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風をあつめて

不登校・ひきこもりの支援活動をしているNPO法人フリースクール阿波風月庵の代表をしているかぜさんです。この活動で色んな若者やその親御さんと会いました。人の心っておもしろいです。僕自身も活動の中で、生き方がどんどん楽になってきました。そんな不思議な心の話をしてみたいなあ!


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高校までは親の責任、大学からは本人も責任 [2018年10月18日(Thu)]
中学生の子どもが学校に行かなくなりました。
一度、相談したいのですが?と電話が入る。
フリースクールという名称が誤解をうんでいるらしいが、
風月庵では、本人のスクーリングは20歳からと考えている。

 小学・中学・高校と、公的支援が充実してきていることもある。
子どもは公的な支援を受けて、今までの環境(家族・学校・友達他)に近い中で生活することが望ましい(いじめは別)と考える。
 
 高校までは、生徒の家庭環境を、親御さんの視点を変えることで、お子さんは徐々に登校に向かって動き出すと考えている。多くのお母さん・お父さんが、これに挑戦してくださいました。
それは、登校してからも人間関係の調整力において、家族の応援が欠かせないからです。
だから、まずご両親が子どもを支える安全・安心基地となり、
疲れたら休むことの出来る、生きる力を蓄えることの出来る、
そんな家庭に、ご両親に作り直してもらいたいのです。

 原因探しに意味はありません。
親も本人をも苦しめるだけです。
これから出来ることを、
一つひとつ家族みんなで楽しみ(生きる力)を増やすことです。
toshikoshi_soba_family.png
 不登校・ひきこもりの状態にある若者を動かすには、
家族のつながりを作り直すことから始めることが第一歩と
お考えの親御さんに、風月庵をお薦めします。

大学からは本人の責任で変わることも求められますが、
親も家族も変わらなければ、本人が変わり続けることは
難しいと風月庵では考えているからなのです。
気持ちを言葉にする [2018年10月18日(Thu)]
相談に来られる親御さんにいつも先ずお願いすることが、
「気持ちを言葉にしてください」ということです。

 それは、相手の気持ち・自分の気持ちを言葉にすることです。

 多くの場合、親は自分の考えを押し付けた表現をしています。
「明日は学校へ行くの?いかないの?」と押し付けています。
気持ちとなれば、「あなたは学校に行けるかどうか解らなくて迷っているのよね」と子どもの気持ちを言葉にしてみる。
「お母さんも心配しているけれども、きっと難しいのよね」と母の気持ちを言葉にしてみる。

 伝えたい意図や、気持ちは同じでも、
選んだ言葉や、話す順番、気持ちの持ち方で、言葉にして伝えた時、伝わった時の印象は全く変わってきます。
「何、怒ってるの!?ちゃんと言わないとわかんないでしょ!」と攻撃されたなら、相手も攻撃で返してくるでしょう。
ここには気持ちの表現は含まれていません。
怒る→相手の気持ち:いらいらしてるみたい
   自分の気持ち:何が不機嫌なのか心配?
わかんないでしょ!→相手の気持ち:冷静になれずに、不安
          自分の気持ち:困っていて、不安
「怒っているみたいね?心配だわ。落ち着いた時に話してくれると、こっちも少しは安心できるかな。」
 不安な時に「不安なのよね」とやさしく声を掛ける。
怒っている時に「怒っているのね。怖い!こわい!」と控えめに声に出してみる。
 気持ちを受け止めてくれるだけで、人は落ちついてくる。
自分の気持ちをわかってくれていると感じると安心できる。
気持ちがわからなくても、わかろうと懸命に心配してくれている気持ちが伝わるだけでも、安心できる。

まずは、安心を与える。
安心をもらえる家族になろう。
その一滴 [2018年10月09日(Tue)]
完成.jpg
何故、追い込んじゃうの? [2018年10月09日(Tue)]
何故そうやって、自分の子どもを追い込み、自分のことも、家族のことも追い込んでいくのだろう?
お母さんの話を聞いていて、時に僕は、悲しく、寂しくなる。

