CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

こどもと本ジョイントネット21・山口


〜すべての子どもに本との出会いを〜

子どもと本をむすぶ活動をしています


検索
検索語句
<< 2019年07月 >>
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
最新記事
カテゴリアーカイブ
プロフィール

こどもと本ジョイントネット21・山口さんの画像
月別アーカイブ
最新コメント
タグクラウド
日別アーカイブ
http://blog.canpan.info/jointnet21/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/jointnet21/index2_0.xml
地撮り山口大歳に参加しましたB最明寺 [2019年07月10日(Wed)]
【前回の続き】

車に戻って、次の目的地 最明寺のある岩富の方へ向かう途中、なんだか雲行きが怪しくなり、ポツポツとしてきました。
そうして、最明寺に着く頃には雨足は激しくなり、あわてて最明寺に避難しました。

4CCA7EF5-A53E-4764-9421-A0CAF8F9C9D6.jpeg

『防長寺社由来』(1741年記述)には寺号は「西明寺」とあり、『風土注人進案』(1840年代)では、「最明寺」となっています。
『風土注人進案』に「平時頼入道道崇の草創にして、寺号はその法諱(ほうき)により」とあることから、1741〜1840年の間に「最明寺」と寺号を変えたことがわかります。(『郷土大歳のあゆみ』P367〜8参照)

本尊の阿禰陀如来坐像。
C4A1E137-DBDE-44DF-B4EB-251B70A03759.jpeg

慈覚大師作と伝えられています。
慈覚大師とは第3代天台座主の円仁(えんにん)(794(延暦13)年〜864(貞観6)年)のことです。
B998EEF2-D1B0-4A3A-ABD3-1C24EE994836.jpeg

大歳史談会で調査してもらったところ、平安時代(794〜1185)後期の作だというのがわかったそうです。
どうやら、慈覚大師とは少し年代が合わないようです。
52C24071-6C83-4A26-8876-888AAB58CAE4.jpeg

両脇に僧像。
6D61E025-FD83-43D8-A15D-CE568BD0EC00.jpeg

957E8C66-F5CF-45DB-B811-4888D60FE5AB.jpeg C969D182-688C-49F7-BEE0-7B195F6916B6.jpeg

隣の床の間には、
70F406DC-343A-4AC1-B8C7-F146B20CB50E.jpeg

左に持国天(増長天説あり)と右に多聞天、
C8428762-F1EC-4E3B-B737-ED8F5DD07716.jpeg

左の像は寶髻(ほうけい)を結い、右手に三叉戟( さんさげき)を持ち、左手を腰に当て、足下に邪鬼を踏みつけ、
76B1D4EE-7719-4870-BF91-4FB452E30FFD.jpeg

右の像は兜を被り、左手に宝塔を持ち、足下に邪鬼を踏みつけ、
75C14D19-02EA-4C3D-AC6F-25F57CBF9934.jpeg

多聞天の後ろには法輪のようなものが見え、
51EFFB0F-1B5E-4362-806B-C7F5F68E37CD.jpeg

前には観音像(と白上さんが言っていました)がたくさん飾ってあります。
BE8A7E28-EFE8-4E81-9B0E-024A84308021.jpeg 5AF649B7-EA1D-4084-A49F-907954568D88.jpeg

その隣には、
060B9C70-B976-4D58-8EF7-47F455707FEE.jpeg

観音像、
厨子の中に入っていて、
E8978F51-C07F-4CB4-BA96-33F150E0424C.jpeg

厨子の絵がとてもキレイです。
8A946171-7028-4A6B-9721-5C19A4F7390F.jpeg

半跏思惟像、
817E6CB2-B60E-431C-AA8F-5D6BDFFE5B01.jpeg

台座に腰をおろし、左足を垂らし、右足を曲げて左ひざの上に置き、右手でほおづえをついています。
DCB5FA54-5B03-4A4E-B45A-D41770DCB1DF.jpeg

僧像。
79C1CFD1-8BB9-42B6-A22C-F32BCC5C7BD4.jpeg


木魚。
D16E790F-2A94-4E01-8523-57409F878C9B.jpeg AEC91E1F-9985-4523-9CA5-A0404C1B41E3.jpeg

鉦鼓(しょうこ)(鉦(かね・しょう))。
0094C6FF-1235-44DF-BE7D-62C8C7AD2F59.jpeg


最明寺入口には、回国塔があります。
63F2D173-0391-4781-9439-1E7FBC7F548B.jpeg A939CF26-8222-4FE3-B5E3-2C4D56B167C1.jpeg

天明七丁未歳
奉納大乗妙典日本回国


その他、最明寺の周囲には、いろいろチェックしたいものがあったのですが、雨のためそれもできませんでした。
また、来てみたいと思っています。


最明寺
浄土宗、最明寺。山号を銭処山という。本寺は山口の法界寺。本尊は阿禰陀如来(慈覚大師作) 。
寺伝によると、最明寺殿(北条時頼)によって創立された天台宗の寺院という。創建年代は明らかでない。その後久しく荒廃していたが、江戸時代初期に山口法界寺の人世寿諌法師が再興し、浄土宗に改めたといわれる。 『風土注人進案』(1840年代)によると、地蔵十王・木魚・牛王模板(ごおうもば)・馬の鞍など甚だ古いものが、この寺に伝わっていると記されている。牛王模板には西明寺とあり、いつごろから最明寺といわれるようになったかさだかでない。明治3年(1870)吉敷村長楽寺へ合併して長明寺となったが、同13年(1880)再び分離した。現在は無住寺。境内には山下玄良(江戸後期の名医。天民と号し、文雅の道でも高名。その2男は画家高島北海、 3男は藩医高島良台)の墓所もある。
(『大歳小百年史』(山口市立大歳小学校 1995)P33)

【次回に続く】
| 次へ