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For Inner Peace and World Peace
心にやすらぎを  世界に平和を



平和は、私たちの足もとから身近なところから広がり…、
すべての命への慈しみとともに、家庭から、街の中から、国々から、世界へと…。


War is the work of man.
War is destruction of human life.
War is death.
To remember the past is to commit oneself to the future.
To remember Hiroshima is to abhor nuclear war.
To remember Hiroshima is to commit oneself to peace.


"Monument Commemorating Pope John Paul U's Appeal  for Peace"



戦争は人間のしわざです。
戦争は人間の生命を奪います。
戦争は死そのものです。
過去を振り返ることは、将来に対する責任をになうことです。
ヒロシマを考えることは、核戦争を拒否することです。
ヒロシマを考えることは、平和に対しての責任を取ることです。

 
(広島平和資料記念館・平和モニュメントに刻まれたローマ法王のピース・アピール)



★平和のメッセージ
このブログでは、先人の残した愛と平和のメッセージと共に、各方面で活躍する皆様よりお寄せいただいたメッセージを、多くの方々と分かち合うことができますよう、公開しています。


                           ☆リンクフリー ☆
バチカン・アルベルト大司教をお迎えして [2008年04月28日(月)]
VIP クロスカルチャー 5月例会
バチカンから特命全権大使・アルベルト・カステッロ大司教をお迎えして 



講演テーマ
「スピリチュアリティと平和: すべての違いを超えた人びとの一致」

Theme “Spirituality & Peace: Unity Among All People & Beyond All Differences”
*An English follows Japanese.


0.5平方Kmという世界で一番小さな国・バチカンは、世界中に10億人以上のカソリック人口を持ち、国際政治のうえで非常に重要な影響力があります。VIPクロスカルチャー5月例会は、そのような国の駐日全権大使・アルベルト・ボッターリ・デ・カステッロ大司教をお迎えしました!



メインスピーカー:駐日ローマ法王庁特命全権大使
アルベルト・ボッターリ・デ・カステッロ氏




1942年生まれ。1966年9月、司祭叙階、教会博士。1973年よりローマ法王庁の外交活動を開始し、エクアドル、シリア、コンゴ、アメリカで活動。2000年には大司教に叙階され、2000年〜2005年までにギニア、リベリア、シェラレオネ、ガンビアのローマ法王庁大使を勤める。

2005年4月1日に先のローマ法王・ヨハネ・パウロ二世によって駐日ローマ法王庁大使に任命される。同年6月22日来日、現在に至る。イタリア語の他、英語、スペイン語、フランス語を話す。


日時: 5月10日(土) 18時開場、18時30分開会

場所: 早稲田奉仕園(スコットホール)  新宿区西早稲田2-3-1 Tel: 03-3205-5411
参加費:\2,000、学生\1,000   会場の都合により今回は茶菓はありません。
定員200名になり次第、予約受付を締め切らせていただきます。

お申し込み
郵便番号、住所、名前、電話番号、e-メールアドレス、質問事項をご記入の上、お送りください.



メールでご予約の上、参加費を下記銀行口座にお振込ください。


銀行:みずほ銀行 高田馬場支店(店番号 064) 普通預金 2624733
口座名: VIPクロスカルチャー
振込期限:5月7日水曜日までに振込みをもって受付完了。


予約・詳細: VIP クロスカルチャー 
赤堀 美和子  e-mail: vip-ccc@hotmail.co.jp
金山 梨花   Tel: 03-5331-3351/Fax: 03-5331-3350



アクセス

地下鉄東西線早稲田駅(出口2番・出口3B番、徒歩5分)
JR高田馬場【早稲田口】より都バス「学02 早大正門行き」乗車、2つ目の『西早稲田』下車(約10分)





Theme “Spirituality & Peace: Unity Among All People & Beyond All Differences”


The VIP Cross Culture meeting for May will feature The Apostolic Nuncio of the Holy See, H.E. Archbishop Alberto Bottari de Castello.

With an area of 0.5 square kilometres, Vatican City is the world’s smallest country. Yet it has tremendous sway over international politics through more than one billion Roman Catholics around the world.



>Main Speaker:H.E. Archibishop Alberto BOTTARI de CASTELLO
Ambassador of Apostolic Nunciature



Born in 1942. Ordained Priest in September 1966.
Doctor in Canon Law. Entered the diplomatic service of the Holy See in 1973, worked in the Pontifical Missions in Ecuador, Syria, Democratic Republic of the Congo and in the United States of America.

