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初心忘るべからず [2010年07月17日(Sat)]

「初心忘るべからず」
初めてその事にたずさわった時の感動や意気込みを忘れずに物事に当たらなければならないという意味ですが。

最近この言葉が頭の中を回っています。

ある人は「なぜ自分がこの事業を立ち上げたのか」つまり「初心」をよく口にします。

活動も早5年目も半ば。

私は、初心、忘れてないだろうか。。。
ちゃんと、あの頃の想いを持ち続けているだろうか。

不安だな。

クローバーまさみさまクローバー
葛藤と後悔 [2009年11月16日(Mon)]

「薄々は感じていても、目をそむけないとやっていられない、、、」
でも、そんな時は容赦なく、じわじわと近付いてきました。
我が子の命の期限が迫ってくるのを肌で感じていました。

小さくて柔らかくて温かい手。かわいい声。姉妹で、そっくりの顔。愛しい笑顔。。。
それが見えなくなるかも、触れることさえできなくなるかも知れない。
そんなことは考えられません。

そうして、見て見ぬふりをして過ごしました。
「もう、何もすることがない」、「いつどうなるかわからない」と言われたとき
「どこかご家族で行かれたいところなどがあれば例えばディズニーランドとか行って来てください。」友人たちもよくそんなことを言われていました。

「何のためにディズニーランド行くん?何のために家族旅行行くん?最期の想いでづくりのため?」

私たち家族は家で家族で過ごすという「普通の生活」を選びました。
「普通の生活」が一番特別で、したかったことだったからです。

さやかがティッシュの箱から一枚残らず出して遊んでしまったとき。
一瞬注意すべきかどうか迷っている自分がすごく嫌でした。
「もう、こんな遊びもこの子はできないのかも知れない。それなら、思う存分、したいことをやらせてあげても、、、」そう思ってしまったからです。

私はさやかが生まれたとき、姉妹同じように、よいこと、悪いことをしっかり教えてあげたいと思ったことを思い出しました。

そして「ティッシュは使う分だけ出しなさいよ。」とさやかに注意しました。
さやかは「ごめんしゃい」といいました。
その声は今も耳に残り、葛藤は5年たった今でも続きます。

当時2歳半のさやか。今声が聞けるなら、想いが聞けるなら、色々な場面での母の判断は間違っていなかったのか、どうしてほしかったのか、そう聞いてみたい。

最後まで「その時がくること」を受け入れられず、一番大変で大切で怖かった「お別れ」について触れる勇気がなく、何も教えてあげられなかったことを母はとても悔やんでいます。


クローバーまさみさまクローバー
慣れないお見舞 [2009年11月12日(Thu)]

これまで、闘病を続ける仲間のお見舞いに何度も行きました。

メールで現状を知らせてくる友人たちにどのように返信をするべきか、、、
どのような決心でお見舞いに向かうべきか、、、

いつまで経っても慣れません。
いくら考えても答えがでません。

時には、失態に自己嫌悪に陥り、しばらく立ち直れません。

私たちの闘病の時にも、こうして見守ってくれた人たちがどれくらいいただろう。。。と考えます。そして、自分本位になりすぎていたと、反省を繰り返します。

さやかが天使になり、丸5年が過ぎました。
まだまだ勉強は続くな。先は長いな。。。

クローバーまさみさまクローバー
あやちゃんも頑張ってんで。 [2009年07月13日(Mon)]

うちのあやちゃんは、読める漢字も増え、一人前にこのチャイケモブログの一読者になってきました。(字は読めても解読できないところが多いようで、読んだあとに「で?」と聞かれます、、、大丈夫だろうか、、、)

あっこちゃんが書く、ゆうとくんの記事を読み、比較的身近に存在する二人が今置かれている環境を、当時の自分達に並べて感想を言ったりします。

あやちゃん 「そやけど、あやちゃんも頑張ってんで。誰も知らんと思うけど。」

まさみさま 「うわっ!知ってるし。みんなあやちゃん頑張ったの知ってるで。」

あやちゃん 「誰が知ってるん?」

まさみさま 「チャイケモのブログ読んでくれてる人も、楠木先生も、あっこちゃんも、いしいち
ゃんも、太郎さん(←ウチでは、ゆうとくんのパパなどとは呼びません)もチャイケモの人は、み〜んな知ってるし」

