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高校野球半生「記」日本高野連理事 田名部和裕 甲子園の心とおにぎり [2017年04月26日(Wed)]
ディリースポーツ紙に掲載されてる
高校野球半生「記」
日本高野連理事 田名部和裕さんのコラム記事に目が留まりました。

「甲子園の心を求めて」でおなじみの佐藤道輔先生の
事を書かれた記事です。

「甲子園の心とおにぎり」

是非、皆さんにも読んでほしく紹介させていただきました。

記事の最後の方に・・
田名部さんが佐藤先生に21世紀枠創設の構想を
相談され・・佐藤先生から

「ぜひ実現したいですね」とのコメントがありました。

そして・いつかは東大和高校が21世紀枠で
センバツ甲子園出場なら・・これほど、嬉しい事はないでしょう。

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2.jpg
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34年ぶりに再会した成章と東大和の友情秘話・・ [2016年06月07日(Tue)]
先日、知り合いの方からメールをいただきました。
名前をKさんとだけ申し上げておきましょう。

Kさんは昭和50年時代の成章野球部に在籍し「甲子園の心を求めて」の
著者でもある佐藤道輔先生の東京にある東大和高校との
交流で練習試合を行いました。

佐藤先生と言えば・・この神戸っ子プログの表紙にある

甲子園の心、それは自分の母校のグラウンドにある。ノックを受けて、汗と涙を流したグラウンド、そこにこそ甲子園の心がある。
(甲子園の心を求めて・・佐藤道輔)

このプログの精神でもある・・言葉で佐藤先生が亡くなれた
今もこの言葉は生き続け・・私が高校球児に贈りたい言葉でもあります。
佐藤先生は高校野球界のカリスマとして多くの指導者が影響を
受けたと言います。

話は戻りますが・・
東大和野球部が成章との練習試合に
こちらの渥美半島の来られました・・

当時は今見たいに・・簡単に宿泊が出きる訳では無く・・
東大和の選手を成章の選手の家の方が面倒を見てあげて・・
負担がかからないように・・選手個人の家に東大和の
選手を泊めて過ごした時代がありました。
もちろん、これは成章が東京の東大和に行った時も
同様に個人の自宅に泊まられたと聞いた事があります。

Kさんの時にはうん悪く・・雨で試合は中止になったとかで
東大和のWさんを自宅に泊めて・・いろんな野球談議に18歳の若者
同士が花を咲かせたそうです。

そのいきさつは・・神戸っ子プログ左にあるカテゴリー
「甲子園の心を求めて」にまとめて書いてあります。

今回の件は・・当時のプログをご参照ください。

昭和57年当時の東大和高校野球部員を探しています! [2010年02月11日(Thu)]
http://blog.canpan.info/kanbe-c/archive/1433

私が当時、いきさつをプログに書きました所、東大和に精通しておられる方から
メールをいただき・・この東大和の高校野球部員を探しています。
の話が実現し・・この中に登場して来るのが
アンダーシャツの件です。

今回はKさんが34年ぶりに東大和のWさんと再会し・・
あの汗と泥にまみれたアンダーシャツをクリニングし
ずっと保管され・・いつかはWさんにお渡ししたいと
思っていた事が34年ぶりに夢の実現が叶ったと言う返事をいただきました。

神戸っ子でも是非、紹介して欲しいと言う事で
写真も公開させていただきます。

Kさん・・Wさん、ありがとうございました。

DSCN5919.jpg

こちらはキャッチボールです。

(甲子園のこころをたどって:4)ノックは1日3球、全員平等・・朝日新聞 [2015年07月24日(Fri)]
愛知大会、本日は昨日雨天中止になった
6試合が行われました。
明日以降は連戦となる為大変ですが
頑張って欲しいです。
岐阜では県岐阜商が準決で敗退しました。
高橋投手は登板せず、無念の最後の夏となったようです。

