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stoic [2012年01月01日(日)]
ストイックであり続けるのは難しい。

「こんなことできて何の意味があるのか?」
なんていう言い訳を見つけちゃったりしてね。
いつもは成功したシーンしか公開しないけど、時々、実は何度も失敗してチャレンジし直しているストイックな姿を他者に見せることで、頑張れたりする。ストイックな態度を維持できるのだ。

「失敗したシーンを公開するのはプライドが許さない」なんていうのが本当は格好いい。隠れストイックだ。

でもね、失敗も含め連続して変化しゴールを目指す自分のイメージを持つ方が私の場合は好きだ。自分をうまくコントロールできる。
こんなイメージだ。

ストア派の哲学者の態度を語源に持つストイック。
しかし、現代の用法は変わった。
失敗を乗り越え切実に希求し、誠実に行動すること。

年初に決意を新たにする。
For a beginner sliding can be easily done. [2011年11月21日(月)]
上田豪さんからスケートボードが届いた。トラッカートラック社がカナダのプレミアム社にダウンヒルデッキ(板)を作らせ組んだものらしい。
Tracker Star Drop を通常のスケートボードと比べて撮影したもの。

厚く堅いデッキは9層。トラック(車輪をつける車軸と台)はドロップスルー方式でデッキ(板)にマウントできるように溝が切り込んである。車高が低くなり安定する。ダウンヒル用だ。ウィール(タイヤね)は大きく軟らかい。直径77mm(一般的なスケボーは55mmぐらい)、ウィールの堅さは82a(一般的なスケボーは100ぐらい)。

荷物には豪さんからのメッセージ。
100% Real Skateboarderとは名誉だ。
しかし「教えて下さい」はこちらのセリフだ。

スポーツマネジメント入門で「Go Pro」活用法について学生に課題を出したので、自らもやって見せなければならない思っていた。そこで以下のようなビデオを作成し、先週の授業で公開した。
正直なところ、初心者オヤジが82aという軟らかいウィールでこんなに簡単にスライディングして停止できるとは思っていなかった。全長が1mを切り、ホイールベースも74cm程度という短さが良いのだと思う。安定していて安心してスピードを出せることも要因だろう。

多分学生が作るともっと面白い映像ができると思う。
デッキにカメラを固定したり、NGシーンを面白くまとめるだろう。
専門種目で撮影してみて欲しい。
「Go Pro」を貸し出すので申し出を。

Go Proとは上田豪プロではない。
こっちね。

追記:スライディンググローブを安価(500円程度かな)に作成する方法をいずれ公開したい。誰か作りたい人はいないだろうか。その作成過程を公開しよう。
ニセモノが本物になる [2011年10月19日(水)]
比較スポーツ文化論「Skateboard weeks 2011 ニセモノが本物になる」が終了した。
先週は昨年に引き続き行政を動かすスケーターと公園管理を担当する熱い行政マンにお越し頂いた。

昨年も良かったけど、今年も良かった。学生達は大いに感化された。

今週の授業感想を読んでいたら、全くスケートボードに興味がなかった「真面目」な女子学生が、彼女の地元のスケートボードパークに行って観察してきたというレポートがあった。

今日は日本スケートボード協会の横山純事務局長。多くの動画を使いながら、お話し下さった。

例えば、これはスノーボードのニセモノか?いやいや、スケートボードのバーチカルが先。そして、オリンピックでスノーボード金メダリストのショーン・ホワイトは元々スケートボードのチャンピオンなのだ。

スケートボードがスノーボードより「偉い」なんて言っているわけではない。もともとスケートボードは「ローラーサーフィン」といい、スノボードは「スノーサーフィン」だった。
いずれにしてもサーフィンのニセモノだ。しかし、独自の世界(ホンモノ)を作ってきた。

影響し合い、フィードバックする。
ション・ホワイトの活躍でスノボーダーがスケートボードをやるようになっている。

日本で最初にスノーボードをやった100人の一人(多分)、スラッシャーに紹介された一人、最近は経済産業の会議に「有識者」メンバーとして選ばれる一人である横山さんの言葉は面白い。学生を感化する。

