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魂の踊り〜アントニオ・マルケス舞踏団〜 [2006年10月12日(木)]


本日、友人よと見たのはアントニオ・マルケス舞踏団のフラメンコ。前半はビゼーのカルメンに合わせて「Despes de Carmen(続カルメン)」。

昔、ピアノでカルメンを弾いた時には、どこか薄っぺらい印象が拭えなかったのに、踊りとストーリーが加わるだけで、丸っきり別の世界が目の前に広がった。ピアノでイメージを掴みにくい場合、まずはこの舞台を見ると良いに違いない。


後半は「はかない人生」と「ボレロ」。照明も舞台を盛り上げるのに大きく貢献していた。
舞台が終われば拍手は止まず、アントニオによるアンコール。

音のない世界に彼の足で刻むステップが響きわたり、最後は仲間の手拍子に合わせてフィニッシュ!

・・圧巻。

会場全ての観客を飲み込む程のアントニオの気迫に魂を揺さぶられて、熱い思いが込み上げて来て、今も胸のところで燻っている。
黒四ダム責任者の言葉 [2006年05月06日(土)]
経営者が十割の自信をもって取りかかる事業、そんなものは仕事のうちには入らない
七割成功の見通しがあったら勇断をもって実行する
それでなければ本当の事業はやれるものじゃない
太田垣士郎氏、関西電力初代会長

急峻な山々と命懸けで闘った人の言葉には、重みがあります。
ゴールデンな週末のお相手 [2006年04月14日(金)]
ゴールデンな週末は・・ジャジャーン
別団体で広報をやっている友人の誘いで、あるマスコミの方と一緒に飲みに出かけました。

・・・彼のすごさをここに記したいと思いますが・・
どう書いていけばよいのか・・
多くの分野に関心を抱き、専門知識を持っている
人々を束ねた経験があり、人物観察が得意で、人付き合いのツボをよく知っている

・・日々、「年相応」でありたいと思っている私にとっては、
彼が、年相応の経験をつんで年相応の人物である、ってことが、私にとっては一番素晴らしいと思えたことでした。

背伸びをする必要はなくて、身の丈にあった自分。
その「身の丈」が、年相応であったら理想だなぁーと思うわけです。
30歳を越えてからの私の誕生日には、いつも「年相応の自分でいること」を目標に掲げています。

メキシコ料理屋で食べていたのですが、途中、彼の部下だったという記者さんも合流して、そのまま2次会のカラオケ屋へ・・。

歌は歌でまた、その彼の人生をそのまま語っていました。
そういう、深みのある歌を歌えるような経験をつんで行きたいなぁと思った夜でした。
孤児の父、石井十次さん [2006年03月23日(木)]
うちの財団では、「生まれ変わって福祉の施設」をキーワードに、既存の古民家や倉庫、元消防署や元郵便局などを、改修し、地域福祉の拠点として活用していく「改修事業」助成を行っています。

来る3月25日に、宮崎県の石井記念友愛会は、日本財団の助成を受け、児童擁護、老人デイサービス、地域家庭支援、地域ボランティア交流の機能を果たす福祉複合施設「じゅうじの家」の落成式が行われます。

すごいのは、この石井記念友愛社が設立されるもとになった石井十次さん。彼は、普通の人には真似できないほど愛に満ち、子供達を引き取っては、その子達が自立していけるよう、孤児院だけでなく「毎半日宛男子には活版、理髪、女子には裁縫を学ばしむ」と学校も設置し、職業訓練も行ったのです。

彼の実話に基づいて平成17年度児童福祉文化賞を受賞した映画「石井のおとうさん ありがとう」には、松平健が主演、永坂博美、辰巳拓郎、竹下景子らが出演しています。

石井さんのような気持ちで生きていくには、まだまだ私は未熟すぎますが、同じ日本人として石井さんは、誇りに思える先輩だと思いました。どうしても、石井さんのことを皆さんに伝えたくて紹介してみました。
左手のピアニスト [2006年01月24日(火)]
1月23日付けの新聞(何新聞か忘れてしまいました)で渡辺裕さんの記事「考える耳」で、左手のピアニスト、舘野泉さんが紹介されていた。

