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2018年9月の振り返り [2018年10月02日(Tue)]
早いもので、今週から10月。2018年も後半戦に突入しました。

9月の振り返りをしておきたいと思います。

9月は、なんといっても!?誕生月。
とうとう45歳。
40代も後半戦です。

財団に入ったときは20代前半だった自分も、20年とちょっとが経ち、40代後半になりました。

仮にこのまま財団でずっとはたらくとすると、現在の定年まで残り20年。
財団人生でいえばちょうど折り返し地点です。

みなさんにご報告できるような特別なことはございませんが、あえて申し上げれば、6月から開始したウォーキングと軽い筋トレと水泳が、今でも無事に続いております。

不思議なもので、3ヶ月を過ぎると習慣として定着化が進むようでして、最近では、雨などで2日も歩けない日が続くと落ち着かなくなってくるようになりました。

出張と飲み会だらけで不摂生な日々をすごした40代前半を反省し、後半は健康的なエネルギーでまい進していきたいと思います。
2018年8月の振り返り [2018年09月04日(Tue)]
2018年8月の振り返りです。

8月は世の中的には夏休みなわけですが、今年は、おそらく15年ぶりくらいに、夏休みらしい時間をたっぷりと家族と過ごした夏となりました。

もちろん、これまでも、夏休みということでまとまった有休を取ってはいましたが、その他の日は、半分くらいは出張で不在にすることが多く、家族、特に子どもたちからすると、「パパはいつものようにいない」という状態であることには変わりが無かったように思います。

それから比べると、今年の8月は出張がわずか1回2日間のみだったこともあり、誤解をおそれずに書けば、感覚的にはずっと夏休みだったような感じです。(もちろん仕事もしてましたけど・・)

そんな中、今年は娘が小学3年生になり、ちょっとはまじめに夏休みの自由研究もやらねばということで、お父さんもがんばりますということに。

科学実験がしたいということで、「水と油のちがい」をテーマに、あれこれと実験をすることになりました。

最初のうちは、娘の自主性に任せ、適当につきあっていたわけですが、おそらくどの家庭でもあるのでしょうが、お母さんからのご指導をいただき、もう少しまじめに向き合うはめになりました。

「どんなことが知りたいか?」「なぜ知りたいか?」「どんな違いがあると思うか?」「どんな実験をしたらいいか?」「やってみてどうだったか?」「次はなにをしたらいいか?」なんて会話を重ねているうちに、こちらも熱が入ってきて、最後の方は、「『興味→仮説→実験→結果→考察→まとめ→感想』この順序で進めるぞー」なんて、仕事のときよりもよっぽどまじめに取り組んだりしてしまいました(汗)

そんなネネとパパの様子をいい子に見ていられるはずもなく、下のボーイズは、自分もやらせろと手を出し、ダメと言われては怒り、ダダをこね、相手にしてもらえないから自分たちだけで遊んではケンカをし、ケンカをしては怒られ、怒られてはグズる・・・これの繰り返しで、わがやもテンヤワンヤな夏休みでした。

が、夏休み期間中にパパも家にいるというレアな日々は、子どもたちにとっても良い日々になったと思いますし、なにより、私自身にとっても家族時間を実感できたとても貴重な8月となりました。

ということで、仕事のことはまったく振り返っていませんが、8月の振り返りとしたいと思います。
2018年7月の振り返り [2018年07月31日(Tue)]
2018年7月の振り返り

7月も本日が最終日。
ということ、この一月の振り返りをしておきたいと思います。

7月といえばやはり、平成30年7月豪雨災害が大きな出来事であり、自分自身の日々にも少なからず影響を与えました。

具体的なことを書くのは控えますが、たまたま、異動前までは災害対策も所掌していたこともあり、直接的に関与しない今の立場からの見え方と、直接関与していた立場だった当時の自分との対比がリアルにでき、さまざまなことを考え、学ばされました。

