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あらためて一言 [2008年04月30日(Wed)]

1年間で、こども約1万人に1人が小児がんを発症します。
予防する方法はありません。
1人が小児がんを発症したおかげで、残りの9999人は小児がんにならずにすんだと考えることもできます。
小児がんになったことは不運ですが、不幸ではありません。
小児がんを発症したこどもとそのご家族にも、そう感じてもらえるように
残りの9999人のこども+大人たちは、少しだけでもサポートをするべきではないでしょうか。
がんになっても笑顔で育つことはできます。


s.kusuki

チャイルドケモハウスでは現在応援メッセージを募集しております。
http://www.kemohouse.jp/cgi-bin/regist_members/regist.html

詳しくはこちら http://blog.canpan.info/kemohouse/archive/341
「もっと自信を持とう」 [2008年04月28日(Mon)]

いつもご心配をおかけしています。おかげさまで結人は3月末に一旦退院し、現在は通院治療を受けながら少しずつ学校にも行ってます。親の心配はよそに本人はとても元気です笑顔
この度、チャイケモと結人のことが毎日新聞で紹介されました。(一番下にリンクしましたのでよろしければご参照ください)
新聞で紹介されている始業式には私も同席しましたが、記事の通りお友達や先生方にあったか〜く支えられて、結人は生き生きとしていました。小学校の先生方をはじめ、周囲の大人のサポートがあってこそ結人の不安や心配を最小限にできているのだと思います。大人の理解と努力が、クラスのお友達の理解につながっていることを実感した始業式でした。
小児がんの治療をがんばった、がんばっている子ども達、もっと自信を持っていいんだよ、、そう心から思い応援してくれる大人が増えることが、小児がんの子どもたちの自信につながるのだと思います。

亜紀子

毎日新聞・大阪版(2008年4月7日)
毎日新聞・大阪版(2008年4月21日)
毎日新聞・大阪版(2008年4月28日)
小児外科医から見たCLS A [2008年04月25日(Fri)]

CLSが初めて小児外科症例に関わってくれた事例を記します。男の子で、胸に大きな腫瘤が見つかったために緊急入院してきました。呼吸もかなり苦しそうです。仰向けに寝ると腫瘤の重みが心臓や気管(口や鼻から吸った空気を肺に送る管)に直接かかる状態で、座っているか横向きでないと息ができない状態です。とはいえ、病気の診断をつけるためには、頚部のリンパ節を採取して詳しく検査しなければなりません。つまり手術が必要なのです。ところが、全身麻酔で手術をするために筋弛緩薬(筋肉の力をなくす薬)を使うと、腫瘤の重みがもろに大きな血管や気管にかかり、一瞬にして心臓が止まったり、呼吸できなくなってしまいます。そのため、胸に大きな腫瘤がある患児については、局所麻酔だけで意識のある状態で手術をしなければいけません。そこでCLSにお願いをしました。術前にプリパレイションブック(絵や写真で手術室に行ってから病棟に帰るまでを絵本風にまとめた本)を使いながら、年齢に合わせて手術手順を説明してくれました。当日は手術室の中まで患児と一緒に絵本を持って付き添ってくれ、処置中も絵本を読み聞かせてくれました。担当の麻酔科の先生も全面的に協力してくれて、適度に鎮静剤を使いながら、少し眠るくらいの状態を保ってくれました。おかげで、処置をしている間、患児は少しも怖がることなく、夢見るような状態の中で全てを終えることができました。一旦パニックになったら、命に関わるような危険がある処置でした。そう思うとCLSの存在はどんなに高価なお薬よりも価値があったと言えます。その子はその後お薬の治療が奏効し、いまではすっかり元気になって、病棟を走り回っています。ほんとうにすばらしいCLSの手術場デビューでした。

とはいえ、現状では小児内科、小児外科系を合わせた阪大病院小児医療センター内に87床の病床数があり、これを1人のCLSでカバーするのは無理があると思います。毎日の病棟での検査や処置だけでも相当の数があり、1人ずつしっかりと時間をとりながら、患児の心に寄り添ってくれるCLSは何人居てもらっても充分とは言えない状態です。

大阪で、日本で、もっともっとCLSが増えて、病棟のこどもたちが笑顔でいられるように、怖がらないで検査や手術がうけられるようになってくれたらと願っています。

a.yoneda
小児外科医から見たCLS @ [2008年04月23日(Wed)]

ある日、同僚の小児外科医のお子さんが、心臓病のため手術を受けることになりました。

「ドナドナの歌やった。」

ストレッチャーに乗って手術室に運ばれていく我が子を見送った時の父親としての心境を、彼が振り返ってそう話してくれました。「ドナドナ」という歌は、「大切に育てた子牛が市場に売られていく」という内容の悲しい歌です。小学校で習った方もおられると思います。