■刈谷球場
3回戦
三好1×5桜丘
投手
三好:山谷桜丘:樅山
本塁打
三好:桜丘:松山

東浦5×4西尾東
投手
東浦:竹内西尾東:野村→倉地


■豊田球場
3回戦
半田農0×6天白
投手
半田農:田中天白:大原→高木
本塁打
半田農:天白:内山

明和6×7愛知
投手
明和:林→沢井愛知:榊原→松井→中世古

■岡崎市民球場
3回戦

国府
知立2×1
投手
知立:浜国府:村田→横木

安城2×9誉
7回コールド
投手
安城:山田→深谷誉:日比野→細野→川端→内田

23日の朝日新聞夕刊に紹介されてました。
「甲子園の心を求めて」でお馴染みの佐藤道輔先生の
事に関する記事がWEB版で紹介されてました。

昨年の春にセンバツ21世紀枠で甲子園出場を果たした
東京・小山台の福島監督は・・1年生が入部すると
ある本を必ず読んで感想文を提出させるそうだ。

「私は普段の練習で、ここまで気持ちを入れているだろうか」「高校野球=甲子園だろうか。最終目標は甲子園だが、そこにたどり着くまでの過程、つまり毎日の校庭にも甲子園があるということだ」

そうです。高校野球のバイブルとも言われる
「甲子園の心を求めて」です。

以下は朝日新聞WEB版から
(甲子園のこころをたどって:4)ノックは1日3球、全員平等


 
私と成章高校野球部・・佐藤道輔先生 [2015年05月17日(Sun)]

★先週の東京中日スポーツ紙に「甲子園の心を求めて」でお馴染みの
佐藤道輔先生の特集が記事が掲載されてました。

「甲子園の心を求めて」は
今の40代、50代の高校野球指導者には
大きな影響を与えました。

高校野球のバイブルと言っていいほどの本で
これを読んで高校野球を始めたとか・・
指導者になったとか・・その話は数えきれなぐらい
耳にします。

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この新聞記事は知り合いの方からメールをいただき・・
ネットで探しました。

■本日、デイリースポーツと東京中日スポーツでは、東大和の佐藤道輔先生の特集が組まれています。執筆者は東京中日スポーツの小原栄二記者です。

懐かしい都立東大和の部員達の顔ぶれ。市丸一塁手や佐藤投手〈左腕〉など皆さん若いです。

吉沢保年助監督、細谷主将の代の野口哲男先生〈都立昭和部長〉、宮本秀樹元東大和部長・監督〈都立片倉監督〉のお話が掲載されています。
吉井理人投手〈吉井投手1年8月東大和、2年5月箕島〉の箕島と東大和が交流試合をした話〈たしか吉井投手は石川二塁手とホームステイで交流〉や『甲子園の心を求めて』を繰り返し読まれた尾藤監督や谷脇監督〈高知商〉などが悩みの相談に東大和の佐藤先生を訪ねてこられたお話など、大変興味深いです。

初めての西東京大会の決勝で、日大二高との激闘のイニングスコア〈10ー15〉に村上・鴛海両投手の踏ん張りが伝わってきます。
大島の教え子の樋口秀司先生が始められた「高校野球研究会」の話題もあり、都立城東元監督の有馬信夫先生〈都立総合工科〉、小山台の福嶋正信先生のご紹介もあります。


★ディーリー、中日スポーツとの合同企画記事ですが
地元の中日スポーツには残念ながら掲載はされてませんでしたね。

このプログの冒頭にも紹介されている・・甲子園の心

甲子園の心、それは自分の母校のグラウンドにある。ノックを受けて、汗と涙を流したグラウンド、そこにこそ甲子園の心がある。
(甲子園の心を求めて・・佐藤道輔)

このフレーズは私が高校野球を愛する限り変わりません。
今日は高校野球界の指導者に大きな影響を与えた佐藤先生と成章との関係を
知るひとつの寄稿文を紹介しましょう。

今の関東遠征の前には東大和高校との交流試合が
最初です。そのきっかけが神宮大会での試合後、初めて佐藤先生と山本、糟谷先生の
出会いでした。

詳しくは「甲子園の心を求めて」のカテゴリーにも掲載されてます。


以下は続成章史よりの抜粋です。


私と成章高校野球部

東京都立東大和高校野球部監督 佐藤道輔(東京都高野連理事)
(1)
私が成章高校野球部に初めて出会ったのは、今から五年も前のことになろうか。
秋の神宮大会に出場のため上京した成章高校野球部を本郷の宿舎に訪れた時であった。
山本、糟谷先生にお会いしたのもその席が初めてであった。その邂逅は成章高校OBの吉沢健志さんの御努力によるものであった。それ以来今日に至るまで・・毎年何らのつながりをたやさず、友情ある交流を続けている。
東京と愛知の距離は、歳月を経るごとに少しずつではあるが、近づきつつあるような気がいている。
やっと十年を迎えた私たちのささやかな野球部が、伝統ある成章高校野球部関係者の皆さんのご好意につつまれて、あたたかく、さわやかな交流の思い出を一人一人の部員の胸の中に残す事が出来たことを、心から感謝したい。

