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がんを生きる6 [2009年02月17日(Tue)]

息子、ゆうとの闘病を温かく励まし続けて下さった方々の中に、新聞記者の方がいました。
記者の福田さまの記事は、私たち家族を元気づけてくれるものも多く、この場をおかりして是非みなさまにも読んで頂きたいと思い、毎日新聞の許可の下ご紹介致します。
亜紀子

◆2008年07月13日  毎日新聞掲載

がんを生きる:/12 小児がん 「どう戦うかは、オレが決める」/主治医との作戦会議で決意

 乳幼児に特有ながん「神経芽腫(がしゅ)」を持つ田村結人(ゆうと)君(7)=茨木市。5月中旬に阪大病院に再入院し、今月、本格的な治療が始まった。

 今月5日、記者は結人君と電話で話した。「しんどくない?」「しんどくないで。何ともないわ」「いい感じやな?」「いい感じで進んでる」「(病気に)勝てそうやな?」「それはわからへん。たぶんやっつけれるわ、勝てそうや。まあ、わからんけどな」「結人君、強いもんな」「まあな。またテレビゲームやろうな。もう切るで」。相変わらずのクールな「ガキんちょ」口調に、ホッとした。

  ◇   ◇

 結人君は本格的な治療に入る前、自宅に一時帰宅した。そして、6、7月に誕生日を迎える仲良しの友だちに、プレゼントを渡した。ある友だちは、玄関口まで来てくれた。感染防止のため、近づくことはできない。それでも2人は、ラジコンのゴキブリを飛ばし合ったり、頭に虫取り網を掛けたりして、30分間ほど遊んだ。2〜3メートル離れたまま遊ぶ様子からは、子どもなりに、互いを思いやっていることがよく分かった。そして、こう告げた。「オレ、明日からしんどくなるから、しばらく会われへんからな」。船乗りのような粋なセリフを残し、結人君は決意を固めていった。

 この連載でも何度か紹介しているが、結人君は、人気アニメ「ドラゴンボール」になぞらえて闘病生活を送っている。結人君は主人公の孫悟空。がんは、相手の力を吸収しながら強くなっていく手ごわい敵「魔人ブウ」だ。

 きつい抗がん剤を使う前に、主治医との「作戦会議」が開かれた。個室に移り、外泊はできない。結構きつい治療になる。主治医はこう説明し、「1人で戦うんじゃない。みんながついている」と言葉を添えた。結人君は真剣に聞き、「最初は弱気なふりで行って、後で本気で行った方がええな」と作戦を決めた。「どうやって戦うかは、オレと(主治医の)先生で決める。かあちゃんたちはいい情報があれば、くれるだけでいい」。こうして、治療はスムーズに始まった。【福田隆】=つづく

がんを生きる5 [2009年02月10日(Tue)]

息子、ゆうとの闘病を温かく励まし続けて下さった方々の中に、新聞記者の方がいました。
記者の福田さまの記事は、私たち家族を元気づけてくれるものも多く、この場をおかりして是非みなさまにも読んで頂きたいと思い、毎日新聞の許可の下ご紹介致します。
亜紀子

◆ 2008年06月30日  毎日新聞掲載

がんを生きる:/11 小児がん 再入院先で「お兄ちゃん」に/校長「いつでも帰って来て」

 乳幼児に特有ながん「神経芽腫(がしゅ)」と闘う田村結人(ゆうと)君(7)=茨木市=は、5月中旬に再入院した。病院での暮らしぶりは「結構忙しいなぁ」。胸には点滴用の管が付いたままだが、「そんなに痛くないで。風呂に入る時は、ビチーッとテープを張って、水が入らんようにするねん」と教えてくれた。

 再入院した結人君は、周囲に成長を感じさせた。母亜紀子さん(34)は、最初に入院したころのことを思い出していた。

 当時、結人君は2歳9カ月。「かあちゃん、怖い……」と言うと、そのうち声が出なくなり、笑わなくなった。怖がったのは「がん」ではなく、大好きな「かあちゃん」そのものだった。発病のショックを隠しきれない家族の姿が、結人君を追い詰めていた。

