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葛藤と後悔 [2009年11月16日(Mon)]

「薄々は感じていても、目をそむけないとやっていられない、、、」
でも、そんな時は容赦なく、じわじわと近付いてきました。
我が子の命の期限が迫ってくるのを肌で感じていました。

小さくて柔らかくて温かい手。かわいい声。姉妹で、そっくりの顔。愛しい笑顔。。。
それが見えなくなるかも、触れることさえできなくなるかも知れない。
そんなことは考えられません。

そうして、見て見ぬふりをして過ごしました。
「もう、何もすることがない」、「いつどうなるかわからない」と言われたとき
「どこかご家族で行かれたいところなどがあれば例えばディズニーランドとか行って来てください。」友人たちもよくそんなことを言われていました。

「何のためにディズニーランド行くん?何のために家族旅行行くん?最期の想いでづくりのため?」

私たち家族は家で家族で過ごすという「普通の生活」を選びました。
「普通の生活」が一番特別で、したかったことだったからです。

さやかがティッシュの箱から一枚残らず出して遊んでしまったとき。
一瞬注意すべきかどうか迷っている自分がすごく嫌でした。
「もう、こんな遊びもこの子はできないのかも知れない。それなら、思う存分、したいことをやらせてあげても、、、」そう思ってしまったからです。

私はさやかが生まれたとき、姉妹同じように、よいこと、悪いことをしっかり教えてあげたいと思ったことを思い出しました。

そして「ティッシュは使う分だけ出しなさいよ。」とさやかに注意しました。
さやかは「ごめんしゃい」といいました。
その声は今も耳に残り、葛藤は5年たった今でも続きます。

当時2歳半のさやか。今声が聞けるなら、想いが聞けるなら、色々な場面での母の判断は間違っていなかったのか、どうしてほしかったのか、そう聞いてみたい。

最後まで「その時がくること」を受け入れられず、一番大変で大切で怖かった「お別れ」について触れる勇気がなく、何も教えてあげられなかったことを母はとても悔やんでいます。


クローバーまさみさまクローバー
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