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(2)
野球はチーム・スポーツである。いろいろな意味でのつながりが重視される。
つながりは、ひとの心の結びつきなのである。
いつも愛情ある厳しさと誠意にみちた指導者と、真面目に努力する選手たちとが、
豊かに創造する成章野球部の軌跡は、そのどのページを開いても、チーム愛にあふれ、人生に勇気をもたらすものであるに相違ない。純粋な心のふれあいこそ、高校野球の真髄なのである。

(3)
近年、高校野球は、肥大化し、華美におちいり、諸々の問題を抱えながらゆれ動いている。
今こそ、その原点に立ちかえなければ、ならぬ時かもしれない。
野球を通して生徒の成長を願い、地味な練習の中の汗と涙に意義をみいだす、そのささやかさこそ、実は偉大な教育としての野球なのであろう。
結果のみにとらわれず、そこいに至る永い道のりにこそ、教育としての野球の本当の血がかよった現場が、存在するのである。成章高校野球部はその意味において高校野球の正道を歩んでいると、私は確信している。その気持ちを多くの人々に知っていただきたく、私は拙文を書いたのであった。

「ある野球部の卒業式」(「続甲子園の心を求めて」第5章)は
多くの見知らぬ人々から共鳴の反響をいただいた。私にもっと筆の力があったならば、
その波紋はもっと大きかっただろう。
正しい高校野球が、その正しさゆえに世の注目を集める事は、高校野球の健全な発展の為には
嬉しい事である。

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(4)
山本昌彦先生は、いつでも笑顔で私たちを包んで下さる。私も先生のように、いつも余裕を
もって物事にあたりたいものだと思う。先生の限りない野球への闘魂が、歳月を積み重ねて昇華しているのであろう。先生こそ、永い苦労が報われてほしいと思う。
糟谷寛文先生ほど、物事に誠心誠意ぶつかられる人を私は知らない。先生のその姿勢が、選手たちに何よりの無言の指導となるのであろう。いろいろな体験が、先生を必ずやさらに秀れた指導者に成長させるであろう事を私は確信している。
私はいつもこんなお二人にお会いし、学ぶ事が出来る日を楽しみにしている。野球は人と人とを結び、心と心を豊かに実らせてくれるものだとつくづく思うのである。

(5)
成章高校野球部の今夏の大会における、延長十八回に及ぶゲームは、さぞか感動に満ちたものだったに相違ない。成章高校野球部は今年も立派に甲子園の心をつかんだと私は考える。そしてこの出来事は、輝かしい部の歴史の中ではほんの一コマに過ぎない事であろう。
正しい高校野球、正しい毎日の練習を積み重ねて築きあげた部の歴史こそ、本当の汗と涙に彩られた歴史なのである。大きな・・・を隔てているものの。今後とも心の通じ合った交流をこれからも私達野球部は成章高校野球部に範をおいて歩み続けたいと念じている。
高校野球の毎日はいつも豊かな心と人生の讃歌である事を信じたいのである。

1981年 10月8日
「気持ちよく燃え尽きたい!」ドラゴンズの山崎選手も成章グランドで・・ [2013年02月27日(Wed)]

18日の中日新聞には・・オープン戦の開幕で

「山崎 意地の一発」

の見出しで8回に同点ソロホームランを打った
ドラゴンズ山崎選手が紹介されていました。

「気持ちよく燃え尽きたい!」と現役を続け、背水の陣で臨む今季。
44歳と頑張ってる・・自分でもおじさんと言ってる山崎選手、楽天時代から応援していたが
最後は山崎選手らしい・・最後の姿をファンに見せてもらいたい。
山崎選手の頑張りは震災に遭われた東北地区に方には励みになるはず・・
交流試合での宮城での試合は温かく山崎選手を迎えてくれる事であろう。

