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老後の夢と自己啓発 [2008年09月16日(火)]
老後の夢と自己啓発

北海道、ニセコ町職員の片山健也氏(国交省地域振興アドバイザー)を
囲み、「情報共有と自治体改革」を主題にまちづくりについて語る会に出席することになった。
テーマは

自治体は変われるのか

― 豊かさを生む地方自治への挑戦 ―

1 自治体の現状  
  拡大する自治体間の格差 → 「先駆自治体」と「居眠り自治体」
   
2 住民自治と自治体改革

自治体組織は「密室」が好き → 組織の改革と職員の「意識」改革
何もしないことが美徳の公務員組織 → 前例主義の壁
職員採用は競争?  職員は人材なのか? → 研修の壁
   
3 情報の公開から情報の共有化へ = ニセコ町での実践から

情報公開・共有 → 政策づくりへの住民参加 → 政策決定過程の公表
公共施設は変化し、成長する?  情報共有で仕事が変わる?
住民が運営する図書情報交流センター「あそぶっく」
町民出資で観光協会を株式会社化=「ニセコリゾート観光協会」

4 夕張問題の本質とは?

5 日本の民主主義の誤解  
 
2元代表制度が機能していない!  〔住民と首長、議会の関係〕

6 自治基本条例と議会基本条例は必要か?

中央集権からの脱却 → 地方政府〔=自治体〕としての機能
自治体は本当に変われるのか?  国の指導や通達廃止された?
   
7 市町村合併、広域行政と地域コミュニティ(自治組織)を考えよう

自治体の規模と総合行政の限界 = 「補完性の原理」???
@少子高齢化と過疎、過密 (都市の成長管理と農山村の機能保持)、A財政の課題、B事務事業の遂行能力の課題(受け皿論)、C危機管理の課題、D地方政府機能(統治)の課題 ⇔ *重要な国の動き→「地方再生戦略」H20.1 →「定住自立圏構想」H20.5 → 第29次地方制度調査会・専門小委員会「市町村合併を含めた基礎自治体のあり方」「小規模市町村に対する方策(人口1万人未満=490」「大都市制度のあり方」「地方税財政制度のあり方」

8 急がれる現場からの制度設計の提案

提言実践首長会、市町村サミット、知事と市町村長との懇談会、提言自治体会議(地方財政健全化法Pj、小さな自治体のあり方検討Pj) 参照: http://www.seisaku-jichi.net (政策提言自治体会議)

9 新たな自治体構想の必要性とこれから

・新たな広域連合制度、自治連合制度、特例町村制度、道州制と地域内分権
・一国一制度の限界 → 住民自治の新たな枠組み〔自治の多様性・重層性〕→ 豊かさ
・財政民主主義 → 住民自治〔現場〕からの制度設計
・「住民満足、サービス向上」の錯覚から自治の原点へ → 住民自治の実現


以上が主なテーマになるようだが、ところで私のようなヨレヨレした反逆老人が聴いてどうなるのだろうか・・・と、自分であきれている。

思えば、地域活動との出逢いきっかけは、我が家の長女の小学校入学時のときだった。「学区制の変更により新一年生から八幡学区に変更になる」ことが決まったと言う通知書であった。何でも児童一人が経ると、学級1クラス減・教員1名減になる瀬戸際にあるということから「町議会議員の運動」で地域説明会がなされて決定したと言うものであった。

その地域説明会の案内状は我が家には来ていなかった。後で問い質したところ当事者であることから外したと区長に言われた。地域の教育委員に行った所「おら、すらねぇー」で玄関払い・・・それから、私の地域活動が始まった。

我が班、30世帯余が児童健全育成協議会を設立し「中古バス」を買ってきて集会場を造り、登校拒否を視野に入れて当局と議論を重ねた。学区の編成が行政の便宜上区割りされていると言う教育長の説明に納得が行かず、家まで押しかけ、時には役場で説明会を要求し、「大人の便宜と児童の便宜どっちが優先されるのか」・「兄弟が別々の学校に行く状況発生は正常か」・「昭和20年代から続いた学区の変更が紙切れ一枚の通達で済むのか」等など、血眼になって運動した。

以来、我が班は地域に於いて「異端児」的風土で捉えられているが・・・しかし、そんな経緯が有ったゆえに、それ以来、私の地域活動は「八幡」に軸足を置いてやってきた。歴史的「直訴も含めた部落騒動の首謀者」としての「みそぎ活動」でもある。

やがて、バス改造の集会場(砦)を無くし、地域一体感の仕上げを目指した「公民館建設運動」に取組み完成を得て、私の地域活動は終わった。

次なる目標は、次世代に残す「ふるさと環境」である。同志同行を基本とした地域コミュニティー再生への挑戦である。そのためであるなら「身銭を切り、労力を惜しまず」・・・コミュニティーの真髄を学びたい。口先だけの評論家ではなく、理念に基づいた「実践者」でありたい。

そして・・それが少しばかしの日銭稼ぎをする商売の最終目的でもある。福沢諭吉・「学問のすすめ」に「天下国家を論じたり、奉仕者を論ずることもいいが、その前に自立なくして何が天下国家か・・・・国民総自立こそ国の繁栄の元である」・・・と言うような下りがあった。そのことを総ての基本とする事に私の老後をかけて見たい・・・・老後の「夢」である。