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銀メダル [2012年04月10日(Tue)]
昨年10月末にフランスで行われたキンボール世界大会で獲得した銀メダル。
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大本奈緒美さん(4年)が見せてくれた。

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大本さん(前列右から2人目)は仙台出身。昨年の3月11日には仙台にいた。地面が揺れる中、祖母を助けに走った。

そんな様子を、フランス大会では唯一の被災参加選手として英語でスピーチしたそうだ。

「英語でしたんだ。すごいな」
「高校、英語科なんです。適当な英語、しゃべれるんです」

大会の最後に大会のグッズなどが支援として寄贈され、それらは国際武道大学チームが準優勝したパンパシフィックカップでオークションにかけて募金したそうだ。

いい話だ。そういう話をwayに載せたかった。

彼女はまた、2年後の世界大会を目指すそうだ。
「自炊」の逆 [2012年04月06日(Fri)]
美しい本ができるまで。

Birth of a Book from Glen Milner on Vimeo.



私は「自炊」=本をスキャンして電子化するために、逆の工程を散々やっている。

美しい本ではなく、美しい映像が撮影・編集されるまでを想像することもできる。
新入生オリエンテーション [2012年04月04日(Wed)]
爆弾低気圧の中での入学式。
勝浦での学生生活はビュービューと強風の音がなる夜に始まった。不安だったのでないか。

本日は風の強さは残るもの晴れ。
1223教室に国際スポーツ文化学科の新入生が集まった。

木村先生のリードでオリエンテーションが始まった。
「入学式で胸に大学のバッチをつけてくれてありがとう。1人だけ職員さんが気づいた。『いいですね。先生の学科』とほめられたよ」
嬉しかった話からスタート。

チューターが紹介され、一言ずつ挨拶。
立山先生が挨拶の中で
「みんな顔を上げて聞いている。下を向いている者がいない」
とおっしゃった。

本当にそうだ。
雰囲気がちがうのはそこらへんだ。

松井組で写真を撮影した。
ピースをしながら笑っているので、昨年と同様に2枚目は「面白くなさそうな最低な顔して」とリクエストして撮影した。
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それでもいい顔をしている。
期待している。
4月2日からガイダンススタート [2012年04月03日(Tue)]
2日から2,3,4年生の授業(ガイダンス)が始まった。

それぞれの学年・学科が各教室で授業をする。
朝、廊下で新2年生に声をかけられた。

「先生、2年生はどこですか?」
「2年生は重役出勤。3時間目からだぞ」
「やったー」

「なんだー」じゃなくて「やった−」だったことに嬉しくなった。

2日から始まることに文句を言ってきた学生はいない。
ほとんどの学生が春のリーグ戦などに向けて大学で練習を続けている最中からね。あんまり関係ないのかもしれない。

今年から4つの学科が共通フォーマットで実施された。学科長・副学科長を中心に学生の成績分析、動画を織り込んだ説明資料など、周到な準備をしてきた。学生も2日からなら教職員も総出で2日から。
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私にとっては就職への意識付けで準備された就職課長の奮闘ビデオが良かった。
求人票が来ても安易に学生に紹介せず、1件1件、企業状況を確認調査している様子が出てくる。

私は学科別ではなく学年オリエンテーションを担当させてもらった。災害時、各自の無事をしらせることが、救助が必要な学生への到達時間を短くする。その確認をした。学生達は学科オリエンテーションの後で疲れているだろうに反応がいい。ご協力ありがとう。拍手までしてくれた学年があった。誰か1人が「やっと終わった」と拍手したのにつられたのかもしれないが、おじさんは嬉しかった。

武大のサーバーは震災時に弱い。電源、勝浦までの光ケーブルがどこかで切断されたら機能しない。武大緊急Gmailへのご協力を。
4月13日 利用開始 [2012年04月01日(Sun)]
9号館地下1階、ストレングストレーニングルーム前の廊下奥の扉。
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扉を開けたことがある人はほとんどいないと思う。
いつもは施錠されているが、開けると普通に下に降りていく階段がある。
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いよいよ4月13日から学生が利用できる。
JR東日本ダイヤ改正に伴って活用が始まるのだ。
もうお気づきだろう。
学生の要望も多かったが、やっとJR東日本との交渉が合意に至った。

