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子どもの気持ちと親の気持ち (06/18)
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子どもの気持ちと親の気持ち [2008年06月17日(火)]

先日、3週間だけ小児科病棟に医学生の方が来られました。
ゆうともその先生のことが大好きで、たった3週間でしたがとてもよく遊んでもらいました。今週から、小児科を離れ皮膚科に実習に行かれたのですが、午後に小児科病棟に顔を出して下さいました。
「あっ!先生や!」と喜ぶゆうと。私も「ゆうとと一緒に写真をとってくださいますか?」とお願いしました。
先生の横に素直に並ぶゆうとが言った言葉は、
「点滴、撮らんといてやぁ!」
自分とつながっている点滴を写真に写してほしくないというのです。
「わかったよ〜」と軽く流しましたが、何度も「点滴、はいってない?」と言います。
撮った写真はあたかも点滴がついていないようなショットで、ゆうとは大満足でした。

その時はそのことについてあまり深く考えませんでした、ゆうとを寝かせて、こうして1人でコンピューターに向かいながら、ふと気になります。点滴がついているほうが「普通」の病院で、なぜ点滴のことを気にしたのかな、、、

今日、同じ病室の子が「この部屋で1人だけ仲間はずれの子がおる〜」と言いました。
「ゆうとくん! だって、髪があるから〜」
ゆうとは治療の期間が少し空いたので髪が生えていて、他の子は治療中なので髪がほとんどありません。その言葉にゆうとは「そやなぁ〜。おれ、普通に学校行ってる子みたいに髪あるもんなぁ〜」と、とても嬉しそうでした。

そんなゆうとの姿を見ながら、複雑な気持ちになります
これから長くて厳しい治療生活、元気な頃の生活から長く離れてしまうなら、できれば病院の生活に馴染んでほしい、点滴だって、髪の毛だって、どうだっていいと思ってほしい、病院で親友をたくさんつくってほしい、、、最近そんなふうに思ってしまいます。

病院でも楽しそうにしているゆうと。髪がないときも帽子もバンダナもかぶらず、平気そうなゆうと。IVHカテーテルの管をつけながら、地元の学校に行っても何も気にしていなかったようなゆうと。でも、口に出さなくても「元気になりたい、元気になってみんなと同じように早く学校に行きたい」と思っているのだなぁと感じてしまう場面があります。そんな時、親はどんなふうに自分の気持ちを整理し、どんなふうに子どもを支えていけばいいのかなぁ、、と、まだまだわからないことが多いです。
少しずつでも、子どもの気持ちに寄り添えますように、、、

亜紀子
入院中の食事  [2008年06月08日(日)]

先日、付き添い家族にも病院の給食が必要かどうかをたずねられました。
実は私はゆうとの病院食を食べることも多いです。ゆうとは病院の給食のピンクのトレーを見ると気分が悪くなる(吐き気がないときも、吐き気があったときのことを思い出すようです)ので、給食は白いご飯を食べるのがやっとです。
また、病院から出される食事は、味は悪くはないものの何か物足りない、飽きてくるというのが実情です。
ですので、毎日決まったお金を出して付き添い家族の給食まで支給されるより、病院の中にそうざいやさんでも作ってくれたらなぁ〜、、というのが本音でした。

その話をある付き添いお母さんにすると、
「でもね、以前一緒のお部屋だった人は赤ちゃんに母乳をあげていて、自分がコンビニのカップ麺やお弁当ばかりを食べているので母乳に影響がでないか心配してたよ。栄養バランス的にも給食なら安心できるやろうから、付き添い者の給食は必要な人もいると思うよ」と話してくれました。
そうです。ゆうとは7歳なので、かなりしっかりした給食が出て私が食べてもお腹は満たされるのですが、子どもが乳児だと給食はほとんど出ません。家が遠かったり、差し入れがないお母さん達は、毎日インスタントのものを食べ続けることになります。その生活が半年以上続きます。母乳を飲む赤ちゃんの体も自分の体も心配です。

自分の状況だけで、給食のことを考えるのは間違っていたと反省しました。

入院中の子どもと付き添い家族の置かれている状況は多様です。決まった形のサービスではなく、多様な声にできるだけ応えることをいつも心に置きながらチャイケモを創っていかねば、、と自分に喝を入れました

