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小児がんサバイバーの生命保険A [2009年03月29日(Sun)]

そうは言っても、ブログで小児がんであったことを公表してしまった以上、今のままの保険を続けるわけにもいかず、幸い信頼できる保険会社の方(所謂保険のセールスマンではなく、ライフプランナーです)もいましたので、真正面から立ち向かってみようと思いました。

生命保険のことを真剣に考えたのは、今回が初めてでした。

これからの人生にかかるお金と、現在の収入などを考え、自分に適した保険をライフプランナーの方と一緒に考えました。

最近の職場でした健康診断の結果(全く問題無しで、メタボも栄養失調もありません)と、小児がんが治癒しているとの診断書を提出し、保険会社の審査を待ちました。

医者になりたてのころ、保険のセールスマンがよく来ましたが、『がんだったことがあるんですけど、入れますか?』と質問したら『検討します』と返事したきり、来なくなったことがあったので、どんなことを言ってくるのだろうと待ち構えていました。

何か追加で検査をしないといけないのか?骨髄検査をしないといけないのか?
そんな検査を今しても、医学的に全く意味がない!と抗議してやろう。とか
いろいろ考えました。

結果、無事希望する保険に入れました。
拍子抜けしたと同時に、『これで何かあっても家族を守れる』と安心し、嬉しい気持ちになりました。
またなんとか保険にいれてあげようと、誠実に対応してくださったライフプランナー及び保険会社に感謝しました。(顧客なので変な表現なのですが、本当にそんな気持ちになりました)

s.kusuki


小児がんサバイバーの生命保険@ [2009年03月28日(Sat)]

生命保険に入るときに、いろいろと質問事項があります。
その中のひとつに『現在までに、がんにかかられたことはありますか?』というのが
必ずあります。

小児がんを経験し、現在元気にしている人(=サバイバー)はどのように回答するべきでしょうか?

正直に『はい』と答えると、保険に入れないことがほとんどです。

そうなると、『いいえ』と嘘をつくしかありません。
しかし嘘がばれれば、保険金は支払われません。

小児がんであったことを、告知されないまま大人になっている人もいます。
そのような人は、上記の質問に『いいえ』と答えるでしょう。

小児がんであったことが、ばれなければ保険金はもらえます。
しかし、ばれればもらえません。
でも嘘はついていないし、せめてそれまで支払った保険料は返してもらいたいところです。
(実際はどうなるのか知りません)

小児がんは告知されていない事が多く、このようなケースも珍しくありません。

今まで私は、『事前審査なし』と宣伝している生命保険に入っていました。しかし、おそらく自分が小児がんであったことがばれれば支払ってくれないでしょう。

つづく、、、。

s.kusuki
春の詩 [2009年03月26日(Thu)]

春到来ですね。いかがお過ごしでしょうか。
山は青くして花は然(も)えんと欲す。杜甫の詩から。自然の爆発的なエネルギーを感じる季節です。

華やかな季節の始まりですが、別れと旅立ちの時期でもあります。
名曲「なごり雪」の作詞者の伊勢正三さんは、その後、別れの詩のつもりだったが、実は旅立ちの歌と気づいたそうです。

時間は立ち止まりません。瞬く間に過ぎていきます。
今(こ)の春も看(ま)のあたりに又過ぐ。

幸か不幸か時はめぐっていきます。
以下、中島みゆきさんの「時代」から。

そんな時代もあったねと いつか話せる日が来るわ
あんな時代もあったねと きっと笑って話せるわ
めぐる めぐるよ 時代はめぐる
別れと出会いを繰り返し
今日は倒れた旅人たちも
生まれ変わって 歩き出すよ

杜甫は都落ちした旅人の身で、都に帰る夢を持ち続けながらこう続けます。
何(なん)の日か是(こ)れ帰る年ぞ。

by Ohta

絶句 杜甫

江碧鳥逾白 江は碧(みどり)にして鳥は逾(いよいよ)白く。
山青花欲然 山は青くして花は然(も)えんと欲す。
今春看又過 今(こ)の春も看(ま)のあたりに又過ぐ。
何日是帰年 何(なん)の日か是(こ)れ帰る年ぞ。
先進国なのに、、、 [2009年03月25日(Wed)]

小児がん専門病院は欧米、その他諸外国には既に存在します。
アメリカにはずっと前、このような病院が寄付で建ちあがりました。この病院はこのブログにも登場していただいたHiro先生がいらっしゃる病院です。

イギリスでも、小児ホスピス(ヘレンハウスなど)、在宅ケアの充実、小児がん専門のドクターやナースの育成と活躍がとっくの昔からあります。
エジプトにも小児がん専門病院があるようです。

なぜ日本にないのか?

