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首里高校・・甲子園の土を海に捨てた謎? [2010年09月02日(木)]
夏の甲子園は・・終わりましたが・・興南高校の強さは・・圧倒的でしたね。
今年は・・基地問題で揺れた・・沖縄県。・・それだけに・・興南高校の全国制覇は・・いろんな意味で・・沖縄に勇気と希望を与えてくれたのではないでしょうか。

日曜日に見た・・番組で沖縄のことが紹介されていたが・・
その中で・・当時、甲子園初出場した首里高校が・・甲子園の土を持ちかえろうとしたが・・船の上で・・何と・・この甲子園の土を海に捨てたという・
お話があったんで・・へぇ〜と思いながら・・詳しく見たら。

☆戦後である1958年に沖縄県は首里高校が初めて甲子園に出場することができたという事なのですが、当時、沖縄はアメリカの占領統治下に置かれていたために、甲子園球場から持ち帰った砂が海に捨てられてしまいました。なぜこのようなことになってしまったのでしょうか。


■当時沖縄はアメリカ施政下であり、甲子園と沖縄を行き来することは
手続き上、外国へ往復することだったのである。
首里高ナインが持ち帰った土は港で焼却の上、海に廃棄された。「外国の土」が植物防疫法に抵触するという理由であった。外国から持ち込まれる土や植物にどんな細菌や生物が含まれているか分からない。そしてその細菌が生態系を狂わせる恐れがある。検疫官は例え甲子園の土であっても例外を認めるわけにはいかなかった。
これは沖縄よりも本土で大きな反響を呼んだ。全国紙の社会面に大々的に取り上げられたのである。「祖国の土、捨てられる」という出来事はセンセーショナルであったし、「沖縄は日本ではない」という冷厳たる事実を国民に再認識させることとなったからである。突然スポーツの前に国家が壁として立ちはだかることがあるのだ。
この話には後日談がある。日本航空の客室乗務員・近藤充子さんが「土が駄目なら石を」と考え、桐の箱に甲子園の小石を詰めて首里高に贈呈した。その甲子園の石は野球場の形に並べられ、現在も首里高校にある「友愛の碑」に刻まれている。


(首里高のHPより)

日航の近藤充子スチュワーデスから送られた甲子園の石。全国の皆さんから暖かい励まし。その石は首里高校の庭に建てられた甲子園出場記念の「友愛の碑」の台座部分に球場をかたどってはめこまれ、永遠に友情を伝えている。
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