【レポート】大船渡のイサダ漁が再開しました(イサダ漁再生支援事業) [2012年03月12日(Mon)]
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2012年3月8日、薄い雲に覆われてまだ冬の寒さが残る空模様の中、大船渡魚市場(岩手県大船渡市)を訪問しました。イサダ漁の解禁日に合わせて開催された「イサダ漁再生復活式」に出席するためです。日本財団は、津波により壊滅的な被害を受けた大船渡のイサダ漁の早期再開を支援するため、大船渡水産振興会、大船渡魚市場、大船渡市等との協力のもと、イサダ漁に必要な水揚げ用のカゴ10,000個と木製パレット450個を整備する東日本大震災の復興支援事業「イサダ漁再生支援事業」(支援金額:19,320千円、支出先:大船渡水産振興会) を実施いたしました。
<大船渡魚市場での震災後の初水揚げの様子、イサダカゴをもつ手にも力が入ります> イサダとは、ツノナシオキアミというエビの一種で、養殖のエサや釣りの撒き餌、食用等に利用されています。三陸地方の言葉ではイサダと呼ばれています。 海流に乗って北方より日本の沖合にたどり着き、2月下旬頃より三陸沖で漁が始まるため、三陸地方では「春の訪れを告げるイサダ漁」として知られています。 <初水揚げされたイサダ(ツノナシオキアミ)> 大船渡はこのイサダの水揚げが日本一の港で、震災前の2010年度は年間の水揚げが約9,200トンと、岩手県内の水揚げの約5割を占めていました。また、金額ベースでは約5億円の水揚げ高となり、イサダ漁に従事する漁船40隻と就労者200名、さらには冷凍・冷蔵や水産加工会社で従事する500名の雇用を支える、地域の重要な産業の一つでした。 2011年度の漁が解禁となった直後の2011年3月11日、東日本大震災が発生し、津波によってイサダ漁に必要不可欠な水揚げ用のカゴと木製パレットが流失してしまいました。他の地域ではこのカゴと木製パレットは魚市場の所有物であったため、国の支援策の対象となりましたが、大船渡の場合は、漁業者の所有物であったため、所有者ではない魚市場は支援の対象とならず、また、漁業者の所有物としても消耗品扱いのために対象外となってしまいました。 2011年12月19日、一本の電話が日本財団に入りました。その電話は大船渡魚市場株式会社の佐藤常務からで、「イサダ漁を再開したいのだが、水揚げに必要なカゴと木製パレットが国の支援対象外となってしまった。このままでは3月の解禁に間に合わず困っている」というものでした。 <本事業で整備されたイサダ漁の水揚げ用のカゴと木製パレット> 日本財団の東日本大震災に関する海洋関連の復興支援事業は、@震災直後の海の仲間を守る緊急支援の段階から、A地域産業としての海の生業・稼ぎを再生する段階、そしてB海とともに暮らしてきた生活文化の再生の段階まで、被災地の状況が時間の経過とともに変化する中で、被災者のニーズを把握し、そのニーズに迅速に応えることで復興に向けて前に進む希望の灯りをともすことを最優先方針としてきました。 そして、支援事業を組み立てる際には、@迅速かつタイムリーに実施する、A国や自治体の支援策が及ばない隙間をうめる、B自らも事業主体の一員となり様々な機関と連携して取り組む、以上のことを意識して取り組んできました。 <大船渡魚市場での震災後の初水揚げの様子> 今回の佐藤常務からのご相談を受け、さっそく内部で検討を行った結果、国の支援策の対象外となって困っているのであれば、必要な時期に間に合うように早急に支援をしよう、という結論になりました。そこで、2011年12月22日に大船渡を訪問し、大船渡魚市場株式会社、大船渡市農林水産部水産課と打ち合わせを行い、日本財団として支援をする意思を決定したことをお伝えした上で、支援内容の概要を固めました。その後、現地では事業の準備を進めていただきながら、事務手続き的には2012年2月7日の理事会を経て正式決定となり、そして2011年3月5日の解禁日および2011年3月8日の初水揚げおよびイサダ漁再生復活式を迎える運びとなりました。 イサダ漁再生復活式では、悪天候のために解禁日から3日間も待機を余儀なくされた一番船が満を持して入港し、震災後初となる水揚げが行われるのに合わせて、目録の贈呈や感謝状の返答等が行われました。大船渡水産振興会の菅野会長からは、「イサダ漁を無事に再開できたことは大船渡にとって大きな励みになる。これもすべては日本財団の迅速な支援があったからこそと感謝している。水産漁業の再生・復興はまだまだこれからだが、今日を一つのきっかけに一歩ずつ前へ進んでいきたい」というお話がありました。また、大船渡市長の戸田氏からの祝辞では、「行政では手の届きにくい部分を、柔軟かつ迅速に日本財団よりご支援いただいたことに感謝している。イサダ漁は当市の主要魚種であることから、春を告げるイサダ漁の盛漁が、復興元年である今年の魚市場の水揚げに大きく貢献することを期待している」というお話がありました。 <イサダ漁再生復活式で日本財団より大船渡水産振興会へ目録を贈呈> 式の終了後に、一番船として水揚げをされた岩崎稲荷丸の方のお話では、「初水揚げとしては上々の漁獲。イサダ漁の再開ができたことが、これからの大船渡の水産漁業の復興に向けた一歩になる。まだまだ厳しい状況だけど、ようやく春がやってきたなという気持ちに少しなれた」とのことでした。 また、今回の支援事業のきっかけとなった佐藤常務からは、「藁をもつかむ思いで日本財団に電話したが、まさか本当に支援してもらえることになるとは思わなかった。しかも、それまでは何か月も話が進まず困っていたのに、1週間もかからずにここまで話が進むとはいまだに信じられない」というお話をいただき、私たちとしても、被災者のニーズに迅速に応える、今まさに困っていること、壁となっていることを解決するという支援方針の真髄を発揮でき、うれしく思います。 <大船渡水産振興会と大船渡市より感謝状をいただきました> 震災後の初水揚げは、35隻の船が入港し、計249tの水揚げ量となりました。初セリでは1kgあたり43円から27円の値がつきました。魚市場関係者のお話では、この値は震災前と比較すると低めで、値としてはもう一つだが、みんなまだ様子見なところがあるので、今後は少しずつ活発な動きになってくるだろう、とのことでした。 <震災後の初セリで市場にも活気が戻ってきました> イサダ漁の再生復活が、大船渡に春をもたらすきっかけとなり、そして大船渡はもちろんのこと、東北地方の水産業の再生復興に向けた一つの契機となることを祈念しています。 ■参考 岩手放送のニュース:http://news.ibc.co.jp/item_16679.html 以上 |




















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