昨年の12月、成章野球部卒業式で・・
糟谷先生とグランドの横でお話しする機会がありました。

その時に名電の山崎選手(ドラゴンズ)がこのグランドでライトへ2本のホームランを打ったよと
教えていただきました。

へぇ〜あの・・山崎選手も練習試合でこの成章グランドに来てたんだ。
この成章グランドはライト守備範囲がレフトに比べて短いので
ネットを超えるような打球で無いとホームランにはならない。

さらにこの山崎選手よりすごかったのが同じく名電の鴻野淳基選手(西武か〜巨人)とか
ポンポンと軽くレフトへのホームラン・・
皆、そのパワーに圧倒されてとか・・

中京の千賀投手や東邦のバンビ事、坂本投手、現東邦の森田監督など
高校球児の時にはこの成章グランドで練習試合を
やられたいたようです。

もちろん、あの「甲子園の心を求めて」の佐藤道輔先生率いる東大和高校野球部も
この成章グランドで・・汗を流した・・

甲子園の心、それは自分の母校のグラウンドにある。ノックを受けて、汗と涙を流したグラウンド、そこにこそ甲子園の心がある。
(甲子園の心を求めて・・佐藤道輔)

近年、高校野球は体罰問題で揺れているが・・
指導者は一度、この本を読んで・・高校野球の精神を学んでもらいたい!
と願う。もちろん、現役の球児の皆さんも機会があれば読んで見ることをお薦めする。


まさしく思い出詰まったグランド。
たまには・・春の東三河リーグ戦に向けて頑張ってる成章ナイン
の応援にこのグランドにあなた足を運んで見ませんか。

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Aggressve Green〜ウィニング・ボールをつかむまで〜 [2013年02月18日(Mon)]
高校野球における監督さんのプログと言うものはほとんど、見かけないが
ネット上に紹介されていた・・「甲子園の心を求めて」や大阪一弱い高校でも、『甲子園』が目標だと胸を張って言えるチームであり続けたい。など共感を覚える監督さんの熱いプログを紹介しましょう。

Aggressve Green〜ウィニング・ボールをつかむまで〜

〜大阪府立農芸高校 硬式野球部通信〜

「甲子園の心を求めて」

大波乱!中京大中京が敗れ時習館、大金星! [2011年07月26日(Tue)]
今日のプログを書こうと準備してら・・・夕方すぎから試合があった・・時習館×中京大中京戦・・18時55分頃に・・

なんと・・なんと・・なあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああんと・・

中京大中京が時習館に2×3で敗退・・の速報!

おおおおっ!これはまさしく番狂わせ!

愛知大会では20年に1度あるか・・ないかの・・

大波乱!と言っていいでしょう。


時習館はあの東大、鈴木投手が早稲田戦、勝利で話題になり・・

県下でも一番歴史の古い学校・・


甲子園出場も過去に2回あり・・ましさしく・・真夏の雷雨だ!

時習館、大金星!!

どうなってるんだ・・いまだに信じられない・・

ヒヨコ幽霊犬猫馬ネズミ魚音量炎宇宙人ロケットウサギカエルキラキラ

今日は佐飛さんから東大和OBさんに関するメールをいただきましたので・・
皆さんにも紹介したいと思います。三上さんの手記です。

星成章応援 観戦ツアー 感謝!星

第一声は参加メンバー各位ともに、33年ぶりにお会いしたはずなのに、です。
やはり同じグラウンドで野球を通じて汗を流した野郎どもなのか、33年の日々はまったく感じられないほど意気投合し、また、お互いの野球生活・試合での爆笑エピソード、大笑いの連続で、すごく楽しい夏の一夜を過ごさせていただきました。
こんなに大笑いさせていただいたのは、何年振りかと。ありがとうございました。

さて、7/23(土)の試合は、成章が勝った試合ですが少しハラハラと見させていただきました。
24(日)は残念な結果になってしまいましたね。
糟谷監督とは各東大和メンバーとも23日の試合後会話させていただきまして、写真も撮らせていただきました。
24日の試合前には、外野席から応援の声を掛けさせていただきまして、「おお、わざわざ遠くから来てくれてありがとう」、とのコメントを頂戴しています。
定年にてTeamを率いる最終とのことですが、高校野球を通じての青少年育成や今後まだまだの人間形成へのご助言やご指導をお願いしたい思いです。