先日関西テレビアンカーに出演させていただいた際、田村太郎も話しましたが

「ない方がおかしい、、、」

その通りです。
この、先進国と言われる日本で、小児がんになる子どもは年々増えているのに、、、
治癒率も上がっている中、育ちざかりの子どもたちを、あの環境に押し込めて置くことが良くないということが、大人ならみんな分かることでしょう。分かっていながらにして改善できない日本って、、、

小児がんになってしまったことは、しょうがないことかもしれない。
だけど、小児がんになったからと言って、家族がバラバラに過ごさなくてもいいんです。
小児がんになったからって、ベッドの上から出たらダメだということはないと思います。
小児がんの子どもを持ったからと言って、おかあさんは笑うことも、泣くことも、食べることも、寝ることも我慢しなくてもいいと思います。
小児がんの子どもを持ったからと言って、お母さんは入院するこどもと、家で待つ子どもの間で身を引き裂かれる思いをしなくてもいいと思います。

小児がん以外のことでの我慢は実は当たり前ではないんですよね。。。「小児がんだからあの生活で暮らさなければならないんだ、、、」とセット的に考えられてしまいがちですが、、、
きちんと環境を整えさえすれば、いままでの我慢もなくなり闘病に集中できます。きっと治癒率ももっとあがることでしょう。。。

クリスマス寄付特別企画のときにいただいたメッセージの中で、建築家の手塚貴晴さんがこのように表現されています。

幅60センチの隙間に眠り、一切のプライバシーが存在しない。
しかもその生活が半年間も続く。
あたかも第二次世界大戦中の強制収用キャンプの様な生活が
21世紀の日本で今でも続いている。(続きを読む

「内科クリニック」「外科クリニック」「眼科クリニック」「耳鼻科クリニック」があるように、「小児がんクリニック」が必要です。もちろん、他にも必要なものもあると思います。

国家レベルの問題だと感じながら、当事者が集まり山あり、谷ありの道を「負けるもんか!!」と歩んでいます。
そんな中「それって意味あるの?」という法律や制度というものに道を遮られようとするとき、大きな憤りを感じます。

今も、この瞬間も、あの環境で小児がんと闘っている家族がたくさんいるのです。

クローバーまさみさまクローバー
がんを生きる7 [2009年03月24日(Tue)]

息子、ゆうとの闘病を温かく励まし続けて下さった方々の中に、新聞記者の方がいました。
記者の福田さまの記事は、私たち家族を元気づけてくれるものも多く、この場をおかりして是非みなさまにも読んで頂きたいと思い、毎日新聞の許可の下ご紹介致します。
亜紀子

◆2008年07月22日  毎日新聞掲載

がんを生きる:/13 小児がん 「魔人が暴れだした」/抗がん剤の副作用と闘いながら成長

 阪大病院に入院し、乳幼児に特有ながん「神経芽腫(がしゅ)」と闘う茨木市の田村結人(ゆうと)君(7)。人気アニメ「ドラゴンボール」に例えた闘病生活は、円滑にスタートした。結人君は主人公・孫悟空で、がんは難敵の魔人ブウ。寂しさや苦痛に向き合うつらさは、なかなか手ごわいものだった。

 「かあちゃん、魔人ブウが暴れだした気がする」。今月初旬のある日。結人君はこう言うと寝転び、熱、痛み、苦しさに襲われ、吐き気と軟便でほとんど眠れない夜を過ごした。抗がん剤の副作用だった。血液検査をしたところ、確実に効果が表れていた。「今、やっつけてるで! 結人、勝ってるで!」。主治医や両親の応援を聞きながら、結人君はひたすら耐えた。

 再入院してから、母亜紀子さん(34)は結人君の成長を度々感じた。「いつ帰れるか、先生に聞かなくていいの?」と聞いても「それはかあちゃん、わからへんわ」ときっぱり。「これまでは『帰りたい』って泣いていたのになぁ」と亜紀子さん。しかし、病室はどうしても無機質になりがちで、結人君は学校のクラスメートへの手紙に「一人べやはくらくてさびしいです。空気をきれいにする風をだすきかいの音がうるさいです」と書いた。