それとも関連し、これまで仕事(あるいは財団職員)としては数え切れないほど被災地に入りましたが、一人の人間としては入ったことがなかったので、いろいろ思うところもあり、休みを取って一ボランティアとして倉敷と岡山に行ってきました。

最近、毎朝ウォーキングをしていたこともあり、おっさんになったとはいえ、少しは大丈夫かなんて考えていた自分の甘さを、被災地の現場で思い知りました。。。

災害ボランティアセンターでの事前レクの中で、しつこいくらいに「熱中症にはくれぐれも注意を」「水分は一日2lが目安、足りない人は水を持っていって」「20分作業したら必ず10分の休憩を」との説明がありましたが、そのときは自分は大丈夫だろうと高をくくっていました。

。。。が、作業を始めてみたら衝撃!最初の20分ですでにふらふら。休憩でどんなに水を飲んでも水分が補給された感じがしない。とめどなく流れる汗。3ラウンド目にはとうとう、汗が出なくなり、手がしびれるという典型的な熱中症一歩手前の症状まで出てしまいました。(お昼を食べたらなんとかおさまりました)

そんな自分のへろへろな状態の中、実際にできた作業といえば、あるお宅の外回りの家財、漂流物などの運び出しまで。最初に希望を言われた2階の家財の運び下ろしまでは至りませんでした。

一人のボランティアが一回にできることの少なさを痛感しましたが、一方で、道路に集積されている既に運び出された家財等の量をみると、一人ひとりの力は小さくても、積み重ねられることで大きな力になることも、骨身にしみて感じることができました。

さて、話は変わって仕事のこと。

この一月ほど、自分の中でお題としていつも考えているのが、

・日本財団を一般の人にも知ってもらうにはどうしたらいいのだろう?
・日本財団を知ってもらうことが本当に必要なのだろうか?
・日本財団を知ってもらうとどんな社会的インパクトがうまれるのだろう?

ということです。

まだまだ答えは出ませんが、夏休みの宿題的に、暑さにまえけずに考えつづけたいと思います。

西日本豪雨災害(平成30年7月豪雨)に関する緊急記者発表 [2018年07月10日(Tue)]
昨日、西日本豪雨災害(平成30年7月豪雨)に関する緊急記者発表を行いました。

この内容を私なりにまとめてみました。
(本記事の内容には荻上個人の解釈や意見も含まれておりますこと、あらかじめご了承ください)

◆日本財団からの発表について
1.支援にあたっての財団の方針(テーマ)
@とにかく迅速に動く。
A災害関連死を防ぐ。
Bボランティアの力を集結(最低でものべ50万人以上のボランティア)。

2.災害関連死を防ぐ
@継続的な調査による状況やニーズの把握。
Aトイレ(衛生と使いやすさ配慮型)の配備支援(1000個を配備(450個は既に配送手配済み))。
B医療・福祉の専門家による活動の支援。
C血栓予防靴下等の支給支援。

3.ボランティアの力を集結
@災害支援の専門性を有する団体への活動支援(活動内容な規模に応じ、50〜300万円の活動資金を支援(公募は行わない))。
A社会福祉協議会等によるボランティアセンターの立ち上げと運営の支援。
B重機や医療等の専門的な活動へのサポート(重機関連企業との連携により必要機材を調達)。
C学生ボランティアの活動支援。

