CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
«町おこし「オンパク」 全国から実施団体集まり社団法人設立 | Main | 【写ブログ】5月といえば…新緑»
New_facebook_blogmagazine.jpg 8f0j6k00000eugbl.jpg   ボランティア奮闘記.jpg   BLOGOSブロガー見た.jpg
Google
ブログマガジン WWW
最新記事
リンク集
カテゴリアーカイブ
最新コメント
プロフィール

日本財団広報担当さんの画像
<< 2013年08月 >>
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
月別アーカイブ
http://blog.canpan.info/koho/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/koho/index2_0.xml
避難民は1日1食、テントはラッシュ状態 看護師らのハイチ報告 [2010年05月07日(Fri)]


子どもたちも1日1食の給食しかない

食料は1日1食、避難民のテントはラッシュ状態・・・。死者が20万―30万人とも伝えられる大地震に見舞われた西インド諸島のハイチ。地震で家を失った人たちは150万人に上り、食料が満足に行き渡らず、雨季を迎え避難民が厳しい状況に置かれていることが、このほど救援に入ったNPO災害看護支援機構のメンバーの「ハイチ支援報告」で明らかになった。ハイチに入ったのは、同機構の山崎達枝理事長(看護師)、黒田裕子副理事長(同)、小原真理子副理事長(同、日本赤十字看護大学教授)、酒井明子副理事長(同、福井大教授)上田耕造理事(医師)ら8人で、日本財団の支援で3月30日に成田を発ち、4月8日までの日程で首都ポルトープランスから西南に約30キロのレオガンという都市(人口約20万人)で、避難所キャンプを中心に医療活動を行った。
崩壊した建物

同機構は、阪神淡路大震災の翌年に開催された第1回日本災害看護学会のパネリストとなり、知り合った山崎さん、黒田さん、小原さん、酒井さんの4人が中心になって2006年に設立した。山崎さんは東京の都立病院勤務時の1990年、イラクを追われ、イランに逃げ込んだクルド難民のキャンプに医療救助隊員として参加している。黒田さんも宝塚市に住んでいて阪神大震災を経験、災害時の医療救援の必要性を痛感した。同機構は看護の知識と技術を生かして災害発生時に救援活動をする団体。メンバーは「現場主義」がモットーで、「行けない方がストレスになる」という。

ハイチに入ったメンバー(前列左が山崎理事長、右が黒田副理事長)

今回は同機構と協力関係にあるCODE海外災害援助市民センター(神戸市)の案内で、レオガンのマリアニ避難所キャンプを訪れ、現地の医師や看護師らの応援で1日半の「青空診療」をした。この避難所には601世帯、2763人が身を寄せ、テント(2・5畳大)の中で生活をしていた。1つのテントには6、7人が入っているが、中には13人も住んでいて身動きがとれない状態のテントもあった。風呂はなくたらいで行水をし、穴を掘ってトイレにしていた。食べ物は少なく、1日1食の生活だという。「青空診療」の受診者は子どもから老人まで154人で、マラリア、下痢、風邪、皮膚病、感染症などさまざまな症状がみられた。日本から持参した薬の中で一番人気があったのはビタミン剤だった。一行はこのほか全壊した教会運営の孤児院や結核専門病院などを訪問、地震被害の惨状を目のあたりにした。

 
避難民の診察風景/ハイチの実情を語る山崎理事長(左)と黒田副理事長

いま一番必要としているのは何かと質問に対し、避難民からは@健康A住まいB食糧C仕事―という答えが返ってきたという。ハイチでは4月から7月が雨季といわれ、山崎さんらは避難民の健康が心配だと指摘。「子どもたちの顔が忘れられない。継続した支援が必要」と訴えている。(石井克則)
このエントリーをはてなブックマークに追加
Posted by 日本財団 広報チーム at 09:03 | 国際 | この記事のURL | コメント(1)
コメントする
コメント
1月に行ったレオガンの今の様子を見ることができ、ありがとうございます。
山崎さんも現地に行かれたんですね。
Posted by: ヒロ  at 2010年05月13日(Thu) 15:16