大きな地図で見る

Google マップを見てもおわかりのように、外房線は陸上競技場の下を走っている。9号館建設時にトンネル点検抗を建物地下に取り込んだが、その後のJR東日本との交渉が難航した。運行ダイヤの問題、そして地下ホームが1両分しかないことや下駅出入口扉の施錠管理問題が原因だ。

運行ダイヤ問題は、下駅での乗降で遅れる5分の問題だった。JR東日本は上総一ノ宮までの単線区間は5分遅れで運行し、その先の複線区間で回復運転する方式を認めて下さった。5分間など蘇我駅までに十分回復可能で、内房線、京葉線との接続にも問題がない。

短いホームの問題は、むしろ先頭車両から全員が乗り降りすることで乗降時間短縮・安全管理も容易であること、また、施錠は大学側が内側ドア、JR側が外側ドアのカギを管理操作することで合意できた。

学生達のメリットは大きい。バイクを大学にとめて利用できる。駅前駐輪問題も解決だ。

全国で初めての事例。初めてって言うのは気持ちがいい。
13日朝はNHKおはよう日本の取材がある。早朝から元気な武大を全国に見せよう。学内撮影もあるので学生諸君は高校時代のジャージではなく大学のジャージを着用して欲しい。

利用申込みは2週間前までに以下のサイトから。
残念ながら利用できるのは特急のみ。
安全上の問題から1本50名まで。

JR東日本 国際武道大学下駅 利用フォーム
藤井図書館長への回答 [2012年03月29日(Thu)]
大学院を修了した藤井君が定時制高校の図書館長(図書室の責任者かな?)になる。予算が数十万円あるらしい。

「どんな本を充実させたらいいですかね?」

即答しかねた。難しい問いだ。

ゴールを「高校生が読書の楽しみを発見・再発見させ、読書習慣を強化する」に設定するならアイデアがある。多分、執行を許可されないだろうと思うが、場合によっては実現する。

まずは電子書籍リーダー(10,000円)を5つ買う。
最初は少ない限定数であることがポイントだ。
借り出しを生徒に競い合わせるのだ。

最初からお試し版が入っている。
借りた高校生に選書権を与える。
「この続き読みたいんですけど」
「おー、いいぞ」と購入=予算執行だ。

昔、読んで面白かったジャンルの小説、スポーツ選手本、タレント本、なんでもいい。選書できない生徒の相談にのる。

昼間働く現場、職場で電子ブックを読む定時制高校生。
回りは冷やかす。

「へへへ、宿題なんすょ」

そのうち、スマホで読み出すやつも出るかもしれない。

「マンガいいすか?」」
「それは自分で買って、返すときそのままにしてね」

電子書籍を他の端末でも読めるようにするのではなく、電子書籍リーダー自体を貸し借りするところがポイントだ。

いやー、この方式に著作権上の問題はあるのだろうか?
書籍自体を貸し借りするのと変わらない。
教えを乞いたい。

4月末にはリーダーとしてamazonのkindleも参戦してくる。
Sonyは藤井図書館長と手を組む新たな戦略をとるべきかもしれない。
わはは。

藤井先生の「図書室だより」は第1号からネタが尽きない。

追記

co-ba library from tsukuruba inc. on Vimeo.