また、24日の朝には成章のグラウンドに初めて足を運ばせていただきました。
このグラウンドでの練習および監督・コーチとのやりとり、個々の選手自身の日々の行動・鍛錬から”甲子園の心”を培っているのか、と感慨深い思いをさせていただきました。
まだまだ強くなっていけますね。
我が母校東大和高校の故佐藤道輔監督と成章高校との思いが、お互い離れた地域でもよい影響を与え続けていると思いました。脈々と先輩達から受け継がれているものとか、選手自身の今よりもうまくなりたい思いや工夫など、これからも続く成章の伝統と正々堂々・文武両道の精神に敬服するとともに今後も注目していきたいと思います。

現在の住まいが近いこともありますが、今年も甲子園には足を運びます。
今年は東北のTeamの試合に注目して応援したいと思いますが、甲子園への心はどの出場高校のTeamも同じと思います。
彼らのフェアプレーやきびきびとした模様を今年も目に焼き付けて、自身のまわりの人たちや家族、そして自分への元気にしたいと思います。

またお会いする日を楽しみにしております。次回はもう少しメンバーを増やしていきます。
ありがとうございました。
今回大谷さんには大谷屋旅館でのお料理やメンバー参集などご苦労いただき感謝しております。

三上俊二



右から、
糟谷監督・・
三上(みかみ)さん・・・ 当時センター、副主将
外島(としま)さん・・・・ 当時セカンド
岸野(きしの)さん・・・ 当時キャッチャー(1年後輩で次の主将)
有馬(ありま)さん・・・ 当時の秘密兵器と言われた外野手。1年生の育成を担当。
東大和OBの心温まる企画 [2011年07月12日(Tue)]
今日も暑い一日でした・・昨日は成章の初戦ということで・・たくさんの方が豊橋市民球場に駆け付けてくれましたね。・・・暑い中・・ありがたいことです。今日は、心温まる話題を皆さんにお伝えしたいと思います。
私の知り合いの佐飛さんから・・1通のメールが届きました・・

それは・・「あの甲子園の心を求めて」の著者、佐藤道輔先生が都立の星として・・東大和高校時代に監督として・・成章に来られ・・交流を深められました・・その当時の野球部員だった方が・・この夏で最後を迎える成章の糟谷監督を見たいと・・OBの方と一緒に田原に来訪されるというものです。・・・うれしいお話ですね。・・・野球の縁のつながりは・・時を超えて・・素晴らしいものがありますね。この成章と東大和の交流は・・もう30年以上の前のお話ですが・・21世紀枠で36年ぶりの甲子園出場を果たした成章を語る時に・・この東大和高校の存在を忘れる事は出来ません。・・糟谷監督が初めて・・東大和の練習を見て・・その強さの秘密を・・見たと・・語ってくれたことがありました・・その様子は今の成章のトレーニングの基礎ともなっています・・佐藤先生はすでに・・亡くなられましたが・・ご存命中だった・・成章の21世紀枠での甲子園出場をどんな思いでご覧になられていたのか・・きっと喜ばれに違いないと・・思ってます。もしかしたら、奥様が・・ご存じかも知れませんね。・・・東大和OBの関係者の方で・・奥様とお話する機会がございましたら・・一度、聞いていただけるとうれしいです。

この神戸っ子のタイトルの下に・・書かれていた・・佐藤先生の甲子園の心とは・・それは自分の母校のグラウンドにある。ノックを受けて、汗と涙を流したグラウンド、そこにこそ甲子園の心がある。・・・これは全国の球児に送る・・名言ですね。





この成章と東大和の交流のきっかけは何か??
これは当時、成章の監督であられた山本さんが・・佐藤道輔先生にお手紙を出したことから始まったようです。私がOB会の席で・・山本さんとお話した時に・・聞いた記憶があります。そして・・この仲介役を果たされたのが東京在住の吉沢さんですね。吉沢さんは山本前監督、関西成章会の阪本さんと同級生です。・・成章史に吉沢さんの寄稿があります。
(山本前監督は・今、ティーズ放送の夏の高校野球で解説をされています。昨日の小坂井×時習館戦で・・解説されてました)