Ordained Archbishop in 2000. Apostolic Nuncio in Guinea, Liberia, Sierra Leone and Gambia during 2000-2005. Form 1 April 2005, Apostolic Nuncio to Japan. Arrived in Japan, 22 June 2005. Speaks Italian, English, Spanish and French.




Date/time: May 10 (Sat.) Doors open at 18:00, Meeting starts at 18:30.
Place: Waseda Hoshien Student Christian Center (Scott Hall) 
 2-3-1 Nishi-Waseda, Shinjyuku-ku  Tel: 03-3205-5411
Fee:  \2,000,  \1,000 for students
Due to venue limitations at this meeting, refreshments will not be served.
Reservations limited to 200 people.

Apply: Please apply in advance with writting your name, address, and questions through e-mail.


Prepay the fee into the following bank account:
Account Name: VIP Cross Culture,
Ordinary savings account number 2624733,
Takadanobaba Branch number 064,    Mizuho Bank


Deadline for payment: All remittances must be completed by the Wednesday (i.e. 3 days) before the meeting.


R.S.V.P. by 5/7 (Wed.)


R.S.V.P: Miwako Akahori  e-mail: vip-ccc@hotmail.co.jp
Rika Kanayama   Tel: 03-5331-3351/Fax: 03-5331-3350
R.S.V.P by 5/7



Access:

Place: Waseda Hoshien (Scott Hall)
5min. walk from Tozai-line subway station “Waseda”(Exit 2 or 3B) From JR Takadanobaba (Waseda Exit), take bus bound for Waseda University., get off at the 2nd bus stop at ”Nishi-waseda”(10 min.)
2-3-1 Nishi-Waseda, Shinjuku-ku, Tokyo Tel. 03-3205-5411




On the Shore of Lake Michigan [2008年04月23日(水)]
Message for wold Peace

On the Shore of Lake Michigan




Jets fly by.

Seagulls cry.

At the great stones of the jetty

waves softly lap.

Across the Lake - CHICAGO,

Concrete Towers,

a serrated knife slicing the sky.


HIROSHIMA, Nagasaki & VIETNAM,

IRAQ & AFGHANISTAN:

Our human skills too often kill.

Eager to "save face"

We do not have the grace



To stand in the other's place.



May our spirit go out in space -

Look back and see this wondrous earth.

Look out and see the moon and stars.

Know the great silence

Before all sound.

In the stillness may we find

The Oneness of all hearts and minds.




Richard Boeke
Vice President, World Congress of Faiths

www.worldfaiths.org


Sixty three years later [2008年04月17日(木)]

Peace Message

"Sixty-three years later"



I met Katharyn Uyetani in the spring of 1945.
She would became my friend the same year our United
States Government, allowed a few of our citizens to leave
Concentration Camps, where they had been illegally interned.

When we first met I assumed she was Native American, so I asked
her “ What tribe are you? ”. She smiled and smiled and responded,
“ Tribe? ”.
I explained that as Native Americans, when we meet someone we
think is also Native American, we ask this question with hopes we
might know a member of their tribe.

To this day, Sixty-three years later, Katharyn Uyetani Yamamoto
remains my best friend.



Susan K. power


Later in August of that same year, we shared the horror of
Hiroshima, Nagasaki bombing.
Later we would attend memorials for the victims and the survivors
of Hiroshima, Nagasaki.

Even though I had three brothers and two sisters n the service at
the time, they .who we worried about, we still understood what a
terrible thing our government had done. Eventually my family would
share my feelings of doom because of what our government had
unleashed inour beautiful world upon innocent Japanese people.


Susan K. Power
“Makphi Bogawin” (my Sioux name), which means, “ Gathering of
Storm Cloud Women “
I am an enrolled member of the Standing Rock Sioux tribe.
My reservation extends into North and South Dakota.





和光大学オープンカレッジ [2008年04月01日(火)]
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2008年度 和光大学(町田市)オープンカレッジ(市民講座)
       ただいま申し込み受付中!!