塚本清彦 [2012年03月28日(Wed)]
塚本清彦を知っているだろうか。

ネットで検索すると元バスケットボール選手の塚本清彦さんの記事が並ぶ。話題にするのは、昭和19年にグアムで戦死した塚本清彦。


塚本は陸軍大学出のエリート。30歳で少佐となった。
昭和19(1944)年6月14日には東京にいた。約1ヶ月後、
昭和19(1944)年7月24日にグアム島で戦死している。

塚本は6月14日に東条英機首相に戦争の戦局の将来と日本の前途を憂い、自らの職責上の資料を基として戦争経済の見通しを述べ、「首相を辞めて軍事に専任すべきである」と進言したのだ。

即刻、彼は南方に送られグアム島で戦死した。結局グアム島の日本軍は彼の戦死から2週間後の8月11日に玉砕する。グアム・サイパンを手に入れた米軍は、ここから東京大空襲、広島・長崎への原爆投下を行うことになる。

参謀であった塚本は、事後の展開をもちろんわかっていただろう。自らの死よりも、二重に無力であったことを理解してしまっていた塚本(35歳)の無念を思うと、悔しい限りだ。


当時、逓信省工務局長であった松前重義(国際武道大学創設者)も、塚本と同じように敗戦を予測し憂い、東条内閣の「軍需生産計画」を批判した。塚陸軍省戦備課長であった塚本とも接点があったのだろう。松前重義も、その身をとした発言と行動が原因で昭和19(1944)年7月18日に42歳で二等兵として招集され、南方に送られる。

しかし、松前重義は生き残った。

1978年、松前重義は塚本が戦死したグアム島北部(米軍は南部に上陸し日本軍を北に追い上げた)に彼の慰霊碑を建てている。

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右端が松前重義が建てた塚本清彦中佐の碑
*************
陸軍省軍務局戦備課塚本清彦中佐は
太平洋戦争たけなわの時
戦局の将来と日本の前途を憂い、
時の首相に対して
戦争の終結と首相の退陣を要求した。
そして、即日戦禍のグアム島に転属せしめられ
戦禍の露と消えた。
数日の後、同志であった私も二等兵として比島に送られた。
それは昭和十九年のことであった。生き残りの私は
塚本清彦君の武人として愛国者として勇者としての生涯をたたえて
ここに南海の華と散った多くの戦友を偲びつつこの碑を建立する。
昭和五十三年十月 松前重義
***************

昨年、グアムの柔道チームが望星学塾を訪れた時にグアム留学経験がある山口輝義先生(東海大学)がこの話を子供達にしたそうだ。グアム島北部は観光客も滅多に訪れない所である。帰国後に現地の柔道関係者が慰霊碑に足を運び、先日、上の写真などを送ってきてくれたそうだ。

私も塚本中佐の話をしっかり認識していなかった。
ここに記録しておきたい。
またもっと詳しい話をご存じの方からの教えを乞いたい。


追記:早速情報を頂いた。
松前重義先生は、塚本さんの慰霊碑を建立する時に「止めたんだけど、突っ走ってしまった。彼は若すぎた」とおっしゃっていたそうだ。勇気と正義の人だったのだ。

追記2:
松前重義先生のご子息からの情報。
「塚本さんは、武蔵野の家に来ていたから何度か会ったことあるよ。そのうち憲兵がウロウロするようになったんで、家に来られなくなって、どこか外で会合するようになったみたいだな。あの頃、他にも親父は何人かの陸軍・海軍の人と会っていたけど、戦線に送られて帰ってこなかった」
宣言する力 [2012年03月27日(Tue)]
柔道の武大杯会場=2号館道場に行った。

OBを中心に全国の高等学校の柔道部が武大に集う。
2号館には布団が山積みになる。
大会期間中、大会会場に寝泊まりするのだ。

会場での武大OBである高校先生方から声をかけていただく。
現在武大で計画している改革について説明する。
「いいですねぇ。うちの高校も改革するんですよ・・・」
公立高校も果敢に攻めの改革をする。
高校の授業に何でも協力する約束をした。

3年生(新4年)が中心に審判を務めている。
会場脇でボードを持って作業している学生がいる。
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いや、学生と思ったらOBだ。2年前に卒業した須賀大介君だ。

柔道部で主務(マネジメント責任者)をしていた。

4年前の2月ごろ、雨が上がったので学内を一周して「スポーツへの熱い思いをかたちにします、って言って」と学生たちに声をかけて当時イメージしていたデモビデオを作った。

