CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
« チャイケモメンバー | Main | イベント»
<< 2017年10月 >>
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
カテゴリアーカイブ
最新記事
最新コメント
nayuno
オープンハウスです (11/29) mn
【 模擬家族プロジェクト(看護師対象)の募集! 】 (05/10) かな
8月の建設現場にて (08/28)
24時間テレビ (03/05) まさみさま
新年です! (02/14) s.kusuki
小児がん治療の集約化(後) (02/09) ゆっきー
小児がん治療の集約化(後) (02/07) いつこ
新年です! (01/10) s.kusuki
産科病棟にて (12/05) nico*nico
産科病棟にて (11/29)
最新トラックバック
少年・少女剣士 [2010年07月12日(Mon)]



この春の桜が咲き始める頃、剣道道場を見学するため、私は豊中市にある小学校の体育館を訪れました。中に入って最初に驚いたのは、何度も何度も倒されながら、その度に起き上がっては師範に立ち向かう子供たちの必死の形相でした。といっても、面の中は伺えませんが、私にはよくわかりました。



何を隠そう、私も小学校低学年の頃、剣道道場に通っていましたが、基本の構えや素振りの練習ばかりで、本格的な段取りの稽古を始めるまでに辞めてしまいました。


心・技・体は武士道における精神修養の基本。剣道では、活人剣といって、人を活かすことに重きが置かれます。そこから、克己心や探究心が養われ、究極の自然体が会得されるのです。



礼に始まって礼に終わる。1日に100回礼をすると言います。小さな子どもたちの頭を下げる姿に感動を覚えます。稽古が終わる前、全員が正座して師範の訓示に耳を傾ける時、静かな空間が館内を引き締めます。



江戸時代に成熟したと思われる武士道の精神は、礼儀であったり義理であったりと、現在に到るまで、日本人の心を育み続けているような気がします。弱者に対する仁も武士にふさわしい徳として賞賛されたと言います。武士は食わねど高楊枝、質素な生活で食べるものがなくても痩せ我慢、憎めない粋なところもありました。



さて、江戸時代の国学者で、小児科医でもあった本居宣長は、大和心を「朝日に匂う山桜花」といい、日本人の感性の拠り所を「もののあはれ」と表現しました。武士道に通づるところもあるでしょう。



明治以後、西洋化、工業化の波にもまれて先進国となった日本、加藤周一はその文化を雑種的日本文化と評論しました。異文化を完全に同化するのではなく、日本流に受け入れる過程で、さほど変わらない日本人の魂が生き続けているように思えます。



明治の日本を見た外国人は、日本を「子どもの楽園」と表現しました。街は子どもたちの遊びであふれかえっていたと言います。大人や老人たちは子どもたちを溺愛し、その一方で、しつけも忘れなかったと観察しています。


道場で出合った子どもたちの無邪気な笑顔と真剣な眼差し、そして半べその悔し顔。私は正座をして稽古を見つめながら、将来の日本を背負う子どもたち、そして、天国で竹刀を振っている子どもたちに大きなエールを送っていました。



by Ohta



(ご協力)

井関大輔様始め小曽根寺内剣友会の皆様



(参考図書)

新渡戸稲造 「武士道」

渡辺京二 「逝きし世の面影」

加藤周一 「日本文化の雑種性」
幸福三説 [2009年12月09日(Wed)]

例年になく暖かい師走を迎えました。気持ちはそれでもせわしない毎日をお過ごしの方も多いかと思います。あまり明るくないニュースばかりが続いた1年のように思いますが、今日は皆さんの幸せを願って、幸田露伴が明治の末に著した「幸福三説」をご紹介します。

第一は「惜福の説」、福を惜しむ。「福を使い尽くし取り尽くしてしまわぬをいうのである」と説明しています。身近なところでは、「たとえば掌中に百金を有するとして、これを浪費に使い尽くして半文銭もなきに至がごときは、惜福の工夫のないのである」。個人や国家の財産を無駄づかいしないこと、鉱物資源や森林資源、漁業資源など地球上の福を取り尽くさないことは大事でしょう。足るを知って、倹約した生活で福を惜しむということだと思います。