 不登校になった本人は、これまで自分一人でいろいろなことを自分なりに工夫し、挑戦してきた筈だ。
他人の言動・行動から学び、自分でもあれこれやってきたのに。
もう限界だから、不登校になっているのに。
もう限界だから、僕を、私をこのままにしておいてと、先生に、友達に、家族に、親に、誰より自分に、叫んでいるのに。
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 しんどいだけで、辛いだけでは、行きたくなくなる。
しんどいだけが、辛いだけがずっと続くと、行きたくなくなる。
僕のこと、私のことを、誰もわかってくれん。

 先生は、早く学校に来られるようになるといいね。待ってる。
友達は、何で学校に来ないの? 無理しないほうがいいのに。
家族は、こっちだって行きたくないところを頑張って行っているのに、自分だけずるい!でも、わかる気もする。
親は、せめて高校だけは卒業しなきゃ、生きてはいけない。
僕のこと、私のことを、責めている。誰もわかってくれん。

 不登校から再登校する時、楽しいから行こうという気持ち?
これから楽しいことがもっと増えると思える?
それなら続けて通えるよね!?

 ある日、親は子どもの姿を見て、気づくはず。
親は、こんな姿を見たくて、学校に行かせているのか?
子どもにこんな虐待みたいな真似をして、こんな思いまでして、学校に行かせて、本当にいいのか?
子どもの笑顔、幸せな姿、元気な様子を見たかった筈なのに。
何かが間違っていると。
何かが間違っていると。
ある日、親は子どもの姿を見て、気づくはず。
絵本って、怪人だ! [2018年10月09日(Tue)]
毎水曜日8:15〜8:25の10分間、地元の川内北小学校1〜3年生に、僕は絵本の読み聞かせに行っている。
そのグループ「ぴのきお」のお母さん達が、風月庵の絵本クラスにも参加してくださっている。

いつも2〜3冊の絵本を持ってきてくださるが、内容は子供向けとは言いがたいものが多い。
僕達へのメッセージとしてふさわしいものを選んで下さる。

その持ってきてくださる絵本が毎回違うのだ「このお母さんが選ぶのは、これか!なるほど。」と、感心させられる程に、違う趣の絵本がやってくる。
日本の・西洋の・アジアの昔話、泥棒の話、落語、心の世界、夢の世界、ひとりの世界観、多彩な表現に、絵本の中で僕らは様々な世界に出会う。

一冊・一冊の絵本は、複雑な心の世界を違う角度から見ると違った考え方になると僕らは教えられる。
その絵の表現が不思議で、おもしろくて、僕らはひきこまれ、絵の世界に一人で遊べる。

1冊を選び、その絵の雰囲気から感じる世界観を、気持ちに含んで、クラスの中で読んでみる。
同じ絵本を違う人が読んでみる。
当然だが、人の気持ちが違うように、読む人が違うと印象も違って表現され、各自で違って受け止めている。

気持ちがこもってくると、表現が違ってくる。
それが一人ひとりの個性として味わえる。
絵本は、読み手によって変化する怪人となる。

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もっと、攻撃して! [2018年10月04日(Thu)]
 不登校・ひきこもりの脱出の第一歩は、攻撃だ。
今まで言葉のなかった子が、命令口調で話し出す。
テレビに向かって「北朝鮮にミサイルを撃て!」云う。
不機嫌な態度が増える。
果てには、物を壊す、暴れだす。
親に向かって暴言・暴力が出てくる。

 特に母親からすると、どうなるの?と心配だ。
しかし、あらゆる攻撃は「生きる力」の表れでもある。
この「生きる力」がわいて来なければ、動き出さない。

 親の言う「いい子」という生き方をしていた青虫が
さなぎという「ひきこもる」ことで、自己を省み、他者への攻撃を得る、
やがて、「生きる力」にあふれた蝶は、青空へと羽ばたいていく。

 「生きる力」を蓄えられる家庭という温床と、
安心して攻撃できる相手に、攻撃をすることで、
自分を守り、結果的に他者を守る「生きる力」を身に付ける。
充分な癒しと時と場面と相手に応じた適度な攻撃が、
本人を社会(学校)へ、一歩一歩と進ませていく原動力となる。

