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後輩からの応援メッセージ [2007年10月04日(Thu)]

3ヶ月間 血液腫瘍グループで一緒に働いてくれた、坂野先生より応援メッセージを頂きました。とても優しい先生です。残念ながら、血液腫瘍グループには入ってくれませんが、小児科医の気持ちはどんな分野においても同じなのだなあ思いました。
これからの活躍を期待しています!!
s.kusuki


僕は「チャイケモ」のことを全く知らず、初めて知ったのは確か8月終わり頃でした。

夢の病院に向けて、少しずつ実行していっている様子をみて、とても感銘をうけました。

その後もブログを時折読ましていただいています。
僕の進路は新生児をしようと思っているのですが、
NICUでも最近のトピックスの1つは「家族」です。
時代の流れとしては
昔は「なんとか生存率↑」→最近は「後遺症なき生存」
→そして今は「family-centered care」が言われ始めています。
たとえば、きょうだい面会ができるNICUは日本では限られています。
管理上の感染のリスクがあがる。特にRSが流行した場合などは悲惨です。
でも赤ちゃんのお兄ちゃん、お姉ちゃんは大人の想像以上に患児のことを
気にしていて、会えるのを楽しみにしていて
児のことを自然に素直に受け入れられている(時に両親よりも)ことがほとんどです。

きょうだいが児のことをちゃんと知っていると、
児の生存が危うい場合や、後遺症が残りそうだったりするときなどに、両親を支えてくれている場合も
多いようです。
こどもがいるとNICUも和やかな雰囲気になりますよね。
NICUとしては、赤ちゃんの家族全体を受け入れ、
赤ちゃんも家族も、同時に支援していければ良いなと思っています。
これはそのまま小児がんの児、きょうだいにも言えることではないかと思っています。

これからも活動頑張ってくださいね。

坂野 公文

(注)
RS:RSウイルスの略 かぜの原因ウイルスの一種で、新生児などが感染すると時に重症になることがある。

チャイルドケモハウスでは現在応援メッセージを募集しております。
http://www.kemohouse.jp/cgi-bin/regist_members/regist.html

詳しくはこちら http://blog.canpan.info/kemohouse/archive/341
かぶりもの大好きせんせい [2007年04月06日(Fri)]

他大学で小児血液腫瘍の分野をされていた、知り合いの先輩医師の方より応援メッセージをいただきましたので掲載させていただきます。
鈴谷先生ありがとうございます。 s.kusuki

ところで、先生の活動のblogをみました。
納得です。
先生とは多少の違いはあるかも知れませんが、
私も四国で小児がん治療を行っていたころ、いろいろなことにやるせなさ、ふがいなさを感じながらやっておりました。
我々の病院は地方の大学病院で、少ないスタッフで日々診療に明け暮れておりました。
無菌室やICUも充実し、治療に関しては充実した設備が整っていたと思います。
しかし、問題は患者さんや家族を取り巻く院内の環境、サポート体制についてです。

我々の地域には小児がん治療ができる病院が少ないため、
当院には他県からの紹介患者さんも多く、
そのご両親たちの多くは、入院中、子供たちの狭いベッドで寝泊り、
中にはホテルを長期で借りている方もいらっしゃいましたが、そのような方は非常に稀でした。
悪化してICUに入っても、心配な家族は寒い廊下に簡易ベッドを持ち込んで寝ている状態、
多くを過ごす一般病室は冷たいコンクリートの壁、ぎゅうぎゅづめ状況でした。
また、院内学級やレクリエーションに関しても、発展途上でして
他病院の医師の話を聞いて刺激され、
屋上バーベキューパーティーを考えましたが計画倒れに終わり残念!(スタッフ少なく無理)
病棟で行われる七夕やクリスマスの小さなイベントでのスタッフの出し物や、
個人的な趣味のかぶり物をかぶって回診し、患者さんを笑かす事ぐらいが(いや、実際に笑うのは親?)せめて患者さんに笑顔を送れる機会だったように思います。

大人にとっては病院は純粋に「治療」の場ですが、
子供、特にシビアな病気と闘い、長期入院が必要な子供たちにとって、
病院は戦いの場であるだけではなく、生活の場、成長の場です。
彼らは病院にいながらも、着々と成長しているのです。
それを支える親も一緒ですよね。

学校へ行ってお勉強する、外でお友達と遊ぶ、お母さんの自転車の後ろに乗って
買い物に行く、たまに回転寿司に連れて行ってもらう、
夏休みにはおばあちゃんの家に行こう…
そんな子供の頃に経験する当たり前の日常を、
病気が診断された瞬間から、家族も患児も失ってしまうのです。
日々頑張れ頑張れと励ますしかなく、
病気なんだからある程度我慢するのは仕方がないという諦めもあるでしょうが、
たくさんの我慢をして病院で成長したこの子達も、将来日本を背負って立つ大人になるわけですよね。

まあ、地方の国立大学なので仕方ないのかなと思ったりもしつつ、
いまだ患者さんの「病気の治療」にしか焦点が当てられていない状況を何とかできないかと感じておりました。
いつかは病棟保育士さんの導入や、化学療法中の子供でも遊べるプレイルームができる日が来るのかしら?