柔道場入口に当時2年生の須賀君がいた。
「須賀くん、頼むよ。スポーツへの、いや柔道への熱い思いをかたちにします、って」
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「将来はどうするの?」
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彼は宣言した。

今年度、千葉県教員採用試験に合格した。
千葉商業高校で西田先生(武大OB)の指導を受けて本学に進んだ。卒業して2年。千葉工業で非常勤をやり、終わると母校千葉商業で柔道部指導をし、その後に千葉商業の定時制の非常勤講師を続けてきた。努力が報われた。
これほど嬉しいことはない。

あのときビデオカメラを前に宣言した彼の「いいすょ」という勢いを思い出した。堂々とした「絶対に保健体育教員になります」という彼の宣言は、その後、Wayで主務特集をやるきっかけにもなった。

もう4年前の話だ。
iTunes U [2012年03月26日(Mon)]
iTunes Uを息子と試してみた。

スタンフォード大学のロボット工学の授業が公開されている。
Oussame Khatib教授の2回目の授業。
最初にビデオを見せる。
坂道をカタカタ歩くおもちゃ。
その原理の応用で膝関節ある模型が歩く。
その実験の失敗シーンの数々・・・

ロボット工学を学ぼうとする者の心をつかむ始まりだ。
「この授業おもしろい」
英語がわからない15歳の息子もワクワクしている。

大学というメディアは何を提供するのだろう。
単なる知識情報なら、インターネット上に転がっている。

幸い体育大学というメディアが扱う体育学は、ネット授業だけでは伝わらないものを扱っている。それでもそれらをどのように伝えるかを真剣に考えないといけない。

図書館長として明言する。
従来の「図書館」は大学の中心ではない。
かつては中心だった。しかし、その大きな部分が全文検索されるインターネットに代替される。

図書館が大学の一つの柱になりうるのは「新しい図書館」として機能を高めた時だと思う。それは多分、私語厳禁の図書館ではないし、飲食禁止の図書館でもないだろう。その実態はメディアセンターだ。メディアセンターという名前は図書館を格好つけて横文字化したしたものではない。実態が異なるのだ。





追記:土居先生と、スタンフォード大学の授業について話した。工学系の学会ではNG集など助手が作って学会を盛り上げたりするのが常だそうだ。だからブリティッシュ・コロンビア大学のNG集だったのかと納得した。
緑色の学ラン [2012年03月20日(Tue)]
2台持ちしていたが、iPhone(Softbank)に一本化した。

同時に15歳の長男にiPhoneを買い与えた。
インターネットに制限がかけられないことに対する同意署名を求められた。

私が15歳のときに携帯電話はもちろんインターネットはなかった。
息子には早いだろうか。
私は遅いぐらいだと思っている。

息子は工業系に進む。
来年度から研究対象に対する補助制度を約束した。
企画書と成果報告を求める。
インターネット、iPhoneがある生活は補助対象だ。

インターネットは怖い?
見せたくない情報があるだろうか。
私は14歳の頃には大人だと思っていたな。
科学的な態度を持って接すれば大丈夫。
(この「科学的態度」が難しいんだけどね)
自分で判断しなさい。
そして「知る悲しみ」を知りなさい。

事故の可能性?
変なサイトから料金不当請求される事件もある。仕組みを理解していれば、まず引っかる危険は低い。確かにそれでも事故の可能性は消えないが、それは自転車事故と変わらない。自転車禁止しないのと同じだ。

インターネットは世界を広げる。そこに可能性があるが、一方で「世界を限定させてしまう」効果もある。ここがインターネットの怖さだ。







フィルターこそが便利を生み、一方で世界を限定する。
便利さを伴うだけに最大の怖さだ。

私は時々ブラウザの「プライベート」モードにする。
amazonで私が欲しない情報がられるされることがあるからね。
それでも逃れることはできない。
自分と違う世界を見る。本屋で女性誌を立ち読みするような努力が必要(次からamazonで女性誌を勧められるようなことも起こる可能性も生じるけどね)。

日々変化するインターネット環境に私も初心者。
息子と共に緑色の学ランだ。
私も3年間は学割を受ける