第二は「分福の説」、福を分ける。「自分の得るところの福を他人に分ち与うるをいうのである」とし、「惜福は自己一身にかかることで、いささか消極的の傾があるが、分福は他人の身上にもかかることで、おのずから積極的の感がある」と言っています。露伴が言うには「高貴の情懐の発現」であり、豊かな心持ちをもって、一段レベルの高い幸福の追求であると言えるでしょう。何も個人に限ったことでなく、社会や国家にもそうあって欲しいと願うところです。

第三は「植福の説」、福を植える。「我が力や情や智を以て、人世に吉慶幸福となるべき物質や智識を寄与する事をいうのである」。このことは未来への投資であって、自己の福と同時に社会の福を植えることにもなると言い、惜福や分福に勝って卓越していると説明しています。

以上の三つ、例えば、森林資源を考えてみると、若木を残し成木も控え目に伐採し(惜福)、伐採した木を社会に還元し(分福)、将来のために植林する(植福)ということになるでしょうか。この三つの福は、どちらかというと物質を主とした福を対象としていますが、私は、心の福により重点を置いた幸福説をここに二つ追加したいと思います。

その一つは「蘇福の説」、福を蘇らせる。視点を過去から現在に移動させます。過去の良き思い出を想起することで心の平安を感じることです。過去に生きた故人の笑顔を思い出すことは、故人を知る人の幸福につながり、そうすることで故人も天国で幸せを感じることでしょう。社会全体としても、故(ふる)きを温(たず)ね、過去の良きもの(福)を現在に蘇らせることもできるでしょう。

もう一つは「願福の説」、福を願う。視点は未来に向いています。あくまでも心の持ちようです。希望を持って、幸福を願うことで、幸福への道が開けると信じています。皆さんやご家族の幸福、社会や地球全体の福を切に願ってやみません。

政権交代後、逼迫した国家予算の無駄づかいを洗い出す仕分け作業が行われました。社会全体として、必要なところには十分に分福して、将来の福につながる科学技術・医療技術開発には植福して、過去の良いものから蘇福して、その上で無駄を削るという惜福をしてもらいたいと思います。願福する私の希望です。

by Ohta

追記:黄色い花は福寿草、別名、元日草。花言葉は永久の幸福。赤く見えるのは、冬にみられる南天の実、福寿草とセットで「災い転じて福となす」ともいわれる。(Wikipedia より)
色づく古都、興福寺 [2009年11月09日(Mon)]

雨上がりの朝、奈良、興福寺の境内は、時折、修学旅行の団体が通り過ぎる以外は静寂な空間だった。国宝特別公開が始まるのを待ちながら、私は五重塔を見上げていた。左奥に見える紅葉に深まる秋を感じた。

仏像を一同に安置した仮金堂内。中央に立つ阿修羅像は734年作、古くは古代インド神話に登場する悪神、仏教に帰依してからは守護神。3つの顔と6本の手。遠くから眺めると憂いをもった優しげな表情を見せる美少年は、近くに寄って見ると引き締まった力強さを表出している。優しさと荒々しさの同時性に不思議な感覚を覚え、これが人間の本質なのかと考えた。

帰り道で再び五重塔の前。焼失と再建を繰り返し、現存の塔は室町時代のもの。法隆寺のものより荘厳な印象を受ける。幸田露伴の「五重塔」を思い出す。人間の私欲と恩義との葛藤の物語、主人公のささやかにみえる欲望もつまるところ人間の本質なのか。

北円堂に向かう。如来像(弥勒如来座像)とその両脇やや後方に控える、無著と世親の菩薩立像。いずれも鎌倉時代、運慶作。無著と世親は僧侶の兄弟、恰幅の良い体格で少し背を曲げて前を見据え、逞しさと優しさを顔にたたえている。東大寺の金剛力士像にみる運慶の激しさ一辺倒とは違った傑作だ。

露伴の娘、幸田文の短編「材のいのち」に宮大工棟梁の西岡親子三人の話が載っている。文が三人に教えられたのは「木は生きている」ということ。ここで言う「木」は立ち木としての生命を終わったあとの「材」のこと。「木は立ち木のうちの命と、材になってからの命と、二度の命をもつものだ」「千二百年の昔の 材に、ひと鉋(かんな)あてれば、いきいきとしたきめと光沢のある肌を現し、芳香をたてる。湿気を吸えばふくよかに、乾燥すればしかむ。これは生きている 証しではないか。」