(好評につき受講枠拡大、4月23日まで受付延長。)



見えない核の脅威――ヒロシマ・ナガサキ平和学(5日間:6〜8月土曜午後)

戦争遺跡をめぐる――歩く平和学(5日間:5〜7月土曜午後、一部日曜)

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講座名   見えない核の脅威――ヒロシマ・ナガサキ平和学

■講座内容
この夏63年を迎えるヒロシマ・ナガサキやヒバクシャから「見えない核の脅威」への
理解を深めます。被爆者をゲストに迎え、GHQ占領下の「空白の10年」の映像を交え、
<原爆被災者が生き抜いてきた軌跡>を見つめます。

さらに<日本政府の被爆者対策>を、ヒロシマ・ナガサキ以外の戦争被災者や、第
五福竜丸や原発被災者と結んで検討します。他に<憲法9条と原爆投下>の結びつ
きや、<世界のヒバクシャ>、<六ヶ所村>、<世界の核情勢>などもあつかいたい
と考えています。

最終回の8月9日はフィールドワークを予定しています。場所は初回の講座で決めます。

■講座予定 (5日間・全10コマ分)13:00-16:10
1) 6/ 7 (土)
2) 7/19(土)
3) 7/26(土)
4) 8/2 (土)
5) 8/9 (土)



*1)〜4)は和光大学ぱいでいあ教室(鶴川駅徒歩1分)で開講します。最終回
はフィールドワーク先の現地集合現地解散となります。

*テキストは『<市民講座 いまに問う>ヒバクシャと戦後補償』(定価1365
円)を使用します。初回の講座で販売します。

■担当  竹峰誠一郎(和光大学兼任講師、早稲田大学院生)
■受講料  一般1万5000円(1コマあたり1500円)  高校生3000円
■定員  20名(申し込み先着順)

■受講申し込み 
・下記のURLから直接できます。

https://village.wako.ac.jp/kaihou/form/detail.php?id=59 


*申し込まれる前に、「受講のご案内」をお読み下さい。
http://www.wako.ac.jp/kaihou/information.html

*郵送やFAXでの申し込みを希望される方は、下記を参照下さい。
http://www.wako.ac.jp/kaihou/information.html


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講座名   戦争遺跡をめぐる――歩く平和学

■講座内容
アジア・太平洋戦争の傷痕をいまに伝える「戦争遺跡」を歩きます。靖国神社と遊就館(千代田)、生物・化学兵器や風船爆弾を開発していた「旧陸軍登戸研究所」(川崎)、全長10キロにもおよぶ「浅川地下壕」(八王子)に行きます。

さらに帝都東京を守る要塞地帯とされ、本土決戦用に造営された戦争施設が数多く残され、「慰安婦」の碑がある南房総(館山)へも足をのばす予定です。戦争遺跡がもつ「平和の語り部」としての可能性や、「戦争遺跡」と「地域づくり」の結びつきにも言及しながら展開します。



■講座予定 (5日間・全12コマ分)

1)5/10(土)13:00-16:00 和光大学ぱいでいあ教室(鶴川駅徒歩1分) 

2)5/24(土)14:00-17:00 靖国神社・遊就館
 [ガイド]辻子実氏(靖国神社の「非公式」ガイド書を執筆され、「靖国博士」とも呼ばれている方)
 http://www.junkudo.co.jp/detail2.jsp?ID=0278450568

3)6/21(土)14:00-17:00 登戸研究所
 [ガイド]渡辺賢治氏(明治大学兼任講師、旧登戸研究所の保存を求める川崎市民の会・共同代表)
 http://www.geocities.jp/noboritokenkyujo/

4)6/28(土)11:00-17:00 南房総・館山
 [ガイド]愛沢伸雄氏(NPO法人南房総文化財・戦跡保存活用フォーラム・理事長)ほか
 http://www.internet-ex.com/npo/

5)7/13(日)14:00-17:00 淺川地下壕
 [ガイド]齊藤勉氏(高校教師、浅川地下壕の保存をすすめる会・副会長)ほか
 http://www.geocities.jp/takaotown/

■受講料  一般1万8000円(1コマあたり1500円)  高校生3600円
*フィールドワークに伴う交通費は各自の負担になりますのでご了承下さい。

■コーディネート 竹峰誠一郎(和光大学兼任講師、早稲田大学院生)

■定員  20名(申し込み先着順)

■受講申し込み 
・下記のURLから直接できます。
 https://village.wako.ac.jp/kaihou/form/detail.php?id=58 