「片手によるピアノの表現世界は、3本の手のための音楽同様、未開拓のまま残されてきた領域の1つなのであり、決して左手だけでは不十分だという話でもなければ、左手だけでも両手と同じ音楽ができるという話でもないのである。」

舘野さんは脳溢血で倒れて右手が利かなくなり、左手だけのピアニストとして再起した人。
彼が「風のしるし」という復帰後初のCDを出したという。

彼の話を聞いて、韓国人の両手4本指(片手2本ずつ)のピアニストがいたことを思い出した。私は彼女のことを知った時、5本×2=10本の指で奏でるものこそピアノだと思っていたから、非常に驚いたし、彼女のことを少しかわいそうだと思ったけど、それがとんでもない勘違いだったことに気がつく。

「片手だけでも」ではなく「片手だからこそ」できた表現にこそその豊かさの源があるように思えるのである。

・・確かに。その通りなのだ。

様々な形でハンディキャップを背負いながら世界の最先端でがんばりたいと願っている多くの人々に勇気を与えてくれるーーー

私も負けないように頑張らなきゃと思う。
「世の中のために何がしたいんだ?!」 [2006年01月16日(月)]
「リーダー」とは何か、について考えさせられたヘッドハンター古田英明さんの記事。

「最初から天職に出会うなんてあり得ない。
それなら出合った仕事を天職にできるかどうか。」
(1月13日付東京新聞)
・・なかなか、深いメッセージではないですか!

彼は、“同期100人の中の上位5人・・「5%ビジネスマン」、特に企業のトップにいる社長候補だけが成功するいい転職ができる
しかも、真の転職が許されるのは45歳以上の幹部人材だけ、と。

そして
もし、「自分が5%ではない」という自覚があるのなら、そのまま踏ん張った方がいい。大相撲と同じで、徳俵に足がかかってからが勝負です。”と言っている。
注)東西南北の真ん中の1俵、計4俵は外側にずらしてあり、それを徳俵という。

「リーダー」とは、“部下たちから気の毒がられるほど勤勉かつ無欲であるべき”そして、この対極にあるのが、成果報酬主義だと。
また、日本の企業がリーダーを育てる教育をしなくなったことにより、不祥事が多発しているのだと言う。

そして人の上に立つ人、あるいはそういう能力を持って生まれてきた人には、、「世の中のために何がしたいのか」ということを考えつつ、そこを磨いて欲しい!と。

最後に彼は、こう述べている。

“出会った仕事を天職にできるかどうか。やれるところまで思い切りやってみようということ。”

“その次を考える時、安易に走らないようにすればいい。基本はその会社であと10年、20年やり続けること”

“結論はやっぱり、目の前のことを一生懸命やる以外に、何も開かれることはないということ。それ以外はすべて逃げだから。”

本人も転職3回、今はヘッドハンターやっている古田さんが、同じ会社で勤め続けるよう進め、それを天職とするようにと言っていることが、とても意外だった。同時に、自分が「働く」ということについて多くのことを考えさせられた。

皆さんはいかがですか?
2人との出会い [2005年12月08日(木)]
2人の記者との嬉しい出会い。

1人は仕事で参加したカモフラージュメイクのイベントに取材に来ていたフリーライター小椋知子さん。司会の隣に手話通訳者がいたのだが、観客のためではなく、彼女のための通訳。彼女は31歳の時に失聴したという。

今は北九州でライター以外にも講演をしたりしている。困ったら周囲の人に助けを求めればいいと話すそうだ。見た目が普通で話もできるだけに、人には「聴こえない」ということが理解してもらいにくい。また、生まれた時からの聴覚障害者と比べて、原因不明で中途失聴となってしまったという事実を受け入れるのに、恐らく、一層、苦労が大きかったに違いない。私には想像することしかできないけれど、彼女の放つ明るいオーラに驚く。

もう1人は、記者鈴木玲子さん。財団職員と一緒に沖の鳥島調査に参加され、間もなく、インド出張にも同行される予定です。彼女も、初対面だったのですが、とても優しいお顔をされていて、微笑みながら「でも、怒ると怖いって言われるんですよー」とおっしゃっている様子からは、怒っている姿など想像もできないが、だからこそ「怖さ」については見当がつく。