◆政府への要請
1.自治体へのサポート
@被災経験が乏しい今回の被災自治体に対し、これまでの被災経験自治体からの職員派遣等のサポートを促進する環境整備。

2.ボランティアへのサポート
@支援活動のために被災地に向かうボランティアに対し、高速道路の通行料免除等による活動環境の整備。

◆質疑応答
Q.ボランティア50万人は日本財団として動員するのか?
A.いいえ。日本財団に限らず、出動するボランティアの総量として。

Q.物的な支援については、説明のあったトイレとダンボールベッドのみか?
A.第一弾としてはこの2つ。災害関連死の予防に関連するもの。

Q.トイレは被災13県すべてに配布するのか?
A.その予定。ただし、避難所毎に状況は異なるので、一律で配布するということではない。

Q.ダンボールベッドも配布するのか?
A.いいえ。自治体で備蓄しているものがあるので、まずは備蓄品の活用サポートから。

Q.配備するトイレは1000個で足りるのか?
A.各地の避難所の状況やニーズを見ながら配備し、もし足りなければ追加を検討する。

Q.トイレは車椅子にも対応しているのか?
A.はい。介助は必要だが、車椅子での使用も対応。

Q.政府への要請はもう行ったのか?
A.まだ。これから文書にて行う。

◆第一弾支援策の詳細はこちら
https://www.nippon-foundation.or.jp/news/pr/2018/31.html

以上
異動から一月の振り返り(2018年6月末) [2018年06月29日(Fri)]
6月もウィークデーベースでは本日がラスト。

6月の人事でコミュニケーション部に異動になってから早一月が経ちました。

せっかくなので、この機会に少し振り返りを。

まず、職場での様相はまったく変わりました。以前は、ほぼ終日会議もしくは来客予定がびっしりと入っていましたが、今は、ほぼ予定なし。カレンダーだけみると空きまくりです(笑)

あっ、でも、別に仕事をしていないわけではないんですよ。言い訳ではなくこれほんとに。

部署が変わり業務内容が変わったことはもちろんですが、部署のメンバー構成も変わり、特に、チームリーダー(課長)が2名いてくれるようになったことが大きく影響しています。

これまでは、管理職が自分ひとりで、しかもプレイングマネージャーとして現場も飛び回っていたので、そりゃまぁ、やっぱり日々バタバタとしてしまっておりました。(いまさらですがみなさんにお詫びを・・・)

新部署では、せっかく2名のチームリーダーもいてくれますので、ついつい現場に立ちたいと思ってしまう自分を律し、できるだけチームの監督として、全体を俯瞰すること、あえて別の視線や視野に片足をつっこんでおくことで視野狭窄にならないようにすること。そして、チームメンバーの状況を把握すること、心穏やかな空気を醸成することに専念しています。

その上で、この部のミッションはなにか?ミッションに基づいて実現すべきビジョンはなにか?今期の取り組みが、ちゃんとミッションやビジョンとリンクしているか?

日々の業務に埋没し、与えられたことをこなすのではなく、なぜやるのか?なにが大切なのか?なにをすべきか?すべきでないか?をメンバーみんながちゃんと考えて行動できているか?

さらには、財団のコーポレートコミュニケーションを担う立場として、他の部署とも共通理解や共有価値をつくっていくためにはなにが必要か?それを実現するにはどうしたらよいか?

加えて、ついつい財団目線で考えてしまいますが、財団目線だけではなく、世の中目線に立つとどう見えるのか?そもそも見えるのか?世の中とのコミュニケーションができているのか?も忘れずに。

これらを自分自身、チームメンバー、財団職員に問い続け、そして行動し続ける原動力となるのが自分の役割だと思うようになりました。

一月が経ち、ようやく、新しい生活リズムにも慣れてきましたので、いよいよ夏本番がやってきますが、ビールもがんがん飲みながらがんばりたいとおもいます。

2018年6月末
自身の振り返りとして
「日本財団ソーシャルイノベーションファンド」構想を発表〜助成に加えて融資で社会を変える〜 [2012年10月01日(Mon)]
2012年9月28日に日本財団定例記者発表会が行われました。

この記者発表会のメインは「50周年を迎えた日本財団の新しいブランディングの発表」でした。

こちらが、今回発表された新しいロゴマークです。
NF_logo.jpg

さて、この記者発表会で発表されたネタの中に、

日本財団ソーシャルイノベーションファンド

というのがありました。

<日本財団ソーシャルイノベーションファンドとは!?>
一言でいえば、これまで50年間助成という手法を中心に取り組んできた日本財団が、融資という手法にも取り組みます。