*申し込まれる前に、「受講のご案内」をお読み下さい。
http://www.wako.ac.jp/kaihou/information.html

 *郵送やFAXでの申し込みを希望される方は、↓を参照下さい。
 http://www.wako.ac.jp/kaihou/information.html

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問い合わせ 
 竹峰誠一郎 takeminese@hotmail.com
  
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あの苦しみはここへ続いて… [2008年03月20日(木)]
やっとわかりました。あの苦しみはここへ続いていたのだ、って。



写真:井出和彦



長崎の原爆マンガ「夏の残像」が全国発売になりました。
長崎の新聞にその記事を載せていただいたのですが、
そこに載っている私の連絡先を見て、お二人の被爆者の
方が電話をくださいました。

お声からすると80歳代でしょうか、
「本を一冊送ってくれますか?」と。
そして、ご自分の被爆体験や今も体にガラス片が入っている
ことなどを淡々と語ってくださったのです。

ありがたくて、嬉しくて、受話器を握り締める手が震えました。
正直言って、こんな日がくると一年前は想像もできなかった
からです。

この原爆マンガは4つの出版社から断られて、5社目に
ようやくOKしていただきました。

出版業界も厳しくて、リスクを伴う冒険はできない。今なら
それがわかるのですが、お断りの手紙には「絵が古い」
とか、ただ「がんばってください」とだけしか書かれていなくて
自分自身を否定されたようで、落ち込みました。
声がもれないよう、タオルを口に嗚咽した夜もありました。



写真:井出和彦


やっとわかりました。
あの苦しみはここへ続いていたのだ、って。

あのとき流した涙を、神様は無駄にされなかったって。


「きっと誰にでも、その苦しみを人生の一時期として振り返る
ことができる日が来る」というのは、大好きな遠藤周作先生の
言葉です。

先生、先生の言葉は本当でした・・


今、悩みや苦しみを抱えておられる方に私自身の思いも
乗せて、「沈黙」の舞台である外海町にあるド・ロ神父様の
お墓に彫ってあるこの言葉を贈ります。

「わが選める者の労や空しからず」。


西岡由香





写真:外海(そとめ)の夕日   西岡由香

マンガ「夏の残像」産声! [2008年03月08日(土)]
長崎原爆を題材にしたマンガ
『夏の残像 ナガサキの8月9日 』ご紹介






長崎在住の漫画家である西岡由香さんが
このたび
長年温められてきた作品群を凱風社から出版されることになりました。(公刊は今月中旬)。

一人でも多く皆様に読んでいただきたい、一人でも多くの方にご紹介いただければと…。 
http://www.hanmoto.com/bd/ISBN978-4-7736-3209-5.html



ストーリー
主人公は東京の高校に通う少女「カナ」。夏休みに祖母が暮らしている長崎を訪ねる。


おばあちゃんは被爆者であった。
一夏を、長崎そしておばあちゃんと一緒に出かけたアメリカ、帰国途中で立ち寄った韓国で過ごす中で原爆による「負の遺産」と出逢う。原爆死した死者の声を聞き、被爆者の心の奥深くに潜む深い傷痕を知り、一人の人間に成長していくカナの姿が原爆の「狂気」とともに描かれる。「ラスト・レター」「夏の残像」など全5話。

中学生以上にお薦め。

こちらから詳細ご覧いただけます。(版元ドット・コムから申し込めます。)

目次と解説「こころの被爆者」への道


原作者・漫画家の西岡由香さんからのメッセージ

こんにちは、長崎の西岡です。
つ、ついに原爆マンガ「夏の残像」が完成しました!
今日、作者分が自宅に届きました。
段ボールを開く手が震えてうまく開けられず、出てきたツルツルのピッカピカ本に鼻血出そうでしたー。

本ができたらまず最初にしようと決めていたことがありました。それは、爆心地公園にある原爆落下中心碑へ報告に行くこと。
電車に乗って、中心碑の前に立って、原爆で亡くなられた方々へ本ができたことのお礼と報告をしました。


まだ正直、気が動転していて「どうしよう、本ができちゃった・・」という感じなのです。来週14日くらいに本屋に並ぶ予定なので、それを見たら実感がわいてくるのでしょう。泣いちゃうかも・・。


出版社の編集者さんにお礼の電話をしたら「ここからがスタートだよ」と言われました。上手くいえないんですけど、ああ、このまま歩いていいんだって・・
でもようやく、ようやく出来ました。見える力、見えない力で支えてくださった皆さんのおかげです。そして、皆さんとの合作です!
ありったけの感謝をこめて、本当にありがとうございました!


