入院中の出来事で、大きな話題になったものは、尖閣諸島の中国漁船衝突事件
(いつの間にかビデオ流失事件になってしまいましたが)とチリの鉱山の救出劇で
しょうか。
特に前者について、いくつか気になることがあったので、覚書風に列記してみま
す。
気になることの中心は、マスコミの報道があまりに画一的で、誰でも言いそうな
ことを垂れ流しているということです。世論というのは、「誰もその言責を引き
受けない言葉」のことです(内田樹氏の言葉)。そういう言葉があふれている。今
に始まったことではありませんが、それにしてもひどい。入院していたから、久
しぶりに長時間テレビを見てそう思いましたね。
さて、尖閣諸島事件です。細かいことは調べてください。
まず、ロシアの大統領が国後島を視察に訪問したことでもそうですが、北方領土
も尖閣諸島も、加えれば竹島問題も、いずれも歴史的な経緯があるわけです。北
方領土などは、昔、毛沢東は千島列島全体が日本の領土だと社会党の訪中団に
語ってソ連を激怒させたことがあり、二島返還で話がつきそうになったときに、四島
返還でなければ沖縄は返さないと凄んだのがアメリカだったなど、一筋縄ではい
かない外交の妙でしょうか。そもそもヤルタ会談の秘密協定でソ連に千島列島の
領有権を認めたのはルーズベルトです。尖閣諸島は日本が台湾を獲得した日清戦
争のさなかに、竹島は韓国併合に道をひらいた日露戦争のさなかに、自国の領土
に編入したものです。日本の立場では手続きに瑕疵はないとしても、相手は当然
ながら戦争のどさくさに紛れてと思っているわけです。
いずれにせよ、日本の理屈だけで正論を語っても、ハイハイと相手が飲むはずが
ないことを、マスコミはもっと国民に伝えるべきでしょう。APEC首脳会談の成果
がないとマスコミは騒いでいますが、正論を語れと圧力をかけておいては、相手
も正論を返すしかないわけで、成果がないのはあたりまえでしょうに。尖閣諸島
に領土問題は無いと繰り返す日本と同じ態度を相手も取るに決まっているではな
いですか?
マッチポンプのようなマスコミの態度にうんざりしてしまいます。(朝日新聞の
「ザ・コラム」若宮啓文氏の『正論ですめば苦労はいらぬ』だけが、このような
視点での指摘をしているものでした。)
北方領土でも「不法占拠」という言葉は禁句でした。それを使ったのは麻生太郎
首相であり、前原外務大臣です。プーチン大統領のときには、ロシアはまず二島
返還、そのうち残り二島も返還というサインをチラつかせていたというのに、気
づかなかったのか、気づかないふりをしたのか「不法占拠」発言で台無しにした、
それが麻生政権です。11月16日の朝日新聞のモスクワ発の記事に、ロシアの有力
紙コメルサントが15日付で、ロシア代表団消息筋の話として、ロシアは北方領土
をめぐる交渉方針を転換し、歯舞・色丹の二島引渡しを明記した1956年の日ソ共
同宣言に基づいた交渉はもう行わない、と報道しています。(こういうことは、
片隅のニュースを読み解かされるのではなく、きちんとした解説記事として読み
たいものですが、このあたりのことをいつもはっきり書いているのは、外務省を
追われた佐藤優氏です。)
中国も日本も、原理主義的な正論を叫ぶ人々にいつも悩まされてきました。白か
黒か。日本の領土か否か。そういう反応しかできない人々のことです。しかし、
外交は相手があるもので、相手には相手の理屈と都合があるということを避けて
通れるものではありません。しかし、ときの権力者は都合が良いときには、その
ような人々を利用し、都合が悪くなると弾圧するということを繰り返してきまし
た。「正論ですめば外交はいらぬ」と言いたいですね。
さて、尖閣です。9月7日、沖縄県の尖閣諸島・久場島の沖合15キロの海上で、
中国漁船が、日本の海上保安庁の巡視船を振り切ろうとして衝突し、船長らが公
務執行妨害で海保に逮捕される事件が起きました。
報道によれば中国漁船は160隻の船団を組んで漁をしていたわけで、これは日常
的な光景だったのではないか、という疑いを抱かせます。つまり、今までも日常
的にこの海域においては中国漁船は船団を組んで漁をしていたのだということを
推察させますね。(その程度のことについてもマスコミはほとんどコメントして
いませんね。)
歴史的な経緯を見ると、尖閣列島以北の東シナ海(東海)では、日中間に何度も更
新された漁業協定が存在します。最新のものは、97年に締結された日中漁業協定