亜紀子
入院直後の子どもと親 [2008年05月29日(木)]

3才くらいの子が入院しているのを見ると、ゆうとの初発の頃の入院初期を思い出します。
わけもわからず連れてこられた病院、自分に痛い事、イヤな事ばかりする白い服を来た人たち、その人たちを手伝って突然こわい顔で、苦いお薬を無理矢理飲ませようとするお母さんやお父さん。。。
入院する子どもたちは、当然のことながらその前日までは家でお母さんやお父さんと一般の家庭と同じように過ごしています。苦いお薬を飲む事も、柵のあるベッドに起きている時に入れられることもない、行きたいところに自由に行ける、テーブルでご飯を食べる生活です。さらに、入院前から病気の症状はあるとはいえ、化学療法が始まるととたんに吐き気などの副作用がはじまります。「病院に来たらしんどくなった!」と思う子どもも少なくないでしょう。

よく考えてみれば、このような環境の変化に恐怖を覚えないほうが不思議です。
最初の入院時期に2歳9ヶ月だったゆうとの場合は、突然の環境の変化に「かあちゃん、、こわい、、」と言い始め、声がでなくなりました。私の事がこわくなったという意味でしたが、この言葉に私は心底ショックを受けました。お部屋に入ってくる医師や看護師さんたちには恐怖感と不信感を覚え、私と主人の前でも笑わなくなりました。
私たちがそんな状況を脱出したきっかけは、ある人からのメールでした。
「子どもは楽しい事がないと笑いません。お父さん、お母さんがこれまでと同じ対応をしていれば、子どもが人間不信に陥るという事はありません。まずお父さんお母さんがいつもと同じようにゆうとくんとあそんでください。そして医療者はゆうとくんのチームの一員でゆうとくんはチームのリーダーなんだということをゆうとくんに伝えてあげてください。」
私は目の覚める思いでした。それからは、痛い処置(尿検査のための尿パットを張る、はがすなど)はできるだけ私はせずに看護師さんにしてもらい、私と主人はゆうとと楽しく過ごすことに集中しました。そうすると、少しずつゆうとに言葉や笑顔が出始めました。
仮面ライダーが好きだったゆうとに、「ゆうとは仮面ライダーで、ゆうとのお腹にいる怪獣をやっつけないといけないねん。でもゆうとは寝転んで仮面ライダーのテレビを見たり遊んでればいいんやよ。先生や看護師さんが、点滴から怪獣をやっつけるお薬を入れてくれるから。先生や看護師さんたちはゆうとが戦う武器を用意してくれるんやよ」と言いました。治療の内容についても、時にはゆうとも医療者と私たちの輪の中に入り、画像の写真を見る事もありました。そうしているうちにこれまで無反応だった医療スタッフにも、そっぽを向きながらも足でお腹をつっついたりしてコミュニケーションをはかるようになりました。
ぶっきらぼうな態度でしたが病院のスタッフを自分の味方と思うようになり、退院後3年半たって入院しても医療スタッフにたいする恐怖心は全くよみがえることはありません。今では、医療者のみなさんへは絶対の安心と信頼感をもっています。

大きな環境の変化があったときこそ、親はいつもと同じようにいることが大切だと心から思います。(自分が出来ているかどうかは、、)また医療スタッフは子どもの仲間なんだと説明する工夫も必要だと思います。今、入院していろんなショックを抱えている幼少のお子さんたちにアンパンマンやプーさんなどその子の好きなお話を使って、医療スタッフが子どもやお父さんとお母さんの仲間だということを説明したり、子どもと一緒に誰がなんの役かなぁ、などと考えたりすると少し不安がとりのぞけるのでは、、

今ではゆうとは処置をこわがる小さい子たちを、笑わせようとしています。「全然こわないで〜!」と自分のIVHカテーテルを見せて余計に泣かせてしまうこともありますが、、 恐怖と混乱の入院初期もあの手この手でなんとか乗越え、入院生活を楽しいと思える日が一日でも早くなるよう、チャイケモでは「あの手、この手」のメニューをたくさん作りたいなと思います 