最後は勝手に私の方で前回の講師だった冨田さんが出演しているCFを見せた。ちなみに「ルーフトップサーフィン」なる種目は実存しない。

授業の最初に映像を見せたとおり、バスケットボールもサッカーも野球も最初はニセモノだった。

ニセモノをホンモノになるのだ。
外在的な規範の奴隷 [2011年09月13日(火)]
20年前にハワイでサーフィンをやったことがある。波に乗るなどということは到底無理だった。波を待っているだけで「沈」を繰り返しボロボロになって退散した。

最近毎日、旧有料道路を走って海を見て引き返していた。サーファーを見ながら「早朝からよくやるなぁ」と思っていた。それが、サーフボードを譲っていただけることになった。コーチング付き。ほぼ半世紀、サーフィンをやっている方だ。

早朝、鵜原の海に出た。海水は温かい。

どのようにターンするか、パドリングはどうするか、教えて頂く。
コーチングがいいと違う。

なんとボードの上で立つことができた。

1時間程度であがった。
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こんな忙しい時に何をやってんだ、と思うだろうか。

これが早朝1時間程度のジョギングなら許されるのだろうか。
これが早朝1時間程度の読書なら許されるのだろうか。
読んだ本が『プロスポーツクラブ経営戦略論』だとセーフか。
『グロテスクな教養』は中途半端か。
漫画『るろうに剣心』ではアウトか。

わたしにとってはもちろん全部セーフだ。
プロとしての仕事をきちんとやっていれば。
それは遊び天国じゃない。厳しい世界だ。

スポーツそのものに価値があるのか。
それともその効果としての勝利や健康があるから価値があるのか。
試合に価値があるのか。
おじさん草野球に向けたバットの素振りはアウトで、試合を前提としない木刀の素振りはセーフか?

効果は様々に波及する。単純に価値の上下や多寡(たか)は決められない。

もちろん、真剣に試合にむけて切実な努力をすることにも価値がある。通常人ではできないことだ。

一方で休日に「ゴルフ行った」という人に「暇だねぇ」と反応してしまう内なる「外在的な規範の奴隷」性と戦わなければならい。

**********************************

結局、ニーチェの考え方まで持ち出して、如何にも高尚に言い訳すること自体が、奴隷の証明だ。わはは。


半世紀サーフィンをやっている師匠と一緒にいるとたくさんの方から声をかけられる。もとチャンピオンなんて方もいた。みんな笑顔がいい。痩せていて、余裕があって、イメージとしての「哲学者」の佇まいに近かった。
Rooftop Surfing [2010年11月25日(木)]
比較スポーツ文化論で特別講師になっていただい冨田誠先生がJTのコマーシャルに出演中。部長さん(ルーフトップサーフィンのレジェンド)役。

サーフィンの偽物?

イリュージョン(幻想・錯覚)はそんなに悲しいものではない。
なぜなら、脳が「現実」と思っていることの総てがイリュージョンであることを誰も否定できないから。

そして、たとえ総てがイリュージョンだとしても、最高のイリュージョンは、実際に空を飛んだり、海に入ったりするイリュージョンではなく、そのすばらしさを他者と共有しているというイリュージョンだ。

他者と感動を共有しているというイリュージョンの中いるときに
「これはイリュージョンではない、夢ではない」
と、我々は確信できるから。
世田谷公園スケートボード広場 4.11 [2010年10月27日(水)]
比較スポーツ文化論で世田谷区役所の稲垣豊さん、世田谷公園スケートボードスクール校長の増田力也さん、城南島公園スケートボードスクール校長の冨田誠さんをお招きして「偽物が本物になる過程」(スケートボードはサーフィンの偽物、野球はクリケットの偽物。それが独自の世界を構築する。それを本物になるという言う)をお話しいただく。