あやちゃん 「そんなに知られるのもはずかしい気分やわ。。。あやちゃん有名人やん」
(まさみさま 「いや、、有名人とはちがうけど、、」)
と言いながらニヤニヤしていました。

私が『頑張りを知っていること』と、それを『尊敬している』ことを、本人にしっかり伝えているつもりでしたが、足りなかったようです。
妹の闘病生活と私たち親を立派に支えてくれたことに心から感謝しています。
私は当時2〜3才の小さなあやちゃんに抱きしめられることで、どれだけ癒され、力をもらってあの部屋に戻っていたことかわかりません。支えているようで支えられているのはこちらの方でした。
闘病中も、妹が天使になってからも、とても頑張っているあやちゃんです。

自分がすごく頑張ったことを言い出せないで、この言葉が相応しいかどうかわかりませんが、脇役っぽい位置におさめられているきょうだい。多いと思います。

先日、喘息の発作が出たときに、久しぶりにされた点滴の針をじっとみながらしみじみ。
「やっぱり、ちゃか(さやか)やゆうとくんは偉いな。。。あやちゃんも頑張らな。注射も漢字も」
「ほんまやな。かあさんもがんばるわ。ごはんづくりもチャイケモも。」

クローバーまさみさまクローバー

新型インフルエンザと小児がん [2009年05月20日(Wed)]

続けて新型インフルエンザの話題になりました。

SAYAKAが外来で通院をしているとき、外国でSARSが流行しました。幸いと言っていいのかわかりませんが、日本にはそれほど大きな影響はなかったように記憶しています。

病院内にはSARSに関する注意書きの看板や張り紙がいたるところにありました。

そんな中、普段でも感染に気をつけて生活しなければならなかった私たちは本当に恐怖の日々を過ごしました。
普段でも控え気味な外出はさらに控え、外にはアルコール消毒グッズを一通り持ち歩きました。外来に行くことさえとても危険に思えました。
外から帰ってくる主人にもまず玄関でアルコール噴霧。「うわぁ!やめてくれ〜」とよく言っていました(苦笑)

今回の件でも、小児がんのこどもとその家族は大変です。
友人も「もう一歩も出たくないわ、、、」と言っていました。

弱毒性のインフルエンザということで、普段のインフルエンザのような扱いに方針が切り替わったようですが、普段のインフルエンザでも十分脅威な小児がんのこどもたち。
次に間もなく季節性のインフルエンザの時期を迎えると思うと、、、

「いったいどうすればいいのだろう、、、」と思います。
普通に日常生活を送れる人達が基準になってしまう社会ですが、弱い立場にある人達は自分で色んなことを犠牲にして生活をコントロールするほかないのでしょうか?

守ってくれる場所と「これさえしてれば大丈夫」という方法がありませんでした。
感染しても「ついてなかったね、、、」ということで話が終わるんだろうな。

事態が終息するまで、気がつけばビクビクしている毎日を過ごした記憶がよみがえります。

何とかみんな無事に乗り切ってほしい。。。と願います。

クローバーまさみさまクローバー
新型インフルエンザ〜久々の缶詰生活〜 [2009年05月20日(Wed)]

みなさん、ご無事でしょうか?
新型インフルエンザで世間は大変なことになっていますね。。

チャイケモの近辺も関係者も影響直撃という感じです。

私は久々の缶詰生活を送っています。
月曜から、ずっと自宅の中にいます。
一度、たまっているだろう新聞をポストに取りにいったくらいでしょうか、、、

子どもたちは明らかにヒステリックに。
AYAは休校が決まった日に先生が一軒一軒に届けてまわって下さった宿題を済ませた後はDSづけ。「何か他にすることないの?」との問いに「何があんのよ〜」との答え。「そうやなぁ。。。お絵かきとか」と結局魅力のない結果でまたDSに戻ります(涙)

AIは録画のアンパンマンを繰り返し見ています。あとは「次は何食べる?」とおやつを食べることばかり考えていますブタ

なんとなくあの頃を彷彿とさせる光景です。

1週間の休校と半年から一年の小児がん闘病生活。
比べものにはなりませんが、この時期、身をもってチャイケモの必要性を理解していただけるチャンスではないか。。。と密かに思っています。

