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講座奮闘記

参加した講座と学習記録です。


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外科医の覚悟 [2007年03月15日(Thu)]
『外科医の日常は恐怖でみたされるべきである。なぜなら、こういった執刀医の恐怖心こそが手術を成功へ導いてくれると信じているからです。』

『恐怖ゆえに不断の集中力が生まれ、難事を打ち負かす闘志がわきあがるものだと考えます。もっと言えば、恐怖心を感じなくなった時には執刀医をするべきではないと考えています。』こうおしゃるのはベテラン外科医の先生です。

慣れてくれば、恐怖も次第に新鮮味が無くなる訳で、それを真っ向否定とは驚きました。真面目な性格がこうじれば即ち即入院となってしまいそうです。

なんでも、手術前に一心不乱に手を洗うのは、襲って来る恐怖心と闘いながら、集中力を高めている方もいらっしゃるとか…。これまた衛生上の意味ばかりでは無かったようです。

医師の説明責任とかセカンドオピニオンとか、とかく厳しい目で見てしまいがちですが、責任感と使命感から過労死をしてしまう医師もおられる訳で。

すきを見せれば、即訴訟の世の中で、真面目なお医者さんが追い込まれ、辛い立場に立たされているのも事実のようです。

どこの世界でも、真面目な正直者は辛いものです。よりタフに、より前向きでなければ潰れてしまいます。

産科、小児科不足が騒がれる中、もっとお医者さん全体に目を向ける必要がありそうです。


…携帯より…
手動発電で世界標準 [2007年02月07日(Wed)]
昨日の私のブログに、『携帯電話の充電は、殆どが夜間電力で、電力会社も助かっているはずだ。それより夜間の余った電力をいかに効率よく使うかが先決』と言うコメントを頂きました。有難うございます。
私もその通りだと思います。

しかし、私の言いたかったのとは少し違います。そこで本日は昨日の仕切り直しブログと言う事で。

さて、私の住む熊本は15年程前に台風19号という強烈な風に見舞われ、大きな被害を受けました。

幹線道路の電柱はなぎ倒され、私の住む町でも、かろうじて生き残った電柱ですら、全て美川憲一(斜め)状態でした。

電気の復旧に一週間を要し、私の家も3日間電気なしの生活でした。私の家も含めご近所も、地下水が豊富で、少し掘ってやると水が出て来ますので、殆どが井戸水です(水道は来てるが誰も引かない)。つまり、電動式ポンプが動かないと風呂にも入れないのです。参りました。

幸い必要最低限の水は、そこいら辺で自噴してますから問題ないにしても、バケツの水で風呂を一杯にする元気はありません。只でさえ片付けるので精一杯の状態でしたので。

停電二日目、電気が復旧した友人が、発電機をもって来てくれました。あの時の感動今も忘れません。たった1日の停電で、思い知った電気の有り難さ。そして、依存度の高さ。流行りの病名風に言うと【環境性電気依存症】と言う所でしょうか。

あの時の不自由さを思えば、震災で家を失い、瓦礫の下で救助を待った人の不安は、想像を超えるものがあります。家族の安否すら判らない…。

しかし、今は携帯電話があります。電池さえ保てば、災害直後は電話回線もパンク状態でしょうから、通話は無理にしてもメールならなんとかなるなもしれません。ブログだって更新出来るかも知れません。

只、あくまで『電池が保てば』の話しです。地震列島日本に住む以上、もしもの備えは重要です。しかし、なかなか備えられないのが常です。日頃の持ち物をサバイバルグッズに替えるのが一番です。

そこで携帯電話位は、人力発電にするべきだし。日頃使う消費電力の少ないものは、なんとか人力発電でまかなう習慣を養う必要があるのではないかという話しです。

今は、高級時計でしか見掛けなくなった【腕時計の自動巻】あの精神が【日本発の世界標準】になれば良いなと思います。

台風の後、友人から借りた発電機は、【ガソリン用】でした。しかし、それを【人力用】に改良出来れば、例えテロリスト?に電力を止められても生き残れます。

何より、【地球に優しい】生活の始まりです。


…携帯より…

彼女を守る携帯進化 [2007年02月05日(Mon)]
震災並みの大地震の起こる確率は今後30年で70%だそうで、今この時起こる可能性だって当然あるわけです。

たとえばそれが、30年後に起こった場合、今、震災対策に関わっている人の大半は、体力的にも、精神的にも動けない可能性があります。
(つうか、介護される側に回ってるはずです。たぶん?…)

という訳で、若者たちにもっと震災の怖さや、もし遭遇した時に「生き抜く術」を広く知ってもらおうと、色んな試みがなされているようです。

例えば『彼女をまもる51の方法』と言う本は、「コミック」(古屋兎丸著)「防災本」(渡辺実著)として出版されています。後者の防災本はこの手の本としては、異例の売れ行きだそうで、発売3ヶ月で重版を予定しているそうです。