本は凱風社のホームページからも申し込むことができます。
長崎に、こんなに素晴らしい人たちがいたこと、そして継承した人たちが今がんばっていること・・そんな長崎の心を伝えたくて渾身の力をこめて描きました。

ご覧いただけたら幸せです。

西岡由香



写真 金の羽の天使





こちらからご購入いただけます。



戦争は誰も幸せにしない [2008年03月08日(土)]
戦争は誰も幸せにしない


「ヒロシマ・ナガサキ平和の祈り 五色のコンサート」(2007年11月1日 杉並セシオン ホール)でのお話を収録しています。




 本日は、“戦争の世紀”と呼ばれています時代に国民学校五年生でした私の被爆と、その後の記憶を紐解きまして、その一部をお話をすることになりました芳賀順子と申します。
 どうぞよろしく御願い致します。


 第二次世界大戦が終わりまして、すでに半世紀以上の歳月が過ぎました。戦争の時代と生きた国民の、「二度と悲劇を繰り返されてはならない」という強い理念と努力とに依って、明治以来はじめて日本は、戦争と戦死者の無い時代を過しています。

戦後生まれの方々が、我が国の人口のすでに80%以上を占める、自由で平和で、ひたすら発展を続けている現代日本の社会に誕生された方々にとりましては、戦争とか原爆といった話は、まるで古老の語る昔話のように思われるかも分かりませんが、「戦時中」と呼ばれています第二次大戦では、二百五十万人もの方々が、国に殉じて二度と還らぬ人となられました。
また国内でも戦火によって五十五万もの方々が犠牲になられました。

 廣島、長崎では、人類史上初めて核爆弾原爆によって、一瞬にして二十一万もの方々の命が失われました。
犠牲になられました方々は、総数役三百二十五万人と言われています。この数は、現在のわが国の人口の36分の一に当たります。

私も“原爆母子家庭の子供”として生きる運命の一人となりました。
現在、日本は明治以来初めて、戦争と戦死者の無い平和な時代をすごしていますが、わが国の歴史の流れの中の一過程として、半世紀以前の戦争当時の子供の記憶に、耳を傾けていただければと存じます。


昭和十六年十二月八日、私が国民学校一年のとき、大東亜戦争が始まり、五年の二十年八月十五日に敗戦によって終戦しました。その間、三年八ヶ月、戦争一色の日々でした。


私は当時、現在原爆ドームと呼ばれています爆心地から、二キロ位はなれた東観音町二丁目に住んでいました。

 二十年の春先から、「分後水道より呉軍港方面に向かう敵機来襲」というラジオの声と、空襲警報のサイレンが響くと、間もなく要塞基地呉軍港爆撃に向かう米軍爆撃機B29が、銀色の機体をキラキラと輝かせながら、我が家の上を編隊で通過するようになりました。




 戦闘機である黒いっぽい色の鑑戴機も、キューンキューンという金属音を残し低空飛行で通過して行きました。我が家は、敵機の通過する道行の下に当たるらしく、家も防空壕の中も夜が明けるまで揺れっ放しでした。一晩、最高百五十機が通過したと言われていました。

 四月に入って、学校では急に集団疎開の出発がはじまりましたが、私は家族と宮島の手前の駅の佐伯郡観音村に疎開しました。疎開先の家の庭には、市内の家に咲いていたのと同じ夾竹桃が白や真紅の花を開き、田畑は青く夜は蛙が鳴いて、まるで戦場のようだったしないと違って、静かな別天地でした。

父や兄姉は土曜日に疎開先に来て、月曜日の早朝市内の家の方に帰って行きました。


 疎開して二ヶ月後の八月六 。
 早朝から空は青く暑い日でした。

 班で並んで登校していると、どこからともなくブルンブルンという小さな爆音が、聞こえてきました。
入道雲の間に残された飛行機雲の先に、市内の我が家の上を変体で通過していたB29と異なって、信じられないくらい上空を、まるでオモチャくらいに小さいB29が、それでもキラキラと輝きながら一機トンで行きましたが、私たちはきにもしないで学校に急ぎました。


 八時十五分に始まる朝礼の為に、校庭に全校生が整列していました。然し、誰もが小さな先ほどの飛行機が通過しないで旋回しているのを見上げていました。



 “あれは偵察機だ----”

 “偵察している----”

 そんな声がしていました。

 朝礼の鐘が“カーン”となりました。
 突然 “ギラリ!!”


