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京大少年 京大芸人 [2011年12月30日(金)]
大笑いしていると、脳みそが騙されて楽しいと思うらしい。だから笑いヨガは、全然効果が無さそうに見えて実はあるんだろうなぁ。

しかし!この本を読めば腹の底から笑える。これは騙されるんじゃなくて、涙流しながら腹を抱えて笑える。作者のロザンの菅さんはスゴイ!さすが友人のいとこ!!で、ロザンの二人とも大学の後輩と高校時代の同級生だったというから、思ったより身近な人だと思えて、余計に面白い!!


知人が世の中で会いたい人には、大体、会えるって言っていた。・・そうだな、私が会いたいのは、、・・あんまりそんなこと考えたことない。考える前に動いているからかな。


宇治原さんは優秀な方みたいだけど、彼をまるで宇宙人のように描く菅さんも上手い。


母がわざわざ図書館から借りて来てくれたので、一気に読み終えた2冊。本で見るお笑いライヴに関心がある人にはオススメ。
塚地さんが出演していた「間宮兄弟」 [2011年12月18日(日)]


江國香織さんが書いた「間宮兄弟」。実はこれが映画化された時、兄を、、名前忘れたけどイケメン俳優、弟をツカヂさんが演じていたのだ。あの映画を見たかった時に、「明日の記憶」を見て号泣し、一緒にいた仲間を焦らせてしまったのも、今じゃ笑える思い出。

なんだか昭和の雰囲気漂う明るい印象の人間模様。


唯一、私がページを折り曲げたのは、

「昔だったら別れてあげたのに。私が賢ちゃんを愛してる頃だったら。」

そしてそれを皮肉なこと、という。
そういう風に複雑に出来ているんだなぁ、世の中は。
この本の中ではそういう皮肉なことが沢山、書かれていたと思う。自分自身の淋しさを認めたくなかったり、気付かないふりをしていたり。


昭和テイストの裏に、そういう、いつの時代も変わらなかった人間の性みたいなものが渦巻く感じの話だった。
歴史と特殊性を重んじた“世界”の見方 [2011年12月08日(木)]


昭和5年生まれの日下公人さんは、我が日本財団の姉妹財団である東京財団の会長をなさっていたことがある。何故、あの頃に話しに行かなかったんだろう!って悔やまれる。なぜなら、とても切れ味の良い考え方をなさっている方なのだ。

全体を要約すると、
「歴史性・特殊性」VS「抽象的・理論的・合理的」
今の日本は学歴を身につけたに過ぎない人々で溢れている、
今の大学はもはや真理追求の場ではない、
日本はニッポンスタンダードで外国と対等に向き合うべき、
日本の歴史を学べば本質がわかる、
まぁそんなところか。

一番最後に、小野田自然塾の小野田さんがフィリピンで見つかった時、「戦争は終わった」と呼びかけても、なかなかジャングルから出て来なかったのに対し、戦中は「苦難を強制するのが味方」とされていた、とある。財政赤字の日本が社会保障を担い切れなくなり官僚が手を挙げた時、政治家はそれを詫び、初めて国民に苦難を強制するんだろうなぁ・・なんてことを思った。

こんなにモノが溢れているのに「苦難」なんて、ニヒルな気持ちになる。いよいよ助け合うしかない時代がやって来ているんだなぁ。まさに新しい設計図が必要な時代。

日本の“本質”を知り、誇りを感じられる一冊。
成功するまで続ける! [2011年12月06日(火)]


稲盛さんの本を読んで、何故、友人が三倍速で駆け抜けているのか解った気がした。

フルマラソンを100メートルダッシュするつもりで駆け抜けている、ということなんだなぁ。普通の専門家が諦めちゃうところを、素人の度胸が手伝って、成功するまで諦めない・・ベンチャーの心意気とはそういうものだよなぁ。

語られているのは、彼自身のなかなか深い哲学だった。
「自分の運命に従って進んでいく」松下幸之助さん [2011年11月30日(水)]


自分だけしか歩めない大事な道

自分だけに与えられているかけがえのないこの道

道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。

心を定め、懸命に歩まねばならぬ。

休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる。

深い喜びも生まれてくる。


これ、自分へのエールであり、頑張っている友人にも贈りたい言葉。松下さんのエッセーの抜粋。こういう哲学に貫かれているから、彼は神様だと言われるのだと思う。

三世紀生きてやる、という発想や、相当の働きを自分にさせてもらいたいと手を合わせて祈る気分になるとか、より良き社会のためを思って働き、稼ぎを得るとか、なんだかしばらく日本が忘れてしまったようなことを約50年前に語っておられるのだけど、今の時代にもこの言葉が響く人たちが沢山いて欲しいなぁと思う。


特に印象的だったのは久原房之助さんの話。見識と熱意と勇気と誠意。
詳しくは敢えて書かないが、彼のような生き方がしたいな、と思っているところ。
1/24日分の電力はニジェール産のウランで発電している?! [2011年11月28日(月)]


先日、コモン・ニジェールの福田英子さんの講演を聞いた。

最貧国のニジェールから輸出されるウランで、私達の1日1時間分の電力が発電されていると聞いて、複雑な気持ちになる。

昔からニジェールで語り継がれるお伽話をまとめた作品で、どれもこれも素敵なお話になっている。中でも印象的だったのが、ホテル・テルミニュス。

アフリカでの大鉄道開発計画が頓挫した事実を取り上げ、静かに「未来は誰にもわからない」というフレーズ。

諸行無常をニジェール風にするとこういう表現になるんだなぁ。決して明るい未来を期待する風でもなく、全てをただ受け止める、という覚悟の現れなんじゃないか。

あらためて、原発は日本だけの問題ではないことを痛感させられ、うーんと黙り込んでしまう。
ニジェールのこと、皆さんも少し思い浮かべてみてください。
「リーダーの条件」が変わった 「危機の時代」を乗り越える新しい統率力(大前研一著) [2011年11月27日(日)]


