結婚・再チャレンジ
[2007年03月29日(Thu)]
若い子の話しを聞いていると、どうも「子供を産む」ということが将来設計から抜けてしまっいるようです。結婚ですら怪しいもんです。
「30歳までは遊びたい」とか、「結婚しても、しばらくは二人の時間を大切にしたい」とか、子供を生める時期が意外に短いということを知らずにいるようです。
子供の出来にくい男女も増えているという御時世に、大変な過ちを犯してきたようです。
「子供にはお金が掛かる」とか「自由を奪われる」とか、さも『苦しき事のみ多かりき』みたいな否定的な事ばかりを伝承してしまったようです。
子供のいる人生設計も悪くないものです。確かに、家庭を顧みない父親の私でさえ、拘束されたりするわけですから、母親となればなおのこと…。
手間が掛かると言えば、掛かります。しかし、それを補って余りある楽しさも当然ある訳で、自分の両親の辿った道を歩いて見るのも、またおつなもんです。
早くに「できちゃった婚」を選択した私は、独身生活を知りません。そして、夫婦二人っきりの時間ももちろん知りません。言い換えれば、拘束されずに過ごした経験がないのです。
確かに、独身の同級生を見ていると、悟りきった感すらあります。そして、自由を謳歌しているようにもみえます。
迂闊に、「できちゃった婚」は勧められませんが、決して悪いもんでもありません。
結婚、そして親になる事を、人生設計の中から消してしまっているように見える彼らに、起爆剤があるとしたら「できちゃった婚」しかないような気もします。
ある年齢に達した途端、それまで「結婚は?」と、うるさく聞かれていたのに、誰からもその話題を振られなくなるそうです。
もちろん、歳を重ねる毎に結婚相手の条件はうなぎ登り。そして、「結婚したい」と言う言葉に重みと迫力が出てくるそうです。
是非そうなる前に「結婚を!」
駄目だったら駄目で、離縁してしまえば良いんですから。
離婚者に対する許容度は、男女を問わず今が一番のようです。それに「バッイチ」はなぜかモテます。独身の時よりモテると言う友人もいます。
いくら何でも「結婚」再チャレンジとは、大声では叫べませんが、独身生活を続けるにしても、一度くらいはハードルを下げてチャレンジしてみては?…携帯より…
ヤンママ再チャレンジ
[2007年03月27日(Tue)]
子供を産める時期は平均寿命の内の限られた時期です。にもかかわらず、晩婚化すら食い止めることが出来ずにいます。
統計的に言うと15歳〜49歳までらしいんですが、どんなに多めに見ても30年弱と言う所でしょう。それが妊娠適齢期となると三分の一程度です。
と言うことは、女性の一生の内の10年を子供を産む期間に当てて貰わないと、この少子化はエンドレスって事になります。
しかし、今女性の置かれている状況はと言うと、せっかく就職しても妊娠、育児で離職となれば、身分の保証されている公務員で無い限り復職はかなり困難になります。と言うより、退職がまだ一般的です。人数の少ない職場となると、ほぼ決定的です。
少子化の原因は、「出産適齢期」と「就職活動期」「新卒採用期」が重なっているのが、20前半での出産をためらう原因にあげられます。
しっかりとした人生設計を持ち、将来の成りたい自分をイメージしている女性に、それを諦めるか若しくは中断して、育児に専念なんてことは、無理強いする気にもなりません。
将来の自分を専業主婦に置いている女性がどれほど存在しているのかが問題ですが、その場合の「夫の条件の高止まり」をみると、二割の人しか結婚出来ないことになります。
昭和の時代で作り上げられた「結婚墓場論」も、ためらう一つの原因かも知れません。結婚をゴールとして考えると、相手の「年収」「容姿」が重要視されるのも分かりますが、結婚はゴールではないし、墓場でもありません。
