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昭和57年当時の東大和高校野球部員を探しています! [2010年02月11日(木)]
この神戸っ子にもコメントをくださるkurodaさんより・・ある方を探しているので・・
神戸っ子で紹介してもらえないかと・・メールをいただきました。
昭和57年当時の東京の佐藤道輔先生率いる東大和高校が成章高校との交流試合で成章高にやって来ました・・佐藤先生と言えば・・「甲子園の心を求めて」でおなじみ方です。
この東大和と成章の交流は昭和52年ぐらいから続いていたようです・・

今回は昭和57年当時・・交流のあった東大和高校野球部員・・渡辺修さんの消息を知りたいといことでkurodaさんからメールをいただきました。関東在住で東大和高校野球部に詳しい方、どなたでも結構ですので情報をお待ちしております。





メールの内容は下記の通りです・・


昨年年末に大掃除中に見つけたものがあります。
それは、都立東大和高校野球部選手のアンダーシャツです。
27年前の(昭和57年)何月かは忘れましたが、東大和高校が成章に遠征に来ました。
その時、東大和の選手達は各生徒の家に宿泊しました。
我家でも2人迎えることになりました.。

その時は連日雨で試合は不可能だったため、お互い室内練習で終わりました。
あの時代では珍しく、和気あいあいと楽しく過ごした記憶があります。
もちろんあの有名な佐藤道輔先生が監督でした。


私の家で泊まった1人が、遠征終了後私にこう言いました。

「黒田君のアンダーシャツと僕のアンダーシャツを交換しよう」

いきなりでビックリしました。

「えっ?僕のは、まっキッキ(黄色)で汚いよ!そんなのでもいいの?」

「いいよ!いいよ!」

と言いながらお互い今着ていたばかりの汗だくのアンダーシャツを脱ぎ、交換しました。

彼の胸には“WATANABE OSAMU”とマジックで記入されています。

私のアンダーシャツは・・・当時試合中や練習中での水分摂取はご法度の時代でした。汗を出して出して出し尽くし、それでも動き回るから、汗というよりタンパクなのでしょうか?何かの分泌が出て、黄色に染まったそれこそ、こ汚いアンダーシャツだったのです。洗っても洗っても全然落ちませんでした。

何度も繰り返し繰り返し、着続けたそんな汚いアンダーシャツを渡辺君は東京へ持って帰っていったのです。渡辺君のお母さんはさぞビックリしたことでしょう!そんな彼とは数回年賀状のやり取りをしただけで、自然とお互い忘れた存在となってしまいました。私の記憶としては、小柄でニコニコしていて人なつっこい子だったと思います。
今どうしているのでしょう?


(渡辺君のアンダーシャツ)