母業卒業!!
[2010年01月26日(Tue)]
ありです。
先日、息子が20歳の誕生日を迎えました〓
今日は、プライベートなことを書きます。
私が22歳の時、当時私は東京郊外の保育園で”保母さん“として働いていました。
その頃の私は、なぜか原因不明の微熱と紅斑、関節痛に苦しんでいて、いくつかの病院で検査を受けたのですが、原因がわからぬまま一年が過ぎようとしていました。
ある日、職場(保育園)に大学病院から一本の電話が入りました。
大学病院の人:「今日で仕事は辞めてください。そうでなければ命の保証はできません」
私:「はぁ〜?」
心の整理もできぬまま大学病院に行くと、今まで私が聞いたことのない病名を告げられたのでした。(当時は10万人に1人の難病でした)
心臓がドキドキして治まらない私に対して、次に先生が発した言葉は!
医師:「子供を産むことは諦めてください」
私:「・・・
,・・・
」
その後、仕事はすぐに辞めたけれど、子供だけはどうしてもどうしても諦めきれることができなかった私は、2年後、既成事実(妊娠)を作って、担当では無かったけれど、女医の診察日を選んで相談に行きました(完全な知能犯です
)
女医:「ここで中絶しても母胎に負担がかかるから、このまま進めましょう」
私:「やった〜〜
」
嬉しかったですね〜。やっぱり諦めなければ叶う!。病院を出た途端、泣けた泣けた
それからは、私が産むのは、絶対に「男の子」「男の子」。ひたすらにそう念じて、出産に望みました。
出産は3日もかかってしまう難産で、おまけに息子は仮死状態で保育器の中。
そして退院後は、お約束の病状悪化で、まともに子育てなんてできない。
病院の先生からも「次は、本当に命の保証はしませんからね!!
」と怒られるばかり
。
息子が3歳くらいの頃、激しい関節の痛みに震える私に、「ママ〜大丈夫〜」と言いながら、小さな手で体をさすってくれたり、子供用の椅子を持ち出し、押し入れから一生懸命に大きな布団を引っ張り出そうとしていた息子の姿は、今も目に焼き付いています。
優しい息子に助けられながら、何とか生き延びて参りました
。
そして、先日息子が生まれて20年の日!
よくぞ育った!正直、いったい誰が育てたんだ!という感じです
20歳の誕生日には、一緒にビールを飲んで・・・な〜んて20年間も待ち続けたのに、現実は、息子は大学で部活三昧の日々。当日も案の定、「夕飯食べて帰るねメール」が届き・・・
でもまぁ現実はそんなものかもしれません。
息子が健康なら、笑顔なら、それでOK!
私のような未熟者のところに生まれてしまった息子には申し訳なかったけれど、息子には感謝で一杯です。
深夜に帰宅した息子に、前々から話してあった通り、「大人の世界へようこそ!あなたも今日から責任ある一人の大人!お母さんの母業は、今日で卒業させていただきます」と宣言しました
。
あれから・・・残念ながらまだ、彼(息子)とビールで乾杯!は実現していません。
先日、息子が20歳の誕生日を迎えました〓
今日は、プライベートなことを書きます。
私が22歳の時、当時私は東京郊外の保育園で”保母さん“として働いていました。
その頃の私は、なぜか原因不明の微熱と紅斑、関節痛に苦しんでいて、いくつかの病院で検査を受けたのですが、原因がわからぬまま一年が過ぎようとしていました。
ある日、職場(保育園)に大学病院から一本の電話が入りました。
大学病院の人:「今日で仕事は辞めてください。そうでなければ命の保証はできません」
私:「はぁ〜?」
心の整理もできぬまま大学病院に行くと、今まで私が聞いたことのない病名を告げられたのでした。(当時は10万人に1人の難病でした)
心臓がドキドキして治まらない私に対して、次に先生が発した言葉は!
医師:「子供を産むことは諦めてください」
私:「・・・
その後、仕事はすぐに辞めたけれど、子供だけはどうしてもどうしても諦めきれることができなかった私は、2年後、既成事実(妊娠)を作って、担当では無かったけれど、女医の診察日を選んで相談に行きました(完全な知能犯です
女医:「ここで中絶しても母胎に負担がかかるから、このまま進めましょう」
私:「やった〜〜
嬉しかったですね〜。やっぱり諦めなければ叶う!。病院を出た途端、泣けた泣けた
それからは、私が産むのは、絶対に「男の子」「男の子」。ひたすらにそう念じて、出産に望みました。
出産は3日もかかってしまう難産で、おまけに息子は仮死状態で保育器の中。
そして退院後は、お約束の病状悪化で、まともに子育てなんてできない。
病院の先生からも「次は、本当に命の保証はしませんからね!!
息子が3歳くらいの頃、激しい関節の痛みに震える私に、「ママ〜大丈夫〜」と言いながら、小さな手で体をさすってくれたり、子供用の椅子を持ち出し、押し入れから一生懸命に大きな布団を引っ張り出そうとしていた息子の姿は、今も目に焼き付いています。
優しい息子に助けられながら、何とか生き延びて参りました
そして、先日息子が生まれて20年の日!
よくぞ育った!正直、いったい誰が育てたんだ!という感じです
20歳の誕生日には、一緒にビールを飲んで・・・な〜んて20年間も待ち続けたのに、現実は、息子は大学で部活三昧の日々。当日も案の定、「夕飯食べて帰るねメール」が届き・・・
息子が健康なら、笑顔なら、それでOK!
私のような未熟者のところに生まれてしまった息子には申し訳なかったけれど、息子には感謝で一杯です。
深夜に帰宅した息子に、前々から話してあった通り、「大人の世界へようこそ!あなたも今日から責任ある一人の大人!お母さんの母業は、今日で卒業させていただきます」と宣言しました
あれから・・・残念ながらまだ、彼(息子)とビールで乾杯!は実現していません。