今、犯罪被害者の関係で、「<犯罪被害者>が報道を変える」(高橋シズエ、河原理子編)を読んでいる。とりわけ事件記者としての、取材による気力の消耗などを聞くにつけ、体力勝負、気力勝負の記者という仕事を続けていらっしゃるとこと、そして、それを表にあまり出さない彼女の明るさに魅かれた。

元気をもらった嬉しい出会いだった。
走り続ける富雄先生 [2005年12月07日(水)]
昨晩のテレビで、たまたま脳梗塞から回復途上の免疫学者多田富雄先生を見た。彼は「免疫の意味論」という本で有名らしい。その本は、免疫学というと理系の学問という気がするのに、哲学的に人間の本質にも迫る内容だったとか。
その彼が5年前の脳梗塞以降、声が出せず、喉の筋肉と右半身に麻痺が残り、不自由な生活をされているようだった。しかし、彼は「今は良く生きていると思う」と言った。

免疫学という学問がどういうものだか私はまだ詳しくは知らないが、彼は麻痺の残る体でありながら、生を満喫していた。嬉しそうに笑うし、顔をくちゃくちゃにして泣く。本も何冊か出版しているらしい。

彼は、「脳梗塞の後、回復が見込めるのは6カ月」と言われていても、既に4年がたった今でもリハビリは続けている。そして、時々、足の指が少し動いたりして、何かが「胎動」しているのを感じ喜んでいる。

また、彼は歌を詠んだり、能楽を生み出したりもする。
病気をした後、歌の中で、地獄はあの世でなく、「今」が地獄。しっかり見届けなくては・・というようなことを歌っていた。
また、麻痺した喉の筋肉のせいで、どんなに喉が渇いても水が飲めないとう現状に身をおきながら、「今なら被爆者と死者たちの気持ちがわかる、そのメッセージを汲み取る必要がある」と言って、能楽「原爆忌」を書いたそうだ。

病気になると気持ちまで負けそうになるが、「最後まで走り続ける」と言って、毎日生きるということに精一杯取り組んでいる先生の姿を見て、また、理系の頭を持ちながら、芸術に造詣が深いところも、人間としての手本を見せてくださっているような気がした。

先生を囲む研究者達の集まりの時に、先生は「研究は、深く、寛容であれ」というようなことを言っていた。目の前の競争に疲れてしまうのではなく、自分の信念を持って、研究に打ち込めという意だったと思う。

人生の先輩の発言には、聴き手に有無を言わせないほどのズシリとした重みがある。
環境省3Rプロジェクト [2005年11月25日(金)]
11月22日読売新聞で紹介された「環境省3Rプロジェクト」(ブログはhttp://blogs.yahoo.co.jp/eco_3r)について。
「霞ヶ関」改革しよう *環境省の若手提言
・・の中のヨッシーこと芳野君は、大学時代の友人であり、大学時代の友人の旦那さんでもあります。
私が最も苦手としていた脳の体育会系サークル「国際法学研究会」でご一緒しておりました。

「省益優先、前例踏襲で非効率な業務を続けていれば、霞ヶ関はだめになる」

いかにも彼らしい取り組み。
彼のことを沢山紹介したいのですが、個人情報の問題もあるでしょうからあまり触れられません。ただ、彼は、肩書きとか権力ある省庁とかにこだわらず、自分が何をやりたいのかを追い求めて、現在環境省で働いているのです。

難しい試験を合格し、中央の役所で働くということは、大変、名誉なことのはず。ですが、実際のところ、役所で働く現実は、一般の人の感覚や想像から大きくずれている部分もあるように感じられます。多くの人は、一度、その役所文化にどっぷりと浸かってしまうと、なかなか自分が手にした権益や甘い汁は、気付かぬうちに手放せなくなるものだと思います。もちろん甘い汁ばかり吸っていると言っているわけではないのですよ。ちゃんと、国のために、自分で考えて行動している友人も沢山知っています。

そんな中で、勉強会を開催したり、他省庁の職員や民間企業との意見交換なんかも行っていて、そういうバランス感覚は、私も学ばなくてはならないと思います。
今後の3Rプロジェクトの行方が楽しみですね。

輝いていたい [2005年11月07日(月)]
「心に残る歌が歌えるようになりたい」

「全力で頑張ってチャレンジした後には、新しい自分が輝いている」

「歌手として、女性として、人として成長して行きたい」

本田美奈子さんのご冥福をお祈りいたします。
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