阿部さんのお葬式と新潟県行動援護従業者養成研修
[2006年09月28日(木)]
長い出張が終わりました。
長い、とは言っても、たった4日間だったんだけど、
いろいろあって、疲れました。
月曜日は、新潟県社会福祉協議会で
シンポジウムのシンポジストでした。
終了後、夕方から、先日亡くなった阿部さんの通夜に行きました。
阿部さんの人柄がよく表れていて、600人近い方が
阿部さんに最後のお別れに来ていました。
そんな場面になっても、本当に死んでしまったのかと、
そのことが信じられませんでした。
通夜には全国ネットの戸枝事務局長
そしてガッテン須賀川の遠藤理事長も来て下さいました。
「ふくしまフォーラム」が終わって、すぐに駆けつけてくれたとの事。
遠藤さんも悲しそうだった。二人で、泣きました。
その後、新潟の福祉関係者と戸枝さん、遠藤さんと
阿部さんの思い出話をしました。
ホテルに戻り、一人でいると、やっぱり悲しくなって、
一人で飲みながら泣きました。
次の日の本葬は、行かないでおこうと思っていましたが、
朝になったら、結局、最後にもう一度会いたくなって、
気がついたら、会場にいました。
最後、手を合わせながら
「さよなら、阿部さん。」と何度も繰り返しました。
その足で、新潟県行動援護従業者養成研修の会場に向かいました。
僕はその研修の講師、でした。
行動援護類型の創設に深く関わっていた全国地域生活支援ネットワーク。
そこの理事だった阿部さん。
9月中に、この研修が行われることを、とても喜んでいてくれました。
そんな僕の講演は、阿部さんに捧げました。
かなり、気合を入れて、綿密に計算して話しました。
自分にとっても、行動援護の従業者の養成は、今年度の大きな目標でしたし、
阿部さんに怒られないように、真剣に話しました。
最後の最後で、胸が詰まってしまい、うまくまとまらなかったけど、
阿部さん、あれがオレの精一杯だったけど、よかったかな?
4日ぶりに帰ってきて、明日の説明会に向けて、準備。
がんちゃんが、契約書の最後の詰めをしている。
後を振り向いていられない。
悲しんでばかりもいられない。
明日から、また、必死に生きよう。
長い、とは言っても、たった4日間だったんだけど、
いろいろあって、疲れました。
月曜日は、新潟県社会福祉協議会で
シンポジウムのシンポジストでした。
終了後、夕方から、先日亡くなった阿部さんの通夜に行きました。
阿部さんの人柄がよく表れていて、600人近い方が
阿部さんに最後のお別れに来ていました。
そんな場面になっても、本当に死んでしまったのかと、
そのことが信じられませんでした。
通夜には全国ネットの戸枝事務局長
そしてガッテン須賀川の遠藤理事長も来て下さいました。
「ふくしまフォーラム」が終わって、すぐに駆けつけてくれたとの事。
遠藤さんも悲しそうだった。二人で、泣きました。
その後、新潟の福祉関係者と戸枝さん、遠藤さんと
阿部さんの思い出話をしました。
ホテルに戻り、一人でいると、やっぱり悲しくなって、
一人で飲みながら泣きました。
次の日の本葬は、行かないでおこうと思っていましたが、
朝になったら、結局、最後にもう一度会いたくなって、
気がついたら、会場にいました。
最後、手を合わせながら
「さよなら、阿部さん。」と何度も繰り返しました。
その足で、新潟県行動援護従業者養成研修の会場に向かいました。
僕はその研修の講師、でした。
行動援護類型の創設に深く関わっていた全国地域生活支援ネットワーク。
そこの理事だった阿部さん。
9月中に、この研修が行われることを、とても喜んでいてくれました。
そんな僕の講演は、阿部さんに捧げました。
かなり、気合を入れて、綿密に計算して話しました。
自分にとっても、行動援護の従業者の養成は、今年度の大きな目標でしたし、
阿部さんに怒られないように、真剣に話しました。
最後の最後で、胸が詰まってしまい、うまくまとまらなかったけど、
阿部さん、あれがオレの精一杯だったけど、よかったかな?
4日ぶりに帰ってきて、明日の説明会に向けて、準備。
がんちゃんが、契約書の最後の詰めをしている。
後を振り向いていられない。
悲しんでばかりもいられない。
明日から、また、必死に生きよう。




満足だったと思うよ。
聞いてた私もすごいと感じてました。お疲れ様でした。
受けつがれていく心に焔が灯りますように。