女性の平均寿命は80歳を越えています。そして、これから定年延長も進む事でしょう。35歳から働いたとしても、60歳まで25年あります。65歳まで定年延長が進めば、30年働けます。
育児休暇は大企業や公的機関しか、受容出来ません。しかし、35歳〜40歳で企業へ再就職出来る社会を造れば、『若い内に子供を産もう』と言う計画が、女性の人生計画の中に書き込まれるかも知れません。
新卒では思う所に就職出来なかったが、子供を産んでから、育児の間にスキルアップをし、三十路、四十路から再チャレンジなんて世の中を創れる政党は無いもんでしょうか?…携帯より…
祖父母のたしなみ
[2007年03月26日(Mon)]
結婚を前提とした『見合い結婚』。一つ飛び越え、親に成ることを前提とした『できちゃった結婚』。いずれも、目指す所は同じです。生まれた後は変わりありません。
一方、未婚で親に成ることを選んだシングルマザーには、まだまだ障害があるのも事実、っうか…現実です。シングルマザーの祖父母の協力があれば、多少の困難があっても乗り越えることも可能ですが。例えば、子供が熱を出した時一つをとっても、全くの一人の場合はとんでもない困難にぶち当たります。
少子化が社会問題となっている今でも、多少の母子手当てがあるだけで、『病時保育』の整っている施設は限られているのが実状です。
シングルマザーはもちろん、結婚して共働きで生計を立てている場合、祖父母の協力が望めないと成ると、母親の苦悩はより深刻なものになります。追い詰めるの方が正しのかも知れません。
未婚の若者や、もう若いとはとても言えない独身者が増え続けているのには、子育ての経済的不安と共に、核家族の進んでしまった社会が『子育てに優しくない社会』であることを決定付けています。
現に、日本でも出生率の高い地域では、祖父母の育児参加が積極的のようです。農林漁業や個人商店など、祖父母のどちらかが昼間家に居るとか、時間的な融通が利くのが条件として上げられるようです。
少子化の原因の一つに、核家族化による親子(祖父母と親)の断絶があります。子供(親)の暮らしに親(祖父母)が干渉しないように、親(祖父母)の暮らしもまた子供(親)が干渉できなくなってしまいました。
というより、依存し合う関係ではなくなってしまいました。市街地の祖父母は、定年後旅行三昧?や趣味に時間を掛ける場合が多いようで、子育てのパートナーには成り辛いようです。
発展途上国では、年金、保険が整って無いぶん、子供の数が老後の蓄えであり、病気ケガなどに対する備えです。大家族を形成し、老いも若きも助け合いながら共同生活が通常です。
日本では年金制度は、危うくなったとは言え、支払い続けさえいればなんとか成りそうな空気は、まだあります。
年を取って子供(親)たちに負担を掛けない努力を怠らないのが、親(祖父母)のたしなみであるかのような風潮です。
しかし、そのことが、『自分達のことは自分達で』みたいな世代間、親子間の相互依存の妨げになっているようです。
少子化を食い止めるには、親子間の心の歩み寄りがキーワードなのかも知れません。ものすごく困難を伴うような気配が、満タンですが…。…携帯より…
お見合いvs恋愛結婚
[2007年03月25日(Sun)]
【お見合い】と言う言葉は、もう既に死語に成りつつあります、『色あせた』と言う表現が適切なのかも知れません。
セックス、しかも子づくりを前提とした、両家合意のその上に、斡旋者まで存在するという恐るべき儀式と言ったら…、お叱りを受けてしまいそうですが。
見方によっては、結婚という目的に向かって、『歴史ある社会的に許された手段である』と言うだけで、セックス斡旋であることに代わりありません。