それには医師や看護師というこれまでのスタッフのみならず、多くの人材、人々の理解、何より
お金が必要ではありますが。
独立法人化して少しは改善するのかな?と淡い期待を抱いたりしつつ…う〜む。

先生の夢を心から応援しています。

かぶりものが必要な時は言って下さい。
さる、ペンギン、もじもじくん、はげかつら、大仏、エリザベス女王などいろいろです。
では頑張りすぎてお疲れを出されませんよう。

鈴谷浩子

チャイケモ応援メッセージC [2007年03月12日(Mon)]


宝塚市立丸橋小学校4年生のみなさんから、チャイルド・ケモ・ハウスに向けてじーんと来る応援メッセージを頂きましたびっくりそして素敵な募金箱をたくさん作っていただきました。
ご協力、本当にありがとうございましたびっくり


チャイルド・ケモ・ハウスのみな様へ

先日は学校に来ていただいていろいろ教えていただきありがとうございました。家族に会えないのは、とてもさびしいです。早く入院しても家族に会える家ができたらいいなと思います。その願いをこめてぼ金箱を作りました。使ってください。また院内学級のお友達にもメッセージを書きましたのでわたして下さい。

丸橋小学校4年




クローバーまさみさまクローバー
努力せよ さらば報われん [2007年02月21日(Wed)]

私たちの大先輩である 西田 勝 先生より、温かいメッセージが届きました。

西田先生は阪大小児科の血液腫瘍グループをお立ち上げになった先生で、日本での小児に対する化学療法の先駆者でいらっしゃいます。

その後、阪大から大阪府立病院(現 大阪府立急性期・総合医療センター)へお移りになり、大阪府立病院副院長、大阪府立母子保健総合医療センター病院長、日本小児科学会会長をご歴任なさいました。現在も枚方療育園医療管理者として現役でご活躍の先生です。

私が約20年前に小児科の研修を始めたときの恩師でもあり、この分野に進んだのも先生のおかげです。

by Ohta

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努力せよ さらば報われん
        
重症心身障害児施設枚方療育園 西田 勝


太田先生からチャイケモの原稿をお願いしますといわれて、なんのこと?と首をかしげました。後で楠木先生から冊子を頂き、私の若い頃の思い出がよみがえりました。私は2006年の夏、誕生日を迎えて72歳になりました。昔は70歳を越えると、灰色の壁の中の人生と思っていました。しかし肉体は衰えましたが、現在の私の心はばら色です。

私が小児科医になりたての頃、1959年ですが、先輩の先生に白血病と診断して、一年以上も命があればその診断は間違っていると教えられました。さらに大正時代の教科書をみると子どもの白血病は診断してから1ヶ月の寿命である、診断がつけばすぐに退院させなさいと書いてありました。ところが1960年代になると北米の論文に小児の急性リンパ性白血病は治療すれば完全治癒の可能性がある。親はもちろん医師も看護師も希望と情熱を燃やして治療に専念しなさいと報告されていました。私もその論文を読んで感激し、論文にしたがって治療しました。当時にしては強いくすりを使っての治療なので(今ではきつい治療だったとだれも考えませんが)周囲の反対もあり、こわごわしたものでした。治療の結果はすばらしいもので、今までかならず死ぬといわれた白血病が完全に治癒しました(といっても50%ていどでしたが)。ただ当時の治療では急性リンパ性以外の白血病には効果がなかったことや、再発例もだめでした。その後白血病の治療は進歩し、完全治癒率は非常に進歩しました。

むかしヨーロッパの子ども病院を見学に行きました。緑の多い敷地の広さにびっくりしました。ところどころに建物があり、冷たい病院のイメージでなく、のどかな田園風景でした。親たち専用の宿泊施設もあり、そこから仕事にでかける人もいるとのことでした。希望すれば病院にとまることもできるし、家庭の家族環境によっては希望すれば親は自宅にいて、時々病院にいくだけでもよいと説明されました。子ども病院の病棟や病室はカラフルで明るく、子ども達が住むお部屋の雰囲気にみちあふれていました。日本でもむかしとことなり、長期入院の子ども達の心のケアに気を配るようになり、治療の進歩とあいまって闘病の環境がととのってきました。しかし私のこころにはヨーロッパの子ども病院でみた、豊な田園風景のなかにあるこころ和む病院の建物と部屋、さらには希望すれば、親が身近にいることができる環境が懐かしく思いだされます。

いずれにせよ親も子も治ると信じて努力すればあなたがたに高い確率でばら色の人生が待っています。
チャイケモ応援メッセージB [2006年11月18日(Sat)]

チャイルドケモハウスの活動に、賛同をいただいた方より応援メッセージをいただいております。

がんの子どもたちの診療に

少しでもかかわった人なら

誰でも一度は考えた

「夢の病院」の

一日も早い設立を

期待しています。


国立病院機構大阪医療センター小児科部長

多和 昭雄 (チャイケモ理事長の恩師)
チャイケモ応援メッセージA [2006年11月04日(Sat)]

チャイルドケモハウスの活動に、賛同をいただいた方より応援メッセージをいただいております。

こどもが難治の病気になった時には、

医師・看護師のみならず家族全員の協力が必要です。

すなわち、医療と日常の一体化であり、

このことにはHospital とHouseの2つのHの一体化が必要ですが、

現行医療制度では達成が困難です。

より望ましい治療の場の提供をめざすチャイルドケモハウスの趣旨に賛同します。


大阪大学医学部小児科 教授 大薗 惠一
http://www.med.osaka-u.ac.jp/~ped/www/staff/staff_kyoju_200404.htmll
(敬称略)
チャイケモ応援メッセージ@ [2006年11月04日(Sat)]

チャイルドケモハウスの活動に、賛同をいただいた方より応援メッセージをいただいております。

児童は人として尊ばれ、社会の一員として重んぜられ、

良い環境の中で育てられなければならない。

55年前の5月5日に制定された児童憲章の一文である。

我々はこれまで何をしてきたのであろうか?

今こそ叡智を結集して、実現に向けての第一歩を!


大阪府立母子保健総合医療センター 病院長 河 敬世 
http://www.mch.pref.osaka.jp/byouin/intyou/index.html
(敬称略)