 何個もの太陽が同時にショートしたかのような目もくらむような閃光が、私個人に向けてスパークされたと思いました。

 夢か現実かの判断もつかないまま、今度はすぐ横で、大型の爆弾が落ちてきて炸裂したかのような爆風と音響と共に、前後左右にグラグラと揺れ、私は転倒しました。

私は、

 “もう死ぬ----!!”と思いました。


 “防空壕に入れ!!”


 教頭先生の声がでした。

 何とか瞼を開けると、濃いグレーの砂塵一色で、まるで不透明な深海の底に一人立っているかのようでした。

 その時、誰かが走る気配がしました。


私はわれに返り無我夢中で、校舎の裏山にある防空壕の方向に走りました。やっと入れたと同時に、今度は、


 “ドカーン”


 まるで轟き渡るような音と爆圧のような風で入り口にいたものは転倒しました。 天井や壁の土がバラバラと降って来ました。


 “耳と目を押さえなさい!!”


 入り口で私の手を取って中に引き入れてくださった担任の藤田先生の声でした。
 それ迄、誰ひとり私語を出さなかった皆が、急に訳の分からない声を口に出しはじめたのです。私も何か行ったように思います。そして前の人の背中にしがみつきました。前の人が震えているのが伝わってきました。


 “シー!! 声を出さない!!”


 
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アニメ上映会「アンゼラスの鐘」 [2008年02月23日(土)]
60周年を超えてヒロシマ・ナガサキから
長編カラーアニメーション映画 被爆60周年平和祈念作品

 「NAGASAKI 1945 アンゼラスの鐘」
監督・脚本・有原誠治、   アニメーション制作・虫プロダクション




上映会のご案内
どうぞご家族・お友達・ご近所・お誘いあわせてお出かけ下さい。

「NAGASAKI 1945 アンゼラスの鐘」 

日時: 2008年3月20日(祝日) 14:00〜16:00
会場: 杉並区立産業商工会館 3F(講堂)  入場無料
   
     〒166-0004 阿佐谷南3丁目2番19号

電話 : 03-3393-1501
アクセス:JR中央線阿佐ヶ谷駅 徒歩5分

主催:杉並光友会≪被爆者の会)  共催・杉並区

★お問合わせ: 杉並光友会 杉並区善福寺2-11-26 籾倉方
          Tel・Fax 03-3390-8556



「アンゼラスの鐘」は、2007年10月に国連のハマーショルド図書館記念講堂で上映され、映画を見たニューヨークのこども達から思いがけない反響と監督への手紙が寄せられました。
有原誠治監督の「国連上映会と思いがけない反響」リポート


手紙を寄せたのは、
セントルークス校の12才から14歳の子どもたちで、「アンゼラスの鐘」を学校で見て話し合い、ニューヨーク出身の二人の上院議員に「核兵器開発予算に反対し、廃絶のための行動すべき」という手紙を全員が書いた子どもたちです。

 有原監督は、次のように紹介しています。
 「11月21日、長崎市での国連上映報告会で、わたしがこの子どもたちの活躍を告げたところ、被爆者を含む100名ほどの参加者から喜びの声と拍手が挙がりました。私はその報告会の様子を、聖ルークス校の生徒たちに知らせたのですが、その中で私は「被爆者の核兵器廃絶の行動を支えているのが憲法九条であること」に触れました。すると、その一週間後、その生徒たちから次々とお礼の返信が届きました。すばらしいクリスマスプレゼントです。」

詳しくは、こちらからどうぞ。
長編アニメ「NAGASAKI1945 アンゼラスの鐘」通信  東京上映実行委員会


ユネスコと反戦の心 [2008年02月22日(金)]
「ユネスコと反戦の心」

(2003年4月17日 長崎新聞記事より転載。)


 三月二十日、米国はイラクヘの攻撃を開始。
うららかな春が到来するというときに、何てことだろう。その日は私は母校の女子大学で卒業式の祝辞を述べることになっていた。すでにスピーチの原稿はできていたが、世界が騒然としているこのときこそ、ユネスコ精神を若い人たちにアピールしなければならない、という気持ちにとらわれ、急きょ内容を変更した。