 そんな中、院内学級の先生のベッドサイド授業や、子どもの入院生活全般を支える専門職「チャイルド・ライフ・スペシャリスト」の来訪は、結人君の心に潤いを与えている。

  ◇   ◇

 結人君の闘病生活をどう伝えるか。記者と結人君の両親は、取材の度に話し合った。父太郎さん(37)は初対面の時、「結人がどれだけ多くの人に支えられて治療を受け、学校に通えるようになったか。そう考えると、ちゃんと実名で記事に出て、周囲の皆さんに説明したい。ごまかさないんだ、逃げないんだ、と示したいんです」と話し、小児がんへの理解促進のため協力する決意を語ってくれた。今回、厳しい治療を前に、結人君は「これからのしんどい時のことも書いてほしい」と言ってくれた。

 今、その結人君が苦しみに耐えている。太郎さんは「闘病の厳しさを伝えるために」と、ベッドにうずくまる結人君の写真を送ってくれた。現場の厳しさを伝える写真があるなら、それを掲載するのが新聞の基本だ。しかし、載せるべきか迷った。母亜紀子さんは「落ち着いてから、結人の意見を聞いてみてはどうか」と提案した。戦いは長い。今度「攻撃に耐える孫悟空の姿も、かっこいいと思うけど、どう?」と、聞いてみようと思う。【福田隆】=つづく(月曜掲載)

関西テレビ「アンカー」 [2009年03月23日(Mon)]

本日、夕方のニュース番組「アンカー」(関西テレビ)特報アンカーというコーナーでチャイルド・ケモ・ハウスの特集が放送されました。

チャイルド・ケモ・ハウスが目指すもの「夢の病院は家です」。

あらためて紹介させていただきます。




パンフレット↓



カエルNPO法人チャイルド・ケモ・ハウス」は、
小児がんになったすべての子どもたちが、
笑顔で家族と共に治療を進めることができる
環境作りを目指し、小児がん治療中の子どもたちと、
その家族の Quality Of Life(生活の質)に配慮した、
日本で初めての専門施設『夢の病院』の設立に
向けて活動しているNPO法人です。

『夢の病院』は、化学療法中の子どもの生活と
家族の暮らしを重視した新しいモデルづくりを
目指していますが「病院」として既存の補助制度
を受けようとすると、さまざまな制約を受けてしまいます。
そこで建設にかかる費用は寄付でまかない、
できる限り制約のない環境で設計・デザインすることで、
本当に必要な施設の実現を目指したいと考えています。

みなさまからのご支援、よろしくお願いします。

プレゼント> 今すぐ寄付する方はこちら

拍手 応援メッセージを読む方はこちら

カエル チャイルド・ケモ・ハウスについて
   知りたい方はこちら


カエル 活動を支えるために、今すぐ入会する方はこちら


NPO法人 チャイルド・ケモ・ハウス 事務局
家族→こども [2009年03月22日(Sun)]

チャイケモが目指している、『夢の病院』と他の病院との違いは?
いろいろとありますが、一番の違いは『家族』 にも優しいところです。

家族は、
『こどもはこれからどうなるのだろう』という不安
『こどもが一番つらいのに、悲しんでなんていられない』という覚悟
『( 親である)あなたがしっかりしないでどうするの』という周囲からのプレッシャー、
家に残してきている兄弟のこと
近所や友人、学校などにどのように話をしようか
など、他にもたくさんの精神的ストレスと、
睡眠不足、栄養失調、運動不足などの肉体的ストレス
を背負っています。

こどもは、ママが悲しんでいるとき、とてもつらい思いをしています。
病気になったこどもは、泣いているママに『ごめんね』と言います。

家族に優しいことは、こどもにも優しいのです。

s.kusuki
被昇天学院様からのご寄付 [2009年03月18日(Wed)]

先日、被昇天学院の生徒会のみなさんが、チャイケモのために集めてくれたご寄付を届けに事務所に来てくれました。
クリスマスチャリティー募金と、チャリティーバザーの収益を届けてくれました。

  

