損害賠償請求訴訟を起こしている。そうした中での石川さんらの活動は、行政の手が届かない大事な部分を補完するもので、帰国者に対する温かなまなざしを感じるのだ。 |