そして、自分たち自身が融資に取り組むというよりは、地域の金融機関が貸しやすく、NPOや社会起業家、地場企業等の地域課題の解決に取り組む主体のみなさんが借りやすい、そのような融資の仕組みを提供するということに主眼があります。

このプロジェクトに関わっているプロジェクトメンバーの立場から一言追加するとすれば、この構想のパートナーには、いわゆる金融機関だけでなく、市民ファンドやNPOバンク等も視野に入っております。

詳細については、こちらの当日発表資料をご参照ください。

日本財団ソーシャルイノベーションファンド_記者会見_説明用スキーム図_20120928.pdf
御前崎でのシーバード贈呈式&渚の交番会議&御前崎スマイルプロジェクト設立総会 [2012年07月20日(Fri)]
2012年7月14日(土)に、静岡県御前崎市で、シーバードの水上バイク贈呈式、御前崎渚の交番会議、一般社団法人御前崎スマイルプロジェクトの設立総会が開催されました。

<贈呈式の先立ちマリンパーク御前崎の海開きセレモニーが開催されました>
写真 (3).JPG

御前崎では、地域と海のつながりをつくり、編み直す「渚の交番プロジェクト」を推進すべく、2008年度より中核となる拠点の整備実現に向けて、日本プロウィンドサーファー協会(以下、JPWA)や御前崎市観光協会等と連携して事業に取り組んできました。

2012年度からは、この渚の交番に加えて、「シーバードプロジェクト」もスタートしました。このシーバードプロジェクトとは、水上バイクを軸として、地域と海のつながりや海の関係者同士のつながりを広げることで、縦割りの壁を超えて、多様な関係者が分野横断的に関わり、次世代に海を引き継ぐために、海の課題の解決を目指すプロジェクトです。

<贈呈式では水上バイクを使ったマリンレジャーの活動も紹介>
写真 (6).JPG

2010年度には沿岸地域の安全パトロールのための青パト、2011年度には海水浴場等のビーチの清掃を行うためのホイールローダー、そして2012年度は渚や海上の安全パトロールやレスキューさらには子どもたちへの親水、海洋教育機会を提供するための水上バイクを、日本財団の助成事業により配備してきました。

青パト、ホイールローダー、水上バイクとそろうことで、地域と海のつながりにおいては欠かせない安全、安心を、陸上〜ビーチ〜海上と、陸から海まで横断的に取り組むことが可能となりました。

さらに、今回の贈呈式にあわせて菊川警察署からJPWAに対し、青パトによるパトロール活動への委嘱状が手渡され、公式に公的機関と連携した取り組みへと発展しました。

<菊川警察署からの青パト委嘱状を受け取るJPWAの石原理事長>
写真 (4).JPG

贈呈式には、石原茂雄御前崎市長をはじめとする市の関係者、安全に携わる警察、消防、海保という公的機関がそろい踏み。いよいよ、JPWAを中心とする民間の活動と公的機関の連携が、警察、消防、海保という分野を超え、さらには陸〜ビーチ〜海上という地理的壁も超えて取り組まれる体制が整いました。

<シーバードの贈呈式では水上バイクを前に記念撮影>
写真 (7).JPG

同日の午後に開催された渚の交番会議では、市、市議、観光協会、警察、海保、商工会、漁協等の多様な地元関係者が出席したことに加え、全国初となる宮崎の青島で渚の交番の運営をされている宮崎ライフセービングクラブの藤田さん、シーバードプロジェクトの幹事団体であるウォーターリスクマネジメント協会の今西さん、パーソナルウォータークラフト安全協会の小林さんも出席され、活発な意見交換が行われました。