毎日のように赤ちゃんやこどもたちの手術をしている小児外科医でさえも、自分のこどもが手術室に消えていく時に、このような心境になるのですから、一般のご両親はもっと不安が強いことと思います。まして、運ばれていくこどもたち自身は、「お母さんはなんでついてきてくれへんの?」「これからどんな怖いことが待っているのやろ」といった恐怖心でいっぱいになります。

手術室の入口で泣き叫ぶ子、或いはひきつった顔で固まってしまう子を見るにつけ、小児外科医としてなにかできることはないのだろうか?或いは看護師さんが何とかしてくれないだろうか?しかし自分達にそういうケアをしてあげられる時間的余裕はないし・・・というジレンマを常々感じていました。

「チャイルド・ライフ・スペシャリスト(CLS)」という専門家の存在を知ったとき、「これだ!」と感じたのを覚えています。そして小児病棟で実際にCLSが活躍するようになり、「ドナドナ」を解決してくれるのはCLSをおいて他に居ないと感じるようになりました。(つづく)

a.yoneda
海苔の佃煮? [2008年04月21日(Mon)]

「しばらくは海苔の佃煮のようなにおいがするんですよ。。。」
移植直後主治医の先生が言いました。「臍帯血を保存するためのお薬のせいです」
「ほんまに〜?何で海苔なん???」と半信半疑で話を聞いた数十分後、Sの全身から本当に海苔の佃煮のにおいがしだしました。しばらくすると部屋中にそのにおいがひろがりました。においの原因についてはいい気はしませんでしたが、子どもの頃からよく食べている海苔の佃煮のにおいはなぜか移植の緊張から私を救ってくれました。いまでも海苔の佃煮を見るとこの頃の想いがリアルによみがえります。

においは数日で消えます。

S(次女)は普段とあまり変わりなく過ごしていました。予想していたよりずっとスムーズに一日一日が過ぎました。ビニールカーテン越しのため、少しゆがんで見える大好きなアンパンマンのビデオをくり返し見ました。ベッドの手すりを小さい手でしっかり持って、柵から足を出しぶらぶらさせながら座っていたかわいらしい姿が目に焼きついています。。。

私はこの頃から小学生のころぶりに、編み物をはじめました。毛糸の帽子から始め、ベスト、セーター、コートと本当に色々と編みました。SもA(長女)も作品が出来上がるととても喜んでくれて、調子に乗った私はたくさんの毛糸を買い込んで、いつも二人おそろいに編みました。その頃からの作品のコレクションは今もしっかりと残ります。

「移植って思ったほど大変じゃないんや。。。」と思いかけたある日、Sが急に悲鳴を上げてあばれました。
びっくりして、ナースコールを押し、看護師さんや先生に診てもらいましたが、原因がわかりません。叫んで、暴れたかと思うと、何もなかったように機嫌が戻ります。
でも明らかに痛すぎる悲鳴です。夜中も突然叫び、暴れます。
擦るくらいしかできないまま、しばらく観察を続けると、おしっこの出が悪いことに気づきました。さらに、痛がるときはどうもおしっこの出るタイミングだということもわかってきました。そのことについて先生に相談すると「今投与中のお薬は排尿痛を起こすことがあるんです、、、」との説明がありました。
対処法を考えてもらいましたが、痛み止めを使用しようとしても、いつ起こるかわからないピンポイントの痛みに対しての対処は難しい、、、との事でした。それでも、ほんの少しでも痛みが和らぐかもしれない、、、と持続的に痛み止めのお薬を入れてもらうことにしました。

Sの排尿痛は約1週間続きました。
痛みもなくおしっこができるようになったときには、親子とも全身の力が抜けるほどホッとし、何の痛みもなく生活できることがどれだけ満たされているということなのかをしみじみと思ったのでした。

「油断できない、、、」と改めて気持ちを引き締め、白血球の立ち上がりを首を長くして待ちました。

クローバーまさみさまクローバー

取材って難しいですね。 [2008年04月18日(Fri)]

最近数件、チャイケモや小児がんについて取材を受けることがありました。
取材を受けることによって改めて、いろいろな事を思い返すきっかけになっています。
ただ、いつまでたっても慣れません。

先日も、
『最後にチャイケモに寄付したくなるようなコメントをもらえませんか?』
との質問を受け、正直言葉に詰まってしまいました。
『寄付したくなるようなコメントってなんだろう??』
私自身にできることは現状を伝えて、共感してくださった方から御支援をいただいていると思っているので、
この質問には困ってしまいました。現状を伝えることなんて一言ではむつかしいし、、、。