 ムードを変えようと、結人君をリーダーとする闘病チームを組んだ。結人君が痛がる処置は看護師に任せ、家族は結人君と楽しく過ごすことを心がけた。こうして、周囲の助言を一つ一つ実行するうちに、少しずつ余裕が生まれ、なんとか危機を脱した。

 今や結人君は患者として「お兄ちゃん」的な存在だ。点滴を怖がる小さい子どもたちを笑わせようと、自分の点滴のカテーテルを見せて、逆に怖がらせて泣かせてしまうこともあるが、ご愛きょうだ。

   ◇   ◇

 結人君は今年3月、いったん退院していた。4月の始業式には元気に登校し、仲良しの友だちに突っつかれながら再会を喜んだ。「楽しい!楽しい!退院ってやっぱりいいな」と何度も口にしていた姿が印象的だっただけに、再入院との落差が堪(こた)えた。

 亜紀子さんは、学校に行かせたことを後悔しかけたこともあったが、校長の言葉に救われた。「一カ月半だけでも学校に通えて、良かったですね。担任や友だちとも関係ができて、クラスにちゃんと居場所ができました。まずは治療に専念して、いつでも学校に帰って来てください」

 見通しが立たない中、状況の変化に振り回される日々。それでも、結人君の成長と校長の言葉に、亜紀子さんはこれまでの経験が無駄ではなかったことをかみしめていた。【福田隆】=つづく(月曜掲載)

母として。事務局として。 [2009年02月08日(Sun)]

みなさま

ご無沙汰しています。インフルエンザが大流行で、うちのAYAちゃんも今怪しい熱を出しているところです、、、

昨日、手塚建築研究所のみなさんから「建築プランのご相談」として、夢の病院の新しいプランが発表されました。
前回のプランもそうでしたが、やはり、今回のものもとても斬新であり、私たちの要望もしっかりと盛り込まれていました。
もっと、ここはこうして欲しいなどの意見より先に、逆に「そうそう!そんなリクエストもしてたなぁ。。。」とプランを見ながら思い出すような感じでした。
徹夜で準備してくださった手塚事務所のみなさま、遠いところ会場まで足を運んでくださったみなさま本当にありがとうございました!

私は最近、ほとんど「事務局のまさみさま」としてみなさまにお会いさせていただき、メールさせていただき。。。という毎日をおくらせていただいています。「SAYAKAの母」としてチャイケモの活動に参加することが難しくなってきました。数字の計算、書類の作成、助成金の申請、報告などの事務的な仕事に追われている毎日です。

昨日のプランを見ながら「こんな病院でAYAちゃんもSAYAKAも過ごさせてやりたかったなぁ、、こんなところで闘病できる人のことがうらやましい、、、」と少しひねくれた想いを持ちました。
私がこれからも、この活動にどんなに力を入れて頑張っても当時のAYAとSAYAKAを救えるわけではありません。「それやのに、なんでこんなにがんばってんのやろう、、、」と思ってしまいました。
同じようにこどもを小児がんで亡くした友人は「もう関わりたくないし、頑張りたくないわ。そっと私たち家族だけの事にしときたい」という意見を言う人も少なくありません。
私も当初はそうでしたし、その気持ちが良くわかります。
今でも知らない人に娘の闘病中の出来事や想いの多くを語る事は本当は好きではありません。だけど、それじゃあ事務局次長が務まりません、、、(涙)

当事者がつらいつらい体験を乗り越えた後→そっとしておいてほしい。
または闘病まっさい中→闘病に集中させてほしい。

そんなせめてもの願いも叶わず、やっぱり当事者が声をあげ何年も、何年もがんばり続けなければ状況が改善されようともしない仕組みに、ついには腹立たしい思いになります。

昨日も会場ではいつものように事務局のまさみさまとして色々な想いを振り払いながら、今にも吹き出しそうな涙から気持ちを必死に背けながらいました。恐ろしいことにそんなことにも慣れてきました。

後片付け、解散。家に帰って、その間、母に預けていた子どもたちと再会し、あついお茶を飲みながらホッとするとやっぱりSAYAKAたちの母に戻り「正直な想い」がよぎります。

そして色んな意味の涙がちょちょぎれます。


クローバーまさみさまクローバー

※長女=A=AYA
  次女=S=SAYAKA