稲垣さんへのインタビュー(ビデオ最後)でもコメントしたが、実は「住民が動いて呼応して行政が動く」というようなナイーブな物語を、本当は信じていなかった。

しかし、増田さんの諦めない17年の活動と、熱い行政マンが出会うと世界が変わった。話し合いの結果、2008年度についたスケートボード場整備予算(200万円)を執行しない決断をした。増田さん達と行政側の担当者となった稲垣さんが話し合っているうちに、2008年度についた予算で作ろうとしているものは、本当は増田さん達が欲している施設ではないと判断したからだ。

次の年に予算が付く保証は無い。しかし、本当は欲していないものを妥協して作っても、意味がない。結果として税金の無駄遣いになりかねないことはすべきではない。熱い行政マン、稲垣さんは増田さん達に「もう一年待ちませんか」という提案をした。予算を取れる保証は無かった。しかし17年間の地道な活動もあり、増田さん達の活動に対する理解も広がっていた。勝算もあった。

結果として2009年度に改めて予算が通り、念願のスケートボード広場ができた。

勝算があったと言っても、勇気ある行動だ。上司に言われた通りに予算を執行すれば「仕事」としては文句を言われない。しかし稲垣さんは、それを良しとしなかった。行政マンは、もちろん区議会の意志に反したり、行政のルールを飛び越えることはできない。

しかし、それらのルールは「してはいけない」ことを示しているだけで「何ができるか」「何をすべきか」を示していない。与えられたスペースの中で走り回ることができるのだ。

稲垣さんのような熱い行政マンを、ビジネスマンを、国際武道大学からも多く輩出したい。
パークの存廃 [2010年08月20日(金)]
授業でDVDを紹介した内田ちひろ氏のブログから。
アクションスポーツパーク岡山
(ASPO岡山)の存廃問題。

授業には、とてもいい題材。
しかし・・・当事者にとっては「いい題材」ではなく切実な問題。
怒りの言葉ではなく、市長を説得する姿勢がいい。
税金の投入はされていない・・。
本当なら優良な施設。

「あんなものを作ったのが謝り」と言っている市長が前言を撤回する可能性はないと感ずるだろうか。

市長の発言を、「許せない!」という発言もでる。しかし、存続する会のリーダー、子供の発言が非常にいい。

「闘い」にしがちな運動を「コミュニケーション」にしている。引っぱている人(もしくは取材・編集者)が優秀だと感ずる。

近時の国政状況をみると、政治家が前言を撤回することはよくないことと捉えられすぎている。
「ぶれた・・」

しかし、この報道を見る限り、運動は市長が前言を撤回しても政治家としても株を上げる「道」を示している。こんな活動にはなかなかできない。市長の再開発案が出たところで、その投資額と合理性・回収可能性、そしてその計画の中の一部にASPOの一部を残す可能性を静かに主張する活動になるだろう。しかし、この静かさが効果が大きいように感ずる。

そもそも理解者が少ないスケート・BMXなどの施設をどのように存続させるか。少数者は被害者意識を強くし、それを直接的に表現てしまう例が多い。

人が熱くなりやすいのは、「許せない」「不当だ」というダークな力なのだ。それをうまく変化させる手法に感心する。

子供たちが、「市長は間違っていると思う」、ではなく「悲しい。僕は市長がびっくりするぐらい上手になる」と発言する空気が必要だ。

実際の現場を私は見ていない。
しかし、この報道特集は、いい題材だ。
世田公 スケートボードパーク [2010年08月12日(木)]
Twitterで「朝練が始まる」とのツイート。
即、駆けつけた。

