坂東英二さん講演会・・ [2010年02月22日(月)]
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昨日は夜・・ヤクルト×中日のオープン戦試合が放送されていました。
2時間ほど・・じっくりと見ましたが・・ 一軍ではほとんど・・名前を聞くことのない選手がほとんどでしたので・・見ていて面白かったです・・堂上兄弟や・・新人選手など・・早く1軍での活躍が見たいものです。 今や元プロ野球選手としてテレビ、マスコミで活躍中の板東さん・・ 徳島商のエースとして活躍・・1958年の夏の大会で記録した83奪三振は高校野球の一大会における通算奪三振の最多記録であり、50年以上経った現在も破られていない。その実績が買われて・・卒業後にドラゴンズに入団しましたが・・そのいきさつで・・もめごとがあったそうで・・ WEB上から・・記事を抜粋。 板東英二の中日入団までのもめごとは、当然ありましたよ。 板東さんは、徳島商業高校卒業後は、大学進学が決まっており、実際に、東京で六大学野球の慶應大学のセレクションに参加しています。大学進学は既定路線でした。 しかし、甲子園での活躍が、プロ野球球団のし烈な獲得競争を招きます。特に熱心だったのが、阪神と中日です。阪神がセーターを手みやげにもってきたのを聞いて、中日は手みやげをテレビに変更したといいます。 そして、中日入団の何よりの決め手は、板東さんがその著書「赤い手」の中で自ら書いているように、契約金の額でした。札束が飛び交う争奪戦でした。六大学のスター長嶋茂雄の巨人入団の1,500万円、王貞治の1,800万円をさらに上回る2,000万円!。当時の大卒初任給が約1万円で、現在の約20分の1の物価であることを考えると、現在に直して考えると、なんと6億円の契約金(現在は最高額が1億5,000万円が最高額と定められています)! いや〜さすがは板東さんらしい・・エピーソードですね。 そんな板東さんですが・・実は・・・うん十年前・・tamoさんとお会いしています。 ![]() えっ!お会いしたんですか・・と皆さんから、質問を受けそうですが・・ 実は学生時代に・・板東さんの講演会があったんです・・ 講演会終了の後、質問コーナーがあって・・約500名の聴衆の中で・・ 3人ほどの・・質問がありました・・ 一人の方は投球の前に唇?舌をペロッと・・やるのはなぜですか・・だったかな・・ など・ほとんどが野球に関する質問でした・・ さらに質問のある方は・・との問いについつい・・tamoさんが手を挙げてしまったのです。 あら〜どうしましょう。ワオッ!! ![]() おおおおっ!無謀にも・・きっと・・絵理さんをはじめ・・このプログのご覧の方は 何を質問したんだろうと・・思われるかも知れませんね。 実は前から聞きたい事があって・・自然と手が挙がってしまったのが本音です。 よく、いいますよね。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥・・ 当時のことを思えば・・なつかしいです・・ そして・・500名の中・・同級生や先生が見守る中、一人だけ立って・・板東さんに質問しました・・ 緊張で・・少し声が上ずってましたが・・ ![]() 念願通りの・・質問が出来ました。 その質問とは・・何でしょう ![]() 板東さんもえええっと! びっくり・・してましたよ!![]() 何しろ野球以外の事を質問したわけですから・・ そうりゃ!板東さんが驚かれるの・・ご想像の通り・・ もちろん、板東さんと大いに関係のある質問でした。 ええっ・・何で君はこんなこと知ってるの?見たいな顔で 笑顔で質問に応えてくえました。 ![]() 果たしてこの質問が何だったか分かる方は?さすがに・・いないだろうな・・ |



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幻のバイブル
あいつが生きていたら、きっと甲子園に行っていた
藤井 利香/ 出版:日刊スポーツ出版社/ 発行年月:2011.12/
税込価格:\1,680 (本体:\1,600)






びっくり・・してましたよ!