です。しかし、協定は、北緯27度以北について定めたもので、尖閣列島以南につ
いてはなんの定めもないようです。定めはないが、もともと78年に日中平和友好
条約を結んだとき、トウ小平の提案で日中は尖閣諸島の領土紛争を棚上げした経
緯があります。従って海保は、香港や台湾の漁船については、激しく追跡し中に
は沈没させたこともあるようですが、中国の漁船については恐らく穏便に退去さ
せることが常で、拿捕したことはないのです。
また、もし尖閣列島以北のように漁業協定を結ぶとすると、トウ小平と約束した
領土問題棚上げの上、日中両国の漁船が自由に操業できる暫定措置水域にするし
か方法はないわけです。そして、協定はないけれども、実際には、そのように運
用されていたのではないでしょうか。
そうすると、今回に限って、なぜ海保は強硬策をとったのか?しかも、民主党の
代表選の最中に、です。中国と日本の対立を煽り、それが自分たちの利益となる
ものたちの意図が関わっていないか?日本の戦後政治の底流には、ずっと対米従
属派と自立派(=親中派)の対立があるわけですが、外交においてアジア重視の姿
勢を強めた鳩山−菅民主党政権に対する対米従属派官僚の抵抗勢力の策動という
可能性も否定できません。またアメリカの策謀という可能性だってありますね。
海保の一巡視船の判断で拿捕や逮捕はできません。映画『海猿3』の試写発表会
で、海保の長官は、「こういう現場には長官が行くんだ。長官が出ていないのが
残念」と語っていました。数時間に渡る追跡劇の間、海保の長官に直通の連絡が
取られていないはずはなく、長官は所轄の国土交通大臣の許可もとっていたはず
です。その国土交通大臣が、後に外務大臣になった前原です。外務省は徹底的な
対米従属派の牙城、前原は思想的に極めてネオコンに近い。そのあたりいろいろ
臭いますね。
もう一つ、公開されてしまった海保の研修用ビデオ映像によると、中国漁船は悠
々と網を引き上げ、逃走し、かつ意図的に巡視船に衝突してきたように見えます。
(あくまで2時間以上の録画の一部を証拠・研修用に編集した内容を前提にしての
話です。全体を見ないと本当のことはわかりません。) そうだとすると、なぜ
あの船長は体当たりを敢行し、帰国して英雄となったのでしょうか?ひよっとし
てあの行動は事前に計画されたものだったのではないでしょうか?だとすると、
船長一人の裁量でそのような計画ができるものではありません。中国側であのよ
うな行動を計画するものは、どのような勢力でどのような利益があるのかを問わ
なければなりません。
折りしも中国側では、10月15日に共産党の中央執行委員会が開催される予定でし
た。今年に入って温家宝首相は、さまざまなメディアや演説で、経済的な改革開
放だけではなく、政治的な改革開放を進めなければならないというメッセージを
繰り返し発しています。しかし中国国内では発言は無視され、ほとんど報道され
ていないようです。日本のマスコミもかな。それでも10月8日の劉暁波氏のノー
ベル平和賞授賞の発表もあり、内部でも政治的な改革開放を求める声は高くなっ
ています。当然、保守派強硬派は気に入らないはずです。そういう場合、対外的
な緊張を高めることによって、改革開放派を追い落とすことができる、というの
が常套手段です。メディアはそういうことをもっと疑ってもいいのです。
小さな記事ですが、興味深い記事が11月11日の朝日新聞にありました。台湾の馬
英九総統が10日に日本のメディア各社と会見した記事です。そこで馬総統は、尖
閣諸島(台湾名・釣魚台)の領有権について、従来どおり中華民国(台湾)の主権を
明確に主張すると同時に、日中台間の紛争を解決するのは、海洋資源の共同開発
が最適の解決方法だと述べています。また、日台間では、尖閣海域の漁業交渉が
停滞しているため、交渉者のレベルを上げて解決できれば地域の安定に資すると
発言しています。
私たちは忘れがちですが、尖閣諸島問題は日中間だけではなく、日台間の問題で
もあり、三つ巴の問題なのです。正論居士ばかりだと台湾も中国と手を組むとい
う方向へ追いやってしまうところでしたが、馬総統は、日本にある種のエールを
送っているのです。中国寄りの国民党政権でありながら、日米安保条約を支持し
、尖閣諸島に対する自国の領有権主張を堅持し、しかし実際には、漁業交渉の実
を得ようとする。これが外交です。一つの中国論という正論に惑わされて、現実
に存在する中華民国のことを考慮に入れないとしたら愚かなことです。
続く