しかし、「結婚適齢期」を「子づくり適齢期」と考えると、実に効率的で、家と家との繋がりを大切にしてきた、日本の古き良き?風習です。
相手の親を説得する手間も、事としだいによっては相手を「口説く」手間すら掛からない。魔法のシステムです。しかし『家と家の後継者』子づくりを目的としているため、不妊の場合、女性の立場は微妙であったのも事実です。
同じように【結婚適齢期】もまた死語に成りつつある言葉です。恋愛結婚がスタンダードとなり、【恋愛適齢期】?という言葉が台頭して来た感じさえします。
しかし、前々日書いたように、恋愛に適齢期はありません。70歳、80歳になっても可能ですし、逆に10代でも可能です。
そのことは、恋愛で結ばれたカップルが全て結婚に結びつかない事を意味しています。婚姻後に別の人と恋愛に落ちるカップルもいれば、恋愛から婚姻に結びつかないカップルも当然いる訳です。
「お見合い」から結婚に結びつかない場合も当然あった訳ですが、お見合いからセックスに及んで、その後破綻と成るケースは、少なかったと思われます。しかし、独身者が恋に落ち肉体関係を持ちその後破綻のケースは、私達の若い頃から沢山ありました。
「お見合い」が肉体関係を前提とした「結婚斡旋」による結婚とするなら、「できちゃった婚」は、それを一歩踏み込んだ「親と成る」のを前提とした結婚です。
「おめでた婚」「授かり婚」などと呼び方がマイルドになり、まだまだ定着はしていませんが「ママリッジ」成る言葉も生まれてているようです。
恋愛から妊娠を経験し、親に成ることを選択したカップル。そして、不幸にして、相手の同意を得られずシングルマザーの道を選んだ女性に対し、もっと積極的な施策が施されても良いような気がします。
未婚者の場合、シングルファザーは存在しない訳ですから…。…携帯より…
嫁姑のハードル
[2007年03月24日(Sat)]
「できちゃった婚」で何故悪い!!と言うことで、昨日のブログを展開してきましたが、今日はその続きです。
私は 19の春に結婚いたしました。もちろん歳が歳ですから「できちゃった婚」でした。妻もたまたま同い歳でしたんで、当然のごとく双方の両親共に大反対です。会う事すらNGなんですから生まれて初めての壁でした。
当時、短大 2年になったばかりの妻は、身ごもったことを直ぐに打ち明けてくれました。正確には、妊娠予定日を書いた紙を見せられ、書いてあった「おめでとうございます」の文字を見て覚悟したのをよく覚えています。
私に不思議と迷いはなく『なら挨拶に行かなんたい』と、半ば条件反射的に答えてしまいました。若かったから出来た、勢いだけの暴走なんですが、良く結婚を許して下さったもんだと思います。
かく言う私も、19の娘に『子供を生みたい』と言われて、未婚の母親になる手助けをするはめに成るわけですが、今でも微塵の後悔の気持ちもありません。
人生感が多分、世間とは少しズレているんだと思います。そのお陰で、私と妻の両親には、親子二代でずいぶん気苦労をかけましたが、孫の顔(両親にとってはひ孫)を見る、ひい爺ちゃん、ひい婆ちゃんの顔を見ていると、私達夫婦の決断は間違いではなかったと確信しています。
「子供が子供を産んだ」と揶揄されようとも、生まれた子供の成長は家族にとって何よりの喜びです。娘の生まれた(私)、当時20歳の父親には、なかなか育ち難い「父性」ではありましたが、それはそれで良い思い出です。
(娘には「虐待だった」と言われてますが…)
ともあれ、子供のいる生活から始まる新婚生活も良いもんです。身ごもっている妻に、「姑」であるはずの私の母親も当然優しくなりますし、周りも協力的にならざるを得ません。
「できちゃった婚」の幸せな所は色々ありますが、嫁姑の距離?が縮まると言うか…ハードルが低くなると言うか、何となく良い関係が初期の段階で築けてしまうことです。