いまや日本ではかつての熱狂的な仏教信仰はない。しかし、私欲と葛藤し、死の恐怖と対峙することは、いつの時代とて同じであろう。天平の世に生まれた阿修羅像、その顔がたたえる憂いに心を癒された一日であった。

古都の秋 悠久の憂い 阿修羅像

紅葉背に 威風堂々 五重塔

by Ohta
留学生の夏休み [2009年09月01日(Tue)]

秋は忽然と始まる。蝉の音は早くも細る。甲子園も終わり、木陰を吹く風に秋を感じます。新型インフルエンザが猛威を震う一方で、政局が慌ただしく揺れ動きます。

「僕ってエイリアン?」 7月初め、市役所で外国人登録を申請するところから、彼の日本での夏休みが始まりました。確かに、外国人登録申請書には "Application for alien registration" と書いてあります。昔からの日本の閉鎖的な体質の遺残か、はたまた、ただ単にエイリアンが異星人を意味する印象が強いのか。彼に申し訳なく感じて、苦笑するしかありませんでした。彼も笑っていました。

彼はトルコの医学生で、2年生が終わったところの22歳。ちなみにトルコの医学部は日本と同じ6年制。小児がんを勉強するために、私たちのところへやってきたのでした。もちろん日本は初めてで、イスタンブール生まれでアンカラの医学校に通う彼は、暑さはそう変わらないと言っていましたが、梅雨が長引いた大阪の蒸し暑さには、きっとうんざりしたことでしょう。

2か月で仕上げたレポートの完成度が高いのに驚きました。彼は小児外科の先生達に混じって、小児がんにおけるがん遺伝子の研究を黙々とやっていました。研究レポートは英語ですが、私たちと同様、彼の第二外国語です。ただし、トルコの医学部の中には母国語のクラスに加え英語のクラスもあって、彼は英語のクラスで勉強しています。

日本では医師の地域偏在(大都市集中)が大きな問題となっていますが、トルコでも状況は同じ。いやもっと深刻なようです。地方の病院はハード面が十分ではなく、医師も敬遠するとのこと。しかし、医師のステップアップに2年間の地方出張が義務づけられていて、何とかしのいでいるようです。我が国では間もなく新しい政府が誕生します。診療科偏在も含め、全体のバランスを考えた医療政策を期待したいところです。

彼は日本語や日本文化にもとても興味を持ち、ひらがなやカタカナ、簡単な漢字も習得してしまいました。好きな日本食を尋ねると、お寿司、鰻と答えが返ってきました。関西空港まで送って行った時に、お寿司屋さんでささやかな別れの宴を催しました。

土耳古の夏も終わり、秋が始まっていることでしょう。
日の入や 秋風遠く 鳴つてくる (漱石)

by Ohta
[2009年07月27日(Mon)]

夏本番を目前にして、足踏み状態の日本列島。停滞する梅雨前線の脅威に驚くばかりです。子ども達の夏休みが始まりました。新型インフルエンザの影響で夏休みが短くなった学校もあることでしょう。政局は夏の陣、本戦モードに突入しました。不安定、不確定なことばかりで気が滅入ってしまいますね。皆さん、いかがお過ごしでしょうか。

立秋前のこの時期、土用の丑の日に鰻を食べる風習は江戸時代に始まったようですが、夏に売れない鰻屋さんの発案だそうです。今年は、7月19日と31日の二日あります。皆さんもおいしい鰻を食べて暑い夏を乗り切ってください。

さて、本物の丑(牛)の話です。明治の文豪、夏目漱石は晩年に、当時新進気鋭の芥川龍之介に宛てた手紙の中でこう言います。「牛になる事はどうしても必要です。われわれはとかく馬になりたがるが、牛にはなかなかなり切れないです。(中略)あせっては不可(いけま)せん。頭を悪くしては不可(いけま)せん。根気ずくでお出でなさい。(中略)牛は超然として押して行くのです。何を押すかと聞くなら申します。人間を押すのです。」

