波乱!サプライズ21世紀枠・・A [2010年02月02日(火)]
|
サプライズ!山形中央・・
まさしく・・サプライズだった・・ どの新聞記事にも・・山形中央のサプライズ・・の報道がほとんどでしたね。 それだけ・・喜びも大きかったようです・・ 東日本地区では・・新潟や水戸桜の牧が有力候補とされ・・ 山形中央にはとってはやや・苦しい21世紀枠だっただけに センバツ当確が決まると・・ その喜びはひとしおで・・関係者の喜ぶ・・象徴的なシーンでした。 ![]() (山形テレビより) 「やったー」喜び爆発、監督は男泣き 空に向け高々と帽子を投げて喜びを表す山形中央高野球部員=山形市 待ち焦がれた高校野球の聖地へ−。山形中央高が29日、第82回選抜高校野球大会の21世紀枠出場校に選ばれ、初の甲子園切符を手にした。2001年に創設された21世紀枠での出場は県勢初。チームの戦いぶりだけでなく、「スキー、スケート、柔道なども全国トップレベルにある」「率先して学校周辺の清掃活動に取り組んでいる」ことも選考理由として高く評価された。同日届いた吉報は、瞬く間に校内、地域を駆け巡り、選手、生徒、OBらが喜びを爆発させた。 ![]() (山形テレビより) 午後3時。同校には30人余りの報道陣が詰め掛けていた。校長室の電話前では梶原賢校長が待機。最初のコールは別件の連絡で“空振り”に終わったが、3時5分に再び電話が鳴り響いた。「分かりました。恥ずかしくない戦いをさせてもらいます」。梶原校長の表情が緩んだ途端、拍手と歓声がわき起こり、近くにいた庄司秀幸監督は思わず男泣き。「よし、頑張ろう。あなたの精進のおかげだ」。梶原校長が監督の背中をたたいた。 同時刻、野球部員は室内練習場で打撃練習をしていた。出場決定を知らせる校内放送が流れると、全員が絶叫しながら抱き合った。「練習に集中していたつもりだったが、決まったらうれしくて…。支えてくれる人のためにも、これから一日一日、一球一球を大事にしたい」と奈良崎匡伸主将。一斉に屋外に駆けだした部員たちは、庄司監督を胴上げするなどして喜びを分かち合った。エースの横山雄哉投手は「(山形中央が)やっと甲子園の舞台に立てる。先輩たちの歴史が積み重なってこの枠をつかめた」と感謝した。 「甲子園出場へ」の報は保護者やOBにも電話で伝えられた。学校に駆け付けた野球部OB会の堀野建夫会長は「まさかと思った。(約50年前の)私のころは県でも下位の方で、涙が出るくらいうれしい。うちの学校はマナーが素晴らしく、甲子園でも実践してほしい」。松田勝彦同窓会長は「やっと念願がかなった。友人、同窓生に連絡を入れると『応援いくぞ』と言っていた。オリンピック選手もいて、全国的にこんなに騒がれる公立校はない。フェアで高校生らしい野球を願っている」と期待した。 (山形新聞より抜粋) 山形中央、21世紀枠で初甲子園!…センバツ 山形中央の歴史を塗り替える吉報は、意外な形で届いた。午後3時2分。梶原校長が校長室の電話の前に座り、緊張の面持ちで待っていると、隣の職員室から歓声が上がった。「インターネットに(校名が)出てるよ」という声がジワジワと広がる、初出場らしい“珍報告”となった。その3分後。梶原校長が日本高野連から正式に通達を受けると、正面玄関で選手に結果を報告した。「自信はありました」。奈良崎匡伸主将(2年)は創立65年目、創部58年目での快挙に胸を張った。 下馬評では圧倒的に不利だった。しかし、過去15年間で東北大会出場は10回。甲子園にこそ手は届かなかったものの、実績は十分だ。ゴミ拾いなどのボランティア活動も積極的に行ってきた。「野球だけでなく、学校全体の校風、機運が評価されたのだと思う」。庄司秀幸監督(33)は“総力”でつかんだ快挙を喜んだ。 (スポーツ報知より抜粋) 今やネットの時代・・昔では考えられないほど・・ 情報の伝達が速いですね・・ やっぱり・・学校職員の方は・・どこも ネットでいち早く情報を確認していますね。。 当確となれば・・歓声が湧きあがるのも・・自然な流れ・・ この15時から10分間の間は何とも言えない・・ 瞬間・・時・・がありますね。 |






2001愛知県高校野球選手権
1972・2008ペナント