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AYAの参観日 [2009年03月04日(Wed)]

ご無沙汰しています。
「家族代表」というのは元々家族ワーキンググループの代表としてブログ記事を書くよ。ということでつけさせてもらったカテゴリー名でしたが、「家族代表」という言葉だけを見るとさすがにあつかましいな、、、と今頃ですが思い直し、カテゴリー名を変更させていただきました。。。

昨日AYAの2年生最後の参観がありました。
1番の「はじめのあいさつ」から6番の「おわりのあいさつ」までプログラムが組まれていました。
その中に、一人ずつ「おおきくなったら」というテーマの作文を紹介するところがありました。
1班から発表がはじまり、一人一人、自分が書いた作文を暗記し、しっかりと前を向き、大きな声で立派に発表してくれました。

5班のトップにAYAが登場しました。

「わたしが1才のときに妹がうまれました。わたしたちはとても仲良しでいつも一緒にいました。2才のときにみんなでディズニーランドとディズニーシーへあそびに行きました。たのしかったんだけど、妹がしんどそうだったので、おかあさんがおかしいと思って病院に連れて行きました。そしたら、妹はびょうきでした。それから長い間妹は入院になり、おかあさんも病院にお泊まりしました。わたしはおばぁちゃんの家で長い間住んでいました。そのときはとても寂しかったです。私が3才になったとき、妹は亡くなってしまいました。とても仲が良かったので、とても悲しかったです。
私はおおきくなったら病気の人たちが楽しくなるように笑わせる人になりたいです。」

周囲で聞いていたお父さん、お母さんは「うんうん」とうなづき、複雑は表情をしながら話を聞き、終わりにはたくさん拍手をして下さいました。

私は複雑な想いの中、新しい課題を見つけたような気がしました。
主人や私の考えだけで、SAYAKAのことについて語るかどうかを判断する時期が終わったと思いました。AYAは当時の想いを少しずつですが自分の世界の中で表現するようになりました。。。

AYAはエンタの神様などのお笑い番組を勉強の時には見せない真剣な、まなざしで見るので「そんな必死にみなさんな、、、はよ寝なさい」と注意したりしていましたが、どうやら将来の夢として真剣に「お笑い芸人」をめざして日々研究しているようです。

「いっぱい笑うと病気がなおるかもしれへんらしい。おばぁちゃんが言ってた。ゆうとくんもめっっちゃ笑わらしたろっか。ビデオとかで」とAYA。

でもビデオカメラが回るともじもじ、、、果てには「自分はおもしろくない、、、悲しい」と落ち込みます。芸人には向いていないような、、、困った

クローバーまさみさまクローバー
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