亜紀子
入院と子どものきもち [2008年05月20日(火)]

「かあちゃん、やっぱり入院いややなぁ〜、、、」
4人部屋の隣のベッドと仕切られたカーテンを見つめながら、ゆうとがつぶやきました。
私は必死で涙をこらえながら、「そうやなぁ、、、」
3月末に退院して1ヶ月半。学校にも慣れ、「楽しい、楽しい!退院ってやっぱりいいなぁ!」と何度も口にしていた日々があっという間に過去のことになってしまいました。
学校と家の生活を満喫していたゆうとに、今回の入院について話すのはあまりにも酷なことで、少しごまかして病院に来ました。「外来の輸血が多いから、一旦入院して院内学級にも行けるようにしてくれたよ。」と言う私の話を聞き、「久しぶりに院内学級の先生に会える!」と不安な気持ちを無理矢理吹き飛ばして明るく入院病棟に来たゆうとですが、部屋に入った瞬間に椅子に座り込んで、「しんどくなってきた、、」と言いました。この時は、体ではなく心がしんどくなってきたんだと思います。不安をかき消し、一日目は明るく院内学級へ。2日目は何度も「しんどい。いやなことを思い出す。」と言いました。2日目の夜、カーテンを見つめながら、真面目な顔で「かあちゃん、点滴に何入ってるん?ちゃんと前みたいに説明してや。」と言いました。私は、ゆうとの体の中で悪者がまたパワーを持ち出したこと、先生に早めにお薬を入れてもらうために入院したこと、闘いはしばらく続くことを例え話を使いながらも正直に話しました。ゆうとは事実を聞いたことにとりあえず満足し、その日は眠りました。翌日、やっぱりカーテンを見ると気分が悪くなります。「学校、行きたいなぁ。」とつぶやきます。悲しい気持ちを吹き飛ばそうと、はしゃいで笑うゆうと。でも大部屋では体調が悪いお子さんもおり、大声で笑ったり騒いだりはやはり自粛しないといけません。「プレイルームに行く?」というと「いやや」と一言。心と体が弱っている時は、たくさんの人の共有スペースではなく「自分の場所」でいたいようです。病院では、自分の場所はベッドの上だけです。大きなショックを抱えた子どもに、さらにいろんな我慢をさせないといけない環境を改めてつらいと感じました。

今日、ゆうとと初めて小児科病棟以外の病棟に行きました。
子どもがいなくて、大人の方々が病衣でしんどそうに歩いている可愛いイラストも全くない病棟を少し歩きました。
夜、寝る前に「かあちゃん、おれの入院している階いややと思ってたけど、にぎやかでいいほうやわ。他の階じゃなくてよかったわ。」と言いました。
ゆうとは今、一生懸命入院生活の良いところを探しています。気持ちを切り替えてがんばろうとしています。ゆうとだけでなく、入院したすべての子ども達は与えられた環境の中でできるだけ楽しく過ごそうとがんばります。でも私たち大人は、子ども達の健気な心に甘えていてはいけないと思います。子ども達の不安な気持ちをしっかりとサポートし、子どもたちがもっと自由に発散できる環境が整った病院が必要です。チャイケモの目指す小児がん専門施設は、子どもが子どもらしく、それぞれの家族がぞれぞれの家族らしく生活できる環境を実現したいと思っています。私も再び付き添い生活とチャイケモ生活をがんばりたいと思っています。みなさまも引き続きチャイケモを応援して下さい!どうぞよろしくお願い致します!

亜紀子
手をつなごう [2008年05月04日(日)]

ありさちゃんが点滴をつけながらドラえもんの映画を観に行ったのは一ヶ月半前。
ありさちゃんと入院中に知り合い、少し仲が良かったゆうとは「おれもいくぅ〜!」とありさちゃんと一緒に映画へ。映画に行く直前まで、しんどかったありさちゃん。なんとか痛み止めの点滴をしながら、映画館までたどりついてくれました。映画館で、ありさちゃんとお母さんたちを待っていたゆうとと私は、ありさちゃんの姿を見て「ほっ」。
「最後までしんどくならずに見れるかな、、、」心配しながらドラえもんの映画を観ていました。途中、ありさちゃんはしんどくなってきたのですが映画館の方がソファを持って来て下さいました。横になって映画を観るありさちゃん。遠くからありさちゃんを気にしながら、映画を観るゆうと。エンディングソング、絢香さんの「手をつなごう」が流れて来た時、ゆうとはありさちゃんのソファの所へ行き、一緒に聞きました。帰り際、「今度はクレヨンしんちゃんみにいこうな。」とゆうとは車椅子のありさちゃんにポソッと言いました。