「新」と名の付くものに手を出したくなる。
「新」と付くからには、彼の書いた古い本には手を出さなくて良いということか?と思いつつ、結局手を伸ばしてしまったこの本。

昨日の「B層」の話ではないが、今必要とされているリーダーが不在なために、いかに今の日本に悪影響を与えているのか、と大前さんは書いた後、自らの提案をいくつも掲げていた。
政治家に言ってもしょうがないから、とまるで本を通して、ロビー活動をしているかのようだ。

原子工学を専攻していた知識を踏まえての福島原発事故の問題分析や、
過去の日本が先進国に駆け上がる時点で作られた税制の練り直しが必要だという意見、
道州制の仕組みを作って中央省庁の権限を地域に落とす仕組みの提案や、
国内のアイデアや製品で海外マーケットで勝負するための工夫などなど、
どれもこれも、世界のマーケットを俯瞰すれば彼のようなアイデアが出るのが普通なはずだが、なかなか同じ視点に立てないのが今の政治家たちなのだ。
だから、彼は本を書いているのだと思う。
誰かに届くように・・という思いを込めて。

読み終えて、うーんと唸らされる作品。
「ゲーテの警告」適菜収著 [2011年11月26日(土)]
先日見た映画「ゲーテの恋」と同じタイミングで「ゲーテ」をタイトルに使ったこの本。なかなか編集者は上手いなぁと思う。

読み終えて思ったのは、マスコミが伝えないデマゴーグの真実。

民主主義になると衆愚政治になる、ということを今の日本を引き合いに出し言っているのは、ゲーテというより適菜さんの警告だった。

マスコミに乗せられ易く深くは考えない“B層”を、政治家達が上手く使っていることを文字にされてあらためて、深いため息をつく。


ゲーテに限らず、過去の哲学者達が言っていたことが今にも当て嵌まることに、あらためて「ヒトは本人達が思う程には進化していないんだなぁ」と思う。
彼が西洋哲学専攻だからこそ、時代を越えた様々な哲学者の言葉を引用しているのを見て、あらためて、まだまだ本を読まなきゃと思った。
ネット敗北宣言 [2011年10月25日(火)]
本のタイトルは写真の通りなんだけど、これを書けばかつての書評に思いがけず激しいコメントがついてしまって、削除したら逆上されてしまって、削除の理由を説明しても相手には伝わらずさらに火に油を注いでしまって、その結果、血液型がA型から私型になってしまった今となっては、、、。


中川淳一郎さんが本に書いているのと全く同じ状況を経験したことがある。

私と同い年で同じ時間を生きてきて、彼がネットの業界で感じていることは
「インターネットがあろうがなかろうが、人間は何も変わっていないのである」
・・全くその通り。

私もヨーロッパを訪問して「時間」という次元を意識させられるまでは、現代に生きている私は古代の人よりいくらか進化しているつもりであった。だけど、ネアンデルタール人の女性の人形は、どれほど真実に近いのかは知らないが、服は着ていなかったものの、その、それ以外のところは(毛の生え方とかが!)全く同じだったことに衝撃を受けてしまった。電気がなくとも、ネットがなくとも、彼らは子孫を残して今の時代に命をつないでいるのだ!

そう、人間は少しも変わっていないのである。

そして良いものは良い、とも。

それはネット広告が上手く行こうが行くまいが、良ければあっという間に広まるし、悪けりゃ消えていくというだけ。スペインで多くの人たちがスマートフォンを使っているのを見て、同じことを思った。

全く違う業界の人が、同じことを断言しているのを聞いて、やっぱりね、と思う。

そして彼がネット上で通用するようなPR方法を考えると、大体は聞いても貰えないという。色んな新しいことを提案する場合にも組織内では同じようなリアクションが起こると人事マネージメントの本に書いてあった。

そんな風に他の本で言われていることとリンクする話だったので、またまた繋がってしまったところ。ホントに不思議ね、読む本に偏りがあるのかも知れないね。
「天才の育て方」五嶋節著 [2011年10月24日(月)]
プロのバイオリニスト五嶋みどりさんと龍さんのお母様が書いた一冊。


たまたま古本屋で出会ってしまい、こういう抜きん出た才能を伸ばす教育方法は何か、個性を伸ばす環境とは何か、今ちょうど考えていたところに、昨日の宮台さんの話。


ここでもやはり出たのが継続は力なり。子供に心からの敬意を抱きつつ継続させるというのは、親として大変らしい。


でもこういう何か特殊な才能に抜きん出た人は、その立場からこそ見える社会、世の中の解釈があるはずで、それを凡人に伝えて新たな視点を与えることこそが、宮台真司さんのいう「エリート」がになうべき役割なんだなぁ。なるほど、色んな話が繋がっている。


自分が小さな頃から居眠りをしてまで弾き続けたピアノのレッスンを思い出し、あらためて私はコンクールには向かなかったなぁと思う。親には五嶋さんとは違って同じ経験がなかったからコンクールを受けさせないという選択肢は無かった訳だけど、私がもし自分の子供にレッスンを受けさせるとしたら、自分に経験させてもらったおかげで、今なら受けさせるべきかどうか、考えて結論を出すことが出来る。有り難いこと。


昨晩、友人と話をしていて全ての人に情報とそのアクセスは許されるべきという話になった。ただその与えられた情報をいかに集め、分析し、新たな結論に至るか、その情報の価値が判ればエリートだというだけの話なんだと思う。

・・とそこまでは理解できるのだけど。

色んな話を繋いでくれた作品。
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