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がんを生きる5 [2009年02月10日(Tue)]

息子、ゆうとの闘病を温かく励まし続けて下さった方々の中に、新聞記者の方がいました。
記者の福田さまの記事は、私たち家族を元気づけてくれるものも多く、この場をおかりして是非みなさまにも読んで頂きたいと思い、毎日新聞の許可の下ご紹介致します。
亜紀子

◆ 2008年06月30日  毎日新聞掲載

がんを生きる:/11 小児がん 再入院先で「お兄ちゃん」に/校長「いつでも帰って来て」

 乳幼児に特有ながん「神経芽腫(がしゅ)」と闘う田村結人(ゆうと)君(7)=茨木市=は、5月中旬に再入院した。病院での暮らしぶりは「結構忙しいなぁ」。胸には点滴用の管が付いたままだが、「そんなに痛くないで。風呂に入る時は、ビチーッとテープを張って、水が入らんようにするねん」と教えてくれた。

 再入院した結人君は、周囲に成長を感じさせた。母亜紀子さん(34)は、最初に入院したころのことを思い出していた。

 当時、結人君は2歳9カ月。「かあちゃん、怖い……」と言うと、そのうち声が出なくなり、笑わなくなった。怖がったのは「がん」ではなく、大好きな「かあちゃん」そのものだった。発病のショックを隠しきれない家族の姿が、結人君を追い詰めていた。

 ムードを変えようと、結人君をリーダーとする闘病チームを組んだ。結人君が痛がる処置は看護師に任せ、家族は結人君と楽しく過ごすことを心がけた。こうして、周囲の助言を一つ一つ実行するうちに、少しずつ余裕が生まれ、なんとか危機を脱した。

 今や結人君は患者として「お兄ちゃん」的な存在だ。点滴を怖がる小さい子どもたちを笑わせようと、自分の点滴のカテーテルを見せて、逆に怖がらせて泣かせてしまうこともあるが、ご愛きょうだ。

   ◇   ◇

 結人君は今年3月、いったん退院していた。4月の始業式には元気に登校し、仲良しの友だちに突っつかれながら再会を喜んだ。「楽しい!楽しい!退院ってやっぱりいいな」と何度も口にしていた姿が印象的だっただけに、再入院との落差が堪(こた)えた。

 亜紀子さんは、学校に行かせたことを後悔しかけたこともあったが、校長の言葉に救われた。「一カ月半だけでも学校に通えて、良かったですね。担任や友だちとも関係ができて、クラスにちゃんと居場所ができました。まずは治療に専念して、いつでも学校に帰って来てください」

 見通しが立たない中、状況の変化に振り回される日々。それでも、結人君の成長と校長の言葉に、亜紀子さんはこれまでの経験が無駄ではなかったことをかみしめていた。【福田隆】=つづく(月曜掲載)

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