城南島公園の校長と世田谷公園の校長に御指導頂くことができた。

トランスワールド ジャパン 記事 [2010年08月11日(水)]
「先生、読んで下さいましたか?」

『TRANSWORLD SKATEBOARDING JAPAN 54号』に冨田誠先生が国際武道大学での授業のことを語って下さっていた。

不覚にもチェックしていなかった。

「大人げない大人になる」をテーマにした冨田先生、増田先生、そして世田谷区役所の稲垣さんを特別講師に招いた授業。今年も10月に実施する予定だ。

30秒バージョン


60秒バージョン
オープニング・セレモニー [2010年04月12日(月)]
世田谷公園スケートパークのオープニング・セレモニーがあった。

苦節17年。増田力也校長(世田谷スケートボードスクール)の努力は何度も振り出しに戻った。公園管理の責任者と信頼関係を結ぶと別部署に転勤になるのを繰り返した。

セレモニーには200名を超える人が集まっただろうか。世田谷区役所関係者もこんなオープンイング・セレモニーは無いと言う。人・人・人。

人数ではない。一人一人の発する熱気が違う。


増田力也の挨拶で始まった。
「ついにこのときが来ました。何かいろいろ活動してきて大変でしたけど・・気がついたら17年たってて・・かなりオッサンになったんですけど・・・活動の中で・・・行政の方、スケート・・・ボードの仲・・間・・うーん・・・」
言葉に詰まる。万感の思いがこもった挨拶に拍手が鳴り響く。みんな知っているのだ。増田校長が人生をかけてきたことを・・・。
「みんなの思いが本当に入った場所です」

挨拶は続く。日本スケートボード協会、横山事務局長の苦言を呈する挨拶も観衆を引き締める。「もう既にゴミが落ちている」・・・「いい思い出を作っていきましょう。そして日本を代表するスケーターをここから育てましょう」


世田谷区役所の稲垣さんが呼ばれた。サプライズだ。増田校長が「稲垣さんがいなければ、できなかった」と花束贈呈。

振り出しに何度も戻りながら区役所の様々な部署で働く幹部のなかで信頼の輪を広げていった増田さん。そして2008年、やっと公園内にコンクリートをひいたスペースをつくる予算がついた。担当となったのが稲垣さん。

しかし稲垣さんは「本当に欲しいのはこれではないのですが・・でも仕方ない」という増田さんや冨田誠(5050)さんの話を聞いて「本当に欲しいものではないのに、それに税金を使うのは良くない。きちんと欲しいものをつくるべきだ」と思った。

「やめませんか。来年再度、予算を取り直しませんか」

稲垣さんは提案した。この提案は怖かったそうだ。翌年は予算が取れないかもしれない。そうしたら、この人達を裏切ることになる・・・

稲垣さんも熱い。仕事の専門領域をお聞きしようと「ご専門は?」と聞いたら、「サッカーです」という答えが返ってきた。大学時代もサッカーを続け、小さい頃から住んでいた世田谷区に貢献する仕事がしたいと行政マンになった人。そんな人が担当者になると事態は変わる。

稲垣さんには勝算もあった。増田さんが10年地道に活動してきたことで、増田さんの活動に対する信頼、人となりを多くの人たちが理解し共有していたのだ。公園改修の時期とも合致した。

花束を贈呈された、いつもの作業着姿の稲垣さんが声を詰まらせた。

「こういうサプライズがあると思わなかったです・・・。わたしは、世田谷区に育って、公園が好きでこういう仕事に就いた。力也さんたちと会って、ああ、公園を舞台に、こういう世界があったんだということを感じることができました。ありがとうございました。いいパークにしていきましょう」

見ているものも目頭あつくなる。

デモのMCとして上田豪さんが紹介された。
「もうこれで終わりでいいんじゃないかっていう盛り上がりだ。話すべきことは、みんなが話しちまった。俺が話すことはない。すぐデモ、行こう」
格好いい。


花束を抱えた稲垣さんを追いかけて話を聞いた。
「こんなことあるんだ。本当にまわりのことを考えてくれる人たちです。一人の区職員のためにもこんな風に考えてくれるんだというのが・・・うれしいです。」

17年間の思い。最後を決めた様々な人の行動。みんなでテープを握り合って、事務用はさみでテープカットした手作りのオープニング・セレモニー。

本当によかった。

今後試される。公園は生きている。施設はできた。パークは利用者が育て続ける。
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