・・そのころ、東京都立東大和高校の教師で野球部監督の佐藤道輔先生が書かれた「甲子園の心を求めて」の本を渋谷の書店で手にした時の感激は、今でも忘れません。成章が神宮大会へ出場する直前でした・・成章が上京するというので、山本監督と相談し、佐藤先生に思い切って電話をしました。宿舎でのミーテイングをお願いしたところ、心よく引き受けてくださいました。山本監督、糟谷部長も感動を深くし、成章野球と佐藤先生の求めておられるものが同じ方向の道にあるように見えました。成章と東大和の交流が始まり、1年ごとに東京遠征、田原遠征をくりかえし、それも山本の提案で選手の家にお互いが泊るということで親しさが増し、卒業してからも交流が続いているtか。ある卒業生たちは田原と東京の真ん中で会おうと富士山登山を一緒にしたことも伝わっています。遠征に参加した女子マネジャー同士も卒業後おつきあいを続けていると聞きます。
(続成章史より吉沢健志さんの寄稿記事を抜粋させていただきました)

以下は佐飛さんからいだいたメールです。

東大和と成章の交流試合は最近まで続くのですが、三上さんが高校3年の時(三上さんは、中川元主将(楽天中川大志のお父さんと同年))に始まったものです。
当時は電車で移動。宿泊は相手選手の自宅に分かれて泊まる形。
毎年交互に遠征し、第1回目は成章が東京へ、翌年は東大和が田原へ遠征したということ。

糟谷監督と私の間で三上さん宅に誰が泊まったのかという話で盛り上がりましたが、手がかりは、三上さんの「確か旅館の息子さんだった」という記憶です。
そこで糟谷監督が大谷屋旅館の大谷誠さんに電話したんです。「お前、東大和に言った時に三上さんという方にお世話になったか」と。
そこでつながりました。
大谷さんは確かに三上さんの家に泊まっていました。
外野手は外野手の選手の家で、内野手は内野手、投手は投手というように同じポジション同士で交流を深めたんですね。

2年前の関東遠征で「闘魂」の横断幕が里帰りした際、三上さんは府中工業グラウンドまでわざわざ足を運ばれ、糟谷監督と久しぶりにご対面・会話をされています。

感動するお話はここから。

その三上さん。
現在は関西にお住まいなんですが、糟谷監督の最後の姿を見たいということで、他の東大和高校OBを引き連れ7月中旬の間、大谷屋旅館に滞在し、成章戦を応援する予定であることを7月1日にご連絡いただきました。


当時の主小峰君より。
(佐飛さんと小職との闘魂の横断幕のエピソード話をして。)
「成章高校との関りは運なのか縁なのかわかりませんが、すごいお話ですね。当時を懐かしく思います。私の実家には、当時成章の中川さんという主将とサードを守っていた1年生のお二人が泊まりにきました。確か成章のOBで吉澤さんという方も何度か東大和のグランドに来られていたと思います。あとは・・・当日、ゲームでヒット打ったかどうかは覚えていません。ショートよりのいい当りのボールを2度さばいたことを覚えています。」

1年後輩のキャチャー岸野君より(次の主将)
「当時成章高校生2名を自宅に宿泊いただき、そのうちのお一人とはいまだに年賀状のやり取りは続けています。」

この夏は糟谷監督最後の夏・・ある講演会でお話された事が・・今でも思い出されます。補欠校で3回もなったのは・・私ぐらいなもんでしょう・・と。選手時代は秋の中部地区大会(東海大会)に出場し・・後1勝すれば・・甲子園に・・その甲子園がかかった試合も9回ぐらいまでに2点リードし、9回裏に逆転され・・準決勝で敗退・・ここで勝っていれば・・成章、初の甲子園も夢では無かった・・成章はその4年後の昭和47年に念願の甲子園出場を果たしました。

そして21世紀枠で2回続けて補欠校・・と。・・そして3回目でようやく念願の甲子園出場と甲子園での1勝をあげたことは皆さんご存じの通りです。
甲子園の心を求めて・・尾藤公さん [2011年03月10日(Thu)]
以前のプログでも書きましたが・・「甲子園の心を求めて」で・・
尾藤さんにまつわる記事を・・再度、紹介させていただきます。