ユネスコの和文正式名称は国際連合教育科学文化機関である。教育、科学、文化の活動を通して世界平和に寄与するという目的で、国連の一年後(一九四六年)に設立された。ユネスコ憲章の冒頭には、ジュリアン・ハクスレー卿の次のような、言葉が掲げてある。「戦争は、人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に、平和のとりでを築かなくてはならない」




             写真 井出和彦 

 
 ○○戦争のきっかけとなったのはXX事件である、などと歴史の授業で習うが、そもそもは人の心の中で生まれることだ。今回は誰の心の中で生まれたのだろう。戦争は残酷で、怖くて、悲惨なもの。

 一般市民にとって、理由や原因などはどうでもいい。とにかく、戦争はやめてほしい。しかし、やめさせるすべがない。もし、万人がこのユネスコ精神を心に刻んでNO MORE WARと念じるならば、いつの日か効果が表れるかもしれない。か細い望みではあるが、世界中の人々にユネスコの精神を知ってもらいたいものである。もちろん、実社会というものは理想とは程遠い。私はかつて文部省に奉職し、ユネスコを担当していたが、ユネスコの内部でも政治抗争が起こることを知って驚いた。
 
 人間とはしょうがないものだなあ、とつくづく思う。政治思想にしても、哲学にしても、宗教にしても、また芸術ですら、はじめは純粋で理想的なものであっても、人間が取り扱うことによって汚れてゆくことが多い。すべては人間の不完全性によるものなのだろう。
われら不完全な人間たちは、それでも希望をもって、平和に向けて努力し続けなければならない。

禁煙、断酒はできるのだから、禁戦だってできるでしょ。




バイリンガル・グループ社長  郷農 彬子
長崎市出身

2003年4月17日 長崎新聞記事より転載。
米国戦略爆撃調査報告書 [2008年02月22日(金)]
『米国戦略爆撃調査報告書』
(2001年8月9日長崎新聞より転載)


                    写真 井出和彦

 原爆投下後五十年がたった年に、それまでワシントンの国立公文書館に眠っていた調査報告書(部分)を和訳しようという計画が実行に移された。

私はその時に翻訳のお手伝いをさせていただくという、稀有(けう)な経験を与えられた一人である。

約二千ページの英文を和訳した上で、すべての英語による図表を日本語で打ち直して完成するのに、ほぼ一年を費やした。約十人の翻訳者・コンピューター作業者が取り組んだ結果は、二冊の分厚い本になっている。

 終戦直後に、米国から数多くの軍関係者に加えて、百十人以上の専門家(技術者、建築家、火災の専門家、経済学者、医師、写真家、製図工ら)が長崎にやってきて、二ヶ月以上かけて徹底的に原爆の結果を検証した。

 被爆者への聞き取り調査においては、日本人が怒りや憎悪を表現するのを当然と受けとめた上で、意外にも「仕方ない」と答えた人が相当数あったことに米国人は驚いたようだ。諦観(ていかん)に通ずるその一言は、英語で表現するのが難しいらしく、アルファベットで「シカタナイ」と書かれてあり、解説がつけてあった。

 長崎新聞の記事によれば原爆投下についての最近のアンケートでも「仕方なかった」と答えた人が半数近くに上ったという。日本人にとって、あきらめるのは一種の美徳になっているのだろうか。一九六七年に東京で開かれた原子核構造国際会議の運営を担当した私は、米国のジェリー・ブラワン教授が閉会の辞で、「日本にきてみて、善良な国民性に感銘を受けました。このような人々の上に、われわれが原爆を投下したことを本当にすまなく思います」と心をこめてわびられるのを聞いた。


 米国戦戦略爆撃調査報告書巻頭の総論は次のように結んである。



 「平和を求め、平和のための国際機構を築こうとするときに、広島・長崎の破壊の惨状以上に説得力のある材料はない。米国はこの不吉な兵器の開発者および使用者として、原爆が将来使用されるのを防ぐ、国際的な保障制度とコントロールシステムを確立し実践する上で指導的役割を果たすという、逃れる事の出来ない責任を負っているのである」
米国自身の言葉として歴代大統領に引き継いでいただきたい一節である。

バイリンガル・グループ社長 郷農 彬子
長崎市出身


 2001年8月9日 長崎新聞より転載
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