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トップリーグのOB [2010年03月09日(Tue)]
ラグビー部OBでトップリーグ(NECグリーンロケッツ)で活躍する2人が後輩の指導に来てくれた。Way12号で取材させてもらった。彼らは学生の頃と変わらない、本当に熱い情熱を持ち続けていた。こういう先輩と一緒に練習できる現役は幸せだ。


彼らは有名高校の出身ではない。別の選手を見に来ていた安ヶ平先生(国際武道大学)に見出され、入学し、めきめきと力を付けた。とにかく苦しい時間帯も一歩前・一歩外に展開できる選手となって、自ら道を開き、レギュラーの座を獲得してきた。決して天才やエリートではなかった。

安田知生君(NECグリーンロケッツ)は、高3からラグビーを始めた。有名高校ではない。現在ではラグビー部も無くなっている高校出身。安ヶ平先生に見出され入学。入学当初は大学の先輩にあたられることが怖くて横に走っていたそうだ。現在の魂のプレーはその後の努力による。

彼には今だから笑って話せる痛恨のミスが在学中あった。0.5単位足りずに留年してしまったのだ。1年生の時にチューターだった私も愕然とした。「僅か0.5単位・・・」

しかし1年遅れたことが効を奏し、前年には選手採用チャンスが無かったNECに入社できた。人間万事塞翁が丙午だ。

今回、安田君は増元さん(武大広報)のところにわざわざ訪ねて来てくれた。「ありがとうございました」
当時、増元さんは教務課にいて安田君の履修相談に乗っていたのだ。
目頭熱くなるじゃないか。


1年下の瀬崎隼人君(NECグリーンロケッツ)は、安田君と一緒にNECに入ろうとしたがダメだった。選手強化を始めた日野自動車に入った。1年ごと契約更新の選手だった。

とにかくトップリーグでやりたいとチャンスを狙った。自分で試合中の良いプレーシーンをまとめたPV も作ってアピールした。

「そんなこと、どの選手もやっているの?」
「当時は、いないと思います・・・」

4年後に日野自動車チームを退団。その直後にNEC入団が決った。もしダメだったら外国に行こうと考えていた。

「不安は無かったの」と聞くと、「ありませんでしたねぇ」と本人。
イケメンは見た目だけではない。格好いい。

後輩に一言とお願いすると、「安ヶ平先生の言うことを聞け」と即答。

「安ヶ平先生は忘れてしまわれたかもしれませんが、安ヶ平先生の一言が私の人生を変えかました。苦しい時間帯にも一歩動き展開する選手になれた」と話してくれた。

2人は後輩達に技術指導をしてくれた。指導後に、安田君が背が比較的大きくない後輩選手に声をかけていた。

「オマエ、俺よりでけーな」
「いやー背低いっすよ」
「ここがだよ」と後輩のと肩、胸を叩く。
はにかむ後輩・・・

直接的な言葉ではない。
でも、苦しいときに自分で一歩踏み出し展開する姿勢を引き継がれた瞬間を見たように感じた。
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