日本の亡国大臣閣下は・・・
沖縄に巣食う反日左翼らが狙う、米軍基地普天間固定!
闘うことが主目的なので、基地が必要だ
稼がずに、金を手にする「たかり根性」では・・・
或いは、シナあたりから闘争資金が入っている、工作員化してしまったか・・・
少し悪酔いではあるが・・・愚拙にはそう見えてならない。
そんな頃
日本の国を守る防衛大臣様は
(亡国大臣と亡国政府)
「8分で北朝鮮からミサイルが飛んで来ると言うのに、20分間コーヒータイム・・・
委員会では、突然の防衛相行方不明騒動」
で・・・今後は国会会館内でコーヒーを飲むのは止めるとトンチンカン答弁。
会議中に無断で離席さえしなければ、コーヒーを飲んでも構わないのだ、田中クン。
※、そしてマズゴミは言葉狩りだとか、イジメだとか・・・国体破壊の元凶報道!
元(癌)凶と言えば・・・
「朝ズバ」で、例の有名人曰く
「次期最新鋭ステルス戦闘機F35の配備に、何百億も遣うお金があるんだったら、社会福祉に回せ!」と馬鹿丸出し!
これについて憂国の識者は
●「防衛を軽んずることは、結果として高コストにつく」という事実。
●「自国の防衛は自国で行うことが、国家の経済の繁栄をもたらす」という事実。
「防衛を軽んずることは、結果として高コストにつく」について、「人の命の尊さ」を否定!
人の命の尊さ
時は明治・・・内閣総理大臣だった山縣有朋は、当期国家予算編成に際して、8千万円という巨額の軍事予算を計上し、当時開始したばかりの帝国議会にその承認を迫った。
ところがこれに対し、立憲自由党の大江卓(おおえたく)らが猛反発した。
そして大江らは、「民力休養(減税)、政費節減(予算削減)」を掲げ、結果として軍艦建造費など800万円以上を削減してしまったのです。
(この主張は、有名人の内政重視、軍費削減の主張と軌を同じくするもの)
いまから120年も前の、明治23(1890)年12月から翌年3月かけての出来事です。
この結果何が起こったか。
日清戦争です。
それが現実です。
日清戦争は、第一回帝国議会の3年後、明治27(1894)年7月に勃発しました。
戦争の原因については諸説あります。
ですが<ひとつはっきりしているのは、戦いが起こるということは、敵に勝てる可能性があると思わせていた、ということです。つまり当時の日本は、清国に侮られていた。
だから戦争が起こったのです。
戦って勝つというのは、本来、次善の策です。
戦わずに勝つことこそ、軍の最大の使命です。
本来軍は「戦わないために存在する」のです。
(文武両道の本質)
日本と戦っても、到底勝てる見込みはないと思わせるだけの軍事力が日本にあったら、清国は日本に戦いを挑んだりしていない。
大江卓らは、これを否定し、軍備を怠り、いっときの内政を重視し、あたかも自らは庶民の味方を装った。
その結果、清国にあなどられた日本は、日清戦争を戦わざるを得なくなり、1万7千人もの死傷者を出しています。
要するに大江卓ら帝国議員は、本来なら、死ぬ必要のない優秀な若者たちを、1万7千人も死なせた。
その責任は、いったい誰がいつ、どのようにとったのか。
日清戦争では、日本陸軍は山縣有朋、日本海軍は伊東祐亨が指揮を執りました。
日本軍は、24万の兵力で、63万の清国軍と戦い、勝利した。
結局は、軍費をケチられた結果、戦争が起き、そのケチられたツケを払ったのは軍だった、ということです。日清戦争は、なるほど日本が勝利したけれど、それは日本の3倍もの兵力を持つ大国「清」と戦うという、客観的に見れば無謀ともいえる戦(いくさ)を、勇気をもって軍が戦ってくれたおかげです。
すくなくとも、大江卓らのおかげではない。
目先の大衆向け人気取りしか頭にない大江らは、日本が戦争に引きずり込まれ、1万7千人もの若者の命を犠牲にしながら、何ら責任をとっていない。
戦いに勝ったからよかったようなものです。
もし、日清戦争で日本が負けていたら、その後の日本はいったいどうなったのか。
考えるだに恐ろしいことです。
同様のことは大東亜戦争についてもいえることです。
ロンドン軍縮会議、ワシントン軍縮会議を経て、日本の海軍力は、米:英:日=5:5:3と定められた。
それまでの日本は、日露戦争に勝利し、日英同盟が結ばれていた。
当時の英国は欧州最強の海軍国です。
その英国と、東洋の勇者日本が手を組んでいたのです。
これは西の横綱と東の横綱が同盟していたということです。
いわば冷戦時代の米ソが同盟関係を結んでいるようなもので、これはまさに世界最強であり、誰もこの2カ国を相手に戦える実力を持つ者はいない。
だからこそ当時の日本は、世界の中で発言権もいや増したし、強国が弱国を支配し収奪する植民地経済が世界を支配していた時代において、有色人種を代表し、堂々と人種の平等、植民地主義の打破を主張することができた。
世界に散った日本人民間人の身も安全だった。
なぜって、日本が強かったからです。
ところが2つの軍縮会議を経て、日英同盟は破棄され、米英が同盟を結び、日本の海軍力は押さえ込まれてしまいます。
日本は、世界の最強国から、一瞬にして世界の弱国となってしまった。
軍縮会議のとき、国内のマスコミや世論、議会等は、いずれも軍縮会議大歓迎ムード一色です。
一部にこれを批判する者もいたけれど、そういう人達は庶民の生活を省みないと攻撃さえされた。
けれど二度の軍縮会議を経て弱国となった日本に、その後何が起こったか。
日本は侮られ、侮辱され、馬鹿にされ、海外にいる日本人達は常に命の危険に見舞われ、満鉄は年間30万件という破壊工作が行われるようになり、結果日本は支那事変、大東亜戦争へと追い込まれた。
大東亜戦争で失われた邦人の人命は、213万柱です。
貴重で優秀な若者の命が奪われ、国内は焼土と化した。
では、その軍縮を歓迎した政治家やメディアは、その失われた人命への責任、失われた財産への責任を、いったいいつ誰がどのように取ったのか。いつ誰が「申し訳なかった」と腹を斬ったか。
ひとりもいません。
腹を斬ったのは、軍縮という弱い立場に追い込まれ、不十分な兵力の中で命を賭して戦った軍人であり、その指揮官たちでした。
おかしな話です。
目先の人気取りのために調子の良いことばかり言うものはなんら責任をとらず、口に苦いことをその必要性から敢えて主張し、苦しい中を身を犠牲にした戦った者達が、責任を取り、そのうえまるで悪鬼羅刹のごとく罵られる。
私は強く言いたいのです。今回のF35の配備について、無用だの福祉にそのカネをまわせだのと軽口を叩く者達に、「歴史に学べ」と。
日頃から歴史を「批判」するばかりで、そこから一番大切な「学ぶ」ことをしないから、こういう大事なことに気付かないのです。
また、学校で教えるべきは、まさにこういう歴史の真実です。
それでこそ歴史が生きるのです。 −日心会―
・・・で・・・我々は、日本を守るために行動することになる・・・
何ができるか・・当面は言論の戦いだ・・・
無能内閣と言われ始めた現政府・・・答弁の端々には、自公政権のときは・・・と切り返し誤魔化し手法のみ・・・無責任極まりない詐欺政党だと
世間の評だ・・・
日本の歴史と文化を守る会・・・発足視野