この缶詰生活+周囲との隔絶+プライバシーの無視+闘病=小児がん生活

何ともセンスのない記事ですが、この経験を新型インフルエンザだけで終わらせることがもったいないとそんな気がしています。。。

休校解除まであと5日!の予定。。。

クローバーまさみさまクローバー
先進国なのに、、、 [2009年03月25日(Wed)]

小児がん専門病院は欧米、その他諸外国には既に存在します。
アメリカにはずっと前、このような病院が寄付で建ちあがりました。この病院はこのブログにも登場していただいたHiro先生がいらっしゃる病院です。

イギリスでも、小児ホスピス(ヘレンハウスなど)、在宅ケアの充実、小児がん専門のドクターやナースの育成と活躍がとっくの昔からあります。
エジプトにも小児がん専門病院があるようです。

なぜ日本にないのか?

先日関西テレビアンカーに出演させていただいた際、田村太郎も話しましたが

「ない方がおかしい、、、」

その通りです。
この、先進国と言われる日本で、小児がんになる子どもは年々増えているのに、、、
治癒率も上がっている中、育ちざかりの子どもたちを、あの環境に押し込めて置くことが良くないということが、大人ならみんな分かることでしょう。分かっていながらにして改善できない日本って、、、

小児がんになってしまったことは、しょうがないことかもしれない。
だけど、小児がんになったからと言って、家族がバラバラに過ごさなくてもいいんです。
小児がんになったからって、ベッドの上から出たらダメだということはないと思います。
小児がんの子どもを持ったからと言って、おかあさんは笑うことも、泣くことも、食べることも、寝ることも我慢しなくてもいいと思います。
小児がんの子どもを持ったからと言って、お母さんは入院するこどもと、家で待つ子どもの間で身を引き裂かれる思いをしなくてもいいと思います。

小児がん以外のことでの我慢は実は当たり前ではないんですよね。。。「小児がんだからあの生活で暮らさなければならないんだ、、、」とセット的に考えられてしまいがちですが、、、
きちんと環境を整えさえすれば、いままでの我慢もなくなり闘病に集中できます。きっと治癒率ももっとあがることでしょう。。。

クリスマス寄付特別企画のときにいただいたメッセージの中で、建築家の手塚貴晴さんがこのように表現されています。

幅60センチの隙間に眠り、一切のプライバシーが存在しない。
しかもその生活が半年間も続く。
あたかも第二次世界大戦中の強制収用キャンプの様な生活が
21世紀の日本で今でも続いている。(続きを読む

「内科クリニック」「外科クリニック」「眼科クリニック」「耳鼻科クリニック」があるように、「小児がんクリニック」が必要です。もちろん、他にも必要なものもあると思います。

国家レベルの問題だと感じながら、当事者が集まり山あり、谷ありの道を「負けるもんか!!」と歩んでいます。
そんな中「それって意味あるの?」という法律や制度というものに道を遮られようとするとき、大きな憤りを感じます。

今も、この瞬間も、あの環境で小児がんと闘っている家族がたくさんいるのです。

クローバーまさみさまクローバー
定額給付金の使い方 [2009年03月12日(Thu)]

先日、近くのショッピングセンターにある、カルチャーセンターへAYAを送り出したあと(ピアノピアノ習ってます。今は「かっこう」の特訓中)、AI(※)と買い物のアテもなくウロウロとしているところに、某政党の関係者の方がお声をかけてきて下さいました。
「あの。。。もうすぐ支給される定額給付金ですが、どのようにお使いになられますか?」というアンケートのようでした。
用意しておられた用紙にはいくつかの使用用途が書かれていました。

「私は寄付する予定なんです、、、」とお答えすると、「えっ?何ですか?」と聞き返され、「寄付です。NPOなどに。。。」というと。「ほ〜っ!」とちょっとびっくりしておられました。
もう一度用紙をみたところ「寄付」という項目はありませんでした。
「寄付という項目足していただいても良いんじゃないでしょうか。。」ということでお別れし、花粉予防マスクを買いに薬局へ向かいました。

定額給付金。なかなか賛否両論ある感じですが、みなさんはどのようにお使いなられますか?街角アンケートに出会うかもしれませんね。。。

※AI(三女:2才半。知らない人に話しかけられると石のようにかたまります汗


クローバーまさみさまクローバー

色んな取材 [2009年03月10日(Tue)]

