中国の若者が綴る“感知日本”―日本語の「作文コンクール」優勝作品―
日本科学協会、中国青年報、人民中国雑誌社が共催する「笹川杯作文コンクール」では、共通テーマ“感知日本”のもとに中国語によるものと日本語によるものの2つの独立した作文コンクールを開催しています。
中国語での「作文コンクール」については、このブログでも紹介したとおり既に全18点の優秀賞が決定し、あとは最終審査を経て一等賞6点の決定を待つばかりです。
日本語での「作文コンクール」については、「人民中国」誌・同webサイトを通じて今年の4月から募集を開始し、10月31日で募集を終了しました。この間、中国全土の日本語学習(習得)者から、自分なりの日本語で綴られた多彩な“感知日本”が寄せられ、最終的な応募作品は1,698点(2008年度:271点)に達しました。
これらの作品を対象に厳正な審査を行った結果、この度、優勝から優秀賞まで18点の入賞作品が決定しました。(→
審査基準・審査方法)
今回は、優勝に輝いた三江学院の黄満龍さんと江南大学の程天然さんの作品を紹介しますが、その他の入賞作品も順次掲載しますので、中国の若者の日本観を通して、自分の国や相手の国のことを考えていただければ幸いです。
なお、優勝者2名については、副賞として来年1月下旬、日本に招聘します。
※日本語の原文を尊重し、作品には訂正・加筆など一切手を加えておりません。
※日本語での「作文コンクール」のサブテーマは、「生活の中の日本のエレメント」、「生活の中の日本の科学技術」です。
※作品の後には、それぞれ審査委員の講評と作者の創作の着想を添えました。
※全ての入賞作品が「
人民中国」webサイトでご覧いただけます。
★日本語の「笹川杯作文コンクール2009−感知日本」審査結果
★優勝作品
「人と人のつながり」
三江学院 日本語系3年 黄満龍
私が子供だった頃、両親の仕事の関係でずっと日本に住んでいた。其の頃の両親は何時も仕事で忙しく、子供だった私達の面倒を見る時間なんかは殆どなかった。
私には姉が一人いる。だから経済的にそれほど豊かではなかった。両親は私達が安心して学校に行けるようにと、朝も晩も働いていたので、普段家には私と姉しかいなかった。だから洗濯、掃除、ご飯の支度とかは全部私達子どもでやらなければならなかった。その時の私はまだ小学一年生、姉も三年生だった。
私と姉は小さい時から怖がりやで、夜と暗い所が一番嫌いだった。いつも夜になると二人で手を繋いで父母の帰りを待った。幼い私がいつも泣くので、姉は私が泣かないようによく物語を読んでくれた。でも私は物語が全く頭の中に入ってこなかった。それは、私の手を握っていた姉の手が振るえていたからだ。実は、姉は私よりも夜を恐がった。でも姉として自分の弱所を弟の私には見せたくなかったのだ。私と姉は何時もこうやって翌朝を迎えてきた。今思い出すと、その時は本当に辛い思いをした。何度涙を流したか数え切れないほどだ。
私と姉は学校が大好きだった。学校に行けば寂しい思いをしなくてすむと分かっていたからかもしれない。私は学校で友達と遊ぶのが好きだった、その頃の私は日本語があまり喋べれなくて、自分の考えや思いを相手に伝えるのに苦労していた、でも日本の友達はそんな私を仲間外れにしないで、物を指差して日本語でどう言うかを丁寧に教えながら遊んでくれた。彼らと遊んでいると時間の流れも寂しい思いも全部忘れてしまったような気がする。姉もきっとそうに違いない。
私には聞きたくない音があった、それは一日の授業が終わるチャイムだ。そのチャイムの音は本当に大嫌いだった。今でもそのチャイムの音を思い出すと、辛かった昔が思い出されて切ない。
学校が終わると友達と遊ぶのが小学生の日課なのに、私は行けなかった。家に帰ってから掃除、洗濯、そして八百屋で買い物をして夕ご飯の支度が待っていた。姉の帰宅を待って一緒に八百屋に行って野菜を買う。私達はいつも安い野菜ばかりを買った。特に、モヤシをよく買った気がする。高い野菜を買った記憶は余りない。いつも二人で下手な日本語を使って八百屋で安い野菜ばかり買うので、八百屋さんは私達兄弟の顔を覚え、「偉いね、いつも二人で買い物だね。おまけするよ!」と言って安くしてくれた。本当に好い人だった。それから姉はすぐ夕ご飯の支度にかかり、私は洗濯をする。しかし一つ困った事があった。それは私の身長だ。一年生の私の背は余りにも低く、洗濯物を戸外の竿へ掛けることが出来なかった。ご飯の支度で精一杯の姉の手を煩わせたくなかった。だから、いつも椅子の上に立って洗濯物を竿に掛けたいた。姉のご飯は見かけよりおいしく、三年生にしてはいい味だったと思う。
そして、また怖い夜がやって来た。私は姉といつものように両親の帰りを待っていた。突然ベルが鳴り、私と姉はお互いの顔を見つめ合い、両親が帰って来たと思った。急いでドアから覗いて見ると、隣りのおばさんだった。私は、何故こんな遅くによその家へ来るのかと思いながらドアを開けると、おばさんの手の上には手作りクッキーが一皿乗っていた。後で姉に聞くと、このクッキーはおばさんがわざわざ私達の為に作ってくれたもので、留守番が寂しくなったらいつでも遊びに来なさいと言ってくれたそうだ。それを聞いて、突然涙がぽろぽろと出て来て止まらなかった。姉も私の泣いている顔を見て、泣き出してしっまた。私は初めて姉の泣き顔を見た。日本に来て初めてこんなに優しくされたのだから、嬉しくて、泣かないで済むはずがなかった。
