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おきなわぁ・その2 [2006年09月30日(Sat)]

首里城近くで飲んだ『ぶくぶく茶』。
なんと14〜15世紀頃から伝わる隠れた茶道であるそうな。
写真の上にある容器でシャカシャカと泡を立て、硬くなったあぶくをお茶の上に乗せて楽しむという、なんとも変わった飲み方。
国際通りでも、ぶくぶくコーヒーを飲ませてくれるお店はあるが、自分で泡を立てるのは初めて。腕の筋肉がつりそう。
ゆったりとお茶を楽しむには、泡立て作業で汗をかきすぎだが、砂糖漬けにしたゴーヤといっしょに、ちょっとかわったティタイムであった。
Posted by 平田裕之 at 13:28
おきなわぁ [2006年09月30日(Sat)]

沖縄へ行ってきた。

秋の音が聞こえ始めた関東とは異なり、日差しがちりちりとする。
まだまだ海水浴も楽しめる暑さだ。

観光客も少なく、プライベートビーチ状態で、シュノーケリングを楽しんだ。
世界的にも美しい珊瑚があるという場所だけに、すこし潜ると色とりどりの魚と珊瑚を見ることができた。訪れたときは、地元の人が驚くほど透明度が高く、どこまでも見通せることができた。
これでも珊瑚の減少は著しいという。ゴミの投げ捨てなど観光客のモラルの問題もあると、ビーチで働く人は嘆いていた。
自然を活かしつつ、地域社会を保ちつつ、観光産業を成り立たせていくのは難しいのだろうか?

辺鄙なことで守られてきたこの海の美しさを、30年後にも同じように楽しむことができるかどうかは、地理的要因だけに委ねることはできないだろう。
Posted by 平田裕之 at 13:07
9・11後の世界 [2006年09月12日(Tue)]
「あのとき自分が何をしていたのか?9・11は世界中の人がそのときの自分を、メディアやインターネットを通じてリアルタイムに重ね合わせる最初の大事件だったのではないか」

某・報道番組のキャスターがそのように述べていました。

たしかに、テレビから流れる信じられない光景をみつめていた5年前の自分をはっきりと思い出すことができます。

このブログの元資料となっている『森の語り部たち』は、まさに9・11をきっかけに何か自分もやらなければと思い、スケッチブックの資料をまとめたものでした。

開設のあいさつには下のような文章がありました。

今回の事件をきっかけに、私の考え方は大きく変わりました。私自身が巨樹たちから教えてもらったこと、この目で見てきた日本の現状、そして未来の主役となる子供たちに伝えるべきメッセージ ―平和へのメッセージ― を一日もはやく形にする必要があると、強く確信いたしました。

報復が報復を呼び、強固な鎖となって人々の憎悪をつないでいます。わたしたちは自分自身をコントロールする術を失おうとしています。それは環境問題においても言えることで、たとえば贅沢な生活が温暖化を推し進めているのにもかかわらず、みずからを自制するに十分な意志をもち合わせてはいません。

私たちは、大きな体を支えきれずに絶滅した恐竜たちと同じ運命をたどるのでしょうか、みずからの欲望を支えきれずに…。


あれから5年という時間が過ぎました。
9・11後の世界は、テロとテロ撲滅のための戦争が、あらたな憎しみを生み出しています。
5年前の文章は、色あせることなく、私の心のなかに残っています。

数千年を生きる巨樹もまた、同じ5年間の歳をとりました。その間に枯れたり、折れたりした木もあります。同時に数千年後の世界に巨樹となるであろう苗木も、この5年間に無数に誕生しているのでしょう。
ときに過酷な生存競争を展開しながら、ときにお互いに支えあい助け合いながら、自然は命の糸を紡いでいます。私たちは大河のように連綿とつながる命の川の恩恵を受けて生かされている小さな命に過ぎない、と巨樹たちは言っているような気がします。

巨樹の声に耳を傾けるとき、私たちは互いの命を尊重しつつ、自らを律し、報復の連鎖を断ち切り、別の道をすすむ勇気と知恵と希望を持ち得るかもしれません。

この5年間、私の生活環境も大きく変わり、様々な出来事や人との出会いがありました。
自分は何をしてきただろう、そんなことを昨晩は振り返りました。
Posted by 平田裕之 at 17:29
当事者であること [2006年09月06日(Wed)]
先週ボズニアからきた友人のプロジェクトコーディネートをしてくれたTさんが、お礼を言いに畑にやってきた。

律儀な男だ。

「ここは誰かがボスになっているわけでもなく、みんなが役割分担をスムースにしているところがすごいよね」
と、大学生などを取りまとめる立場から分析。

「みんなが当事者意識があるんだね。そういう状況を作るのってとても難しいけれど、ものすごいパワーを産むことをまざまざ見せてもらった」

・・・当事者意識ですか。

自分の居場所があり、自分の役割を探し、身の丈にあったかかわりをしていて、なおかつそれがハーモニーを奏でている。
お互いがお互いを支えるために、汗かくことをいとわないファミリーのような畑の仲間達。

「それってすごいことだね」

律儀な男に、見過ごしそうな、大切なことを教えてもらった。
ありがとうございました。
Posted by 平田裕之 at 23:32