事務局 たなかえりこです

山科醍醐こどものひろばは、
「コッペパン」という機関誌を発行しています。山科醍醐こどものひろばの前身である「山科醍醐 親と子の劇場」が発足した
1980年に創刊し、30年以上続いているものです。
この「コッペパン」には、内容の濃い記事がたくさんあるので、時々ブログでご紹介しています。
今回もコラム
「よりそって」より、記事をひとつ転載します
よ り そ っ て【第6回】 〜 子 育 て 相 談 室 の 窓 か ら 〜 【古谷能富子】(元保育士)
<コッペパン 2011年9月掲載分>
3月11日の大震災から5か月が過ぎました。
まだ行方不明者の捜索が続いています。猛暑の中、避難所で生活している方がた、原発事故の影響で故郷を離れて暮らしている方がた、皆さんどんな思いで暮らしておられるか・・・。
福島の子どもたちは戸外で遊ぶこともプールで泳ぐこともできないそうです。暑くても長袖、長ズボン、マスク着用で登下校する様子がテレビで流れていました。新聞には毎日東北や関東各地の放射線量が出ています。いったいいつになればこの数値が平常に戻っていくのでしょう?
津波の被害はあまりにも大きくて一瞬のうちに何もかもを奪っていってしまいました。それでも、被災地の方たちは負けずに前を向いて、懸命に助け合い復興を信じて頑張っておられます。
東北の人たちの我慢強さ、謙虚さ優しさをテレビや新聞で見るたびに、京都で何も変わらぬ生活をしていて、支援といってもささやかな募金と節電ぐらいしかできない自分が歯がゆく申し訳ない気持ちになります。
もっと何か力になれることが有ればいいのですが・・・。
地震と津波の被害と共に原発の事故による問題が本当にたくさんの人を苦しめています。
「げんきスポット0−3」にも親子で放射能から避難してきた方が遊びに来られています。慣れない土地で他の家族と離れての生活、本当に不安だらけだと思います。小さい子どもさんを守りたい一心で頑張っておられるお母さんに対して簡単に「大変ですね」とか「がんばって」などと言ってはいけない気がして言葉が見つかりませんでした。
もしも自分が被災者だったら、放射能の被害のあるところに住んでいたらどうしているだろう・・・。
私たちはもう大震災の前の状態に戻ることはできず、放射能と共存していくことを考えなくてはならないそうです。
大人より発達段階の子どもたちに4倍の影響が現れるそうです。
これ以上放射能の汚染を広げないよう真剣に考え取り組んでいかなくてはなりません。
子どもたちの未来を守る責任が全ての大人にあると思います。
次回もコラム「よりそって」より記事を紹介しますね

お楽しみに