その数年後、また両親の仕事の関係で中国に帰ることになった。
子供は記憶はとても良いとよく言われるが、忘れるのも早かった。
帰国した時、長い間中国語から遠ざかっていた私は、中国語を忘れてしまっていた。でも、中国の学校でも、また色々と友達が出来て、みんな、日本の友達と同じように励ましてくれた。その時も本当に嬉しかった。
現在、私は大学生活を楽しんでいるが、「あの時かけてもらった一言」があって、今の私が居るのだと痛感している。そして、あの時の一言に応えるためにも、しっかりと日本語をマスターして、日中友好の為に力を尽くしたいと思う。
私は今までの経験から、人と人というものはお互いに助け合い励まし合うもので、この共存という環を離れて一人では生きていけないということを知った。そして確信した。人間は、一番辛い時、悲しい時の一声の声掛けで、心から喜び、感謝して、その人を一生忘れないという生き物だと。
<講評>
日本で暮らしていたころの思い出が感動的に描かれている。文章は平易で、筆の運びは滑らかだ。何気ない優しさの大切さが、筆者の体験を通じて伝わってくる。
<創作の着想>(抜粋)
この作文は人と人のつながりを描いた物で、ものすごく小さな出来事でも人と人により深い印象を与えてくれ、そして人情と言う物を感じ取れるように書きました。人に一番欠けないのが何か、そして前へ進むには何が必要となるのか、人が必ず忘れては行けない物とは何か、それを皆様に読む時に感じ取って欲しいのです。…(中略)人は一人では生きて行けない、それは国もおなじだとおもいます、国も一人では発展するのは難しい、でも国と国が兄弟、友人の様に助け合い、理解し、励まし合えば今の世界が今よりもずっと良くなると私は信じています。
「日本のイメージ」
江南大学日本語学部4年 程天然
タクシーがひとりでにドアが開いたり閉まったりする。そして、降りるとき、車外に降り立って、ドアはそのままにして放っておけばいいのは日本しかないと言われている。
コインを入れれば商品が出てくる自動販売機は、アメリカで発明されたものだそうだ。しかし、それを、冷たいジュースから、熱いコーヒーまで、日本酒からてんぷらまで出てくるようにしたのは、ただ、日本だけである。
乗車券の自動販売機は、先進国にもある。だが、さまざまな種類のコインを自由に飲み込んで、おつりまで出してくれる機械は、日本独特であると言われている。
とにかく、日本はこんな高度な科学技術を持つ国である。これは、私が一衣帯水の隣国、日本に関して,一番最初に感じ、そして最も強烈に残っている印象である。
私は、大学で教科書を学ぶ以外の知識を、文学から学ぶことが多い。たとえば、東山魁夷という画家の「一枚の葉」という話がある。「人はもっと謙虚に自然を風景を見つめるべきである。それには、旅に出て大自然に接することも必要であるが、異なった風土での人々の生活を興味深く眺めるのもよいが、私たちの住んでいる近くに、たとえば、庭の一本の木、一枚の葉でも心をこめて眺めれば、根源的な生の意義を感じ取る場合があると思われる」。
日本人は特にこのような自然の変化に敏感であり、一瞬の変化に中にもまとまりを感じとる感受性の豊かさを持っている。
私は、この地球が人間だけの所有物ではないと考えている。そして、日本人は、自然の生物を大切にする。一枚の葉に限らず、自然が人間だけが住む世界ではないことを教えてくれると考えているからだ。山や川、海や空、雲、雨、雪などだけではなく、草だとか、花だとか、鳥や、獣とかいった生物たちから、強く生の意義を感じ取るのは、日本人である。自然を人間と対立するものとは考えず、自然の恩恵に感謝しながら生活し、自然と調和、共存していこうとする考え方は、日本人が古来から持ち続けている自然観である。
夕日に古い町沿いの紅葉の木が照り映え、先端的な自動販売機が並んでいる。青い空にそびえたっているモダンビルと、日本家屋の住まいが調和して、大変美しい。このように日本は、まさに科学技術と自然が共存している国である。これは、今、私が最も強く抱いているイメージである。歴史的な問題もあり、中国の発展は日本より三,四十年ほど遅れてしまった。けれども、もし、中国が経済を追い求めるだけでなく自然を大切にする心を忘れなければ、美しい国になることは、単なる理想ではないだろう。
<講評>
最先端の技術と自然を大切にする心が共存している日本。そのイメージが、ほぼ完璧な日本語で描かれている。「この地球が人間だけの所有物でない」という筆者の言葉に同感。
<創作の着想>(抜粋)
大学生活4年間の中で素晴らしい日本語の先生に出会い、また多くの日本人の友達が出来て、交流出来たことは私のたくさんの収穫になりました。
もともと私の日本に対するイメージは、科学の先進技術の素晴らしさです。それから日本という国を知り、更に美に対する感覚が生まれました。それは、日本の景色のことです。私の夢は大学卒業後に、私の大好きなカメラを持って日本の美しい景色をカメラで撮ることです。日本語の先生が私にこのコンテストを教えくれた時、私は是非、心の中のことを書きたいと思いました。
教育・研究図書有効活用プロジェクト室