南三陸町の話し手がご登場(掲載数20作品) [2011年12月21日(Wed)]
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「外行って買わないように、なるべく地元優先でね。」
南三陸町で、農業の傍ら商工会や様々なお仕事をされてきた方の言葉です。 地元の商店街が大事だと思うから、その店で買う。 商店側の努力はもちろん必要。でも、商店街が残るも追いやられるも、最後に決めるのは、そこに住む一人ひとりの思い、そして日々の行動。 日常生活のなかで使えば残る、使わなければ消える。 農林漁業含めた地域産業の継続、職人の技や伝統芸能の継承にもいえる大事なことを改めて学んだお話でした。 以下、今回登場していただく4名の皆さんです。 ・芳賀廣喜さん 「吉里吉里の鎹(かすがい)に」 震災前は大槌町末広町で岩手東海新聞の代理店を営む。震災後は吉里吉里地区の避難所における災害対策本部の広報担当として、地区の人たちとの連絡、外部機関との交渉などを担当。 ・佐々木良子さん 「海の恵みとともに」 水産加工、販売。父の代から吉里吉里にて、塩ウニ、焼きウニを製造。釜石に店舗を持って販売をおこなってきた。新巻鮭の季節には、その製造を手がけていたこともある。加工は零細で、ほとんど1人で作業をしていた。 ・芳賀真由美さん 「子どもたちと共に乗り越えた日々」 小学生の頃から保育士を目指し、保育専門の短大を卒業後、ずっと保育の現場に携わってこられた。結婚をし、子育てをしながらも、平成5年からは、吉里吉里保育園の保育士として働いている。 ・芳賀文吾さん 「80年間、志津川を見つめつづけて」 志津川で生まれ育ち、農業の傍ら、4Hクラブの会長や、保険外交員、水産関係会社、商工会の指導員、事務局長を経て65歳で退職。退職後は自身の畑で野菜作りに励みながら、神社の総代などを務めた。 ※「被災地の聞き書き101」サイトの作品中の写真は、聞き手・カメラマンが撮影したものの他、「Yahoo! Japan 東日本大震災 写真保存プロジェクト」や被災地の方々がお撮りになったもの等を使わせていただいています。 |