私たちも、どっしりとした、着実な前進を大切にしたいと思います。

先日報道された漱石のお家騒動、漱石は怒っているような気が私にはします。そう言えば、今年は丑年でしたね。暑さきびしき折、くれぐれもご自愛ください。

by Ohta

参考文献:三好行雄編「漱石書簡集」(岩波文庫)
旅立ち [2009年04月08日(Wed)]

ここ大阪は、桜、満開、春、本番です。春の風が穏やかな4月は入学、就職の季節です。

「どうやった?」と恐る恐る問いかけると、彼は「受かったよ」とはにかみながら答える笑顔、実は彼は私の患者さんで、この冬受験勉強で無理をしたためか病状が不安定となりそっちの方も心配していましたが、検査結果も安定してひとまず安心、隣のお父さんは「合格してすぐに先生に連絡しようと思ったのですが」と、「連絡して下さったら良かったのに」と私は答えながら、そんなことはもうどうでもよく、「よくがんばったね」と話をしながら私の声は少し上ずって目は潤んできました、と見るとお父さんも少し涙目で、そんな二人を傍らに彼は終始、にこにことして、3人で共有する空間にこれまでの苦労や今の喜びを分かち合う共有の時間が流れ、これから始まる彼の大学生活が素晴らしい充実したものであることを願うばかりで、彼は膠原病を患い定期的に外来通院しながら中学、高校と通い、小児科医にあこがれてこの春医学部を受験し、晴れて合格したのでした。

小児がんを克服した女の子もこの春、大学を卒業して、小児病院の看護師として社会人のスタートを切りました。小児がんで夭逝した男の子の弟さんも、この春、医学部を卒業して、小児科医を目指して働き始めました。

若いあなたたちの未来に幸あらんことを祈るばかりです。応援しています。

by Ohta
春の詩 [2009年03月26日(Thu)]

春到来ですね。いかがお過ごしでしょうか。
山は青くして花は然(も)えんと欲す。杜甫の詩から。自然の爆発的なエネルギーを感じる季節です。

華やかな季節の始まりですが、別れと旅立ちの時期でもあります。
名曲「なごり雪」の作詞者の伊勢正三さんは、その後、別れの詩のつもりだったが、実は旅立ちの歌と気づいたそうです。

時間は立ち止まりません。瞬く間に過ぎていきます。
今(こ)の春も看(ま)のあたりに又過ぐ。

幸か不幸か時はめぐっていきます。
以下、中島みゆきさんの「時代」から。

そんな時代もあったねと いつか話せる日が来るわ
あんな時代もあったねと きっと笑って話せるわ
めぐる めぐるよ 時代はめぐる
別れと出会いを繰り返し
今日は倒れた旅人たちも
生まれ変わって 歩き出すよ

杜甫は都落ちした旅人の身で、都に帰る夢を持ち続けながらこう続けます。
何(なん)の日か是(こ)れ帰る年ぞ。

by Ohta

絶句 杜甫

江碧鳥逾白 江は碧(みどり)にして鳥は逾(いよいよ)白く。
山青花欲然 山は青くして花は然(も)えんと欲す。
今春看又過 今(こ)の春も看(ま)のあたりに又過ぐ。
何日是帰年 何(なん)の日か是(こ)れ帰る年ぞ。
左抱きのなぞ(つづき) [2008年12月05日(Fri)]

まず、右利きでも、左利きでも、赤ちゃんを左抱きをする頻度は同じ80%という報告がありました。つまり、利き手には関係なさそうです。

実は、左抱きの原因は心臓(の位置)ではなく、脳の左右差にあるようです。

赤ちゃんの顔の表情は、母親の左側の視野(右脳で認識されます)に置いた方がより速く、より正確に認識され、また、その方が母親の左側の顔の表情表出も上手だそうです。そして、母親が発する呼びかけ・話しかけ・歌いかけなどの声、特に、そのメロディー、イントネーション(抑揚、強勢)は右脳で制御されています。つまり、右脳が活性化されている方が、赤ちゃんとの感情のやりとりに有利だということのようです。

赤ちゃんの左耳は音楽やメロディーを認識するのが得意で、左抱きされた赤ちゃんの左耳が母親の胸で塞がれていないことも、左抱きでは有利に働きます。(これも赤ちゃんの右脳のなせるわざ)