「産む」「産んで貰う」と立場は違えど、元気な子供(孫)の誕生に向けて共通の目的のある二人に険悪なムードはありませんでした。
もちろん、その後は色々あったみたいですが…。
…あ、そうそう、子供が生まれた後は、妻の里での私の立場も終始快適であったことを付け加えておきます。そして今でも?…携帯より…
できちゃった婚
[2007年03月23日(Fri)]
「できちゃった婚」を推奨するような大胆な政策が取れれば少子化も食い止められそうな気もしますが、「こうのとりのゆりかご」(あかちゃんポスト)にたいする、一連の政府の反応を見る限り、当分無理っぽい気がします。
結婚式を挙げる四組みに一組が「できちゃった婚」なんだそうで、めっきり結婚式の減ったブライダル関係者の間では、今や「希望の星」なんだそうです。
(やっぱ民間はパワフルです)
業界では「できちゃった婚」という響きは、マイナーな感じがするということで、「おめでた婚」「授かり婚」なんて言い方に代わっているようです。
結婚式場の係の人に『おめでた昏ですか、それは重ねておめでとうございます。』なんて、とびきりのはじけた笑顔で言われた日にや〜。と考えただけで赤面しそうな勢いですが、敢えて言うなら『笑顔はいいから、ほっといてくれ』と私は言いたい。
なんでも、もっと相応しい洒落た言葉はないかと公募したところがあるらしく、熊本在住の49歳の男性が提案した【ママリッジ】が選ばれたそうです。
【ママリッジ】とは、新婦が既にママであることと、マレッジ(結婚)を掛け合わせた言葉で、結婚手続きをお手伝いするコンサルティング会社が立ち上げた【ママリッジnet】なる物も既に存在しているようです。
「できちゃった婚」で何故悪い!
『「予定外」「責任を取る」みたいな負のイメージがある』ってのが、改名の動きにあるようですが、温かく見守ってあげるだけでじゅうぶんなきがします。
熊本在住の方の命令らしいんで、呼び方うんぬんは、これ以上触れずにおきたいと思います。
頑張れ「できちゃった婚!!」けっこう楽しいよ。
おいちゃんの経験から言うと…。…携帯より…
ポストじゃニャ〜ぞ!
[2007年02月24日(Sat)]
ニュースを取り上げるのは避けたいところなんですが、郷土の取り組みですんで、今日は「赤ちゃんポスト」についてです。正確には、申請名称【コウノトリのゆりかご】と呼びます。外国にあるものの直訳なんでしょうが、表現豊かな日本語の中から○○ポストなんてデリカシーのない名前など付けるはずもありません。お間違いなく。
ところで、反対派の方々の意見は概ね正論に基づいています。いちいちごもっともなご意見です。しかし皆、他人事です。女性の方の反対意見は甘んじて受けますが、産む術のない男は、迂闊に反対意見を言うべきではないように思います。
正論を振りかざし、『子供を産むには、親として責任を持ってから産むことが大切ではないか』なんて堂々と言ってるようじゃ【大人の品格】が疑われます。
※【正論の衣を借る狐】と切り捨ててやりたい気分です。
【少子化対策】も論議された閣議後の記者会見で、柳沢大臣の『幼い命が救われるのは評価できるが、安易に子供を捨てるのを助けることにはならないか?』っていう発言には、「あ〜あ、この人じゃヤッパリ駄目だ」と確信しました。【口だけ星人】です。間違いなく!
安倍総理に至っては、ほぼ壊滅的です。この提案が出されてから随分立っているにもかかわらず、あの程度の発言では話しになりません。【総理の品格】を疑います。
私が見たのは新聞記事ですから、迂闊に信じる訳にもいきませんが、少なくとも『大変抵抗感じる』なんて言葉で締め括るべきではありません。
正式な申請名称を知らないか、そんなことはどうでも良いとでも言いたいのでしょうか?