<渚の交番会議の模様>
写真 (3) のコピー.JPG

さらに、同日の夕方からは、今後、御前崎の渚の交番の運営主体となる一般社団法人御前崎スマイルプロジェクトの設立総会が開催されました。この総会には、顧問である御前崎市長や市議議長をはじめ、観光協会、商工会、漁協等、渚の交番の推進において中心的な役割を果たす地元の関係者が多数出席されました。

<御前崎スマイルプロジェクトの設立総会で記念撮影>
写真 (5).JPG

JPWAの理事長でもあり、御前崎スマイルプロジェクトの理事長にもなる石原智央さんが設立宣言(とってもただたどしかったですが(笑)、とっても思いのこもった熱いメッセージでした)をされました。私自身も御前崎のプロジェクトに関わって約3年。一時は断念もやむを得ないかと思いましたが、ここまでの体制が整い、話が進んできたことがとても感慨深いものがありました。

さぁ、御前崎もいよいよこれからです!!
2012年度日本財団助成事業マップ(海洋グループ編)を公開 [2012年06月19日(Tue)]
以前に作成して公開した2009年度の日本財団助成事業マップの2012年度事業版を作成しましたので公開します。

2012年度日本財団助成事業マップ(海洋グループ編>


より大きな地図で 2012年度助成事業の実績マップ を表示

このマップは、googleマップの機能を利用し、日本財団の助成先を地図にマッピングしてみたというものです。

私自身にとっても、出張時にはどんな助成先があるのかすぐに分かりますし、だったらこの団体とあの団体をくっつけて新しい事業を考えようとか、色々考える材料に役立ちます。

みなさんにとっても、いろんな形でお役に立てればと思い、このマップを作成した次第です。
第1回シーバード全国大会が開催されました(2012年6月16(土)・17(日)@佐賀県伊万里) [2012年06月18日(Mon)]
2012年6月16(土)・17(日)の2日間にわたり、第1回シーバード全国大会が佐賀県伊万里市で開催されました。

■シーバードとは?
水上バイクのユーザーが中心となり、海・川・湖などを舞台に、環境活動、地域交流、マナー啓発、安全パトロール、レスキュー活動などに取り組みます。

■シーバードプロジェクトとは?
シーバードの活動を全国へと広げ、水上バイクを軸として、地域と海のつながりや海の関係者同士のつながりを広げることで、縦割りの壁を超えて、多様な関係者が分野横断的に関わり、次世代に海を引き継ぐために、海の課題の解決を目指すプロジェクトです。
NPO法人日本青バイ隊、NPO法人ウォーターリスクマネジメント協会、NPO法人パーソナルウォータークラフト安全協会、公益財団法人日本財団の4団体が幹事団体となり、全国8地域(神奈川県藤沢、静岡県御前崎、同三保、大阪府淀川、島根県浜田、高知県芸西、佐賀県伊万里、同有明)(2012年6月現在)で地域のシーバードが発足し、プロジェクトを推進しています。

■第1回シーバード全国大会
2010年度よりプロジェクト幹事団体による検討が始まり、2011年度からは各地域にシーバードが発足し始めました。2012年度に8地域にまで広がることを受け、記念式典として第1回シーバード全国大会を開催することとなりました。
大会は2日間にわたり、1日目は記念式典、2日目はパレードとデモンストレーションが行われました。