 風月庵に来ても、おとなしくて、覇気のない若者が、
いつしか、僕に嫌みを言い、反発的な言葉を出し、
反抗的な態度へとエスカレートしていく、
言われた時は、そんな態度をされると、ショックを受け、落ち込むが、
後から一人の時に[やっと、動き始めている]と思うと、
心がジンワリと温かくなってくる。
ほれができんのよ [2018年10月04日(Thu)]
風月庵の家族会は、お茶を呑み、お菓子を摘みながらお喋りをする。
時に、愚痴ることもあるが、顔を見るだけでも、ほっとできる。
他では言えない話も、ここでなら安心して話が出来るから、
戸惑っている気持ちも話せると、「そうなんよ!」の声が出る。

 不登校のお子さんのことで悩み始めた親御さん
ご本人が家から出る気配がなくて悩んでいる親御さん
既にご本人は就職している親御さん
今通ってきている、ひきこもり経験者のご本人
過去のこと、今のこと、未来のこと、色んな話が想像できます。

 親御さんも、話があっちこっちへと飛びながら、気持ちが一致して
「ほぅよ、ほれができんのよ。何でやろねぇ?」
日常での様々な行き違いや、気持ちの変化に戸惑って、
「うちも、ほうなんよ。どないしたらええんで?」
「以前に来てたMさんとこは、こんな風やったけど」
まだ未経験のことは、何か不安で、不思議です。

 年に2回の呑み会では、いつもと違った話題が飛び出し
「ほんなことを云うようになったんでー。ほら、成長したわ。」

Aさんは30歳の息子さんが、高校卒業から1回も仕事に行っていないと、
相談に来られて、先々月から家族会に出られています。
「息子と話が出来ないんですわ。」の言葉に、他のお父さんが口を切る。
「普段通りに声を掛け続けることですよ」と、笑顔で説明され、
「前は私が、他のお父さんに同じことを聞いてました。」
「ここで聞いて、やってみようとしてから1年かかってますけど。」
他の家族からの応援の言葉が何よりの土産です。

尚、家族会のご参加は、プライバシー保護もあり、
会員になられてからご利用下さい。
おじゃましまぁ〜す [2018年09月21日(Fri)]
「おじゃましまぁ〜す」と、僕とC君は玄関の戸を開ける。
リビングに入っていくと、Z君は坐って待っていてくれた。
「『かつや』メニューが変わりましたよ。チキンカツカレー丼とか、全部のせ丼とか。」
「『はま寿司』で、焼そばのモチモチ感とソースがおいしい!」
みたいな話から、おしゃべりが始まる。

 少し前から、Z君がゲームをいくつか揃えてくれた。
以前は、囲碁、将棋、UNO、トランプやWiiスポーツをしていた。
今は、「ハートオブクラウン」と「ハゲタカのえじき」をしている。

 「ハートオブクラウン」とは、姫を頭に執事・議員・宮廷侍女他のカードを集め、
その点数が20点に達した者が勝者となるゲームである。
その点数を得るためのお金を集めていく事から始まる。
そのために、自分の持ち札を有利な札で集めていく事が戦術となる。
C君とZ君は、ネットゲームで経験済みなので、ハンディをつけている。
それでも、僕は負けてしまう事が多い。

 そんな訳で、Z君にカードの力を説明してもらったり、
どのカードを選んだ方が有利かをアドバイスしてもらう。 
Z君は、穏やかに的確に伝えてくれる。でも、声は小さい。
年寄りの僕には聞こえ辛いが、女性スタッフは十分聞こえるようだ。

今日の順番は、Z君→C君→女性スタッフ→僕であった。
でも、1回は僕も勝てたのだ。

 初めて囲碁の対局をしたのが3年前になる。
この頃のZ君の姿をみていると、
あの頃では夢ようなことが、今こうして現実となっている。
「不思議だ」としか言いようがない。

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なんで(何故)、邪魔する! [2018年09月18日(Tue)]
 自分の思い描いた順番でことが運ばない時、我々は、イラッとする。
そして、相手に、周りに、自分に、怒りをぶつけてしまう。