代表して会長さんから手渡して頂きました チャイケモからは感謝状を

継続的にチャイケモにご寄付をしていただいております。

今年初めての試みとしては、私が被昇天学院に伺い、中学1年生から高校3年生の前で約1時間『小児がんとチャイケモ』 のことをお話させていただきました。

その後、中学1年生では授業でも取り上げていただいた効果もあり、
募金の時には、『あっ、チャイケモや』 との声も聞かれたそうです。

また、被昇天学院の学生さんたちには、ご寄付だけではなく、イベントでのお手伝い(絵本の読み聞かせブース)や、阪大病院院内学級でのボランティア活動でもご協力をいただいています。
継続的なご支援、本当にありがとうございます。

生徒会のメンバーは、4月から交代されるということでした。
1年前に会ったときは、今年の生徒会の学生はおとなしいなあ、と思っていたのですが、1年たつと顔つきや、話し方がすっかり変わっていて、凛とした表情で、しっかりと自分の考えを主張する姿を見て、『こどもが成長する』 ことの素晴らしさを改めて実感しました。
おそらく被昇天学院の教育が素晴らしいのだと思いました。
1年間生徒会の活動お疲れ様でした。今後の人生において必ず役に立つと思います。


事務所に来て下さった生徒会のみなさん

みなさまのご期待に沿えるよう活動していきたいと思いますので、今後とも変わらぬご支援をよろしくお願いいたします。

s.kusuki
成長 [2009年03月17日(Tue)]

寝返りができた。
立てるようになった。
歩けるようになった。
話せるようになった。

赤ちゃんの成長は、まわりのみんなを明るくします。

礼儀正しくなった。
自己主張をするようになった。
他人の気持ちがわかるようになった。

注射のたびに泣いて、あばれていたこどもが、いつしか診察が終わった後 『ありがとうございました』と言って、診察室からでていくようになります。
うれしいような、少し寂しい気分になります。
また、この季節『高校受験に合格しました』『大学受験に合格しました』 という、これまた成長を感じる、うれしい報告もあります。

自分が成長することもうれしいですが、他人が成長することも同じくらいうれしいことですね。

大学病院にいると、たくさんの研修医と出会います。
こどもと同じく、若いときは成長も吸収も早いです。
僕などすぐに追い抜かれて、『ちょっと教えてくれへん、、』と頼りにすることもよくあります。

逆にバーンアウトして、やる気をなくしてしまう医師もいます。
先日広島で、小児科医10人が辞めました。
http://www.asahi.com/health/news/OSK200902190097.html

それぞれの進路が紹介されていましたが、そのうちの一人は『眼科医になる』でした。
私が研修医のころ上司の医師が小児科医を辞めて、眼科医になりました。しかも2人も、、、。
1人は私より1年上の医師で、もう1人はかなり上の医師でした。
こどもにもやさしく、いろいろとご指導いただいた2人だったので、小児科医としてやる気満々の私には、正直ショックでした。(このお二人は、バーンアウトではなかったと思います)

人生の半分近くを費やす仕事を続けるためには、『成長』がキーワードのひとつだと思います。

s.kusuki
受験の思い出 [2009年03月15日(Sun)]

サクラ サク花
受験のシーズンですね。

私の大学受験は16年前です。
今でもセンター試験のときに、心臓がドキドキし、鉛筆を持つ手が震えていたことを思い出します。意外に小心者なのです。

無事地方大学の医学部に合格し、高校に報告に行ったときのことです。

職員室で教師が電話をしていました。
『 xx高校さんは、東大xx名、京大xx名ですか。すごいですね。うちは、、、、』
という会話をしていました。
その当時はあまり疑問に思わない風景でした。

私のクラスの担任にもなったことのある教師に偶然会ったので、挨拶をすると、
『おお、くすのき〜〜』 と声をかけられました。

この時、合格の喜びは吹っ飛びました。
高校3年のときの担任ではなかったとはいえ、中高一貫教育なので6年間私の学年の授業をし、私のクラスの担任にもなったことのある教師が、なんで今更名前を間違うね〜ん怒り!!
しかも自分の中では、東大、京大ではないけれど、入院や、出席日数不足を乗り越えてやっと合格したので、一緒に喜んでもらえると思っていたのに、、、悲しい

病気を乗り越えて、医者になっても現実はこんなもんです、、、

本日は、ただの思い出ブログでした。

s.KUSUKI
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