○1日目の記念式典の模様
写真 (10).JPG

○ハワイからプロライフガードのトップトレーナーであるケニー・ラス氏も来日
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○パレードに先立ち8地域のシーバードによる記念撮影
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○こちらがシーバード仕様の水上バイクです
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○12台の水上バイクが隊列を組んで航行しました
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○水上バイク12台によるレスキューデモンストレーションも行われました
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■記念式典でのあいさつ文
<第1回シーバード全国大会記念式典あいさつ>
 ご多忙にも関わらずご臨席を賜り、先ほどご挨拶をいただきました、伊万里湾小型船安全協会の松園さま、衆議院議員の大串様、伊万里市長の塚部様、佐賀県議会議員の竹内さま、さらにははるばるハワイから来日いただいた、ハワイのトップライフガードトレーナーであるケニー・ラス様、をはじめとするご来賓のみなさま、ご後援をいただきました国土交通省九州運輸局さまをはじめ、このシーバードプロジェクトに関心をもち、支えてくださった各関係機関のみなさまに対し、この場をお借りしまして心より御礼申し上げます。
 また、本日ここに、第1回シーバード全国大会が執り行われますことを、心よりお慶び申し上げますとともに、この全国大会の実施にあたり、受け入れ役を引き受けてくださり、大会の実現にご尽力をいただいた日本青バイ隊のみなさま、そして地元伊万里のみなさま、さらには、各地で実践活動に取り組みそしてまた本日ここにご参集いただきました各地のシーバードのみなさまに、心より感謝申し上げます。
 僭越ではございますが、シーバードプロジェクトを代表いたしまして、日本財団よりご挨拶申し上げますが、せっかくの機会でございますので、このプロジェクトの経緯なども含めてお話させていただきます。
 さて、このシーバードプロジェクトでございますが、元々は、ここ伊万里の地で、伊万里湾小型船安全協会さまが取り組まれていましたシーバード活動がその起源となります。
 みなさまもご承知のように、水上バイクは、各地で事故やトラブルが多発したり、あるいはマナーの悪いユーザーが多いため、ともすると海の暴走族というような呼ばれ方をし、各地の海や川などで問題となるケースが多い状況がございます。そのため、水上バイクで遊べるゲレンデや水域が禁止されたりする地域もございます。
 そのような状況を憂いた伊万里湾小型船安全協会のみなさまが、水上バイクで遊べる場所は自分たちの手で守ろう、そのためにも、ユーザー自らがマナーを守ることはもちろん、マナー向上の啓発をしたり、安全パトロールを実施したり、さらには、海ゴミをひろう環境活動を行ったり、地域のみなさんとふれあう機会を積極的につくったりする取り組みをはじめられました。それが青バイ隊活動でございます。
 この取り組みと私ども日本財団が出会ったのが今から約5年前でございます。当時は、伊万里湾で行われているような、民間であるNPOが主体となった水上バイクを活用した取り組みは珍しく、取り組まれている活動を応援しようということからスタートいたしました。
 その後、日本各地の水上バイクに関わる状況を踏まえると、このような取り組みを各地に広げることが必要だろうと判断しました。そのためには、ユーザー主体の活動に加えて、水上バイクのもつ機動力の高さを活かしたレスキュー活動や、水上バイクのメーカーや販売店という業界をCSRという観点から巻き込んだ活動などを、複合的に展開していくことが必要だという結論にいたりました。
 そこで、本日ご出席いただいております、ウォーターリスクマネジメント協会さま、パーソナルウォータークラフト安全協会さま、伊万里湾小型船安全協会改め日本青バイ隊さま、そして私ども日本財団の4者が幹事となり、シーバードプロジェクトをスタートした次第でございます。
 現在では、発足の地である伊万里に加え、神奈川県の藤沢、島根県の浜田、佐賀県の有明、高知県の芸西が、地域のシーバードとして発足しております。さらには、大阪府の淀川、静岡県の御前崎と三保の3地域が本日発足し、これで全国8地域にてシーバード活動が実施されることになります。今後も少しずつ日本各地へネットワークを広げ、当面の目標としては全国15地域程度まで展開していく予定でございます。
 日本は、四方を海に囲まれており、海洋国家日本という言い方をすることが多くございます。また、2007年には海洋基本法が制定されました。この海洋基本法の一番大事な精神の一つは、縦割りの壁を超え、分野横断的に多様な関係者が連携し、海に関わる課題の解決に取り組みそして実現することです。
 しかしながら、実際には、海に関わる課題は複雑であり、関係者も複雑に関わり合うことから、残念ながら、ある意味では日本の縦割社会の象徴のような場となっているとも言えます。
 私ども日本財団は、次世代に海を引き継ぐをミッションとし、海洋基本法の精神を具現化するための様々な取り組みを行っております。このシーバードプロジェクトも、水上バイクという機動力の高い手段が、多様な関係者をつなぎ、そして縦割りの壁を超えていく切り口となること、そして、地域と海のつながりを紡いでいく一つの役割を果たすことを願い、推進しているものでございます。
 最後になりましたが、本日この場がご臨席いただきましたみなさま同士の、そしてみなさまと海のご縁を紡ぐ素晴らしい機会となるとともに、ご出席をいただきましたみなさまのご健勝とますますのご活躍を祈念いたしまして、ご挨拶とさせていただきます。
 本日は誠におめでとうざいます。そしてありがとうございます。
2012年6月16日
日本財団海洋グループ海洋安全教育チームリーダー
荻上健太郎