母親の音声だけでなく、微笑みかけや愛撫といった愛情表現も、主に右脳でおこなわれます。赤ちゃんにとって母親の声は、左抱きされている方がより安心感を覚え、右抱きされている場合はより刺激的に聞こえるようです。

心(心臓ではなく、こころ)の通ったコミュニケーションが、赤ちゃんの心理的安定、発達にとても重要ということですね。今回の話、老婆心ながら、右抱きをしてはならないということではないと思います。愛情をもって赤ちゃんと接することが何よりも大切です。

私の五臓六腑は煮え返ることはめったにありませんが、アルコールが染み渡ることがときにあります。この時は、左右の脳まで染み渡ってしまいます。(ちなみに、六腑とは、大腸、小腸、胆、胃、三焦、膀胱。三焦は何を指すのか不明)

by Ohta

(参考文献)
中村雄二郎、山口昌男 「知の旅への誘い」
Sieratzki JS, Woll B. Why do mothers cradle babies on their left? Lancet 347: 1746-1748, 1996
Sieratzki JS, Woll B. Neuropsychological and neuropsychiatric perspectives on maternal cradling preferences. Epidemiol Psichiatr Soc 11: 170-176, 2002
危機 [2008年11月28日(Fri)]

日本の新政権は迷走しているように見えて残念ですが、海の向こう、米国ではオバマ氏が率いる民主党が政権を握ります。大恐慌以来とも言われる金融危機の中、巧みな舵取りを期待したいところです。

かつての民主党の副大統領で、環境問題の論客、2007年のノーベル平和賞受賞者のアル・ゴア氏は、その授賞式で漢字の「危機」を分解して説明しました。危機(crisis)は危険(danger)と機会(opportunity)から成ると。危険な状態になっても、悪い状況を回避する機会を得るという前向きな言葉であるということでしょう。逆に、危険がなければ改善の機会もないかもしれません。

医療現場では危機的な状況が深刻さを増しています。産科、小児科、麻酔科、救急医療と、日本国民が安心して医療を受ける体制が崩壊しようとしています。この危険な状況から早く脱して、より良い医療を実現しなければなりません。2歩下がっても3歩進む機会ととらえなければなりません。

小松秀樹氏の書いた「医療崩壊」で言う、立ち去り型サボタージュ。労働環境の悪化(様々な要因、プレッシャーから、肉体的・精神的に参ってしまう)によって、病院から黙って立ち去る(つまり開業することが多い)医師が増えたと小松氏は分析します。

誠意を持った医師を育て、その誠意を発揮できるような医療現場・労働環境にしなければ、医療、特に病院医療は立ち行かなくなります。前向きな意味で危機ととらえる時期は過ぎようとしています。

恐らく、いや、確信をもって言えるのが、心の通うコミュニケーションがとても大切だということ。医療者にとって、患者さん、ご家族からの「ありがとう」の一言は、かけがえのないものです。県立柏原病院の小児科を守る会の活動によって、同病院の小児科が、廃止の危機から、存続へ、さらには、小児科医師の増員につながったのは、親御さんたちの感謝の気持ちのおかげです。

by Ohta

(参考文献)
小松秀樹 医療崩壊―「立ち去り型サボタージュ」とは何か
県立柏原病院の小児科を守る会ホームページ
左抱きのなぞ [2008年11月26日(Wed)]

昔から五臓六腑(東洋医学の用語)とよく言いますが、五臓とは、肝、心、脾、肺、腎のこと。人間の体は外から見るとほぼ左右対称ですが、体の中は違います。肝臓は右側を中心に位置し、心臓はご存知のとおり左側にあります。脾臓は左側の端の方です。肺は左右にありますが分葉が異なります。腎臓も左右にありますが、高さが微妙に違います。

さて、母親が赤ちゃんを抱っこするときに、左側に赤ちゃんの頭を持ってくること(左抱き)が多いという事実に気付いていらっしゃる方も多いと思います。昔の絵画や彫刻などで見られる赤ちゃんも、ほとんど左抱きされています。

このことは、心臓が左側にあって母親の心臓の鼓動を聞く事で安心するから、右利きの人が多いから右手を自由にさせるため、などと説明されることが多かったようです。心臓が左→左抱き→右利きという順序の理屈もあるのか? と、ここまで考えて、文献を調べてみました。

つづく

by Ohta
| 次へ