花粉がすごいですね、、、耳の中までかゆい今日この頃です悲しい

チャイケモは今日まで色々なメディアに取材をしていただいています。
新聞や、ラジオ、それにテレビも。
それでも「患者の想い」としてインタビューを受ける事にはなかなか慣れません、、、
話しているうちに、色んな事を思い出すのですが、夢中になって話して終わった後が問題です。いつも失言はなかっただろうか、、、誰かにとって失礼な事は言わなかっただろうか、、、きちんと伝わっただろうか、、、と政治家の気持ちが少しわかる日々を送ります。

でも、インタビューで質問を投げかけられる事、それに答えること。そしてその作業を振り返ることによって、自分の思いも言葉になり整理されていっているような気もします。

全てが終わって、時がたって気持ちが静まり、このような機会があれば、相手の立場に立って考える事をし始めるので疑問や不満や怒りは少しずつ緩和されてきます。
一方で娘達に対しては、平静を取り戻せば取り戻すほど、「あの時もっとあぁしてやれば良かった。」「こんな言葉をかけてやれば良かった。」「もっと抱っこしてあげれば良かった、、、」と言う後悔の気持ちはなぜか大きくなる一方で、自責の日々です。

余談ですが、昨日会員のT.Kさんから「お元気ですか?お声が聞きたくて。。。」と久しぶりにお電話をいただきました。「お忙しいところすみません、、、」といつもお気遣いいただくのですが、こういう「変わらず応援しているよ〜頑張ってね!」という想いを届けていただけることに本当に感謝しています。力になります。K.Tさんありがとうございましたびっくり

クローバーまさみさまクローバー
AYAの参観日 [2009年03月04日(Wed)]

ご無沙汰しています。
「家族代表」というのは元々家族ワーキンググループの代表としてブログ記事を書くよ。ということでつけさせてもらったカテゴリー名でしたが、「家族代表」という言葉だけを見るとさすがにあつかましいな、、、と今頃ですが思い直し、カテゴリー名を変更させていただきました。。。

昨日AYAの2年生最後の参観がありました。
1番の「はじめのあいさつ」から6番の「おわりのあいさつ」までプログラムが組まれていました。
その中に、一人ずつ「おおきくなったら」というテーマの作文を紹介するところがありました。
1班から発表がはじまり、一人一人、自分が書いた作文を暗記し、しっかりと前を向き、大きな声で立派に発表してくれました。

5班のトップにAYAが登場しました。

「わたしが1才のときに妹がうまれました。わたしたちはとても仲良しでいつも一緒にいました。2才のときにみんなでディズニーランドとディズニーシーへあそびに行きました。たのしかったんだけど、妹がしんどそうだったので、おかあさんがおかしいと思って病院に連れて行きました。そしたら、妹はびょうきでした。それから長い間妹は入院になり、おかあさんも病院にお泊まりしました。わたしはおばぁちゃんの家で長い間住んでいました。そのときはとても寂しかったです。私が3才になったとき、妹は亡くなってしまいました。とても仲が良かったので、とても悲しかったです。
私はおおきくなったら病気の人たちが楽しくなるように笑わせる人になりたいです。」

周囲で聞いていたお父さん、お母さんは「うんうん」とうなづき、複雑は表情をしながら話を聞き、終わりにはたくさん拍手をして下さいました。

私は複雑な想いの中、新しい課題を見つけたような気がしました。
主人や私の考えだけで、SAYAKAのことについて語るかどうかを判断する時期が終わったと思いました。AYAは当時の想いを少しずつですが自分の世界の中で表現するようになりました。。。

AYAはエンタの神様などのお笑い番組を勉強の時には見せない真剣な、まなざしで見るので「そんな必死にみなさんな、、、はよ寝なさい」と注意したりしていましたが、どうやら将来の夢として真剣に「お笑い芸人」をめざして日々研究しているようです。

「いっぱい笑うと病気がなおるかもしれへんらしい。おばぁちゃんが言ってた。ゆうとくんもめっっちゃ笑わらしたろっか。ビデオとかで」とAYA。

でもビデオカメラが回るともじもじ、、、果てには「自分はおもしろくない、、、悲しい」と落ち込みます。芸人には向いていないような、、、困った

クローバーまさみさまクローバー