この件での一連の議論に耳を傾けていると、「捨てる母親」の事ばかりが取り上げられ、肝心な「身ごもらせた父親」の議論が抜けてます。【乳飲み子を捨てる】にはそれだけの理由がある訳で、その理由を作ったのは、他ならぬ【無責任な男の責任】なんです。
総理始め閣僚の皆さんは、よっぽどお育ちがよろしいようで、世間知らずといわれても 仕方がありません。つうか、自分の置かれた立場(役職)への気配りが足りません。
そもそも、そんなことばっかり言ってるから、「何十年も前から危惧されてきた少子化」に歯止めが掛からない訳で。政権交代を祈らずにはいられません。
どんな理由であれ、この世に生まれてきた命です。最終的な手段として、『コウノトリのゆりかご』って手段もあるよと教えてあげることは、少なくとも悩んでいる母親にとっては、心の支えになるはずです。まず、優先されるべきは【誕生した命を救う】ことで、議論ではないはずです。
「イジメの問題」のように、屍が積み上げられなければ現実を受け止める努力すらしないのでしょうか?
地球に生命が宿り、まだ人がゾウリムシのようなものだった頃から、人それぞれの先祖が子づくりに一度も失敗しなかった結果、私達は今存在している訳です。
望まれようが、望まれまいが、この世に生まれてきた命に手を差し伸べることは【大人の義務】であるはずです。そしてそれが【大人の品格】だと思います。…携帯より…
仮面夫婦と【三低】
[2007年02月17日(Sat)]
結婚の条件で【三高】(あえて詳しくはかきませんが)ってのは何となく知ってはいましたが、【三低】ってのがあったとは…。
なんでもその【三低】ってのは、子供をつくる条件でもあるとか。
【三低】条件
1、低姿勢(レディファースト)
2、低リスク(安定した職業)
3、低依存(拘束されない)
お見事!!
ここまで来ると意外にすんなり理解できます。笑って『そうだよね〜』って言ってしまいそうです。危ない、危ない。
今の、男性の置かれてる微妙な立場が上手く表現できてます。
「何時も大切に接してくれて、たまには外で会ってくれる。」
「お金の心配がなく、もちろんリストラなんてありえない。」
「やりたい事はやらしてくれて、もちろん家事も進んでしてくれる。」
そんな上手い話しがあったら私もご相伴にあずかりたい。
男女共同参画社会が叫ばれ、国の重要課題にも挙げられ、我々も男女共同参画社会の実現に向けて、日々努力??している訳ですが、【低依存】って言われてもね〜。互いに依存し合うのも『夫婦の醍醐』味なんじゃ?
レディファーストも、【低姿勢】って表現されると微妙にしゃくに触ります。
(ちっちえ〜)
大切にするのは同意できるにしても、「たまには」てのがどの程度?かってのが問題です。1日置きだったりして。
「お金の心配がない」ってのも、どの程度?って問題もありますが。この世知辛い世の中、お金の心配がないってのは、「死なない」ってぐらい無理っぽい気もしますが…。
ところで、最後の「拘束されない」、何に拘束されたくないの?「子供?」「旦那?」「家事?」いずれにしたって『拘束し合うから夫婦』な訳で、その【拘束の中】に「喜び」も「悲しみ」もあるわけで、お互いの拘束が無くなった時、【仮面夫婦】の誕生と相成るのです。少なくとも、私はそう思っています。…携帯より…
尊厳死と安楽死
[2007年02月04日(Sun)]
NHKのラジオ相談に『ペット相談』ってのがあるんですが、相談を受ける獣医師の女性の、コメントが実に良い!
