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【意見】埼玉県議会議員は、「被災した子どもは高校行かずに道路作れ」とでもいうのか? [2011年03月23日(Wed)]
【意見】埼玉県議会議員は、「被災した子どもは高校行かずに道路作れ」とでもいうのか?

とんでもない話を聞いた。
埼玉県議会が3月15日に「高校授業料の実質無償化の見直しを求める意見書」を採択したそうである。
http://www.pref.saitama.lg.jp/page/gikai-gaiyou-h2302-5.html#07
以下全文
高校授業料の実質無償化の見直しを求める意見書
 「社会全体で子どもを育てる」という理念は、理念としては素晴らしいものであるが、現金給付をすることがすなわち「社会全体で子どもを育てる」ことになるわけではない。
 そもそも、高等学校教育とは義務ではなく、自らの意志で学びたい者が参加する自己決定の場である。憲法で定められているとおり、無償化されるのは義務教育だけである。
 高等学校教育まですべて租税で負担する必要はなく、高校授業料の実質無償化は高等学校教育の本来のあるべき姿ではない。
 平成23年度予算案において、国債依存度が約50%にも達する中、
本制度の実施に伴い国の財政支出が年間約4千億円も生じることは、その費用対効果からも大いに疑問視されるところである。
 おりしも、現在、激しい地震動と大規模な津波により東北地方を中心に甚大な被害がもたらされている。被災地の早期復旧と生活再建こそ急務の課題であり、本制度を実施するゆとりはない。
 よって、国においては、高校授業料の実質無償化について、早急に見直しを行うよう強く要望する。
 以上、地方自治法第99条の規定により意見書を提出する。
  平成23年3月15日       



埼玉県発 国に向けて、「今こそ高校授業料無償化廃止を!」ということであるらしい。

なぜ、この時期に!

議決文には
 「そもそも、高等学校教育とは義務ではなく、自らの意志で学びたい者が参加する自己決定の場である。憲法で定められているとおり、無償化されるのは義務教育だけである。
 高等学校教育まですべて租税で負担する必要はなく、高校授業料の実質無償化は高等学校教育の本来のあるべき姿ではない。」
とある。

先進国において、高校無償化はあたりまえである。
OECD加盟30国において高校が無償化ではないのは、イタリア、ポルトガル、韓国、日本の4ヵ国だけである。
http://www.jcp.or.jp/youth/gakuhi/muryo.html

大学においても無償や給付奨学金のある国も多い。
日本では、高い教育費がすべて保護者の負担になるために、「貧困の連鎖」が起こっている。
親が病気や離婚、リストラなどで一度経済的に苦しくなると、子どもが高校や大学に進学できなくなり、結局就職もうまく行かず、子ども世代も「貧困」にならざるを得ないという状況である。
一度このようになると、生活保護などに頼らざるを得ない。2代3代続けて生活保護が続くのである。

 今、国家財政を地方財政を苦しめているのは、間違いなく社会福祉費である。地方財政では、税収に締める生活保護費の割合が急増している。
貧困の連鎖が続く限り、生活保護費は減らない。増加の一途をたどるばかりである。だからこそ、生活保護世帯への学習支援が多くの地方行政で行われているのだ。

 国を復興させるのに最優先されるべきは間違いなく「教育の充実」である。
その一番の証拠は、開発途上国に置ける最初の援助が「学校」を建てる事であることであり、「教育」をすることであることからも明白である。
高度情報化社会に突入した日本において、中学卒業という学歴で生計をなりたたせるのは不可能に近い。
憲法をたてに無償化されるのは小中学校のみというのであれば、ぜひ、この議案に賛成した議員のご子息は中学卒業で学歴を終え、社会に出して欲しい。
どれほど厳しいことか。

日本の子どもの子どもの相対的貧困率は14.2%、これはリーマンショックが起こる前、2007年の調査をもとにしている。リーマンショックと、この震災で、今現在貧困状況にある子どもたちがどれくらいいることか。
家にお金がないために、「行きたくても」高校に行けない子どもがどれほどいることか。

埼玉県議会の議員報酬は月額92万7千円であるらしい。さらに400万円ほどの議員期末手当が出るらしい。
総額1300万円なりの議員報酬が出るようだ。
http://homepage3.nifty.com/gjns/saitama/teisu_hoshu.htm
http://homepage3.nifty.com/gjns/saitama/kengi_shotoku.htm
日本の地方議員の報酬はおそらく世界最高額である。地方議員は無償で、地域のために尽くしている国もたくさんあるときく。

 高校無償化廃止の根拠が「本制度の実施に伴い国の財政支出が年間約4千億円も生じることは、その費用対効果からも大いに疑問視されるところである。」であるならば、年間1300万円という埼玉県議会議員の費用対効果はいかがなものであろうか?
単純計算でも議員一人が減れば100人以上の高校生の授業料が賄える。
10年後、20年後を見据えた時、どちらが生きるお金だろうか?
高校無償化のための4,000億円と、あまたいる地方議員それぞれの高額な報酬のどちらが「無駄」であろうか?

年収1千万円を超える方に、多くの家庭にとって高校授業料年間12万円ほどが、どれだけ貴重なお金か、わからないのであろう。
高校に行かせるためには、授業料があればいいというのではない。保護者はその他にも教材費や修学旅行積立金などを払っている。さらに、その子一人一人に食事をさせ、服を買い、住居を与えて生活を支えているのだ。
授業料12万円ぐらい、国が負担してもバチはあたらないだろう。


私は、この話を聞いた時、「なぜ、今、この時期に」と思った。
被災した地域ではこれから、長く苦しい復興への道のりが続くだろう。
経済的に困窮するご家庭が増えるのは間違いない。

そのような家庭の子どもたちは、高校など行かずに、中学を出たら、日雇いの建築作業員となって道路を作れとでもいうことなのだろうか?
優秀な子どもは高校へ行ってもいい、しかし、成績も芳しくなく、家も貧乏な子どもは、中卒でよい、ということなのか?

今、被災地を支えているのは間違いなく子どもたちである。
中学生も高校生も率先してボランティアを行っている。
炊き出しをし、他人の家のかたずけを手伝っている。
こんな困難な状況であるからこそ、幼児や小学生の笑顔が、笑い声がどれほど現地の人を元気づけているか。
なぜ、このような健気な子どもたちの未来を奪うようなことをするのか?

与野党の政争の具となった「子ども手当」も今、風前の灯火である。
このまま「子ども手当」がなくなれば、毎月13000円出ている中学生400万人の支給は0円になる。児童手当にもどれば、どんな困窮家庭であろうと中学生には一銭もでない。
年収1千万円以上の議員の方々には、月13000円ははした金であるかもしれないが、多くの家庭にとっては、子どもを健全に育て、教育するためのかけがえのないものである。

震災の復興は大切である。多額の費用がかかるのもわかる。
しかしだからといって、中学生から毎月13000円の手当をうばい、高校生から10,000円の授業料を奪うことが、まっさきにやられるべきことなのか?
高校授業料無償化廃止は今議論するべきことなのか?

どうか、震災復興の名の下に、ただでさえ少ない子ども関連予算が削られることのないよう、声を出せない子どもとに変わってお願いしたい。

子どもは間違いなく、この国の未来である。

NPO法人キッズドア 理事長 渡辺由美子