でもこれって大事なことだと思うので何かいいコメントないでしょうか??
でもこのあたりは、さすがにマスコミの方はプロで、長くなりがちな私のコメントをコンパクトにまとめてくださることが最近わかったので、
一言で言おうとせず、言いたい事を全部言うようにしています。

みなさまのご支援のお陰で、チャイケモの輪が着実に広がっていっていると実感している今日この頃です。
今後ともよろしくお願いいたします。

s.kusuki

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こども達の応援団のひとりとして [2008年04月11日(Fri)]

病院という場所は、「病気を治すため」とは言え、こども達と家族が、多くの理不尽な苦しみと痛み、不安や悲しみと向き合う場所です。「元気になること」ことだけではなく、「こども達の“いのち”と“こころ”の輝きを育み守ること」を願う家族の思いを、病院スタッフがしっかり受け止め、家族の気持ちに添って“伴走”することができるなら、闘病生活の苦しみを無くすことはできなくても、少なくとも、ほんの少し柔らかく、軽く、小さくすることはできるはずです。そして、その受け入れ難い体験の中にも、「宝物」や「贈り物」だと感じられるもの見つけてゆく、こども達と家族の“思い”と“生きる力”をサポートしていくことができるはずです。

病院の中でも、病院の中だからこそ、こども達と家族の”大好き”と”いつも”の世界を大切にしたい・・・ほっと安心できる場所、笑顔になれる時間、“だいじょうぶ”と思えるかかわり、“宝物”に出会える環境を守りたい・・・。今まで日本とアメリカで出会った多くのこども達(治療を終えて元気になったこども達、そして、天国に旅立ったこども達)のかけがえのない“いのち”と“こころ”の輝きを胸に、“今闘病中のこども達”のためにCLSとしてできる取り組みを、ひとつひとつ心をこめて積み重ねてゆきたいと思っています。

fumiクローバー
“守る力”と“開く力” [2008年04月09日(Wed)]

おとうさん あのなぁ、あめのときは、おひさま、かんがえとるねんで
くものなかで・・・・・・・そとに でようかなぁって(3歳)
「ポッケにいつもお星さま」小椋佳:編より

入院して、本来の笑顔や言葉をなくしてしまうこども達もいます。行き場のない苛立ちを、家族や医療者にぶつけるこども達もいます。弱音を吐くことができず、笑顔で頑張り続けてしまうこども達もいます。どのような時も、まず、ありのまま、そのままを、受けとめ、表面化しないその子の気持ちに思いを寄せ、耳を傾けます。心の扉を少ししか開けていないこども達、抵抗し拒絶するこども達、不安を心の奥に押し込めて笑顔で頑張るこども達にとって、その扉や抵抗や笑顔は、自分の心を守るために作った「とりで」「心のよりどころ」かもしれません。あそびの中で、安心したとき、扉の奥の気持ち、苛立ちの本当の理由、笑顔の奥の気持ちが、あふれ出します。こども自身の「もういいよ」を尊重すること、「まぁだだよ」の間は待つこと、こども自身が持つ、「守る力」と「開く力」、その両方をサポートすることが大切だと、日々病棟で実感しています。

笑顔やことばをなくしていた子が笑い話すようになる、処置に強い抵抗を示していた子がスムーズに乗り越えられるようになる・・・そのような目に見えて分かりやすい劇的な効果があったかかわり、「雨がやみ、雲が切れて太陽が輝き出した」ように見える瞬間は、CLSの介入の成果や効果として、クローズアップされがちです。でも、こども達にとって、そして、CLSの介入として、本当に大切なのは、その背後・前後にある時間、目に見える変化のない部分だと痛感しています。「雲の中で雨をしのぎ、そろそろ外に出ようかなぁ・・・出ても大丈夫かなぁ・・・と揺れている段階」・・・恐怖や緊張で硬くなっていた心や、ストレスやショックで疲れ切った心が、ふわっと解けてゆく・・・そのプロセスのひとつひとつは、たとえ、目に見える変化はなくても、心の中で秘かな変化が起こっています。そして、目に見える変化の後、特にその変化が大人に歓迎された場合、その期待に応え続けなければいけないというプレッシャーを感じるこども達もいます。その“揺れている”部分に寄り添うサポートが、大切なポイントとなるのだと思います。

こども達が病院という場所で、できる限りリラックスして、“本来の”その子らしくいられるように助け、人知れず心の奥に抱えている”痛み”と“強さ”と“揺れ(葛藤)”に寄り添うことが、CLSの大切な役割だと感じています。(つづく)

fumiクローバー
Boys & Girls [2008年04月07日(Mon)]

