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理事長日記 NPO little-life

りとるらいふのこと、プライベートのことなど、思いついたことを、思いついたときに、思いついたままに書きます。更新頻度は不定期。なるべく毎日更新できるように頑張ります。


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かたぎり きみひこ
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やっぱ、NPOは市民の参加が大事です。 [2006年02月15日(水)]
今日は、夕方から事務局ミーティングでした。余暇支援部の打ち合わせと、来年度の余暇支援部のことをみんなで相談。喧々諤々。いろんな意見が出た。まとまったものもあるしまとまらなかったのもある。

僕がべらべらしゃべって、余計に混乱させてしまったかも。

りとるらいふの事務局は、以前もプログに書きましたが、有給スタッフとボランティアが混在して構成されています。発言権やいろんな決定権も、有給スタッフとボランティアスタッフは同様に持っています。

NPOですから、ボランティアの参加がないのはダメです。
公益法人ですから、市民の参加がないといけないなっていつも意識してます。

いろんな福祉施設なんかでも、ボランティアや市民の参加を避けているところがあるようですが、

そういうのは、絶対にダメだと僕は思うのです。

福祉事業って基本的に税金でまかなわれているわけですから、その税金を納めてくださっている市民の人たちに、自分たちの活動を積極的に公開し、なおかつ共感を集めるために、活動に参加していただくというのは、公益法人としての義務ではないかと思うのです。

そういうのがわからずに、ただ施設は福祉事業だけをやっていればいいや、とか、職員は給料だけもらっていればいいや、というのは、

それって、そーとーどうなの?
って思うわけです。

ただでさえ、障害者福祉というマイノリティーな世界で仕事をしていて、その人たちを地域の中で当たり前に暮らしていけるように支援しようとしているわけですから、世の中の人たちに、きちんと障害のある人たちの存在をわかってもらう努力をするべきです。

それは決して、障害のある人たちがいいものだとか、頭の上に天使の輪がついているとか、そういう歪んだ障害者観で彼らを語るのではなく、一般の人たちの中にいい人も悪い人もいるように、障害のある人だって、普通の人と同じ生活軸や価値観の中で生活するべきなんだということを説明して、納得して、理解していただく努力を僕たちはしないといけないと、そんな風にいつも考えています。

その結果として、タックスペイヤーである市民の人たちの合意を得て、障害者福祉にボリュームのある支援、つまり予算が落ちてくる、そういうしくみづくりをしなきゃいけない。

そういう意味では、障害者福祉に関わる人たちには、自分自身の責任を拡大解釈して「どんな世の中になって欲しいか」ということを行動で実証するチカラが求められているんだと思います。

以前、富山型デイサービスの先駆け「このゆびとーまれ」の惣万さんに話を聞いたとき、「ボランティアはお手伝いということもあるけど、一番はオンブズパーソンとしての役割がある。ボランティアは日常的にやってくる監査役。だから、職員はヘタな介護はできない。そういうことをして組織の風通しを常によくしておく必要がある」という話を聞いて、ホント、そうだなあ、と納得しました。

それから、以前、理事会で「会員や支援者は別に片桐という個人や、りとるらいふという団体にお金を出しているわけじゃない。そのお金に障害のある人たちが幸せになって欲しいという思いや、地域全体をよくして欲しいという思いを託しているんだ」と言われ、自分たちのいただいてる寄付や会費がとても重たいものなのだと気づかされました。

りとるらいふでは、上越市の委託も受けて事業をしています。それも市民の皆さんからの税金から捻出されています。福祉施設の人件費も含めた運営費は税金です。市民にとって納得のいく使われ方が果たしてできているか?そんなことを常に考えながら、僕たちは事業をしていかないといけないんですね。

閉塞感のある「福祉語」を開かれた「市民語」に変換して、丁寧に普及・啓発していく努力。

それは地道で泥臭くて、面倒なこともいっいっぱいあるけれど、決して避けてはいけない、ノーマライゼーションの実現の一番の近道なんだと、僕は信じて走るのです。