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幸福三説 [2009年12月09日(Wed)]

例年になく暖かい師走を迎えました。気持ちはそれでもせわしない毎日をお過ごしの方も多いかと思います。あまり明るくないニュースばかりが続いた1年のように思いますが、今日は皆さんの幸せを願って、幸田露伴が明治の末に著した「幸福三説」をご紹介します。

第一は「惜福の説」、福を惜しむ。「福を使い尽くし取り尽くしてしまわぬをいうのである」と説明しています。身近なところでは、「たとえば掌中に百金を有するとして、これを浪費に使い尽くして半文銭もなきに至がごときは、惜福の工夫のないのである」。個人や国家の財産を無駄づかいしないこと、鉱物資源や森林資源、漁業資源など地球上の福を取り尽くさないことは大事でしょう。足るを知って、倹約した生活で福を惜しむということだと思います。

第二は「分福の説」、福を分ける。「自分の得るところの福を他人に分ち与うるをいうのである」とし、「惜福は自己一身にかかることで、いささか消極的の傾があるが、分福は他人の身上にもかかることで、おのずから積極的の感がある」と言っています。露伴が言うには「高貴の情懐の発現」であり、豊かな心持ちをもって、一段レベルの高い幸福の追求であると言えるでしょう。何も個人に限ったことでなく、社会や国家にもそうあって欲しいと願うところです。

第三は「植福の説」、福を植える。「我が力や情や智を以て、人世に吉慶幸福となるべき物質や智識を寄与する事をいうのである」。このことは未来への投資であって、自己の福と同時に社会の福を植えることにもなると言い、惜福や分福に勝って卓越していると説明しています。

以上の三つ、例えば、森林資源を考えてみると、若木を残し成木も控え目に伐採し(惜福)、伐採した木を社会に還元し(分福)、将来のために植林する(植福)ということになるでしょうか。この三つの福は、どちらかというと物質を主とした福を対象としていますが、私は、心の福により重点を置いた幸福説をここに二つ追加したいと思います。

その一つは「蘇福の説」、福を蘇らせる。視点を過去から現在に移動させます。過去の良き思い出を想起することで心の平安を感じることです。過去に生きた故人の笑顔を思い出すことは、故人を知る人の幸福につながり、そうすることで故人も天国で幸せを感じることでしょう。社会全体としても、故(ふる)きを温(たず)ね、過去の良きもの(福)を現在に蘇らせることもできるでしょう。

もう一つは「願福の説」、福を願う。視点は未来に向いています。あくまでも心の持ちようです。希望を持って、幸福を願うことで、幸福への道が開けると信じています。皆さんやご家族の幸福、社会や地球全体の福を切に願ってやみません。

政権交代後、逼迫した国家予算の無駄づかいを洗い出す仕分け作業が行われました。社会全体として、必要なところには十分に分福して、将来の福につながる科学技術・医療技術開発には植福して、過去の良いものから蘇福して、その上で無駄を削るという惜福をしてもらいたいと思います。願福する私の希望です。

by Ohta

追記:黄色い花は福寿草、別名、元日草。花言葉は永久の幸福。赤く見えるのは、冬にみられる南天の実、福寿草とセットで「災い転じて福となす」ともいわれる。(Wikipedia より)
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