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トイレ掃除に学ぶ会[2012年05月13日(Sun)]
昨日のトイレ掃除風景・・・

開始前説明
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掃除も仕上げ段階
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道具の水洗い・・・汚れの少ないものから順に・・・
洗い→すすぎ→すすぎ
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道具整理
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震災時に寄せられた支援メッセージ

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自衛官に感謝[2012年02月13日(Mon)]
自衛官に感謝

勇気を与えた小学生の手紙



東日本大震災では・・・・―SAPIO―

石巻を襲った津波による最大の悲劇の一つが大川小学校の壊滅だった。石巻市立大川小学校は、児童108人のうち74人が死亡または行方不明となった。学校周辺や校舎内では、自衛隊による必死の不明者捜索が行なわれ、瓦礫や汚泥が取り除かれた。そして震災から約1か月後。

「すいません!」

 4月6日、大川小学校近くの追波川河川運動公園に設けられた宿営地内を歩いていた第14戦車中隊(岡山)の石井宣広3曹は、突如、背後から声を掛けられた。

その可愛らしい声の主は、ワンピースを着た小さな女の子だった。少女は、振り向いた石井3曹にこう言った。

「これ、読んでください……」

石井3曹に封筒を渡した少女は、名前も告げずに走り去っていった。少女は、母親と思しき女性の運転する車でやってきて、偶然近くを歩いていた石井3曹に手紙を渡したのである。

そこには、覚えたてのたどたどしい文字でこう綴られていた。



石井3曹は込み上げるものを必死で堪えた。

「胸がいっぱいになりました……。あの頃は、発災から1か月が経とうとしており、疲れもたまっていたのですが、あの手紙で、『明日からも頑張るぞ!』と皆、勇気が湧いてきたのです。そして自分たちのやっていることが人々のためになっているんだ、とあらためて認識しました」

その後、この手紙は第14旅団長・井上武陸将補の陣取る女川の指揮所に届けられ、たちまち各派遣部隊に伝わった。

井上旅団長は言う。

「手紙を見た時は、もう体中の血が逆流するほどの思いでした。『よし、どんなことがあっても全員を捜し出すぞ!』という思いが漲ってきましたよ。うみちゃんは、どんな思いでこの手紙を書いてくれたんだろうと思うと……」

少女が自衛隊に寄せた『日本をたすけてください』という切実な祈りに全員が奮い立った。

中には、手紙のコピーを手帳に挟んで災害派遣活動に励む隊員もいた。同県利府町の加瀬沼公園に宿営地を設営した北海道の第1高射特科群のある中隊指揮所にも、この手紙のコピーがボードに貼り付けられた。

東日本大震災から49日目にあたる4月28日、飯野川第二小学校の体育館で、大川小学校の犠牲者の合同慰霊祭が営まれた。祭壇には74の可愛らしい児童の顔写真が並んだ。その中には、いまだ行方不明の6人の児童の写真もあった。

その間も、第14旅団の隊員たちは、うみちゃんの手紙を胸に、行方不明の児童を捜し続けていたのである。

SAPIO2011年8月17日・24日号

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友達を亡くし「日本をたすけてください」と書いたうみちゃんの気持ち。
それに答えようと奮起する自衛隊の皆様。
そして、驚くばかりに綺麗になった街並み。
それに感嘆の声を挙げる海外の人達。


日本人は謙虚だ。
できたこと、達成したことを褒めたり喜んだりするよりは、
できていないこと、不備があることを注意したり反省したりする傾向が強い。
確かにそれは日本人の美徳のひとつだとは思う。

だが、その結果「日本はダメ」と言い出しては本末転倒である。

日本人は日本を日本人を誇るべきである。
これは民族主義でも、排外主義でもない。
この国は凄いのだ。
決して「先が見えない」等の弱音など似合わない国であり、
そんな弱音など吐くような国民ではないのだ。

マスコミが「日本ダメ」と言っているだけだ。

国をダメにすることの本質的問題は政治ではない。
日本人自身が
日本をダメと思うこと、
日本はダメと言うことだ。

日本人はもっと、もっと自信を持って良い。
私は強くそう思う。


さて・・・過日の議会報告会にて・・・地域テーマを掲げて市民を集めた「提言者」が、
出席しなかったり、行方不明(中座)になる町?・・・


聞くところによると、いろんな役職を背負っているから多忙なのだ・・・とか・・・
まあまあ・・・いろんな役に気軽に着くものだと・・・だから?・・・「地域の活性化をテーマにする」・・・と・・・一人だけ頑張っているのだろう。自負心の裏返しか?

一人、こんなに苦労しているのに・・・と
課題を投げつけて「中座」する神経とは・・・

否・・・きょうは、そのことではない・・・・

自衛隊協力隊の存在であるが、

どこに有るのだろう・誰がやっているのだろう・連絡網、組織、活動は・・・何も分らない・・・行政回覧板で協力費の呼びかけがある。

で、領収書は届く・・・それが唯一の「存在の証」・・・

これだけ、自衛隊が国を守るために必死になっている、その恩に報いる行動が想像できないだろうか・・・・

地域の(似非)実力者に会長職を頼んでいるだろうが、役職だけを生き甲斐と思うような御仁たちに、どんな発想力があるのだろう・・・思うに、一人で多くの役職を抱えて「大変だ!」・・・