(しかし、少子化やむなしって想いがこみ上げてきます。)
(もうここまで来るとペットなどとは呼べません。家族です…。)
私は、特別に犬猫に興味はありませんが。ラジオ相談に掛けてくる相談者の方のペットは、意外にも捨て犬、捨て猫系が多いのにまず驚きます。しかも、皆さん拾った犬猫を心から愛してらっしゃる。治療費などは、勿論ラジオ相談の中味には含まれてはいませんが、治療の内容(人と同じ)から察するに、尋常ではない金額のはずです。
私が、やんちゃだった頃(昭和後期)、叔父の飼ってる犬の診察について行った事があります。そこで初めて猫の点滴と遭遇しました。治療室のベッドに仰向けで大の字に縛られ、眠った状態での土猫の点滴…。
(土猫とは、そこら辺にいる土着の(のら)猫)
叔父の犬の治療費が注射一本一万円であることを考えると、点滴でしかも入院、治療費が高額なのは鈍感な私にも想像できました。
なぜにそこまでして延命にこだわるのか?生きて欲しい気持ちはわかります。しかし、点滴までして(痛い思い)生きたいと彼らは思っているのだろうか?ペットを思いやるって一体どういうこと? その時の私には理解に苦しむ所でした。
ラジオ相談の獣医師の先生は、拾った犬猫の相談者(飼い主)に対して『「一頭」助けて頂いて有難うございました。』って言葉から入られます。その言い方、声の調子、全てが心地良いんです。しかも、相手は拾った犬猫に対して高額な治療費も惜しまず、心から気遣う飼い主。初めは別の世界のようでした。
しかし、ペットを家族と置き換えると、それはすんなり理解できます。ただ、対象はあくまでペットです。しかも苦しんでまで生きたいと思っているかどうかは藪の中です。
安楽死が問題にされる度、あの点滴しながら苦しそうだった猫の姿が浮かびます。ペットの延命、飼い主のエゴになってはいないか?人とペット比べる私が乱暴なのかも知れませんが、人と犬猫の寿命を考えると、ペットが先に死ぬのは止むを得ない事実です。飼う以上は見送る覚悟も必要です。
自らも『尊厳死』を希望している私は、生きる事に対して不真面目なんでしょうか?
私はペットは飼わない主義です。それは見送る勇気がないからの一言につきます。そのお陰で、ペットの件で家族とは度々ぶつかりました。
パパが臆病者でごめんなさい。…携帯より…
日本の舵取り
[2006年12月05日(Tue)]
出生率が下がり、少子高齢化が進み、人口の減少が始まり、その中で成長し続けて行こうとする日本。
こないだ聴いた放送大学の学長先生の話しでは、『日本は、世界のどの国も経験したことのない未知の領域を突き進もうとしている』となる訳ですが、【人口減少】の中での成長とは、とてつもない偉業のようです。
今の国会で企業減税が論議されていますが、『なぜ企業減税なのか?』っていう答えが、『国際競争力を高めるため』ってことで押し切られようとしています。
国会中継なんて、誰も聴いてないってことで【開き直った答弁】なのかも知れませんが、今の内閣の【目指す日本の将来の姿】を具体的に示してからにして頂きたいと思います。
(せめて10年、20年単位先の日本の姿が、鮮やかに想像できるような話しを)
(「美しい日本」なんてオオザッパに言わないで…)
移民労働の話しをする時、【将来の日本の姿】の議論はとても重要になってきます。なし崩しでは、将来に遺恨を残してしまいます。何より、移民労働者の方々に失礼です。
日本の食糧自給率でいうと、日本の適性人口は【6000万人が限界】だそうです。50年後、世界の人口が100億人を超えた時、日本が輸入できる食糧は残っているでしょうか?
学長先生によると、世界の人口が100億人を超えると、食糧、石油、水資源に至るまで不足するそうで、仮に、60億人のままだとしても、アジアの途上国がこのまま発展し続け、食生活が穀物中心から肉食に替わるだけで、日本の食糧事情は一変するそうです。
1億人を超える人口では、食糧危機は、避けては通れない問題だそうです。鎖国してでも暮らして行ける人数が、適性人口らしいんですが、有り得ない話しではありません。この不確かな状況で、移民労働者の皆さんに定住化は進められません。
勿論、今の状況は人権擁護の面からも改善していかなければなりません。何も知らさされず、仲介業者の口車に乗り、騙されて日本にやって来た人だけが、泣きを見る事になってはいませんか?
成り行き任せの政策で、移民労働者の方々の2世、3世の皆さんに、ちゃんとした責任が取れるでしょうか?
『国民の皆さんの意見も聞いて…』なんて言葉で、はぐらかして居る場合ではありません!総理!…携帯より…