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中国の若者が綴る“感知日本 ”―「作文コンクール」第1回優秀賞作品― [2011年06月23日(Thu)]
中国の若者が綴る“感知日本 ”

―「作文コンクール」第1回優秀賞作品―



 日本科学協会と中国青年報社は、中国の若者の対日理解の深化と対日関心の喚起を主な目的として、2008年度から「笹川杯作文コンクール−感知日本−」(中国語版)を開催しています。

 2011年度は2つのテーマ−“日本の大地震”、“日本への主張”−を設定し、4月20日から中国全土に向けて作品募集を行っています。募集開始から2カ月余り、中国の各地域、各年齢層の様々な背景を持った多くの若者からたくさんの“感知日本“が寄せられ、6月20日現在、応募総数は400点を超えています。このうち5月31日までに届いた321点の作品を対象に厳正な審査を行い、6月分(第1回)優秀賞3点を決定しました。

 7月分(第2回)から11月分(第6回)についても、毎月3点の優秀賞を選定し、12月には優秀賞全18点の中から一等賞6点を選定します。

 今回は、6月分の優秀賞の中から東日本大地震をテーマにした「災難与生命平衡的等式」(和訳)を紹介します。 大災害から再起する日本人の強靭さを独自の視点で分析した興味深い作品ですので、ご一読ください。


※中国語の原文は、6月13日の「中国青年報」webサイトでご覧になれます。

※残りの優秀賞2点についても、後日このサイトで紹介します。





(「中国青年報」紙 2011.6.13)




「災害と命のバランス方程式」


広東省 楊立志


 海水が音を立てて迫ってきた時、ビルが轟音とともに倒壊した時、生命が一瞬にして失われた時…人々は心の奥底でどう感じたのだろうか?パニック?無力感?救いのなさ?茫然?私には被災の経験がないので、自分がその場にいたら、どうなっていたのか想像もつかない。

 ただ、テレビで見たり、新聞やネットで記事を読んだりはした。東日本大震災の発生時、震源地域や津波が猛威を振るった沿海地域以外では、住民達が通りへ出ていたが、歩道に静かに立っていて、警報解除後の路上にはごみ一つ落ちていなかった。飛行機が地震により遅れても、搭乗待ちの日本人達は騒ぎ立てることも怯えることもなく、静かに本を読んでいた。停電になっても、人々は不平を言わず、当局の指示に従い、自主的に節電を行った。スーパーで「卵、お一人様1パック限り」と掲示があれば、2パックを手に取る日本人はいなかった。一部の生活必需品が品薄になったこともあったが、商店は良心的で、値段をつり上げないばかりか、値引きするところさえあった。メディアは携帯電話会社と協力し、携帯電話に無償で震災関連情報を提供した。震災後、被災地域の公衆電話は無料化された。一般国民のこうした振る舞いは、日本人のある秘密を示すものである。その秘密は、「泰山前に崩るるとも色変せず」という中国の古い諺で表すことができる。

 これほどまでの強さ、しなやかさ。きっと、これほど強靭性のある日本なら、再び大きな災難があっても、きっとまた乗り越えることができるだろう。再び大きな傷を受けても、きっと癒せるはずである。
どうして日本はこれほど強くしなやかなのだろう?

 友達とその話題について話していたら、「日本には地震が多く、日本人が地震に慣れているからではないか。」という意見があった。日本は島国のため、日本人は昔からある種の危機意識を持っていて、有り余る程の困難が彼らの強靭さに磨きをかけたのではないかということである。「世界で唯一、原爆攻撃を受けた日本人は、他の災難など軽いものだと思えるようになったのではないか。」という者もいた。こうした考察のどれも一理あるように思うが、どれが最も問題の本質を突いているのかは分からない。

 日本を訪れた時、阪神・淡路大震災記念館を見学したことがある。自分が見聞きしたことから、自分の考えを述べてみたい。
同館では、わずか7分間程のものであるが、見る者を呆然とさせるショートフィルムを目にすることができた。それは、1995年1月17日、世界を驚かせたあの阪神淡路大震災の記録映画で、多くのシーンが被災地で撮影されたものである。同館には、「人と防災未来センター」というもう1つの名前がつけられている。そこには地震の遺留品や資料が数多く収蔵されているだけでなく、当時の災害の惨状や救援を伝える写真も大量に展示されているが、それにも増して多いのは、あの地震を反省するものである。

 なぜ、建築物は揺れに耐えられなかったのか?急速な発展の中で、自分たちの街は何を失ったのか?防災や地震対策は、如何にすべきか?「災害後に最も重要なことは、“次の災害が発生した際、同じ過ちを繰り返さないようにすること」、こうした理念に基づき、日本では数多くの取り組みが始まった。建物の耐震設計が強化されただけでなく、より多くの力が国民教育に注がれた。子供の頃からの地震の安全教育を開始した。如何に生き延び、自らを助け、自己責任で自立するか。この“自己責任”意識こそ、子供達をルールの制約のもとにいち早く馴染ませ、自他の便宜を最大化する社会秩序を自主的に受け入れることを促すものである。小学校での教育は心に刻まれ、長じれば血肉となり、習慣となるのだ。

 人類にとって、大自然がもたらす災害は不可避であり、逃げ切れないものである。従って、否応なく私達はしっかり災害に向き合わなければならないのだ。災害による痛みは個々人のものではなく、集団としての痛みであり、共同して向き合うべきものなのである。災害が起きても、生きていくためには、人が亡くなっても、生存者は前へ進まなければならないのだ。だから、強靭さが必要なのである。これは最も素朴な真理である。つまり、こうした強さとしなやかさは、災害と生命とのバランスを築く方程式なのだ。

 災害に向き合い、直視して、軽減し、薄め、やり過ごし、再考する…。1995年の阪神大震災から今の東日本大震災に至るまで、日本人はこうした強さとしなやかさで、私達と世界に、災害と生命とのバランスを築く方程式を説いて見せた。
だから、この方程式を解ける日本ならば、災難をいち早く脱することができて、再建し復興して新たに飛躍できるはずだと信じられる理由は充分だ。




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