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実は名古屋で自殺幇助のニュースがあったことは・・何年か前に・・ニュースステ-ションで見ましたね。わずかですが覚えています。
しかし・・その時の山内さんが・高校野球監督とは知りませんでした。
その時には私も深く留めていなかったのですが・・こうやって・・野球の定石という本を通じて見ると・・その経過が知りたくて・・ネットのプログ上に山内さんがテレビ出演したの時の様子を紹介したプログがありました・・勝手ながら・・一部、抜粋させて紹介させていただきますね。
〜壮絶妻の自殺幇助で有罪に・・・元夫激白『悪魔の病気』との闘い〜
山内さん「私の最後を看取ってくれてありがとう。“さよなら”って言って飛び降りました。。。」
(ナレーション):「生きていても苦しい。死んで楽になりたい。」
ナレーション:夫婦の人生を狂わせたものは恐るべき病だった。妻は苦痛から逃れるために死なせてと自殺の手伝いを夫に哀願。そして・・・。
妻の自殺を手伝ったとして有罪判決を受けた元夫が地獄のような闘病の日々を告白。
山内さん「この病気がなかったら我が家はこんな目には遭わなかった。病気が悪魔のように思えました・・・。」
ナ:2005年4月25日
Q.これは血痕なんですか?
マンション住民「そうです。掃除のおばさんが一生懸命やられてもですね、取れません。」
ナ:名古屋市のあるマンションから病気を苦に女性が飛び降り自殺をした。その時、女性の夫は自殺を手伝ったとして逮捕された。夫の名は山内政治。(山内さんの紹介)夫婦は長年、恐ろしい病と闘ってきた。そして、妻智子さんは死ぬことでこの病魔から逃れる方法を選んだ。彼女は山内さんに自殺の手伝いを哀願。
4月21日(水) 自殺の付き添いをせがまれる
4月22日(木) 「死ぬのにいい場所がある」と告げられる
4月23日(金) 近くのマンションに2人で行くが帰宅
死にたいという智子さんを山内さんは何度も思いとどまらせた。しかし、この日も
(ナ):「今晩死ぬ。苦しいから連れて行ってよ。」
ナ:深夜、智子さんを自転車に乗せ 近くのマンションに向かった山内さんは エレベーターで11Fまで智子さんを運んだ。
(ナ):「私をおんぶして、お願い。最後のお願いだから。 この壁にすわらせて・・・」
妻の最後のお願いという言葉に踊り場の壁に腰掛けさせた山内さん、そして。。。
マンション住民「ドスンという音がしまして“なんだろうな?”ということで5分くらい経ってからピーポーピーポというかたちで救急車が来た。」
ナ:山内さんはその場で警察に電話をかけ、駆けつけた警察官に自殺幇助の疑いで逮捕された。
〜初公判から〜
山内さん(ナ):「絶対に妻を落としてはいけないと思い、妻の両足を支えたが妻がエビ反りになり持ちこたえることが出来ず落ちていった。」
ナ:初公判で泣きながら当時の様子を語った山内さん。結果は執行猶予付きの有罪判決だった。
〜初公判2004年6月名古屋地裁 懲役2年2ヶ月 執行猶予3年の有罪判決〜
ナ:教職を失った山内さん、執行猶予があけたいま、智子さんが飛び降りた瞬間の様子を私たちに語ってくれた。
山内さん「私に迷惑をかけたことを非常にわびていましたね。長い間迷惑をかけてごめんねって、最後の言葉でしたけど・・・」
〜1994年2月結婚〜
ナ:山内さんが塾の講師をやっているときの教え子だった智子さん、結婚した当初からすでに智子さんの体は微量な化学物質にも反応し苦しがっていたという。彼女を苦しめていた病気とは。。。
『化学物質過敏症』
私たちは呼吸や飲食をすることで現代社会に溢れているさまざまな化学物質を知らず知らずのうちに体内に摂り込んでいる。しかし、この量が体の適応能力を超えるとさまざまな症状が発生する。その症状は個人差も大きく、治療どころか診断できる医師すら少ないという。
〜頭痛・めまい・吐き気・アレルギー 症状には個人差がある。〜
山内さん「嗅覚に関しては犬や仙人に匹敵するような嗅覚でしたから。」
ナ:智子さんは化学物質の臭いに怯え、家からほとんど出なかったという。
山内さん「合成洗剤・柔軟材とかですね。その臭いが耐えられなかったみたいですね。行きましたですよ。恐れ入りますが合成化学洗剤じゃなくて無添加の洗剤を使っていただけますかって」
Q.近所に?
山内さん「近所に 隣の人に」
Q.「近所の人はどうしました?
山内さん「公団に訴えました。(私が)訴えられました。」
Q.普通、理解されないですよね?
山内さん「理解されないですよ。住む場所がないですよ、本当に・・・」
ナ:山内夫婦は行き場を求めて5回引越しをした。
当時、智子さんから相談を受けていた元患者の女性が語る。
相談した女性「治るかしらって。色んなものに反応してね、苦しくって仕方がない。夜も眠れない。」
ナ:智子さんが送ったFAXにはその当時の辛い状況が書かれていた。
FAX:あまりの激痛に鎮痛剤を飲んでしまいました。朝の4時まで苦しくて眠れません。
ナ:見えない化学物質が容赦なく智子さんの体を蝕んでいく。献身的な夫の介護。しかし引越しを繰り返したことで山内さんの職場はどんどん遠くなり、通勤時間は往復6時間になってしまった。さらに洗剤が使えない智子さんに代わり、手洗いの洗濯と皿洗いを毎日深夜まで。睡眠時間はほとんどなく、山内さん自身(も『うつ病』と診断される)病院に通うことになったという。
Q.いつかは病気が治る?
山内さん「それは期待していました。他の患者さんの家庭の方もね、私と同じことを思っているんじゃないのかと思うんです。それほど・・・あの。患者さんが悪いんじゃないんです。病気が悪いんです。」
ナ:しかし、治したい一心で化学物質を避けようとすると食材は有機野菜、衣服は天然素材といった高価なものになり、月々の支出は80万円に膨れ上がった。憔悴した夫、悪化する病状、圧迫される家庭。
Q.あの事件がなければ あの生活を続けていられましたか?
山内さん「いや、それはなかったと思いますね。どっちかが死ぬか、または両方死ぬか、それしかなかったと思います。」
番組内で山内さんは・・こう語っている。
「がんとか白血病だったらかわいそうだと言われるでしょう。化学物質過敏症はね、言われないですよ。で、自殺するんですよ。周りの人は自殺してよかったな思うんですよ。死んだ後もあの人がいなくなってよかった、と。そんな病気なんです。」
(テレビ朝日系スーパーモーニングより)
☆この度の「山内政治を偲ぶ会」で西浦さんが熱唱してくれた。
山内が自殺幇助罪で執行猶予期間中、早実の優勝をテレビで観ていて、エンディングテーマに心うたれ、自分自身への応援歌とした。
そして、「化学物質過敏症患者」の為に立ち上がり、あえて実名で事件を振り返り、病への理解と支援を求めたのだった。
その甲斐あって、この10月から健康保険の適用が受けられるようになったのである。
(思聞のひとりごとより抜粋)
西浦達雄さんはこのプログでも度々紹介していますね。「化学物質過敏症」という病気をたくさんの方に知っていただき、患者さんの救剤になればいいですね。
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