以上
【レポート】大船渡のイサダ漁が再開しました(イサダ漁再生支援事業) [2012年03月12日(Mon)]
2012年3月8日、薄い雲に覆われてまだ冬の寒さが残る空模様の中、大船渡魚市場(岩手県大船渡市)を訪問しました。イサダ漁の解禁日に合わせて開催された「イサダ漁再生復活式」に出席するためです。日本財団は、津波により壊滅的な被害を受けた大船渡のイサダ漁の早期再開を支援するため、大船渡水産振興会、大船渡魚市場、大船渡市等との協力のもと、イサダ漁に必要な水揚げ用のカゴ10,000個と木製パレット450個を整備する東日本大震災の復興支援事業「イサダ漁再生支援事業」(支援金額:19,320千円、支出先:大船渡水産振興会) を実施いたしました。

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<大船渡魚市場での震災後の初水揚げの様子、イサダカゴをもつ手にも力が入ります>

イサダとは、ツノナシオキアミというエビの一種で、養殖のエサや釣りの撒き餌、食用等に利用されています。三陸地方の言葉ではイサダと呼ばれています。 海流に乗って北方より日本の沖合にたどり着き、2月下旬頃より三陸沖で漁が始まるため、三陸地方では「春の訪れを告げるイサダ漁」として知られています。

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<初水揚げされたイサダ(ツノナシオキアミ)>

大船渡はこのイサダの水揚げが日本一の港で、震災前の2010年度は年間の水揚げが約9,200トンと、岩手県内の水揚げの約5割を占めていました。また、金額ベースでは約5億円の水揚げ高となり、イサダ漁に従事する漁船40隻と就労者200名、さらには冷凍・冷蔵や水産加工会社で従事する500名の雇用を支える、地域の重要な産業の一つでした。

2011年度の漁が解禁となった直後の2011年3月11日、東日本大震災が発生し、津波によってイサダ漁に必要不可欠な水揚げ用のカゴと木製パレットが流失してしまいました。他の地域ではこのカゴと木製パレットは魚市場の所有物であったため、国の支援策の対象となりましたが、大船渡の場合は、漁業者の所有物であったため、所有者ではない魚市場は支援の対象とならず、また、漁業者の所有物としても消耗品扱いのために対象外となってしまいました。

2011年12月19日、一本の電話が日本財団に入りました。その電話は大船渡魚市場株式会社の佐藤常務からで、「イサダ漁を再開したいのだが、水揚げに必要なカゴと木製パレットが国の支援対象外となってしまった。このままでは3月の解禁に間に合わず困っている」というものでした。

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<本事業で整備されたイサダ漁の水揚げ用のカゴと木製パレット>

日本財団の東日本大震災に関する海洋関連の復興支援事業は、@震災直後の海の仲間を守る緊急支援の段階から、A地域産業としての海の生業・稼ぎを再生する段階、そしてB海とともに暮らしてきた生活文化の再生の段階まで、被災地の状況が時間の経過とともに変化する中で、被災者のニーズを把握し、そのニーズに迅速に応えることで復興に向けて前に進む希望の灯りをともすことを最優先方針としてきました。