聞く所によると、題名を「彼女」にしたのは、若い人に読んで貰うためには?ということで、試行錯誤した末にたどり着いたんだそうです。

最初は、「大切な人」「家族」など、沢山候補はあったそうですが、最終的に「彼女」にして、文章も簡略化し、「10行以上の文章は載せない」など、若者が敬遠するような作り方は、極力しないよう心掛けたそうです。

私も是非購入してみたいもんです。読んだらまたブログで報告したいと思います。

最後に、『彼女(大切な人)を守る51の方法』の中から常備品を3つ程。

1、携帯電話  2、ラジオ 3、ペットボトルの水 (空でも可)

だそうです。携帯電話は替えの電池か手動式の充電器をバックに入れて欲しいと言われていました。ラジオに付いては、懐中電灯に付いていてしかも手動式充電器付きのもっと小型でファッション性のあるものが出てくれればとおっしゃってました。ちなみにペットボトルの水に付いては、今の若い子は結構バッグに入れてる子も多いので、続けて欲しいとのことでした。

太陽電池付き携帯電話位なら今にもできそうな気がしますが。携帯の更なる進化に期待したいと思います。


…携帯より…
7ヶ国語を操る老師 [2006年11月06日(Mon)]
72歳から語学に取り組み、83歳の今では7ヶ国語をストレスなく話す。今日はそんな老師の話しです。満州に初めて渡った時、中国の文化の素晴らしさに衝撃を受け、中国語を学ぼうとしたが、日本占領下では、日本人が中国語を学ぶことなどできるはずもなく、徹底した差別教育受けた上に満州では、全て日本語だったそうです。

帰国後、戦後の日本を経験され、働く事しか知らず、奥様に先立たれた後、2人のお子さんを男手一つで育て上げ、やっと今から好きな事ができると、1人になった寂しさもあり、近くのカルチャーセンターに通い始めたそうです。ボケるのが怖かったとも言っておられました。

ところが、カルチャーセンターで会う仲間は、皆、同年代でともすると、じいさんばあさんの意地の「突っ張り合い」になりがちで、次第に興味も失せてしまい、足が遠のいていったそうです。

毎日テレビでは、いつかボケると思いながらの日々が続いて居た頃、ふと中国語のことを思いだし、地元熊本の中国語教室に通い始めたが、すぐに挫折、ラジオやテレビの講座もやってみたが、長く続かなかったそうです。「漢字の読み方や文法のてほどきが続くうちに、やる気も根気も気が失せた。そもそも、老人には無理だと思った」と言っておられました。
(いえいえ、ご老人では無くとも普通無理です)

趣味の山歩きも体力の衰えであきらめ、虚ろで暇な日々に逆戻り、そんなある日、街で見掛けたヒッポファミリークラブの『7ヶ国語を話そう』の文字が…
この先は、セールストークになりますので割愛させていただきます。

しかし、恐るべしは、老師のチャレンジ精神!なんでも、散髪屋で「黒い髪が増えましたね」って言われたとか、ヒッポファミリーに参加して4年後には、通訳ボランティアもこなしたそうです。時に老師76歳の夏。

最後に老師の語学上達の極意を!

『話そうと思わず言葉を歌え!』
『言葉はリズムとメロディーだと思え!』

老師あなたの話は最高でした。有難う御座いました。


…携帯より…
大野勝彦美術館 [2006年08月23日(Wed)]
両腕を切断する事故から美術館を開館するまでの話を、自分の不自由な身体をギャグに交えながら話される姿は、確かに心揺さぶられるものがありました。
(なんったって実話だもんな、しかも自身の、ずるいよ…しんみりしてるし?)

何より最後に壇上で一畳分程の白い広用紙に、先生の詩の筆書き実演を見せて頂いたんですが、てっきり床か台の上に置いて書かれるもんだと思っていたんですが、参加者全員に見えるようにとボードに紙を貼ってか書き始められたもんですから、筆先が丸見えです。
(参加者の気持ちをくんだ上での実演です。多分…)

墨を付けから筆を走らせた瞬間から筆を置くまでの間、350名程の来場者全員が固唾をのんで見守る姿は、静寂の中でも、また独特の香のする不思議な空気に包まれていました。

私の見守る離れた場所でも筆の走る音が聞こえる感じで、大野さんの筆先に全員が集中して居る様子が見回さなくても感じ取れます。

そして参加者全員が、五感をフルに使って感じようとしています。

作品が完成した時に起きた、拍手とざわめきが「納得できる気持ち良さ」とでも言いましょうか…

きっと皆さん、良いものを見せて頂き、幸せな気分で納得して帰られたと思います。

本物を見るってやっぱり気持ち良いもんてす。

同じ話を別の人がしても、そこそこ感動できるはずです。内容が内容ですし…
語る能力の高い人なら尚のこと。しかし、本物の技術力は別です。

本物しか持つことの許されないオーラがきっとあるはずです。

これからも、本物を探して行こうと思います。


…携帯より…