ありさちゃんは今、病院でがんばっています。
ゆうとは、家と学校と病院でがんばっています。
ありさちゃんは、「次はゆうとくんとお隣の席でポップコーンを食べながら、クレヨンしんちゃん観るねン」と言ってくれました。
ありさちゃんのお母さんは「いつ行けるかわからないから、ゆうとくん先にしんちゃん観に行ってね」とメールをくれます。

でもゆうとは、きっと待っていると思います。
「一緒にクレヨンしんちゃんの映画を観に行く」
こんなに些細で可愛い二人の願いが、どうか叶いますように。。。
どうかこの願いが神様に届きますように。。。
そんな想いを持って下さる方が一人でも増えれば、願いが叶うんじゃないかという想いで、この記事を書きました。

最後に、、ありさちゃんのお母さんより「ありさの大好きな絢香さんにも想いが届きますように。。。」

亜紀子
「もっと自信を持とう」 [2008年04月28日(月)]

いつもご心配をおかけしています。おかげさまで結人は3月末に一旦退院し、現在は通院治療を受けながら少しずつ学校にも行ってます。親の心配はよそに本人はとても元気です
この度、チャイケモと結人のことが毎日新聞で紹介されました。(一番下にリンクしましたのでよろしければご参照ください)
新聞で紹介されている始業式には私も同席しましたが、記事の通りお友達や先生方にあったか〜く支えられて、結人は生き生きとしていました。小学校の先生方をはじめ、周囲の大人のサポートがあってこそ結人の不安や心配を最小限にできているのだと思います。大人の理解と努力が、クラスのお友達の理解につながっていることを実感した始業式でした。
小児がんの治療をがんばった、がんばっている子ども達、もっと自信を持っていいんだよ、、そう心から思い応援してくれる大人が増えることが、小児がんの子どもたちの自信につながるのだと思います。

亜紀子

毎日新聞・大阪版(2008年4月7日)
毎日新聞・大阪版(2008年4月21日)
毎日新聞・大阪版(2008年4月28日)
チャイケモイベントのおかげです [2008年02月25日(月)]

チャイケモでは昨年、一昨年と続けてイベントをしてきました。
イベントには、大きく二つの目的があります。
1 より多くの人に小児がんにたいする正しい知識を伝え、偏見をなくしてもらうこと。
2 チャイケモの目指す小児がんの子どもと家族が過ごしやすい施設の建設のために応援してくれる人、
ご寄付を募ること。

どちらも難しいテーマですが、今日は1について考えてみたいと思います。
チャイケモのイベントはいつも楽しい雰囲気の中に、「ケモってなぁに?」という問題をテーマに小児がんの子ども達の等身大の様子をわかってもらうしかけを作っています。

イベントには結人の同級生やそのお母さんたちも来て下さいました。
一昨年のかえっこと、昨年のチャイケモウォークは再発前だったので、結人も元気に参加しました。同級生のお友達と一緒に、おもちゃの交換やクイズを楽しみながら、なんとなく「ケモ」について学びました。