そして、支援事業を組み立てる際には、@迅速かつタイムリーに実施する、A国や自治体の支援策が及ばない隙間をうめる、B自らも事業主体の一員となり様々な機関と連携して取り組む、以上のことを意識して取り組んできました。

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<大船渡魚市場での震災後の初水揚げの様子>

今回の佐藤常務からのご相談を受け、さっそく内部で検討を行った結果、国の支援策の対象外となって困っているのであれば、必要な時期に間に合うように早急に支援をしよう、という結論になりました。そこで、2011年12月22日に大船渡を訪問し、大船渡魚市場株式会社、大船渡市農林水産部水産課と打ち合わせを行い、日本財団として支援をする意思を決定したことをお伝えした上で、支援内容の概要を固めました。その後、現地では事業の準備を進めていただきながら、事務手続き的には2012年2月7日の理事会を経て正式決定となり、そして2011年3月5日の解禁日および2011年3月8日の初水揚げおよびイサダ漁再生復活式を迎える運びとなりました。

イサダ漁再生復活式では、悪天候のために解禁日から3日間も待機を余儀なくされた一番船が満を持して入港し、震災後初となる水揚げが行われるのに合わせて、目録の贈呈や感謝状の返答等が行われました。大船渡水産振興会の菅野会長からは、「イサダ漁を無事に再開できたことは大船渡にとって大きな励みになる。これもすべては日本財団の迅速な支援があったからこそと感謝している。水産漁業の再生・復興はまだまだこれからだが、今日を一つのきっかけに一歩ずつ前へ進んでいきたい」というお話がありました。また、大船渡市長の戸田氏からの祝辞では、「行政では手の届きにくい部分を、柔軟かつ迅速に日本財団よりご支援いただいたことに感謝している。イサダ漁は当市の主要魚種であることから、春を告げるイサダ漁の盛漁が、復興元年である今年の魚市場の水揚げに大きく貢献することを期待している」というお話がありました。

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<イサダ漁再生復活式で日本財団より大船渡水産振興会へ目録を贈呈>

式の終了後に、一番船として水揚げをされた岩崎稲荷丸の方のお話では、「初水揚げとしては上々の漁獲。イサダ漁の再開ができたことが、これからの大船渡の水産漁業の復興に向けた一歩になる。まだまだ厳しい状況だけど、ようやく春がやってきたなという気持ちに少しなれた」とのことでした。

また、今回の支援事業のきっかけとなった佐藤常務からは、「藁をもつかむ思いで日本財団に電話したが、まさか本当に支援してもらえることになるとは思わなかった。しかも、それまでは何か月も話が進まず困っていたのに、1週間もかからずにここまで話が進むとはいまだに信じられない」というお話をいただき、私たちとしても、被災者のニーズに迅速に応える、今まさに困っていること、壁となっていることを解決するという支援方針の真髄を発揮でき、うれしく思います。

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<大船渡水産振興会と大船渡市より感謝状をいただきました>

震災後の初水揚げは、35隻の船が入港し、計249tの水揚げ量となりました。初セリでは1kgあたり43円から27円の値がつきました。魚市場関係者のお話では、この値は震災前と比較すると低めで、値としてはもう一つだが、みんなまだ様子見なところがあるので、今後は少しずつ活発な動きになってくるだろう、とのことでした。

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<震災後の初セリで市場にも活気が戻ってきました>

イサダ漁の再生復活が、大船渡に春をもたらすきっかけとなり、そして大船渡はもちろんのこと、東北地方の水産業の再生復興に向けた一つの契機となることを祈念しています。

■参考
岩手放送のニュース:http://news.ibc.co.jp/item_16679.html

以上
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