と言いながら、大変さを嘆いてみせる「生き甲斐」が支えであろうか・・・

地域の活性化は・・・課題を示すよりも、引退することが第一歩になるのでは・・・

ふと、思った次第・・・

自衛隊さん・・・警察さん・・・たちに抱く「感謝報恩」の精神があって、地域は甦る・・・

消防団も確かに素晴らしいが・・・今少し、一歩引かざるを得ないところがある。
その組織の運営が・・・いかにも「封建的」と言うか、謙虚さに欠けるというか・・・

「俺が 俺が の我で生きる」 的雰囲気が漂う・・・素直に近づけないような「何かが」ある・・・古い「農村」と同じ香りがする・・・

ああ・・・イヤだ・・・・根拠の無い受け止め方ではあるが、内気な愚拙には耐え難いような「何かが」漂う
・・・
元日、神社にて思う[2012年01月02日(Mon)]
元日、神社にて思う



昨夜の除夜祭から今朝の元旦祭まで厳寒の神社にて役務についていながら、日本人の「心のよりどころ」を考えた。

初詣客は昨年の5倍位であったろうか・・・深夜11時半頃から並び、凡そ50mほどの列になり、昨年の大震災からの再起に思いを託す地域住民の姿にしばし、時を忘れた。

しかし、我々はいい・・・神社もお寺も流されてしまった人々は、どうしているのだろう・・・日本の神々は全ての物に宿ると言われているから、石っころでも、山でも川でも・・・自然界に拝する智恵を日本人は持っている。

だとしても、真に絆を育んできた日本人の文化「心のよりどころ」を失くした地域住民は、自身の生活再建同様に、子ども時代から慣れ親しんだ想い出の鎮守様や、父母祖父母が眠る菩提寺の影を追いかけながら、「はかなさ」を味わっていることだろう・・・と、悲痛な思いにかられた・・・

わが町の某市議会議員先生は、新嘗祭とか地域行事に対する公費の支出や、公職の出席などに異論を挟んだようだが、本来、日本は神々を大切にし、その無意識の信仰のなかで、家族や地域の絆を守ってきた。それが世界を賞賛させた震災後の日本人の姿に顕れたのであって、その古来、日本人の知恵を消失させるような、政教分離に潜む背景に、愚拙は怒りさえ覚えるのである・・・・

とりわけ、愚拙らの神社被害は170世帯ほどの氏子らによる浄財寄進で、早々と修復したが、被災地ではそのメドさえ付かないだろう・・・思うに無念である。




倒壊した石碑の再建や、移設・・・崩れ落ちた宝殿の壁など
、80万円ほど費やし修復した・・・



さて・・・気持ちを切り替えて・・・・

陛下の平成24年、新年のお言葉を転用させたいただく・・・

昨年は春には東日本大震災が起こり,夏から秋にかけては各地で大雨による災害が起こり,多くの人命が失われ,実に痛ましいことでした。
また,原発事故によってもたらされた放射能汚染のために,これまで生活していた地域から離れて暮さなければならない人々の無念の気持ちも深く察せられます。

昨年は誠に心の重い年でした。
そのような状況の中で,皆が互いに助け合い,また多くの人々が被災者の支援に力を尽くしていることを心強く思っています。

今年は,復興に向けて様々な計画を立て,将来への指針を選択していく年であるとともに,がれきの処理を始めとする多くの困難な業務に取り組まなければならない年になると予想されます。
人々の英知が結集されるよう,また業務に携わる人々の作業が安全に行われるよう,願ってやみません。

日本は大震災の影響等により現在厳しい状況にありますが,皆が被災者に心を寄せつつ,力を合わせ,明日の社会を築くために忍耐強く力を尽くしていくことを期待しています。

この年の我が国及び世界の人々の安寧と幸せを祈ります。

・・・・
支援物資に関する注意事項。[2011年03月15日(Tue)]
支援物資に関する注意事項。

急を要する支援に関して注意事項があった・・・ので

現時点では、個人で小口の支援物資を送ることは逆に運送の邪魔になってしまう。
企業などが大口で送るのが良い。
未使用のものを一品ずつ箱入りにして、なるべく多くの箱を1回にまとめて(主に業者がやってくれる)送ると良い。

アグネスチャンのように折り鶴やお守り等ではなく、必要としている物を送って下さい。

したがって、個人では支援物資よりも募金の方が良いかもしれない。

ただ、募金集めの詐欺も横行するので、確かな所に募金すること。
自宅に募金収集が来ることはない。
変り行くふるさと風景[2010年08月04日(Wed)]
変り行くふるさと風景

過日・・・明治・大正・昭和の写真展をやろう・・と提案したところ、いつもの親分が指導力を発揮した・・・

提案段階での大枠を話していると・・・「そんなことより、定点観測・・・つまり明治・大正・昭和の同一箇所の写真、時代の変遷を企画すべきだと来た・・・」

話しは、それで終わりだ・・・どこにもそんなに気の効いた写真を保存している人もいなけば、今から取組むには100年もかかる。

どうも、いつもながら学識経験者という者は、未熟者の企画を見かねて、アドバイスする習慣があるようだが、結局は話しの腰を折るだけである・・・・

他人の企画提案に素早く便乗し主導権を取ろうとし、挫折を招く・・・何度と繰り返す光景である。

さて・・・低レベルの愚痴はさておき・・・

我が家から眺める風景は、隔世の趣がある・・・

昭和30年代の風景が・・・変り行く・・・








昭和25年頃までは、上段写真の橋も、土橋で低いもので、雨が降れば水没したものだった・・・両側には「萱葺きの」大きな家が二軒あり、川はずいぶんと「フナ」が釣れたものだった・・・

川沿いの柳には、クワガタムシやカブトムシが沢山居たものだ・・・
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