 自分が事務作業で、パソコンで文章を作成している。
思いのほか文章の運びが良く、あと少しで終わりが見えかけた時、
家族が「食事が出来たよ」と、声をかけに来る。

 そこで、私はイラッとする。

 一生懸命この作業に集中していることが見て分からないのか?
気持ちよく進めているこの作業の邪魔を何故する!
そう頭に浮かんだ怒りを状況や自分の立場で押し込んで、
とりあえず「わかった!」と、答える。
が、何処かに怒り・戸惑いが残っている。
それが相手に伝わり、相手は「何故怒っているのだろう?」と、不機嫌になる。

以前訪問していたひきこもり青年(30歳程)が、食事が終わり、
自分の膳を洗い場に持っていこうと立ち上がり運び出すと、
シンク前で母親が別の洗い物をしていた。
彼は、ブルブルと震え出すと同時に、持っていた膳の手を離した。
大きな音とともに「なんで(何故)、邪魔する!」と、叫んだ。

 私は彼ほどの怒りではなく、彼ほどの行動は取らないまでも、
気持ちはよくわかるのである。
「自分の思い描いた順番でことが運ばない」ことが許せないのだ。

 こんな気持ちの小さな行動は多くの人にもある。
気持ちよく運転して交差点に入ろうとした直前に、信号が変わった。
「なんだ、この信号、もうちょっと待てよ!」と、信号を怒鳴りつける。

誰もが持つこんな気持ちの大きなものを我々は感じてしまい、
その感情を自分では抑えきれずに、他者や周りにぶちまけ、
その後では、そんな自分が自分で情けなくなるのである。

 こんな嫌な気持ちを持つくらいなら、人と関わりたくないと、
我々のマイナス感情は、こうして日々積み上げられていくのである。

ナンバープレート.jpg
東京ひきこもり時代;1 [2018年09月10日(Mon)]
本格的な不登校・ひきこもり時代は、東京での1年間だ。
そのくらいで、偉そうに「ひきこもり」というな!
3年以上ひきこもってこそ、一人前といえるものだ。

そんな半人前のひきこもり時代は、大学1年の1年間。
東京での下宿していた6ヶ月と、アパートで仲間と暮らした6ヶ月だ。
そんな僕にも友達が2人いて、毎日のように来る奴とたまに泊りがけで来るのがいた。

毎日のA君と、たまにのB君としておこう。
日本家屋の一室に間借りしていて、8畳の客間と押入れが住まいだった。
夜寝るときは、ベット気分で押入れで寝ていた。
勿論基本が昼夜逆転で、昼が過ぎて起床する。

 同大学同学科のA君は、授業を終えて15時過ぎにやってくる。
雨戸を締めて押入れで寝る僕をゆすって起こし、少しお喋りをする。
近所の風呂屋に出かけ、16時から二番風呂につかる。
風呂屋は15〜24時営業で、一番風呂は近所の年寄りで賑わっていた。
二番風呂は、我々二人の貸切状態で、ゆったりと壁画の富士を眺めた。

 それから17時、開店直後の洋風食堂「モミ」で、いつものモミライスを食べる。
オムライスにトンカツとキャベツがのっかっている、ここの定番定食だ。
勿論ここも、我々二人の貸切で、客が来始めると、店を出て帰宅した。

 帰宅すると、ダラダラと昔の話をするのだが、大概が各々の高校の話となる。
彼は終電までには出て、西武線・JRと乗り換え1時間で帰宅する。
こんな風に二人で町内をぶらつくことはあったが、基本外出はなく、
一人で出かけるのは、週に1度のスーパーでの買出しだけだった。

 B君は、千葉・習志野に住んでいて、2〜3時間かけてやってくる。
週末に来て、泊まることが常だった。自炊のご飯と有り合わせで夕食も済ます。
同じ高校の同級生で、こいつとも友達の話ばかりだ。

 前半の6ヶ月間で、この二人以外と会話することは、ほぼなかった。
当時「ひきこもり」という言葉もなかった。
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写真;再現したモミライス
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