その箕島高校野球部監督の尾藤公さんが朝日新聞「惜別」に
昨年亡くなられた「甲子園の心を求めて」の著者、佐藤道輔さんの事が
書かれています。




突然の訃報を聞き、和歌山・箕島高の元監督、尾藤公さん(66)
は一冊の古い本を取り出した。
「初めて読んだ時、泣きました。
 読み返して、また涙が出ました」

本のタイトルは 『甲子園の心を求めて』 。

初版は75年。
活力あふれる野球部を作り上げた佐藤さんの奮闘記だ。
練習環境の厳しい中で野球を通じて成長する生徒の姿
が描かれ、高校野球指導者の間でバイブル的な本 となった。
当時すでに選抜大会で全国優勝していた尾藤さんが感動して
手紙を書き、練習試合を申し込んだ。
遠征で互いの自宅をに宿泊し合う間柄になった。
「酒を酌み交わし、朝まで野球の話をしました。
 多大な影響を受けました」


佐藤さんは高校時代に肩を痛め、大学でのプレーを断念。
高校野球の指導者を目指した。
社会科の教諭となり、都立高校4校で通算32年間、監督を
務め、すべての高校をシード校に育てた。
勝利至上主義を嫌い、人間育成に力を注いだ。
レギュラーも補欠も同じ愛情で接し、同じ練習を課した。
ベンチ入りは部員の投票で決め、選手に責任感を持たせた。
78年当時の東大和高校主将は言います。
 「最後まであきらめるな」
「やればできる」
という言葉が今でも心に残っています。
(朝日新聞より)

「甲子園は心のふるさと。うれしくて楽しい気持ちになった」と何度も涙をぬぐい語った昨年の星稜とのOB会での尾藤さん・・

一方の佐藤さんは・・「甲子園の心、それは自分の母校のグラウンドにある。ノックを受けて、汗と涙を流したグラウンド、そこにこそ甲子園の心がある。
」と・・共に甲子園にかける思いが募った名将・・今後も広く・・語り継がれるであろう・・・。

尾藤さんも感激して読んだと言う「甲子園の心を求めて」・・・・・・・
皆さんも機会があれば・・ぜひ読んで見てください。 
昭和高校とのOB試合&道輔先生を偲ぶ会 [2010年07月02日(Fri)]
今日も暑い一日でした・・7月に入りました。夏の大会まで・・後、10日あまり・・最後の夏に向けて・・どの学校も順調に・・仕上がってると思います。
悔いのない・・夏を迎えるためにも・・体調は万全に整えて・・挑んでほしいですね。

ところで・・思聞のひとりごと・・さのプログから・・こんな記事が書いてありました。

「野球の定石」を自費出版して希望者にお分けした。
あえて性善説を信じたが…

振り込み先を同封したにもかかわらず、およそ3割強がまだ未納。
この現実をどう解釈したらよいのか?
いちいち催促はしないので、忘れている方は振込んで欲しい。

常識のある方なら・・こんなことはしないでしょう・・
もし・・忘れている方がおられましたら・・又、自身に心当たりのある方は・・今からでも・・いいですから、早めに振り込みをお願いしたいですね。




東大和高校と言えば・・あの「甲子園の心を求めて」の著者・・佐藤道輔先生が野球部監督時代に2回、西東京の決勝戦に進出し・・都立の星と呼ばれた時期がありました。昭和50年代です・・そして成章もこの東大和との交流試合を深め・・たと言うお話はこのプログでも度々紹介しているので・・皆さん、ご存じかと思います。





その東大和OB会から新しくHPが出来たとの・・メールがあり、皆さんにも紹介しますね。


新OB会長である吉沢会長(11期)始め幹事の方々、現野球部監督の渡部先生、4月に都立片倉高校から異動されてきた福島先生も出席され、選手権西東京大会での東大和高校野球部の活躍を願い、親睦を深めてきました。
当会での連絡事項4点です。

@OB会HP完成
公式試合、練習試合などの予定や結果も掲載予定との事。

トップページには佐藤道輔先生を紹介し、OBの皆さんの・・思いが伝わってきますね。

A昭和高校とのOB試合&道輔先生を偲ぶ会8/29に昭和高校OB会と合同開催。OB試合は改装された昭島市民球場にて。詳細連絡は後日。

B高取先生が解説者・
7/22に予定されている西東京大会準々決勝、順当にいくと早稲田実業vs都立東大和の試合を東京MXテレビのゲスト解説者として出演するそうです。必見・

C高取先生は都立日野高校へ
ご存知の方、多々いるかと思いますか、4月から都立日野高校野球部の助監督として活躍中です。
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