再発し、入院してから小児がんの子どもの親として、チャイケモイベントの価値を改めて知りました。
イベントに参加した同級生やそのきょうだいの子たちは、こちらが何も言わなくても結人と少し会うときにマスクをしてくれたり、頭の毛が抜ける事も驚く様子も全くなく、治療のせいだとわかっているような様子です。
元気そうにしていても感染のため学校には行けない事をわかってくれて、病気ことを知らない子にお友達が「結人は元気そうやけど、学校のみんなとはまだ遊ばれへんねん」と説明してくれたり、お母さんたちは「今、白血球が少ないのかな?学校はインフルエンザがはやってるから気をつけてね!」
「生ものは食べられないと思うけど、チョコレートとかは大丈夫かな?」
「面会は子どもはダメだけど、大人はいいのかな?」
などなど、自分の子どもが小児がんでなければ気づかないようなことまで気づいてくれます。
一人一人に細かく説明した覚えはないのに、とても安心して会話ができます。
幼稚園の時から、ゆうとの病気のことを少し話していたこともありますが、
ここまで理解してくれるのは、チャイケモのイベントのおかげだと思います。
自分が関わっている団体をほめすぎるのもどうかと思いますが、
改めて気づいたチャイケモイベントの大切さを皆様に聞いてほしいと思いました。

正直、イベントは毎年本当に大変です。投げ出したくなる事も多々あります。
でも、自分自身が当事者となったときに、「あのイベントがあったから、自分が助けれられている」と思ってしまったため、続きないわけにはいきません(苦笑)。また、ほとんどの小児がんの家族は(私も4年前はそうでしたが)退院後、小児がんの子をもたないお母さんたちとの交流や原籍校に戻ることを不安に思う人たちが多いのが現状です。
もっとたくさんの人に小児がんについて正しい知識をもってもらい、小児がんの子どもと家族が暮らしやすい環境を作っていくために、イベントを続けなければ、、、という思いが今回の入院で強くなりました。
いつもみなさまのお力で支えて頂いているチャイケモイベントですが、どうか今年もイベントを盛り上げて下さいますよう、この場をお借りしてお願い致します!

























「かえっこバザール」のオークションはいつも大盛り上がり!
「たのしかったぁ!」と次回のかえっこを楽しみにしながら、みんな帰ります。

















かえっこのポイントになるブースでは、小児がんの子ども達と付き添い家族が生活をする病室も再現されました。「こんな狭いところで1年も過ごすの?」と驚かれた方もたくさんおられました。
病棟のかわいい鬼の子たち [2008年02月05日(火)]

「めっちゃ楽しかったぁ〜!!!」
2時間かけて鬼のお面と金棒をつくり、紙で作った「豆」で、病棟の子ども達で豆まきをした後の結人の感想です。
チャイルド・ライフ・スペシャリストの方が、1週間程前から、子ども一人一人の意見を聞きながらいろんな色の、こわすぎず、かわいずぎず、、とてもユニークな鬼のお面をそれぞれの子どもたちに作らせて下さいました。
子どもたちは、幼稚園や学校で作るのとは少し違うオリジナルの鬼のお面と、病棟なのにちょっぴりはしゃいでいい雰囲気が本当に楽しかったようで、なんども「豆まいて〜!!」と言ってました。
たいてい、家ではお父さんが鬼の役、子どもは豆を投げる役ですが、今回はお面のせいで子ども達が鬼。しかもかわいくて嬉しそうな鬼がたくさん!!大人が子ども鬼めがけて、紙で作った豆を投げるのですが、小さい紙の切れ端をくちゅっとまるめているだけなので、全然とばない!大人が必死で投げている姿が子どもにとってはまたまた楽しかったのかな。
ある男の子のお父さんが「ここはほんまに病院か?」と笑いながらおっしゃってました。
季節の催しを楽しく、安全に無事終えることはとても大変なことだと思います。チャイルド・ライフ・スペシャリストの方の心と技術に改めて感謝です。fumiさんありがとう!
子どもと親の心を癒すクリニクラウン [2008年01月31日(木)]

チャイケモの目指す「がんになっても笑顔で育つ!」を実現するために、日々、試行錯誤しながら息子、結人との闘病生活を送っています。幸い、周囲のたくさんの方々に心からのサポートによって子どもも親も笑いの多い毎日を過ごさせて頂いています。
今回の闘病生活で、あらためて「すごいっ!」と感激したのは「クリニクラウン」の存在です。
以前よりインターネットクラウニング(パソコンの画面を通して、リアルタイムでクラウンと1対1のコミュニケーションがとれます)のモニターなどで、関わらせてもらっていたのですが、今回の再発により退屈な子どもと不安な親の心の拠り所となってくれたのがクリニクラウンでした。
阪大での病棟訪問は、まだ実施されていませんが外泊したときの週に1度のインターネットクラウニングにより、結人の心は確実にクラウンに近づいてゆきました。
クラウンは、決して「がんばってね」とか「大変だろうけど」とか、「しんどい?」とか聞きません。
大人が見ていても思わず笑ってしまうコミカルな動作とともに、「ぼくはこんなことできる、ゆうとは?」というような語りかけをしてきます。子どもはもちろんゲラゲラと笑ったり、クラウンに「そんなんちがう!!」とつっこみをいれたりっ!!