昨日今日と大阪は桜が満開でした。
始業式・入学式の季節ですね。

始業式・入学式を病院でむかえる子ども達もいれば、治療が終了し退院後、治療の影響で髪の毛が少ないまま地元で始業式・入学式をむかえる子ども達もいます。

病院で始業式・入学式をむかえる子ども達は少し寂しい想いがあると思います。
地元で始業式・入学式をむかえる子ども達は、他の同級生の反応が気になるところだと思います。

いろいろと思い悩むこともあると思いますが、大丈夫ですびっくり

浜崎あゆみさんの「Boys & Girls 」の詞を子ども達に贈りたいと思います。

音符輝きだした 僕らを誰が止めることなど出来るだろう
はばたきだした 彼達を誰に止める権利があったのだろう音符

音符輝きだした 私達ならいつか明日をつかむだろう
はばたきだした 彼女達なら光る明日をみつけるだろう音符


s.kusuki

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みんながあなたの味方 [2008年04月04日(Fri)]

ある医療スタッフが、こどもと家族にCLSを紹介する時に、「こどもの味方」と表現してくれたことがありました。CLSが本当の意味で「こどもの味方」になるためには、「CLSだけがこどもの味方」かのような状況や印象を作るのではなく、「こども」と「医療者」、「日常体験」と「医療体験」との間に“架け橋”を作り、家族も病院スタッフも「みんなが、こどもの味方」だと、こども達が信頼や安心感を伴って感じられる状況をサポートしていくことだと思います。また、家族の付添や面会が制限された時間・場所では特に、こどもが「ひとりぼっちじゃない。だいじょうぶ」と思えるように、安心感を途切れさせない“架け橋”の役割を担います。こどもは小さな胸の中に、抱えきれないほどの不安を持っていますが、自分を取り巻く”人”と、医療機器など自分を取り巻く”もの”の“大切な役割”を理解して、「みんなが自分を守り、支え、助けてくれる味方」・・・と感じられたら、大人もかなわないほどの大きな力、乗り越える力を持つことができると、いつも感じます。

心地よい日常から一転して、緊張や不安を伴う体験をしなければならない馴染みのない場所に連れて来られたこども達が、多くの見知らぬ大人たちに囲まれ、痛みやストレスを伴う体験をする中で、「みんなが自分の味方」だと受けとめることは、大変困難で、また、負担が大きなことです。CLSは、こども達の一番の味方である「家族」のぬくもりとつながりができる限り守られるように、そして、あそびや会話の中で、こどもが“その子らしく”いられ、少しでも安心できるようにサポートし、「患児」としてではなく、「こども」として向き合います。そして、あそびを通して、こどもが何を感じているかを汲み取り、負担のない方法で、体験や感情を表現・消化し、心を癒す形で、「あそびきる (play out)」ことができるように援助してゆきます。そのような介入を通して、こども達が胸の奥に閉じ込めていた様々な「思い」がぽろぽろと溢れ出します。弱音を吐かずに「いい子」でがんばらなければというプレッシャー、処置や病気を「悪い子」への“おしおき”だと感じているという誤解、何が何だかわからない、逃げ出したいほどの恐怖・・・。まず、どんな感情も無条件で受け止めてもらえる、弱音を吐いてもいい、という安心感を持てるように、その気持ちをありのままに包んで耳を傾けます。そのあと、ゆっくりと、心と理解の許容範囲内で、こどもが受けている医療体験の意味や目的、プロセスや今後の見通し、こどもをサポートする医療スタッフの役割を、安心感を伴って受け止められるように援助してゆきます。

あそびの中で、医師・看護師役となったこども達は、患児役のぬいぐるみを、やさしく撫で、語りかけます。「ちっくんは、いたいね。でも、だいじょうぶ。いたかったね。もうだいじょうぶ」。医療者に対して拒絶や警戒心を見せていたこども達が、あそびの中で、徐々に医療者の役割を理解しながら、医療者への信頼や憧れの気持を育んだり、医療者の患児に対するいたわりや優しさを表現したり、「こうしてほしい」という願い、「これがあればだいじょうぶ」という“おまもり”を表現することが大変多いのです。

そして、医師役・看護師役を演じているこども達のもとに、医師・看護師が処置のために訪れる時、急に、「患児」の立場に引き戻されると、こどもたちは、傷ついたり、混乱や戸惑いを感じることもあります。ほんの少しの時間、あそびの中でこども達が演じる“医師・看護師”としての役割や仕事を尊重して見守ることで、多くのこども達は、納得して安心して、“医師や看護師に診てもらう患児”の立場に戻り、受け入れることができるのです。(つづく)

fumiクローバー
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