子ども達は(少なくとも私の子どもは)、誰かに応援してもらうより、誰かとあそびたい。
「がんばってね。」と言われるより、「ゆうと〜、きょうはこれしてあそぼう!」と言われたい。
これは、自分の子どもが入院しないとわからないことでした。
クリニクラウンは子どものそんな心を見事に受け止めてくれています。

素晴らしい技術と、あたたかい心をもつクラウンたちが、結人と私の心をここまで癒してくれるとは、、
クリニクラウンに感謝。。。です。
クリニクラウン!これからもがんばってくださいね!そしてチャイケモの新施設ができたら、ぜひ訪問してもらえるように、チャイケモブログを見て下さっているみなさまも日本クリニクラウン協会を応援していただけると嬉しいです!
日本クリニクラウン協会 http://www.cliniclowns.jp/
<写真>クリニクラウンからのクリスマスメッセージの入ったDVDを見て喜ぶ結人と結人のお父さん
こんなに元気なのに、再発?? [2007年11月09日(金)]

大変ご迷惑をおかけしております。チャイケモ事務局長のたむらあきこです。
ご存知の方もおられるかと思いますが、1ヶ月半前に息子の再発がわかりました。チャイケモの事務局業務は、勝手ながら他のメンバーに任せ、今は化学療法中の息子の病院と家の生活を中心に毎日を過ごさせて頂いています。この度、「子ども、時々ケモ」というカテゴリーを作らせて頂き、当事者として、チャイケモメンバーとして、再発による治療の生活から見えてくるものをできるだけリアルタイムにお伝えしたいと思います。感情面が先走っている文面もあるかと思いますが、「その時の気持ちを伝える」ことがケモ中の子どもと家族のサポートに役立つこともあるのではという思いから、今の気持ちを伝えていこうと思います。どれだけの頻度でかけるかはわかりませんが「ぼちぼち」書かせてもらうつもりですのでどうぞよろしくお願い致します。
 息子が神経芽細胞腫を発病したのは、2才9ヶ月の時でした。1年間の入院治療(5回の化学療法と大量化学療法、自家移植、腫瘍摘出手術)を終え、以後、楽しい幼稚園生活を過ごすことが出来ました。小学1年生の夏休みは学校のプールや海水浴を満喫し、誰もが完治にむかっていると信じて疑わない日々を過ごしていました。今年の8月以降、腫瘍マーカー※が少しづつあがり、9月には精密検査が必要という知らせを受けました。「再発」という文字が頭をよぎっては消し、よぎっては消し、、子どもが寝たら泣き、起きたら涙をこらえる毎日が10日ほど続いた後、再発の告知を受けたのは私の34回目の誕生日の9月21日でした。前回の退院から3年半、みんなと同じように遊べるように、同じように学校へ行けるように、泳げるように、走れるように、泣けるように、笑えるように、、1番にならなくていいからできるだけみんなと一緒に、、と思い続けてきました。プールで初めて泳げた姿、剣道の面をつけて感激する姿、目の前にせまった運動会のサンバを楽しそうに踊る姿、、些細な日常の喜びが音をたてて崩れていくようでした。誕生日を無邪気にお祝いしてくれる姿に、必死で涙をこらえながら「こんなに元気なのに、、」と信じられない気持ちでいっぱいでした。。。(また次回へつづくと思います) AKIKO.T
※腫瘍マーカーは腫瘍の存在や腫瘍の量を測る指標となる物質です。神経芽細胞腫では尿中のVNA・HVA、血液中のNSEが腫瘍マーカーとなることが多い。

 プール参観、生まれて初めて泳げるようになった
運動が苦手です。でも剣道だけはがんばるぞ